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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生夏休み
28/76

新崎さんは空気が読める

 

 「自然を感じたい」


 という旨で笹塚から提案されたキャンプにこれから出発する。メンバーは相変わらず、いつもの4人。

 

 一応浅見さんも誘ってみたけど──……



 『此方は誰かさんの所為で天手古舞だ』



 と、状態2から不参加の意を示されてしまった。

 よくわからないけど、頑張ってって感じだ。


 そんなわけで今はスーパーで食材の買い出し中。


 「こんなもんでいいかな?」


 「いいと思う」


 お肉に海鮮に。これだけあれば十分そうだ。

 ちなみに、野菜と飲み物は笹塚和泉さんペアに任せてある。

 和泉さんはしっかりしてるから問題ないだろうけど、ペアが笹塚だからな。もうしばらくかかるだろうな。


 さて、そうと分かれば、行くべき場所は一つだ。


 「じゃあ行こうか。新崎さん」


 「うん。いざ」


 カートを押して、サンクチュアリへ──



 「あったあった。『パンドラ』のウエハース」


 「パッケージ違うの、一個ずつ買えるね」


 サンクチュアリ。またの名を「お菓子コーナー」。

 最近発売されたパンドラのウエハースが、ここならコンビニより安く買える。お得な豆知識だ。


 「ささっと買って開封の儀だね」


 「未来は僕等の手の中」


 「ああ。マッハ50で駆け抜けよう」


 宝物を手に俺たちはレジへ向かった。





 「僕等は、泣くために生まれたわけじゃ、ない」


 「僕等は負けるために生まれてきたわけじゃ、ない……けど……」


 地獄地獄もいいところ。


 早い話、爆死した。

 俺と新崎さんで買ったウエハースは全部で4つ。ウエハースには1パックにつき1枚、イラストカードがついてくる。中にはキャラクターのサイン付きであったり、ギンギラギンでもさりげなくはない箔のあしらわれたものなんかもある。

 しかし、俺たちはその星の下には生まれておらず、カードは全て劇中の場面イラストだった。キャラ0だから、当然サイン付きや箔付きも無い。

 加えて、俺と新崎さんで1枚ずつダブるという始末。4つ買って3種類しか手に入らないという赤字っぷり。


 誰かの養分になった俺たちは、笹塚と和泉さんを待ちながら、イートインでウエハースをサクサクするしかなかった。



 爆死してもウエハースは美味しかった。



 「悲劇だったね。お互い」


 「うん。好きなシーンだけど、つらいものはつらい」


 どんよりとしたオーラを振りまきながら悲しみを分かち合っていると、


 「やあ、小鳥遊さんじゃないですかッ! 笹塚さんとは別れたんですかッ!?」


 忘れたくとも忘れられないような声量。内容。

 振り返るとそこには、俺と笹塚の濃厚BL(笹塚許諾済み)の原作担当、大紅アンリ先輩がいた。

 以前俺たちの教室に乗り込んで誤解と混乱の絨毯爆撃を平然とカマした、タチの悪い拡声器だ。


 「元より付き合ってませんてば」


 「そちらの女性は?」


 相変わらず、人の話は聞かない。


 「蒼先輩と教室に来た時にもいたでしょ。

 かっ、彼女の……あ、新崎さんです」


 空気を読んだ新崎さんが俺の手を握ってくれた。

 確かにこれは、言葉が通じない大紅先輩相手には有効そうだ。


 「こんにちは」


 「こんにちはッ! 彼女ってことは、笹塚さんとは別れたんですかッ!?」


 大紅先輩は人の話を聞かないし、聞いたとしても独自の判断の下、曲解に次ぐ曲解によって、最早真実とはかけ離れた答えに着地する。

 「俺と新崎さんが付き合っている」というこの”てい”は、この人とあともう一人いる厄介な先輩を躱すために、新崎さんが体を張ってくれているわけだけど、どうやらそれも効果が薄いようだ。

 以前は面食らって大人しく引き下がってくれたけど、あれから暫く期間が空いたからか、もうすっかり耐性を付けたらしい。クマムシ並みのしぶとさだ。


 「俺がこれまで付き合った人は、新崎さんしかいません」


 「じゃあ笹塚さんとは体だけの関係ってことですかッ!?」


 これだよ。俺が何を言ってどれだけ否定したとしても、「俺と笹塚は肉体関係にある」という前提を崩さないんだこの人は。

 アカ・マナフに憑依された人間の方がまだマシなレベルで話が通じない。


 「違います」


 「違うって、じゃあ本当は笹塚さんと付き合ってるんですよねッ!? ねッ!? そうですよねッ!?」


 「しつっこいな。どこまで食い下がるんだよ。猟犬かよ」


 まさかこのフレーズを使う日が来るとは。

 新崎さんの目が心なしかキラキラしている。そうか、君もあれ好きか。


 それからも「違う」と「違わない」の水掛け論は続いた。

 いい加減に気力が枯渇しかけたその時、俺たちの目の前にあるものが降り立った。


 「それくらいにしときな。アンリ」


 そう。絶望だ。


 「あ、蒼君。済みましたか?」


 「ん。バッチリだよ。お待たせ」


 会話の通じないもう一人。窪田蒼先輩。

 CV:石田彰みたいな顔つきの美男子のくせに、肝心の頭の方は大紅先輩とタメを張る次元にイッちゃってる。

 この2人が揃うと、渦中の人物は必ず何らかの誤解を周囲に植え付ける羽目になる訳だが──


 「じゃあ私達は行きますね。小鳥遊さん、新崎さん。また」


 と、先ほどまでの狂気はどこ吹く風。そこには一般人ヅラした大紅先輩と、それを優しく支える蒼先輩という、見目麗しいと錯覚してしまうような2人の姿があった。

 いや、見目だけは麗しいのか。


 思い出した。最近でこそ過激思想に2JZ-GTEを搭載しているけど、元来この2人はBLが絡まなければ常識的で良識的な先輩なんだった。


 とはいえ、さすがにこの姿は不気味だけどな。

 今更イメージ改革なんて出来るか。一度沸騰すればピーピーとやかましくなり続けるやかんのような人たちだ。こんなの、嵐の前の静けさにしか思えない。


 「はい、また」


 なんにせよ、帰ってくれるなら願ったりだ。


 「お気をつけて」


 今日はまだまだこれからなのに、すでに限界ってくらい疲れた。


 「お待たせ~~」


 遠くから聞こえる笹塚の声に身体を起こし、俺と新崎さんは繋いでいた手を離したのだった。

 本当、助かる。


 しかしそれはそれとして、出足を挫かれた気分だな。

 すぐに気持ちを切り替えるのは難しいが、それでも切り替えていこう。今日はきっと、いい日になる。





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