俺は情けない
一ヶ月もあった夏休みも気付けば昨日で終わり、今日から二学期だ。
今年は博物館に動物園に、キャンプに花火に……と、色々と外出した。随分とアクティブな夏休みだったな。
二学期と言えば、それはもうイベント盛りだくさんのシーズンである。
体育祭に文化祭に、冬にはクリスマスから年末年始。まあここら辺はもう冬休みだから二学期って言うのも変な感じだけど、きっとどれも楽しいものになるだろう。
「小鳥遊くん。おはよ」
通学路を歩いていると、ふと声をかけられた。
誰か。なんて、振り返るまでもない。
一応振り返るけど。
「新崎さん。おはよう」
「ん」
相変わらず無表情の新崎さん。
夏服なのは夏休み前から変わらず、真っ白な二の腕が裾から覗いている。この夏休みをどう過ごしたかが伺える肌だな。
「授業が無いとは言え、久々の登校は憂鬱だよね」
「ね。午前中で終わるなら、午後からでいい」
「わかる」
夏休みなんて皆夜更かしするものなのに、こんな急に朝っぱらから稼働させられたら身体のリズムが崩れて逆に不健康になりそうだ。
「あ、猫」
「にゃんこ!?」
新崎さんが指差した先には、駐車場に入り込むビニール袋のような小さな影があった。
俺の見間違いじゃなければ、あれは間違いなくキジトラのにゃんこだ。
「行こう!」
「あっ、ちょっ──」
何を隠そう、俺はにゃんこが大好きだ。三度の飯よりも好きだ。
猫と名の付くものには目がないせいで、漢字をぼんやりとしか認識出来なかった幼少の時分には、大熊猫を大きいにゃんこと思っていたくらいだ。
にゃん毛のアレルギーだからスフィンクスしか撫で愛でることが出来ないのは大変悲しいけど、スフィンクスはスフィンクスでバチ可愛いんだ。大好きだ。
にゃんこを驚かせないようゆっくりと、しかしその御姿を堪能するためなる早で、駆けしのび足。
駐車場に入ると、奥に停まっていた名前のよくわからないデカめの乗用車の下ににゃんこが潜り込むのが見えた。
駆けしのび足で車の手前に張り付く。
息を殺して、自然の一部となる。
もちろんアレルギーだからにゃんこには触れない。
触ったら涙がぼろぼろと出るし、鼻はぐじゅぐじゅだし、目は痒くなるしで死にかけるからだ。
でも、その御姿を一目見るだけなら大丈夫。
くりんくりんのお目めに、アポロチョコみたいな可愛らしいお鼻に、ぴんぴこのお耳に、にょんとしたお口に、ぴらぴらのお髭に……
ああ、頭がバカになる。
アハムービーのようにゆっくりとじっくりと腰を折って、木の葉が風に舞うように自然に、俺は車の下を覗き込んだ。
「……あれ?」
いない。
おかしい。
にゃんこは絶対にここに入り込んだはずなのに、ここにはビニール袋しかない。
そんなはずはないんだけど……
「小鳥遊くん、あの……」
後ろを振り返ると、新崎さんがいた。
少し困ったような表情で俺を見ている。
きっとにゃんこを見つけたんだろう。
「にゃんこそっち?」
新崎さんの足元には何もいない。
新崎さんは何も抱いていない。
じゃあにゃんこはどこに?
「猫ね、いないよ」
「……いない?」
「うん、よく見たらあれ、ビニール袋だった」
ビニール袋って……
「ハハハ、そんなまさか……」
ってあれ、さっきの車の下って……
「まさかまさか……」
名も無き乗用車の下を除くと、そこはさっきと変わらない光景。
「ビニール袋……」
それが一つあるだけ。
えっじゃあなに? 俺は今、かの有名なあるあるに踊らされただけってこと……?
「あ、新崎さん……」
「そういうこともあるよ」
いつもは眠そうな新崎さんの眼が、この時だけはやけに柔らかくて、暖かくて、ともすれば悲しんでいるかのような、そんな色に染まっていた。
その視線はまるで、憐れんでいるかのようだった。
同情か。
相変わらず優しいな、新崎さんは。
「行こうか……」
「うん」
新崎さんは情けない俺の背中をぽんぽんと叩いてくれた。
新学期早々しんどい。
俺は帰りたい気持ちで一杯になったのだった。




