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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生二学期
42/76

話の通じないヤツは1人でいい

 新しい席にもだいぶ慣れた。

 ミアさんは新崎さんとウマが合うようで、最近では和泉さんを加えた3人で何やら楽しそうに話し込んでいる様子をよく目にする。

 石蕗君は変化を嫌う性格らしいけど、交友関係が広がることには寛容なようで、時折綻んだ顔をする新崎さんを眺めては、


 「お前、あの花を枯らすんじゃねぇぞ」


 と俺に釘を刺してくる。


 「わかってるよ」


 そう適当に返しておくだけで彼は目尻を下げてくれる。

 どうやら俺と新崎さんが推しカプらしい。


 別に付き合ってないんだけどな。


 いつか本当の事を伝えたいとは思うけど、正直な話、迷っている。

 なぜなら、彼からは少し、大紅先輩と似た香りがするからだ。人の話を聞かない人、自分にとって都合の悪い真実から目を背ける人特有の香りが。


 例えば俺が石蕗君に


 「本当は新崎さんと付き合ってないんだ」


 なんて言ったとする。

 すると恐らく、彼はこう言う。


 「そんな嘘を吐いて。お前は人の心が無いのか?」


 こじれた正義は時に、純粋な悪よりタチが悪い。


 なんて耽っていると、石蕗君が不意にこちらを振り返ってきた。


 「そうだ、小鳥遊」


 「ん?」


 「今日の放課後って時間あるか?」


 今日は……部活も特に無いし、いつものメンツで帰るぐらいだな。


 「あるけど、どこか行きたいのか?」


 「お前の意見が欲しいんだ」


 俺の意見……?


 石蕗君の表情は見ようによっては困っているかのようで、断るのも忍びなかった俺は彼の誘いを受けることにした。



* * *



 「で、これか……」


 「何か問題あるか?」


 平然と、毅然と、もしかしてコイツ、結構ヤバい奴か?


 「問題しかねぇよ。何だよこれ」


 「何だも何も、必要だろ」


 総合ディスカウントストア。激安の殿堂。『ドーンキホテ』。


 3階の隅にある、ピンク色をした暖簾の先のコーナー。


 暖簾には丸の中に18と書かれていて、その18はスラッシュでバッサリといかれている。


 その意味は知っている。自分だったら絶対に入らない。

 無理やり押し込まれたのだ。


 石蕗君は──いや、石蕗は、頭がおかしい。


 「避妊はちゃんとしろ。学生出産は新崎の負担になる」


 こいつマジか? ガチでやべぇ奴じゃねぇか?

 何でこいつは自分が真っ当で、正しいことの白の中にいると本気で思い込んでいるんだ?


 ……駄目だ。こんな場所に長居するわけにはいかない。


 「そう。じゃあ俺帰るわ」


 早足で暖簾を潜って外へと出るも、石蕗の野郎はそのやせぎすのどこに秘めていたのか、想像を絶する膂力で俺の肩を掴みやがった。


 一見するとそれは対等な勝負のように見える。

 しかしその実は、


 必死で支柱を掴んで抵抗する俺。


 事もなげに俺の肩を鷲掴みにする石蕗。


 である。

 


 「お前、新崎を不幸にするつもりか!」


 「んぐぐっ、勘弁してくれよマジでっ……!」


 絶対に18禁コーナーを出たい俺。


 絶対に避妊具を買わせたい石蕗。


 何だよこの誰も得しないホコタテ。


 俺が何したってんだよ。

 何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。


 「お前以外に、誰が新崎を笑顔にしてやれるんだ!」


 「ちょ力強っ……! ンな事よりっ、この場を人に見られた方が色々終わるからっ!」


 「お前のサイズがわからねぇから! 俺が買って渡すことも出来ねぇんだぞ!」


 「知るかよ馬鹿! いいから放せっ……!」


 言い切るや否や、突然全身が軽くなった。


 浮遊感。


 「あっ」


 その声で、石蕗が俺の肩から手を離したのが理解った。


 「あれ」


 そして、たった今こちらにやって来た人物を見て、色々と終わった事も理解った。


 「小鳥遊くん、何してるの」


 新崎さんとゆかいななかまたち。


 笹塚に、和泉さんに、ミアさん。


 俺は勢いのままうつ伏せに倒れた。


 「大丈夫?」


 「大丈夫……ありがとう」


 新崎さんの心配に、俺はうつ伏せのまま答える。


 顔を上げたくない。


 「お〜、やるなぁお前ら」


 なんて言う笹塚がニヤついているのも、


 「おおおお前らっ! こっ、こここっ! ここ! 未成年は入っちゃダメだろっ!!」


 呂律の回っていない和泉さんの顔が真っ赤なのも、


 「セーコ、ココは何のお店なのカナ?」


 わざとらしい声で和泉さんを揶揄うミアさんの愉快そうな笑顔も、


 もう、全部が手に取るように理解る。


 良いんだ。最悪良いんだ。コイツらなら。


 問題は──


 「小鳥遊くん、起きれる?」


 問題は、そう。君だよ新崎さん。


 俺は、君にだけはこんな姿を見られたくなかったよ。


 「起きれる……」


 でももう遅い。

 全ては石蕗のせいだ。


 何でコイツは推しカプへの過干渉を厭わないんだ?


 「新崎、お前は小鳥遊で良いのか?」


 こいつ、変化を嫌うとか嘘だろ。

 自分の理想に頑固なだけだろ。

 悪気が無さそうなのが一層やべぇ奴感を増してんだよ。


 はァ……


 「なにが?」


 石蕗の問いに、新崎さんはきょとんとしている。

 何のことかよくわかっていないんだろう。


 「お前の恋人は小鳥遊でいいのか? お前を幸せにする男は、俺が見る限り、覚悟が無さそうだが」


 そう聞くと、何の話か察したのか、新崎さんは


 「ああ」


 と小さく漏らした。

 そして、コホンと小さく咳払いをして、


 「私が、小鳥遊くんがいいから、いい」


 そう、男前に答えた。

 いやもう、オットコ前だ。


 新崎さんのその回答に、笹塚たちからは


 「おお……」


 と感嘆が漏れ、当の石蕗は


 「なら良いんだ」


 望んでいた理想の言葉だったのか、下がり切った目尻に涙を浮かべてサムズアップ。

 そして、そのまま18禁コーナーの奥へと消えて行った。


 何でだよ。普通出てくだろ。



 「ごめんね新崎さん。無理言わせて。

 あいつちょっと変なところあるから、気にしないで」


 「……いいよ。別に」


 一先ず危機は去った。

 俺×新崎さん激推し過激派、『石蕗』とかいうモンスターを退けることに成功したのだ。


 しかし勝利の余韻に浸っている時間は無い。

 ここは肌色渦巻く大人のパライソ。 18禁コーナーの目の前である。

 こんな所に居ては、新崎さんの目に毒だ。

 だから見られたくなかったのに、まったく。

 

 「ここは良くない。移動しよう」


 「うん」



 こうして俺たちは、別に約束していたわけじゃないのに、またいつもの放課後となったのだった。





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