話の通じないヤツは1人でいい
新しい席にもだいぶ慣れた。
ミアさんは新崎さんとウマが合うようで、最近では和泉さんを加えた3人で何やら楽しそうに話し込んでいる様子をよく目にする。
石蕗君は変化を嫌う性格らしいけど、交友関係が広がることには寛容なようで、時折綻んだ顔をする新崎さんを眺めては、
「お前、あの花を枯らすんじゃねぇぞ」
と俺に釘を刺してくる。
「わかってるよ」
そう適当に返しておくだけで彼は目尻を下げてくれる。
どうやら俺と新崎さんが推しカプらしい。
別に付き合ってないんだけどな。
いつか本当の事を伝えたいとは思うけど、正直な話、迷っている。
なぜなら、彼からは少し、大紅先輩と似た香りがするからだ。人の話を聞かない人、自分にとって都合の悪い真実から目を背ける人特有の香りが。
例えば俺が石蕗君に
「本当は新崎さんと付き合ってないんだ」
なんて言ったとする。
すると恐らく、彼はこう言う。
「そんな嘘を吐いて。お前は人の心が無いのか?」
こじれた正義は時に、純粋な悪よりタチが悪い。
なんて耽っていると、石蕗君が不意にこちらを振り返ってきた。
「そうだ、小鳥遊」
「ん?」
「今日の放課後って時間あるか?」
今日は……部活も特に無いし、いつものメンツで帰るぐらいだな。
「あるけど、どこか行きたいのか?」
「お前の意見が欲しいんだ」
俺の意見……?
石蕗君の表情は見ようによっては困っているかのようで、断るのも忍びなかった俺は彼の誘いを受けることにした。
* * *
「で、これか……」
「何か問題あるか?」
平然と、毅然と、もしかしてコイツ、結構ヤバい奴か?
「問題しかねぇよ。何だよこれ」
「何だも何も、必要だろ」
総合ディスカウントストア。激安の殿堂。『ドーンキホテ』。
3階の隅にある、ピンク色をした暖簾の先のコーナー。
暖簾には丸の中に18と書かれていて、その18はスラッシュでバッサリといかれている。
その意味は知っている。自分だったら絶対に入らない。
無理やり押し込まれたのだ。
石蕗君は──いや、石蕗は、頭がおかしい。
「避妊はちゃんとしろ。学生出産は新崎の負担になる」
こいつマジか? ガチでやべぇ奴じゃねぇか?
何でこいつは自分が真っ当で、正しいことの白の中にいると本気で思い込んでいるんだ?
……駄目だ。こんな場所に長居するわけにはいかない。
「そう。じゃあ俺帰るわ」
早足で暖簾を潜って外へと出るも、石蕗の野郎はそのやせぎすのどこに秘めていたのか、想像を絶する膂力で俺の肩を掴みやがった。
一見するとそれは対等な勝負のように見える。
しかしその実は、
必死で支柱を掴んで抵抗する俺。
事もなげに俺の肩を鷲掴みにする石蕗。
である。
「お前、新崎を不幸にするつもりか!」
「んぐぐっ、勘弁してくれよマジでっ……!」
絶対に18禁コーナーを出たい俺。
絶対に避妊具を買わせたい石蕗。
何だよこの誰も得しないホコタテ。
俺が何したってんだよ。
何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。
「お前以外に、誰が新崎を笑顔にしてやれるんだ!」
「ちょ力強っ……! ンな事よりっ、この場を人に見られた方が色々終わるからっ!」
「お前のサイズがわからねぇから! 俺が買って渡すことも出来ねぇんだぞ!」
「知るかよ馬鹿! いいから放せっ……!」
言い切るや否や、突然全身が軽くなった。
浮遊感。
「あっ」
その声で、石蕗が俺の肩から手を離したのが理解った。
「あれ」
そして、たった今こちらにやって来た人物を見て、色々と終わった事も理解った。
「小鳥遊くん、何してるの」
新崎さんとゆかいななかまたち。
笹塚に、和泉さんに、ミアさん。
俺は勢いのままうつ伏せに倒れた。
「大丈夫?」
「大丈夫……ありがとう」
新崎さんの心配に、俺はうつ伏せのまま答える。
顔を上げたくない。
「お〜、やるなぁお前ら」
なんて言う笹塚がニヤついているのも、
「おおおお前らっ! こっ、こここっ! ここ! 未成年は入っちゃダメだろっ!!」
呂律の回っていない和泉さんの顔が真っ赤なのも、
「セーコ、ココは何のお店なのカナ?」
わざとらしい声で和泉さんを揶揄うミアさんの愉快そうな笑顔も、
もう、全部が手に取るように理解る。
良いんだ。最悪良いんだ。コイツらなら。
問題は──
「小鳥遊くん、起きれる?」
問題は、そう。君だよ新崎さん。
俺は、君にだけはこんな姿を見られたくなかったよ。
「起きれる……」
でももう遅い。
全ては石蕗のせいだ。
何でコイツは推しカプへの過干渉を厭わないんだ?
「新崎、お前は小鳥遊で良いのか?」
こいつ、変化を嫌うとか嘘だろ。
自分の理想に頑固なだけだろ。
悪気が無さそうなのが一層やべぇ奴感を増してんだよ。
はァ……
「なにが?」
石蕗の問いに、新崎さんはきょとんとしている。
何のことかよくわかっていないんだろう。
「お前の恋人は小鳥遊でいいのか? お前を幸せにする男は、俺が見る限り、覚悟が無さそうだが」
そう聞くと、何の話か察したのか、新崎さんは
「ああ」
と小さく漏らした。
そして、コホンと小さく咳払いをして、
「私が、小鳥遊くんがいいから、いい」
そう、男前に答えた。
いやもう、オットコ前だ。
新崎さんのその回答に、笹塚たちからは
「おお……」
と感嘆が漏れ、当の石蕗は
「なら良いんだ」
望んでいた理想の言葉だったのか、下がり切った目尻に涙を浮かべてサムズアップ。
そして、そのまま18禁コーナーの奥へと消えて行った。
何でだよ。普通出てくだろ。
「ごめんね新崎さん。無理言わせて。
あいつちょっと変なところあるから、気にしないで」
「……いいよ。別に」
一先ず危機は去った。
俺×新崎さん激推し過激派、『石蕗』とかいうモンスターを退けることに成功したのだ。
しかし勝利の余韻に浸っている時間は無い。
ここは肌色渦巻く大人のパライソ。 18禁コーナーの目の前である。
こんな所に居ては、新崎さんの目に毒だ。
だから見られたくなかったのに、まったく。
「ここは良くない。移動しよう」
「うん」
こうして俺たちは、別に約束していたわけじゃないのに、またいつもの放課後となったのだった。




