最終章 : 銀の鍵と金の鍵 episode01 謎の親書
灰色の曇天が広がるキャメロット首都ログレスの朝。海から直接首都につながるアイシス川、汚水で淀んだ広い川の両岸には大小様々な帆船が係留され、忙しそうに荷物を運ぶ労働者たちが行き交っている。岸に沿って行商人たちが軒を連ね、各国から集まった珍しい商品が所狭しと並べられていた。その中にはオルクセン王国から輸入された物資も多く、香草や精緻な工芸品が高値で取引されている。
特にオルクセン王国ドワーフ族が発展させた精密な金属加工技術や、コボルト族が取り扱う薬草はキャメロット市場でも高い評価を受けている。これらの輸入品は工業化を急ぐキャメロットにとって欠かせない資源となり、両国の交易はますます活発化していた。
中でも一際目を引くのは、アッシュホライゾン商会の倉庫だ。扉には船舵と錨に絡む黄金の鍵の紋章が刻まれ、商会の威信を誇示している。その倉庫にはオルクセンから届いた金属製品や建材が整然と積まれ、人間族とコボルト族の商人が即座に取引価格を決定し、契約を結ぶ様子が見られる。周囲には、ドワーフ族の職人たちが厳しい目で製品を確認し、オーク族の労働者たちが次々と重い荷を運び込み、人間族も負けじとその作業に加わっていた。
ログレスの市場は単なる商業の中心地にとどまらず、キャメロットとオルクセンの技術や文化の融合を象徴する場となっていた。魔種族と人間が競り合う市場の活気が、両国の深いつながりを映し出していた。そして対岸にはエルフィンド商船も僅かばかり係留され、荷役作業が行われていた。商人との交渉は白エルフが、荷運びは黒エルフが行っている。オルクセンとエルフィンドは半ば不倶戴天の敵になっている。アッシュホライゾン商会はわざわざ対岸にも別の倉庫を用意し、エルフィンドの荷を受け入れていた。南岸はエルフィンド、北岸はオルクセンという形で落ち着いている。
メイン倉庫の北倉庫の内部では、黙々と作業する労働者たちの掛け声が響き、各地へ送られる貨物が次々と分類されていく。エリクシエル剤、各種刻印魔術式金属板が入った木箱は特別な封印が施され、鉄格子の中で厳重に保管されていた。その一角、書類が積まれた机に座るキャメロット国アッシュホライゾン商会の商業主任ピーター・エヴァリーは、手にした二通の封筒を見つめていた。既に帳簿の整理は手下に任せ、自らは封筒を握りしめると、足早に倉庫の最上階へと駆け上がった。
開きかけた木製の扉をノックしながら、ピーターは控えめに声をかけた。
「おやじさん、いいですか?」
「これからはラングレー所長と呼べと言っただろう。」
ダリアン・ラングレー所長は机に寄りかかり、口にくわえたパイプたばこから立ち上る煙の中で、紙の束を鋭い目つきでめくっていた。
所長の執務室は、倉庫全体を見渡せる大きな窓と、むき出しの梁が重厚感を漂わせる石造りの天井を備えた部屋だ。机は堅牢な樫材で作られているが、その上は帳簿や地図、羽根ペン、インク壺、流行りの鉛筆、さらには巻き上げられた契約書の束が乱雑に散らばっている。壁には商会の紋章を象った古びた旗がかかり、部屋の隅には取引で使うと見られる小箱や記録の山が積まれていた。
「すみません所長。まずはこちらを読んでいただけますか。」
「おう、なんだこれは」
ピーターの言葉に応じ、ダリアンは手紙を受け取り目を通し始めた。その間、ピーターは一歩下がり、緊張した様子で様子を窺う。
ダリアンはタバコを置き、手紙を読み進めた。
「ふむ・・・・・・~こんにちはピーター。初めてのお願いを聞いてくださる?・・・・・・~つまり、『ゴールデン・キー』を確認して、動く気配がなければこのもう一通を上司に渡せ、というわけか。それで、この『タンテF』というのは誰なんだ?なぜ会長の船を気にする?」
「タンテFは子供の頃からお世話になっている方で、父が亡くなり、母と二人でお金も尽きてどうしようって時にお金の支援をしてくれた方です。会ったことはありませんが、たぶん女性だと思います。その・・・・・・手紙の雰囲気から」
ダリアンは眉をひそめながら答える。
「お前の出身は知っているが、なぜ貧民の出で教養を身につけたかようやく納得がいったよ。いや待て、納得がいかんな。見ず知らずの貧しい家に大金を投じる理由があるか?親戚いなかったよな?」
ピーターは少し口ごもった後、真剣な目で答えた。
「はい。ですが、おかげで飢えずに学校にも通うことができました。タンテFには感謝しかありません。」
ダリアンは鋭い視線を向けながら、さらに問いかける。
「何か条件はなかったのか?たとえば、うちをスパイしろとか・・・・・・」
「そんなことはありません!むしろ、商会に勤めると報告した際には、仕事の詳細を書くなと釘を刺されました。上司や取引先の信頼を裏切るなと強く言われたほどです。」
ダリアンは机に身を寄せながら、深くため息をついた。
「そりゃ大した人物だ。で、そのタンテFはどこに住んでいるんだ?」
「エイランド島のシュタッヒルにお住まいのようです。ただ、遠いので訪ねたことはありません。直接お礼を言いたいのですがその、忙しくて・・・・・・」
ダリアンは鼻を鳴らしながら、ピーターをじっと見つめた。
「他に何か知らんのか?見ず知らずの貧民に金をばらまくような人物だぞ。何か理由があるはずだ。」
ピーターはしばらく考えた後、口を開いた。
「正直、俺も不思議でした。ただ、その時は余裕がなくて、幸運を感謝するしかありませんでした。あ、そういえば・・・・・・」
「なんだ?」
「月に一度、手紙のやり取りを続けましょうと言われました。それと、『勉強を頑張って』と。」
「それだけか?」
「はい、それだけです。」
ダリアンは目を落とし、ピーターが持っているもう一通の封筒を指さした。
「その封筒、よこせ。」
ピーターが差し出したもう一通の封筒を受け取った瞬間、ダリアンの表情が険しく変わった。
「おい、これ・・・・・・」
「あ、それファーレンス商会っぽいです。」
次の瞬間、ダリアンの拳がピーターの頭に落ちた。
「馬鹿野郎!それを先に言え!この封蝋、本物じゃねえか・・・・・・訳がわからん。」
「いてぇ。それで、どうします?『ゴールデン・キー』のことなんかタンテFに言えるわけないし・・・」
ダリアンは封筒を机に置き、すぐに指示を出した。
「まず、家からタンテFからの手紙を全部持って来い。馬車を用意しておくから戻ったら俺と本店に行くぞ。あぁ、一番いい服に着替えてこい。」
「これが一番いい服ですが・・・・・・」
「じゃあ手紙だけ持って来い。すべてだぞ!急げ!」
ピーターは所長の指示に頷き、すぐさま執務室を飛び出していった。
キャメロット首都ログレスの中心地である金融街「シティ・オブ・ログレス」は、早朝から賑わいを見せていた。石畳の通りを馬車が次々と行き交い、壮麗な建物の窓越しには、忙しそうに動き回る金融界の豪商たちの姿が垣間見える。その中でも一際目を引くのが、アッシュボーン商会の本店だ。玄関を飾る整然と並んだ列柱と、上部に掲げられた金貨に刻まれた鍵の紋章は、威厳を持ってその存在感を主張している。
小綺麗だが古びた馬車が、他の高級な馬車の間にぎこちなく止まった。扉が開き、ダリアン・ラングレーが素早く降り立つ。濃紺のスーツに身を包み、きっちりと締めたタイ、そしてヒゲのない整った顎が、いつもの粗野な印象を一変させている。
「はい、所長・・・・・・」
仕事着のピーター・エヴァリーは急いで後に続き、周囲の立派な馬車や豪華な服装の人々に圧倒されたようにキョロキョロと見回した。
「周りを見るな。」
ダリアンが鋭く叱りつける。
「田舎者に見えるだけだぞ。」
ピーターは顔を赤らめ、視線を伏せて頷いた。二人がアッシュボーン商会の玄関に向かうと、そびえ立つ鉄の扉の前には、黒い燕尾服に身を包んだドアマンが直立不動で立っていた。
ダリアンはドアマンに目をやると、ドアマンは何も言わずに鉄扉をゆっくりと押し開けた。その動きは、明らかにピーターに向けて「場違いな者」という無言の圧力を放っているように感じられた。
中に入ると、アッシュボーン商会の広壮さにピーターは息を飲んだ。光沢のある黒と白の大理石の床が霞んだ空の光を反射し、壁には豪華な装飾が施された地図や、過去の成功を物語るような契約書が額縁に収められて飾られている。天井から吊るされたシャンデリアが、重厚で洗練された空間をさらに際立たせていた。
ダリアンは慣れた様子で足早に歩き、受付の女性に短く挨拶をした。
「アッシュホライゾンのラングレーです。頭取に至急お目にかかりたい。」
受付の女性は軽く頭を下げると、案内の少年を呼び寄せた。
「お二人を頭取の執務室にお通しください。」
ダリアンは少年の後に続き、廊下を足早に進んでいく。ピーターにも振り返らず、短く促した。
「ついてこい、ピーター。立ち止まるな。」
ピーターは慌ててその後を追ったが、初めて足を踏み入れる本店の雰囲気に完全に圧倒されていた。壁には豪華な額縁に収められた各国の地図や契約書が並び、金属製の燭台が一定間隔で取り付けられ光が届かない廊下を照らしている。
廊下を行き交うのは、完璧に仕立てられたスーツを着た社員たちや、高級な外套を羽織った上流階級の顧客たちだった。彼らが一瞬だけピーターに視線を向けるたび、彼の心臓は早鐘を打った。
床は分厚い絨毯が敷き詰められ、靴音すら吸い込むような柔らかさだ。ピーターの埃で薄汚れたボロ靴が、豪奢な絨毯の上ではまるで異物のように映る。
「所長、ここは本当にすごいですね・・・・・・蜜蝋の蝋燭がつけっぱなしです・・・」
ピーターは緊張を隠せずに呟いた。
「感想は後だ。」
ダリアンは険しい顔で歩を止めず、冷たく言い放った。
ピーターは小走りでその後を追ったが、自分のボロ靴が絨毯に沈み込むたび、肩身の狭さを感じた。
「こちらがが頭取の執務室です。」
少年が立ち止まり、丁寧にノックをした。その小柄な姿が、重厚な扉の前ではさらに小さく見えた。
「入りたまえ。」
低く落ち着いた声が扉の向こうから響いた。
少年は小柄な体を使って扉を静かに押し開け、頭を下げて脇へ退いた。ダリアンは堂々と部屋に足を踏み入れたが、ピーターは一瞬足がすくんでしまった。
「お前も来い。失礼のないようにな」
ダリアンが促すと、ピーターは慌てて部屋の中に続いた。
部屋の中は廊下とはまた異なる威厳を持っていた。高い天井には繊細な彫刻が施され、壁には豪華な地図や、過去の成功を記録した証書が額装されている。中央には巨大な樫材の執務机が鎮座し、その上には帳簿や羽根ペン、そして未開封の封筒がきちんと整理されて積まれていた。
執務机の向こうには、赤い革張りの椅子にゆったりと腰掛けた頭取ハロルド・ウィットモアがいた。60を超えた紳士然とした佇まいは、年齢を重ねた者だけが持つ威厳と優雅さを兼ね備えている。白髪が薄く混じった髪は丁寧に整えられ、銀縁の眼鏡越しに覗く眼差しは静かな知性を感じさせた。
ハロルドは穏やかにダリアンを見上げながら、机の上に置いていた羽根ペンをそっとインク壺の横に置いた。その動作には一切の無駄がなく、彼の性格を映し出すかのようだった。
「ラングレー所長、何用ですか?」
声は低く落ち着いており、部屋の静けさを切り裂くことなく響いた。その話しぶりには、急かすことなく話を受け止めようとする余裕があり、相手を委縮させない配慮すら感じられる。
ダリアンは深く一礼し、きっぱりとした声で答えた。
「急ぎ、重要な話をお伝えするために参りました。」
ハロルドは一瞬視線を机上の封筒に落とすと、再びダリアンに目を向けた。その仕草には思慮深さと興味が混じり、状況を把握しようとする意図が感じられる。
「そうですか。」
ハロルドは穏やかな口調のまま、手を軽く机に置きながら言った。
「まずは座りなさい。君がこうして駆けつけるということは、ただ事ではないのでしょう。」
その一言で、部屋の緊張感がわずかに和らいだ。ピーターも促されるように、一歩前へ進み、縮こまるように頭取の視線を避けた。
「そしてそちらの方は?」
ハロルドが微かに口元を緩め、ピーターに優しく視線を向けた。
ダリアンがすぐに答える。
「商業主任のピーター・エヴァリーです。目がなかなか効く奴で、気に入ってます。」
ピーターは不器用ながらも深く頭を下げた。
「お初にお目にかかります・・・・・・頭取様。」
ハロルドは微笑みを浮かべながら、椅子に寄りかかって軽く頷いた。
「初めての本店ですか。よく来てくれました。」
その声には威圧感はなく、若者への配慮すら含まれていた。
「それで、要件は?」
ハロルドはダリアンに問いかけた。
ダリアンが事のあらましを説明している間、ハロルドは腕を組みながら静かに聞いていた。その表情には、話の内容を慎重に吟味する様子が見て取れる。ときおり短く頷き、あるいは視線を机上の封筒に落とすことで、自分の考えを整理しているようだった。
「・・・・・・以上が、今回の状況です。」
ダリアンが説明を終えると、ハロルドは小さく息を吐き、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
頭取ハロルド・ウィットモアは、机の上に並んだ封筒を指先で整えながら静かに頷いた。眼鏡越しにダリアンを見つめるその眼差しは冷静そのものだが、微かな好奇心も感じさせた。
「大体の経緯はわかりました。ファーレンス商会、タンテF、そして・・・・・・『Fおばさん』の正体は、ファーレンス夫人ですね」
その言葉に、ピーターは驚きのあまり小さく息を飲んだ。
ダリアンもわずかに眉をひそめ、腕を組みながら答えた。
「やはり・・・・・・貧民にただ金を渡した篤志家がファーレンス夫人だと」
「ええ、夫人はこの時のためにわかりやすい名前にしたのでしょう。」
ハロルドは穏やかな口調で返しながら、机の端に手を置き、ゆっくりと後ろに寄りかかった。
「実は先日、夫人から在オルクセン支部を経由して親書が届いています。そこには、指定した日時にキャメロットとオルクセンの中間点の洋上で、ご当主と直接商談をしたいと記されていました。」
ピーターはその言葉を聞いて、頭をかしげた。
「それで『ゴールデン・キー』を気にしていたんですね・・・・・・」
ハロルドは視線をピーターに向け、優しい口調で応じた。
「ええ、そうです。」
ダリアンは低く唸りながら言葉を続けた。
「ですが、通常は支部で交渉がまとまるはずです。むしろ、そのための支部でしょう。それをわざわざ・・・・・・?」
ハロルドは視線を再びダリアンに戻した。
「はい、夫人からのたってのご提案でしたので、ご希望に沿う形を取るつもりでした。ただ、今の時期は風も弱く、数海里先でも往復3日はかかる状況です。ですのでご多忙のご当主の名代として、私が交渉に伺う予定でした。」
その言葉に、ダリアンが眉をひそめ、少し険しい声で尋ねた。
「それなら普通の商船を使う、ということですね。しかし、夫人は会長との会談を必ず望んでいるので船を確認させる。するとこの親書は・・・・・・」
ハロルドは手元の親書を軽く持ち上げ、ダリアンの言葉を受けながら静かに答えた。
「おそらく、ご当主への念押しでしょう。いや、開封するまでもなく、こうして夫人の意思は働いています。それほど重要な商談だとは、私としたことが少々自惚れておりました。恥ずべきことです。」
机の端に置かれた蝋燭の火が、少し疲れたようにため息をつくハロルドの表情を柔らかく照らしていた。
ダリアンがわずかに前のめりになりながら、低い声で続けた。
「ですが、これが刻印魔術式金属板やエリクシエル剤の商談であれば・・・・・・失礼ながら、頭取ご自身で十分に決済が可能なはず。それでも、夫人が会長を求める理由とは・・・・・・」
その問いにハロルドは少しの間考え込むように黙り、机の端に置かれた蜜蝋の蝋燭を見つめた。その光が彼の銀縁眼鏡に微かに反射している。
「・・・・・・そうですね。それ以上の重要な話、ということでしょう。」
ハロルドはそう静かに答え、軽く肩をすくめるように言葉を続けた。
「ただ、私にも想像がつきません。ともかく夫人が一度限りの切り札を使うほどの要件です。改めて私が直接ご当主に親書をお届けします。」
続けてハロルドは静かな口調の中に力強さを込めて命じた。
「『ゴールデン・キー』はアッシュボーン商会の旗艦です。最高のクルーを集め、万全の準備を整えてください。」
ダリアンは深く頷き、立ち上がった。
「承知しました。すぐに手配します。」
ハロルドは穏やかに微笑み、ピーターに視線を移した。
「おそらく、この三人は随行することになるでしょう。ピーター君、しばらくはラングレー所長と行動を共にしてください。生活も共に、です。よくやりましたね。」
その言葉に、ピーターは目を丸くした。
「は、はい!」
なぜ自分が褒められているのかも、生活を共にするとはどういう意味なのかもわからなかったが、とにかく返事をした。
「では、失礼します。」
ダリアンは一礼するとピーターを促し、二人は部屋を後にした。
扉が重厚な音を立てて閉じられると、廊下の静けさが二人を包み込んだ。来たときには緊張で速足だったが、今はどちらともなくペースを緩め、ゆっくりと歩き出した。
廊下には、壁に取り付けられた燭台の光が揺らめき、二人の影を細長く映し出している。ピーターは足元を見つめたまま、時折ダリアンに視線を向けたが、口を開くタイミングを計りかねていた。ダリアンはそんな様子を横目で察しつつ、無言で歩き続ける。
やがてピーターが意を決したように声を上げた。
「所長、質問があるんですが。」
「ああ、俺も二つ質問があるだろうと思ってたよ。」
ダリアンは白々しく返した。
ピーターは驚いた表情で足を止めた。
「え?その通りですが・・・」
ダリアンは顔をピーターの方に向けると、鋭い目つきで笑みを浮かべた。
「一つ目の、一度きりの切り札ってのは、もうお前は信用されなくなったってことだ。ファーレンスの内通者と思われてる。」
ピーターは目を見開き、声を上げた。
「えー?そんなの酷すぎます!」
ダリアンは軽く舌打ちし、周囲を見回した。
「声がでかい。そして二つ目は、俺が内通者を見張るってことだ。会長に万一のことがあったら商会が吹っ飛ぶ。」
「なんですかそれー!」
その瞬間、ダリアンの拳がピーターの頭に落ちた。
「このくらい疑ってかからなきゃな、金庫番はできないんだよ。」
ピーターは頭をさすりながら、痛みに愚痴を言おうとしたが、ダリアンはすぐに続けた。
「それと三つ目、お前が気づいていない質問だ。」
「ってー。なんです?」
ダリアンはピーターを真っ直ぐに見つめた。
「お前も会談に行くんだろ。そこで本当に内通者なのか、ただの脳天気なのか確認するんだ。まだ見捨てられちゃいねぇから心配すんな。」
ピーターは、息を飲んで立ち尽くした。自分が疑われていることの理不尽さと、まだ見込みがあるという言葉の救いの間で、何とも言えない気持ちが胸に広がった。
「心配すんなって言いましたけど・・・・・・やっぱり、心配です。」
ピーターの呟きに、ダリアンは一瞬だけ目を細めたが、無言のまま廊下を歩き出した。
「理由のない金の怖さがわかったろ。『受け止めるな。掴み取れ』だ。ほら来い」
ダリアンの背中に追いつこうと、ピーターは駆け足で後を追った。
「でも、タンテ・・・・・・ファーレンス夫人はいい人ですよ。」
その言葉が背中越しに聞こえた瞬間、ダリアンは振り返ることなく低い声で返した。
「もう一発食らわすぞ。」
ピーターは慌てて口をつぐみ、少し小走りになりながらダリアンの後ろを追い続けた。
「そういや、なんで俺褒められたんすか?」
「お前は目利きの半分でも裏読みできりゃあなぁ・・・」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はキャメロット側のエピソードとして、新たな舞台と登場人物を描きました。実はこのエピソードが最初に生まれ、本編があとから形になっていくという流れでしたので、個人的に思い入れのあるシーンです。
イギリスの蒸気機関発明前後の雰囲気を意識しながら、交易や政治の駆け引きを取り入れることで、時代背景と緊張感を演出しました。ダリアンとピーターのやり取りは、この頃は師弟制度の廃止前後です。師弟関係や組織の中での立ち位置を通して、二人の性格や価値観の違いを感じていただけるよう工夫したつもりです。
また、タンテF=ファーレンス夫人という伏線を匂わせることで、過去と現在が交錯し、物語全体がつながっていく仕掛けを取り入れました。ここからどう展開していくのか、期待してもらえたら嬉しいです!
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