新崎さんとは何も無い
テントの隣の茂みからガサガサと音がする。
「たぬきでもいるのかな……」
離すタイミングを失った手はつながれたまま、彼女の震えを俺に伝えてくる。
ハッキリ言う。俺はホラーは苦手だ。
じわじわ系もびっくり系も、一人きりなら失禁失神も有り得るくらいに苦手だ。
でも、この状況。
テントの外から聞こえ続ける謎の物音に怯える新崎さんと、そんな彼女と手をつないでいる俺。
そんな甘えたこと言ってらんないだろ。
思い出せ。何度もこの人に迷惑をかけたこと。その度に助けられたこと。
「大丈夫。守るよ」
俺の手が震えてなければ少しは頼もしく感じられるだろうけど、でも、今はとりあえずそれでいい。何も出来ないよりずっといい。
「小鳥遊くん……?」
「俺ちょっと見てくるよ。それで何もいないことを確認して、落ち着いたら笹塚と和泉さんを探そう」
「……うん」
つないでいた手を離して、入り口のファスナーを開ける。
まずは外の様子を伺おうとして、顔だけを外に出して──
「あっ、やっぱりッ! 小鳥遊さんじゃないですかッ!」
──そして、俺の意識はそこで途切れた。
「……に……あ……」
「はい」
「……ッ! から……」
「そうです」
……あれ、新崎さんの声がする。
新崎さんと誰かが話してる。
「ッ! ……起き……かッ!」
「小鳥遊くん、おはよう」
目を開けると、目の前に新崎さんの顔があった。
いつもの無表情、眠そうな目、小さい鼻、口、垂れたツインテ。
間違いない。新崎さんだ。
「おはようございます」
ああ、俺膝枕されてたのか。また迷惑をかけてしまった。
「大丈夫?」
「おかげさまで。ごめんね。重かったでしょ」
「ううん。かっこよかったよ」
かっこよかったよ。か。
……ん? 俺、何かしたっけ? 確か近くの茂みから音がして、様子を見ようとテントの外に顔を出して──
「小鳥遊さんおはようございますッ! 笹塚さんとは一緒じゃないんですかッ!?」
……ああ、そうだ。そうだった。
テントの入り口、確か名前は『フロントドアパネル』だ。
そんでフロントドアパネルのファスナーを開けたら、目の前にいたんだ。この人が。
「大紅先輩、なんでこんなところにいるんですか」
「それはこっちのセリフですよッ! 笹塚さんとも離れてるしッ! 一体何を考えてんですかッ! 大体──」
うるさくて要領を得なくて長かった先輩の話を要約すると、蒼先輩のツテで、今日からこのキャンプ場で一週間の短期バイトをすることになったそうだ。
勤務時間は夕方から朝方まで、オーナーの遊び心から建てられたあの廃屋に無理やり侵入する人がいたら追い返したり、状態維持のための管理など、要は警備が主な業務内容らしい。
警備業法ガン無視とは、気合いの入ったオーナーだな。
「蒼君は笹塚さん達の方を抑えたそうですよッ! さっき確保したってメッセージ来たんで声かけようと思ったんですけど、まさか失神するとはッ! 驚きですッ!」
失神……そんな気はしてたけど、まさか本当にするとは。やっぱり、さっきのアレは思いっきりフラグだったな。反省しよう。
一級フラグ建築士にはなりたくないんだ。俺は。
……てかじゃあ何だ? あの髪とか鏡台はパチモンで、実際はなんの曰くもないただのセットってことか?
「じゃああの髪と鏡台は……」
「ああ、アレはアレで呪物らしいんでッ! その管理も含めてお仕事なんでッ!」
ふざけんなよクソ。なら動いてたのはガチじゃないか。
「とりあえず、2人と合流しよ」
新崎さんは流石だな。アレらが呪物と知ってなお、取り乱すことなく毅然としているんだから。
「ああ、それなら問題ないですよッ! もうすぐ来るんでッ!」
先輩がそう言ってから一拍後、蒼先輩が笹塚と和泉さんを連れてテントにやってきた。
「お待たせ、アンリ」
「おー小鳥遊、無事だったか」
「笹塚、お前……は、無事じゃないな」
全身傷だらけ。服はドロドロ。髪には木の葉や木の枝なんかが絡まっている。
「コイツにやられたんだ」
笹塚はそう言って和泉さんを指差した。
当の和泉さんは申し訳なさそうに俯いている。
なるほどって感じだな。
「だからごめんって……私だって怖すぎてもう、何が何やらで……気が付いたらお前がぼろぼろになってただけで……」
「知ってるか。悪意が無いのが一番の悪意なんだぜ」
「本当にごめんって……」
お前が懐中電灯を装備した盾に成り下がったのが原因だと思うけどな。
「何にせよ、君達。アレは割と本当に危ないものだから、安易に近付いちゃいけないよ」
「いやぁもうしませんよ。だってガチなんでしょ?」
「そうだね。下手したら君達全員、長生き出来なくなってたかも」
「「「ヒュッ……」」」
「やだな」
やだなて。
「じゃあ僕達はもう戻るから、夜更かしも程々にね」
「お疲れ様でした〜!」
勤務中の2人はそう言って、朗らかな様子でテントから出て行った。
あんな呪物のそばにいて、なんで祖父母みたいな笑顔が出来るんだよ。
「ハァ〜〜、俺もう無理だ。動けん」
「わかる……今すぐ寝てぇ」
俺たちより随分とエキサイトな逃走を繰り広げた2人はようやく緊張が解けたのか、液体のようにぐにゃりと横になった。
そして間も無く、スースーと寝息を立て始める。
「和泉さんは向こうのテント戻らないと」
「ぅん……もどるもどる……」
返事はしてるけど、半分寝てるなこれ。
「新崎さん、和泉さんって……」
「うん。一度寝たら、なかなか起きない」
「だよなぁ」
このテントは、座る分には4人いても問題ないサイズだ。しかし寝っ転がるには2人が限度。もしここで3人目を投入すると言うのなら、半身で端に収納するしか手段は無い。
笹塚も寝起きがいい方ではないし、何より、俺も新崎さんも疲労が溜まっている。どちらかを抱えて女子テントまで運ぶような力は俺には無いし、新崎さんと一緒に運ぶにしても、サイズ的に厳しいだろう。
いや、わかってる。
空いてる女子テントに俺と新崎さんで寝れば問題ないことくらいわかってる。他に選択肢が無いこともわかってる。
でも、高校生でそれはいくらなんでも……
「私は平気。小鳥遊くんとなら眠れる」
俺の胸中を察したかのように言うね。新崎さん。
その眠そうな目がいつも通りなのか、それとも本当に眠い時の目なのか、俺には判断しかねるよ。
「……」
ああ、そんなにじっと見つめないでくれ。俺には君の意図がわからないんだ。
「小鳥遊くん、大丈夫?」
そういう君こそ、今日はいっぱい動いて疲れたろう。大丈夫か?
……って、そうだ。そうだよ。新崎さんだって疲れてるんだ。一刻も早く休ませてあげないといけないんだ。同衾せざるを得ない状況なんだ。
「……わかった。向こうのテントに行こうか」
別に、何かやましいことをするわけじゃないんだし、重く考えなくてもいいか。
同衾とは言ったけど、別に同じ布団で寝るわけじゃない。
同じテントの下、離れて眠ればいいだけだよな。
「じゃあ行こ」
「うん」
俺たちはテントを出た。
向かうは数メートル先にある女子テント。作りもサイズも男子テントと全く同じ物だ。
これから俺は、そこで新崎さんと2人で寝るんだ。
アクシデントさえ起こらなければ、こんなに緊張しなくて済んだのにな。
ああ、星が綺麗だな。
夏の夜の生ぬるい風を冷たく感じる。
緊張して、身体が熱をもっている。
女子テントに着くと、不意に新崎さんが振り返った。
「見てこれ」
新崎さんはそう言って、フロントドアパネルの隅を指差す。
そこにはドキンちゃんのシールが貼ってあった。
「土足禁止の土禁ちゃんだ」
「かわいいでしょ」
「うん」
ちなみにそのドキンちゃんの側にはマッキーで書いただろう吹き出しと文字がある。
『よく見えん』
ド近眼の土禁ちゃんというダブルミーニング。
相変わらず抜かりがないな。
とりあえず、歓迎してくれているようで良かった。
そうして招かれた女子テントだが、様相はこちらの男子テントとあまり変わりがなく、荷物が少し散らかっていた。
新崎さんは荷物を片付けてマットを敷き、寝床を整えている。
俺は俺で和泉さんの荷物を少し端へ除け、持参したマットを敷き、横になって丸まった。
そうして準備が整うと、新崎さんは静かに「おやすみ」と言い、ランタンを消す。
釣られて俺も静かに「おやすみ」と返し、目を瞑った。
予め言っておこう。
何も無かった。




