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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生二学期
46/76

俺たちは抜かりない

 文化祭が始まった。

 土日を丸っと使っての一大イベント。流石に俺も浮き足立っている。

 今の俺は小学生の足払い一つで、容易にすっ転ぶだろう。まるで、最大トーナメント3回戦の愚地独歩のように。


 「じゃあ新崎さん、準備しようか」


 「うん」


 俺と新崎さんの担当エリア。

 ここを一言で表すなら『暗闇のスラム』だ。


 暗闇のスラム。

 その恐怖本質は、生命の危機である。

 ここでは視覚、聴覚、嗅覚から、狭いコースながらも曲がり角を多く設置することで、方向感覚までもを狂わせる。


 "いつ"、"どこで"、"どこから"、"なにが"、"どう"、現れるのか。それらの一切を予知のしようもないまま歩かされる。


 曲がり角や進行方向を朧げに照らすガイドとして、蓄光テープを貼ったが、それ以外の照明は一切無し。

 加えてこのテープは、視線よりもやや上に貼ることによって、足元への注意を疎かにさせる効果もあるのだ。

 しかしここは暗闇。足元に何があるかわからないため、注意せずにはいられない。

 要するに、絶えず緊張感を与え続けることが可能となっているのだ。


 また、臨場感を出すため、臭気、風、温度なども徹底的に管理した。

 生ゴミのような不快な匂い。生温い風と風切音。じんわりと汗をかくような気温。

 時折ガタガタと物音を立て、数瞬の間を置いたらドブネズミの鳴き声を流す。

 これら細かい仕事によって、擬似的ではあるけれど、かなりリアルなスラムが完成したのだ。


 このスラムでは、お客は暗闇にぼんやりと浮かぶ灯りを、まるで天から垂らされた蜘蛛の糸のようにありがたがり、一歩一歩を踏み締めて進んで行かねばならない。


 しかし、ある所で気付くのだ。


 足音が一つ多い事に。


 慌てて振り返ってみても、当然何も見えない。

 気のせいかと思い前を向くも、何者かの息遣い、衣擦れの音などから、確実に誰かがいるような気配は感じる。


 そうして動きが鈍ってきたら、再度物音を立てる。

 しかし、今度はドブネズミの鳴き声の代わりに、カキンとした音を立てる。

 まるで、コンクリートのような硬い地面に、ナイフなどの刃物を落とした時のような音を。


 ここで恐怖のあまり走り出しても、慎重に歩みを進めても、結果は同じ。

 何故なら、出口はもう目の前だからだ。


 そして、襲いかかるは最後の仕掛け。点灯である。

 と言っても全灯ではない。

 オレンジの豆電球一つが、少し先でぽつんと光るだけだ。

 そして、その下に鋭利なナイフを持った俺がぽつんと立っているだけだ。

 スラムに合わせたボロボロの服を身に纏い、路上の狼に扮しただけの俺。勿論ナイフもおもちゃ。

 しかし薄暗い空間では、物の真贋を見定めるような目は機能しない。

 これまでの仕掛けから、お客は自分がガチめなスラムにいると錯覚している。


 頼れる物は何も無い。


 目の前には明らかに一線を越えれそうな人間。


 結局、ヤベェ奴が一番怖いんだ。


 いよいよ身の危険を感じて引き返そうにも、そこには足音役などを務める新崎さんが壁を設置するため、逃げ場は無い。


 ふらふらと、そしてじわじわと距離を詰める俺から逃れる手段は皆無というわけだ。

 そうして絶望に打ちひしがれた瞬間、隣の壁が外れ、外への道が開ける。


 「来て」


 と、新崎さんがお客を救出する事で無事脱出。ゴールとなる。


 正規のルートっぽく無いゴールに、お客は遅れて現実を理解する。


 ああ……助かった……


 と。


 お化け屋敷はこの緊張と緩和の落差こそが肝要なのだ。



 昨日俺たちのエリアを体験した笹塚曰く、


 「普通に死ぬかと思った」


 とのことで、また、彼を始めとしたクラスメイト諸君らからも、このスラムは絶賛してもらえた。

 これには自信も一押しってものだ。


 自信と言えば、俺と新崎さんの力作である人形があったな。

 あれはもう、入り口に展示することにした。

 仕掛けの都合上邪魔だったし。


 2人して、なんで作ったんだろう。と、今では不思議なお荷物となっている。


 しかしそのクオリティと、スラムを象徴する見窄らしく薄汚れた身なりから、一定の注目は集められているようだ。

 開場間もないというのに、既にお客は少しの列まで作っている。

 案外、効果てきめんだったな。



 さて、そんな感じで、4つのエリアからなる俺たちの出し物。

 題して『お化け屋敷オムニバス』は開演した。



* * *



 「スマホや照明器具はこちらで預かります。

 また、この先は怪我の恐れがありますが、私たちは一切関知いたしませんので、ご了承を。

 問題無いようでしたらこちらの誓約書にサインと血判をお願いします」


 「えっ、あっ……は、はい……」


 受付の声がする。生贄第一号がいらっしゃったようだ。


 「よし。それじゃあ手筈通りに」


 「うん」


 新崎さんは入り口の直ぐ裏で待機する。

 足音や物音などを立てるため、どうしてもお客の背後を取る必要があるからだ。


 ちなみに、お客には入場前の照明類持ち込みを防ぐ身体検査の際にこっそりと蓄光テープを貼っているから、新崎さんからはお客の位置が丸わかりとなっている。

 もしお客に新崎さんの存在がバレてしまったとしても、新崎さんは新崎さんで、スラムに適した格好をしているのでモーマンタイ。


 新崎さんの格好、ちょっと貞子っぽいんだよな。

 ボサボサで、床まで付くような長さのウィッグを被っててさ。


 ボサボサ頭と言えば。


 壁にはスプレーアートや、煤汚れたような痕がある。

 地面にはゴミ箱などの小物が散乱しているが、これらのほとんどは、美術班である浅見さんの尽力によるところが大きい。


 どうやら彼女は、イラストを描くのが得意らしい。

 そんな特技によってか、浅見さんはこの文化祭の準備を通して、多少なりともクラスメイトと打ち解けられたように思う。


 意外な人の意外な一面を知る。


 文化祭あるあるだな。





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