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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生二学期
38/76

ガチやってらんない……

 さて、みんな特別好きってわけじゃないけど、特別嫌いってわけでもない。だから、大好きでも大嫌いでもない。そんな授業。

 美術の時間だ。

 かく言う俺もご多分に漏れず、この時間は好きでも嫌いでもなんでもない。

 俺には美術の才能が無いから。


 「小鳥遊くん、動かないで」


 「ああ、ごめんごめん」


 向かい合って似顔絵を描く。お手本のような授業だ。

 新崎さんは筆が乗っている。シャッシャと小気味よく鉛筆を走らせている。

 対して俺は相変わらずだ。


 「ん〜〜……」


 思わず唸ってしまう。

 だって、どこがどうおかしいかはなんとなくわかるのに、それをどう直したらいいかがわからないんだ。

 例えば、新崎さんの顔は小さめの丸型で、目鼻口などのパーツはバランス良く配置されている。

 前髪はパッツンとしてて、少し長めで、眉と目の間くらい。

 顔の横には触覚が2本垂れていて、ツインテにしているから、襟足は正面からじゃ見えない。


 要素はわかる。でも描けない。


 「ん〜〜?」


 ほら。めっちゃしゃくれた。わけがわからない。

 顔が小さくて丸いんだから、しゃくれるわけがないのに。


 「小鳥遊くん、動かない」


 「ああ、ごめんね」


 思うように描けなくて、一筆一筆が自分の絵を駄目にしていくままならなさ。

 これがあの時の八虎の気持ちか。


 というか目。なんだコレ。左右でバランス取れてなさすぎだろ。

 見ようによってはオチョナンさんだぞ。


 一筆が絵を駄目にするとかそういう次元じゃないなもう。

 白紙で提出した方がマシなレベルだ。


 ……そう言えば、ブルーピリオドで

佐伯先生が言ってたっけ。

 「2描いて8見る」を意識しろって。


 絵とは「らしさ」と「リアリティ」だ。

 俺の画力じゃこの二つを表現出来る気なんて全くしないけど、それでも、もっと見たら少しは絵に落とし込められるじゃないか?


 「新崎さん、もう少しそっち寄っていい?」


 「……いいよ」


 「ごめんね、ありがとう」


 俺は椅子を前に動かして、新崎さんの顔がよく見えるようになるまで詰めた。

 一応、境界線上のホライゾンIIIの下までがすっぽり入るくらいのスペースは空けておいた。あんまり詰めて俺の顔がドアップになるのはしんどいだろうし、女子の顔をそんなにまじまじと見るのは失礼にあたる。

 気をつけないとな。


 ……しかし、こうして見ると、さっきまでの距離は気持ち遠めだったからか、印象がふわっとしてしまっていたな。

 近くで見てみると、新崎さんは結構幼い顔をしている。

 見た目年齢が実年齢より2~3下って感じか。


 じゃあ、ロリキャラみたいに目をおっきくしてみるとか──


 ──駄目だ。これじゃ良く言ってりぼんのヒロイン。悪く言えばシュメール人だ。

 じゃあ目に合わせて顔を大きくしたら──


 ──ああ、首から下を描くスペースが無くなってしまった。

 そうか、大きく描きすぎたらそりゃスペース無くすよな。

 じゃあ目をもう少し小さくしようか。

 さっきより小さめにしたいから……あっ、さっき描いた目の痕が画用紙に残ってる。コレを基準にして、そのまま内側に目を描けば──


 ──あれ、めっちゃ魚顔になったな。

 ああ、そっか。さっきの目と今描いた目は大きさが違うんだから、その分目同士の距離を近く描かないとバランスが崩れるんだ。だから魚顔になったのか。

 難しいな。どうしたものか。

 両目をバランス良く描けるセンスが俺には無い。

 オチョナンさんかシュメール人かを選ばなきゃいけない。

 もっと良く見て、観察して、吟味して、どちらにするか選ぼう。


 新崎さんは依然として、筆を滑らかに運んでいる。

 シャッシャシャッシャと、エビバーディが聴こえてきそうなリズムだ。


 新崎さんの目……下まつ毛が長くて、黒目が大きいな。

 鼻も小さいな。きゅっとしてる。でも高さは普通にあるな。鼻の高さってどう表現したらいいんだ?

 唇はちゃんとリップを塗っている。偉いな。笹塚のようにひび割れてない。薄くて小さい。漫画だとデフォルメで口が消えるタイプだな。


 目立つ箇所、目、鼻、口。特徴は理解した。あとはこれをどう絵で表現するかだ。


 ……ん? ほっぺはこれ、チークか? 結構赤らんでる気が──


 「た、小鳥遊くん……」


 「ん?」


 「ちっ、近い……」


 言われてハッとした。


 「んん!?」


 俺の視界、新崎さんのほっぺたしか映ってない!

 こんなの境界線上のホライゾンなんてもっての他だ。劇場配布の小冊子すら入るか怪しい!


 俺は慌てて身を仰け反らした。声にならない声で謝りながら。


 「ごめっ──!」


 すると、今度はそれが災いした。


 ガタンッ! と大きな音を立てて椅子ごと仰向けに転んだ俺は、美術室のガタガタの床に後頭部を強打した。


 水を打ったような静けさが一変。ざわざわとした喧騒が起きた。


 絵は描けず、新崎さんを驚かせ、後頭部を強打した。



 「もう嫌いだ。美術」



 この日日直だった俺は、日報にそう書き記した。





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