ガチやってらんない……
さて、みんな特別好きってわけじゃないけど、特別嫌いってわけでもない。だから、大好きでも大嫌いでもない。そんな授業。
美術の時間だ。
かく言う俺もご多分に漏れず、この時間は好きでも嫌いでもなんでもない。
俺には美術の才能が無いから。
「小鳥遊くん、動かないで」
「ああ、ごめんごめん」
向かい合って似顔絵を描く。お手本のような授業だ。
新崎さんは筆が乗っている。シャッシャと小気味よく鉛筆を走らせている。
対して俺は相変わらずだ。
「ん〜〜……」
思わず唸ってしまう。
だって、どこがどうおかしいかはなんとなくわかるのに、それをどう直したらいいかがわからないんだ。
例えば、新崎さんの顔は小さめの丸型で、目鼻口などのパーツはバランス良く配置されている。
前髪はパッツンとしてて、少し長めで、眉と目の間くらい。
顔の横には触覚が2本垂れていて、ツインテにしているから、襟足は正面からじゃ見えない。
要素はわかる。でも描けない。
「ん〜〜?」
ほら。めっちゃしゃくれた。わけがわからない。
顔が小さくて丸いんだから、しゃくれるわけがないのに。
「小鳥遊くん、動かない」
「ああ、ごめんね」
思うように描けなくて、一筆一筆が自分の絵を駄目にしていくままならなさ。
これがあの時の八虎の気持ちか。
というか目。なんだコレ。左右でバランス取れてなさすぎだろ。
見ようによってはオチョナンさんだぞ。
一筆が絵を駄目にするとかそういう次元じゃないなもう。
白紙で提出した方がマシなレベルだ。
……そう言えば、ブルーピリオドで
佐伯先生が言ってたっけ。
「2描いて8見る」を意識しろって。
絵とは「らしさ」と「リアリティ」だ。
俺の画力じゃこの二つを表現出来る気なんて全くしないけど、それでも、もっと見たら少しは絵に落とし込められるじゃないか?
「新崎さん、もう少しそっち寄っていい?」
「……いいよ」
「ごめんね、ありがとう」
俺は椅子を前に動かして、新崎さんの顔がよく見えるようになるまで詰めた。
一応、境界線上のホライゾンIIIの下までがすっぽり入るくらいのスペースは空けておいた。あんまり詰めて俺の顔がドアップになるのはしんどいだろうし、女子の顔をそんなにまじまじと見るのは失礼にあたる。
気をつけないとな。
……しかし、こうして見ると、さっきまでの距離は気持ち遠めだったからか、印象がふわっとしてしまっていたな。
近くで見てみると、新崎さんは結構幼い顔をしている。
見た目年齢が実年齢より2~3下って感じか。
じゃあ、ロリキャラみたいに目をおっきくしてみるとか──
──駄目だ。これじゃ良く言ってりぼんのヒロイン。悪く言えばシュメール人だ。
じゃあ目に合わせて顔を大きくしたら──
──ああ、首から下を描くスペースが無くなってしまった。
そうか、大きく描きすぎたらそりゃスペース無くすよな。
じゃあ目をもう少し小さくしようか。
さっきより小さめにしたいから……あっ、さっき描いた目の痕が画用紙に残ってる。コレを基準にして、そのまま内側に目を描けば──
──あれ、めっちゃ魚顔になったな。
ああ、そっか。さっきの目と今描いた目は大きさが違うんだから、その分目同士の距離を近く描かないとバランスが崩れるんだ。だから魚顔になったのか。
難しいな。どうしたものか。
両目をバランス良く描けるセンスが俺には無い。
オチョナンさんかシュメール人かを選ばなきゃいけない。
もっと良く見て、観察して、吟味して、どちらにするか選ぼう。
新崎さんは依然として、筆を滑らかに運んでいる。
シャッシャシャッシャと、エビバーディが聴こえてきそうなリズムだ。
新崎さんの目……下まつ毛が長くて、黒目が大きいな。
鼻も小さいな。きゅっとしてる。でも高さは普通にあるな。鼻の高さってどう表現したらいいんだ?
唇はちゃんとリップを塗っている。偉いな。笹塚のようにひび割れてない。薄くて小さい。漫画だとデフォルメで口が消えるタイプだな。
目立つ箇所、目、鼻、口。特徴は理解した。あとはこれをどう絵で表現するかだ。
……ん? ほっぺはこれ、チークか? 結構赤らんでる気が──
「た、小鳥遊くん……」
「ん?」
「ちっ、近い……」
言われてハッとした。
「んん!?」
俺の視界、新崎さんのほっぺたしか映ってない!
こんなの境界線上のホライゾンなんてもっての他だ。劇場配布の小冊子すら入るか怪しい!
俺は慌てて身を仰け反らした。声にならない声で謝りながら。
「ごめっ──!」
すると、今度はそれが災いした。
ガタンッ! と大きな音を立てて椅子ごと仰向けに転んだ俺は、美術室のガタガタの床に後頭部を強打した。
水を打ったような静けさが一変。ざわざわとした喧騒が起きた。
絵は描けず、新崎さんを驚かせ、後頭部を強打した。
「もう嫌いだ。美術」
この日日直だった俺は、日報にそう書き記した。




