新崎さんは何かがおかしい
夏のイベントは目白押し。あれこれにそれにとキリがない。インドア派の俺としては最低限を抑えられれば十分なんだけど、そうもいかせてくれないのがこいつ。
「き〜み〜が〜いたな〜つ〜は〜♪」
遠い夢の中でも須く廊下に立たされていて欲しい男。笹塚である。
今日はこれからこいつをはじめとしたいつもの4人にスペシャルゲストも加えた、5人という大所帯で花火大会に行く予定だ。
「和泉らもうすぐ着くってさ」
「んじゃあ出るか」
開演までまだしばらくあるけど、場所取りは多少早めの方が良いということで、現在時刻は17時前。開演が19時だから、かなり余裕がある。
ちなみに、俺と笹塚は甚平を着ている。花火大会ということで、急ぎドーンキで買い揃えたのだ。
草履も併せて購入しようと思いはしたけど、生憎、俺たちの懐は夏場も冬ざれ。終わっている。
そのため必然的に履き物はサンダルorクロックスとなるわけだ。終わっている。
しかしそれは俺と笹塚のみの話。
「待たせたな」
家を出ると同時に、是非とも大塚明夫ボイスで聴きたい第一声が耳に届いた。門の向こうから発されたその声の主は、プリンの髪に向日葵柄の浴衣がよく映える高身長の女子、和泉さん。
履き物もしっかりとしていて、黄色と補色の関係にある寒色系の鼻緒が引き立っている。
スタイルがいいからか、思わず見惚れてしまった。
「あ、あんま見んなっ!」
「すげぇ〜、馬子にも衣装だ」
「うるさいっ!」
笹塚はデリカシーが無い。だから引っ叩かれる。
「でもせーちゃん、似合ってる」
と、そこで口を開いたのは新崎さん。
低身長で仏頂面、黒髪ツインテという一昔前のアニメヒロインによくいたようなビジュアルの彼女の浴衣は黒。赤い華が数輪散らされたデザインが、まるで暁のマントのようで、大変ブッ刺さる。
いつもはゴムで留めているツインテも、今日は簪を挿して、後ろで一つに纏めているからか、印象がだいぶ変わるな。
普段はいくらか幼く見える感じだけど、こうして変化がつくと少しお姉さんのように感じられる不思議。神秘。
しかし何より、履き物がブーツというのが素晴らしい。相変わらず理解っている着こなしだ。流石だよ。
「時間は大丈夫なのか? 混んでからでは立ち見になるぞ」
そして最後にスペシャルゲスト……と言うか、ただのゲスト……いや……まあ、浅見さん(状態2)だ。
普段は制服の上から白衣を羽織り、ボサボサ頭にビン底眼鏡とかいう、処理落ちしそうな情報量の彼女だけど、浅見さんの時の私服は意外にも年相応で、可愛い感じだった。
身体のおうとつが出る系だな。
状態2の今日は紫陽花が印象的な青色の浴衣を着ている。これまた夜に映えそうな柄だ。
眼鏡は変わらずビン底だけど。
しかし、こうして見ると……なんと言うか、あれだな。
俺たち、こんなんでいいのか……?
笹塚は気にも留めていない様子で、和泉さんの全身を睨め回している。気色の悪いことだ。
居心地の悪そうな和泉さんに、そんな和泉さんを褒め窘める新崎さん。腕を組んでふんと息つく状態2。
……いいか。このメンツなら。
「じゃあまあ、行こうか」
徒歩で十数分程度の距離にある河川敷が花火大会の会場だ。開演まではまだ2時間近くある。
これくらい早ければ場所取りもまだ大してされていないだろう。
俺たちはゆっくり歩いた。
「えっ、皆もう宿題終わってんの?」
「その方が、いっぱい遊べる」
「てか笹塚はともかく、小鳥遊お前も終わってねぇんだな」
「ンな早く終わってる方が異端だろ。なァ浅見さん」
「なっ……ま、まあ、ペースは人其々だろう」
「偉いね。俺はまだ少し残ってるよ」
「ふん。理解らない問題が在れば教えて遣っても良いぞ」
「紗和ちゃん勉強得意だもんな」
「其れ程でもない。並だ」
「どうする小鳥遊、俺ら並以下だってよ」
「なっ! ちがっ!」
「言うてヤバいのはお前だけだろ。俺あと数学数ページだけだぞ」
「ハァ!? 聞いてないんだが!?」
「頑張れ並以下」
「うるせ〜ガチ。ぜってぇ写す」
「ちゃんとやれ馬鹿!」
なんて雑談をしていると、あっという間に河川敷に到着した。
オレンジの夕陽が川面にきらきらと反射している。良い天気に感謝したくなるような景色だ。
それにしても、思ったより人が多いな。
スペース自体に空きはあるから、シートを広げて座るくらいなら割とどこでも出来そうだけど、いつ状況が変わるからわからない。
早めに確保しておくが吉だろうな、これなら。
「それじゃあまずは場所取ろっか」
「うん」
「腹減ったんだが。先メシ見ても良いか?」
相変わらず堪え性が無いな笹塚は。
でもまあそうだな。全員で場所取りに行く必要もないか。
「じゃあ俺は先に場所取っとくから、皆はご飯買ってきな」
「私、手伝うよ」
「あ、ほんと? 助かるよ。ありがと」
「じゃあそっちでよろしく〜」
笹塚と保護者の和泉さん、そしてその和泉さんに手を引かれた浅見さんの3人が人混みへと消えて行った。
場所はパッとみてわかるようなわかりやすい所がいいから、そう遠くへはいかないつもりだ。
シートを敷いて、履き物を重石にして……と、ものの数分かかったかどうかすら怪しいぐらいあっという間に陣地を確保した。
ここには厄介な場所取リストもいない。
マーキングの松村なんていた日にはもう、花火どころじゃないからな。
「花火、楽しみだね」
「うん」
「毎年行ってるの?」
「あんまり。家から見えるから」
「そうなんだ」
「うん」
……やっぱりそうだよな。
新崎さん、なんか元気ないよな。
キャンプの帰りあたりからだと思う。少し素っ気ないというか、いつも以上に語調がローというか、そんな感じだ。
独り言もすっかり鳴りを潜めてるし……何かあったんだとは思うけど、こういうのって直接聞くのは良くない場合もあるから、難しい。
「た、楽しみだね」
「うん」
あぁ、気まずい。
笹塚、早く戻って来てくれ……




