土下座懇願
若樹の奇行に虚を突かれて、思考停止状態の音操。若樹は畳み掛ける。
「あたしに出来ることなら何でもします! お金だって払います! 決して死者を冒涜するような真似は致しません! 他の人にも場所は死んでもバラしません! ですから何卒、何卒あたしめに憂炎様の眠る場所を教えてください!!!!!」
「ちょ、貴女、声が大きいです……! 静かにしてください……!!」
人が寄って来兼ねない声の大きさに、我に返った音操は慌てて若樹に駆け寄った。
長い指を口に当て、静かにするように促す音操。若樹は慌てて口元を抑えて静かにすることを同意した。
……二人で暫く、その格好で固まっていたが、辺りは静かなまま。
遠くで祝賀会での笑い声が響いてくるだけで人の気配がないことを確認すると、音操は、はあ……と安堵の息を漏らした。
「……まさか、初手から土下座をされるとは思っても見ませんでした。しかもあんな大声を出されるとは……」
「す、すみません……」
「取り敢えずお立ちください。お召し物が汚れてしまいますよ」
「い、いえ、そういう訳には! 音操様には辛いお願いをしている身ですので、それに比べたら土下座なんてモガッ」
「だから、静かにしてください! ……はあ……。失礼しますよ」
「もがっ?!」
音操の手が若樹の口元を覆う。
再度静かにして人が来ないことを確認した後、音操は若樹の口を片手で抑えながら、もう片方の手で体を持ち上げて立たせる。
(うっわ、音操様力強ッ! こんな細身の体で軽々とあたしを……)
感心したのも束の間。良く考えれば彼も憂炎と共に戦場を駆け巡った武人だ。着物の下は筋肉で覆われているのだろうと一人納得する。
「……女性に土下座をさせたまま話をする趣味はありませんのでね。かと言って椅子もありませんし……」
「ふが……ぷはっ。立ったままでも大丈夫です。どちらにしろ汚れてもいい服できてますんで、お気になさらず」
「……そうですか……。で、なんでしたか……憂炎様の墓の場所を知りたいと……?」
自由になった両手で音操の手を外しそう言うと、音操は変なものを見るような目で若樹を見ながら少し迷ったようだが、立ったままで話をすることにしたようだ。
「はい、仰る通りです」
「何故? 目的は何ですか? 憂炎様のご遺体は既に灰と化してます。墓石すらありませんから、何もできませんよ?」
「お墓参りができるじゃないですか。というか、墓荒らしとか死体漁りは絶っっっっっ対しないと誓います」
「死体漁りって……まあ、いいでしょう。貴女は憂炎様と縁があったのですか?」
「いえ、全く。顔を合わせたことも、話をしたこともありません」
因みに憂炎が戦に明け暮れていたので、憂炎の為の後宮が使われたことは一度もない。その所為で警備がザルになり、男達と懇ろになった女官や宮女もいるのを聞いたことがある。
本来なら極刑ものであるが、結果的にそういった連中は新王朝発足と共に一緒になることができるだろう。人生わからないものである。
若樹の返答に、音操は頭上にはてなマークを飛ばしているように困惑している。
「それでは……憂炎様とは……どういう……?」
「遠くから憂炎様をお見掛けして……端的に言えば、一目惚れをしました」
「……は? ……惚れ……?」
「はい。惚れてます。憂炎様に」
若樹の言葉に音操は益々困惑の色を濃くした。胡散臭さと疑惑を混ぜた視線が若樹に突き刺さる。
「は……信じられませんね。あの方は”残虐帝“ですよ? 数多の人間から憎まれることはあっても、愛されるということは決してない。その名に偽りがないことは、右腕だった私がよく知っています。そんな男を愛していたと言うのですか?」
「違いますよ、音操様。あたしは、憂炎様が死んでしまっても今も尚、愛しています」
その返答に、音操は眼をこれでもかという程見開いて絶句する。
常識的に考えて、人をいとも簡単に殺戮して、民の生活を顧みない指導者なんて憎悪と嫌悪の対象でしかない。
実際、以前の若樹もそうだった。家族と故郷から離された憎しみと悲しみを募らせていた。
しかし前世の記憶を取り戻した今は違う。
故郷から出たのは、憂炎に出会う為に必要なこと。
後宮の女たちは皆似たような境遇だった為に、醜い争いもなく、今では無料の寝床と食事を提供されていたと変換できている。
そして実家に帰ることができる。
結果論にはなるが若樹になんの被害も無かったのだ。
恨む必要はない、と若樹は結論付けている。
「ええ、ええ、憂炎様が残虐帝であることは百も承知。ですが、恋心って理由にも常識にも囚われないものなんですよ。音操様だって、あの方を慕っているでしょう?」
「っ……!!」
でなければ、遺体を一人で隠するなんてことはしない筈だ。
部下ではなく友として、憂炎の遺体が晒され辱められるのを拒否したのだということは想像に難くない。
――勿論若樹は前世の知識からの拝借だが。
そしてそれは当然のように図星だった。
まさか解放軍の仲間ではなく、一切関わりのない女官に自分の気持ちを言い当てられるとは思わなかったのだろう。
音操は言葉を失っていた。
若樹を見つめたまま、呆然自失のような状態になっている。若樹もこれ以外の理由は思いつかなかった為、音操の翠眼をジッと見つめたまま、彼の返答を待っていた。なんなら再度の土下座の心構えも出来ている。
――どれくらいそうしていたか。
「……わかりました。貴方の言葉を信用しましょう。憂炎様の墓の場所をお教えします」
暖かい風がさぁっと吹いた。
音操は穏やかな微笑みを浮かべ、静かに告げる。音操の言葉がじわじわと頭に染み込んで行き、言葉の意味を理解した若樹は腰を直角に折って頭を下げる。
「ありがとうございます!! ほんまにほんまにありがとうございます!!」
「しかし、今日は無理です。私はこのままここを発ちますが、明日、昼時にお迎えに上がりますので、お待ち頂けますか?」
「わかりっ……!」
感極まってエセ関西弁が出てしまっているのに気づかない程喜んだ若樹だったが、突然不安が襲う。
音操は参謀を務める程頭が良い。こうは言ってはいるが、若樹から逃れる為の其の場凌ぎかもしれない。疑いの眼差しを音操に向ける。
「……ほんまに? ほんまに来てくれます……?」
「ええ。お約束します。そうですね、その証拠として、これを預けておきましょう」
「……!! そっ、それは!!」
クスリと笑いながら音操が懐から取り出したのは大きな翡翠の勾玉が付いた首飾り――それを目にした瞬間、若樹はカッ! と目を見開いた。
見覚えがありまくる。
何故なら、その首飾りは憂炎がいつも付けていた首飾りだからだ。
彼のものだとわかる証拠として、勾玉に変わった模様が刻まれている。一見すると大きな傷にも見えるそれは、実は音操との友情の証。音操もまた少し変わった模様の入った勾玉を隠し持っている。
そんな大事なものを差し出してくるのだ。信じないわけがない。差し出されたそれを、両手で厳かに受け取る。
「こちらは憂炎様が大事にしておられた首飾りです。あの方の形見として頂戴しました。私にしても大事なものです。これを受け取るためにも、明日必ず伺います。これで信用して頂けますか?」
「畏まりました! 大事に大事に預からせて頂きます!! 明日お待ちしております!!!」
「……きちんと返してくださいね?」
余りの速答と二度と手放さんと言わんばかりに首飾りを握り締める若樹にドン引きしながらも、音操は憂炎の馬と共に静かに立ち去っていった。
その後ろ姿に向かって深々とお辞儀をしていた若樹は、彼の足音が聞こえなくなったと同時に自室に向かって駆ける。
「憂炎様と音操様の友情のネックレス……! 憂炎様がお風呂の時すら外さなかったネックレス……!! 憂炎様の汗と匂いが染み付いたネックレス……!!! うへへへへへ……!!」
――後日、その姿を目撃した者が、祝賀会の夜に『恨み言のようなものをブツブツ話しながらよだれを垂らす女の化生が現れた』と騒いだが、酔っ払いの戯言だと一蹴されていたことを、若樹は知らない。
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