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いいね、ブクマ、評価感謝です!
取り敢えず完結です。
気が向いたら&思い付いたら故郷でのあれこれ書きます。
「どどどどどどどどどいうことですかかかかかかかかっ!?」
「どうどう、落ち着けお嬢ちゃん。あー……、若木だっけ?」
「る、るるるるるるるるるぉしゅうでででででてすすすすすす」
「……本当に落ち着け。全く分からん。取り敢えず深呼吸しろ。はい、吸え、吐け」
「ひええ、吸って吐いてって言わない言い方解釈一致過ぎる……すうううう……はああああ……」
異常現象にすっかり泡を食う若樹だが、憂炎に宥め賺されて呼吸を整える。とはいえ頭の中は未だ混乱しており、『なんで?』と疑問の言葉のみが浮かんできて、それを追求する思考は働かない。
眼の前にいるのは、皇衣を纏わず、庶民が着ている簡素な旅装束の大男。貴人だった印象は跡形もなく、無頼の輩と言っても過言ではない。
「る、るぉしゅー、です。あたしのなまえ……コン ルォシュー……」
「ルォシュー……若樹か。良い名だな」
「と、とんでもない! お褒めに預かり恐縮です! お目に掛かれて光栄にございます! ってか本物ですかっ!?」
「若樹はどう思う?」
「見た目と口調と性格はちょっと違うけど、星空のような美しい黒髪も朝焼けのような目の色も男らしい精悍な顔立ちも包みこまれたい大きい体も渋い艶めいたお声もまるっきり私の知ってる憂炎様でございます!」
「俺の知らねえ俺がいる……」
「何で!? 憂炎様は主人公に殺された筈じゃあ……!? あ、もしかしてどっちかが影武者!?」
であれば、性格の違いも納得行く。どちらにしろ若樹が好きだった残虐帝は死んだ事になってしまうが……。
しかし、憂炎はあっさり否定する。
「主人公? ああ、あの若造のことか。確かに殺されたぞ。ま、一言で言ったら、竺 憂炎が若造に殺されたっつーのは偽装工作なんだわ」
「………………………………ぎそーこーさく………………………………?」
「おう。あと、俺に影武者はいねーぞ。こんな男前の影武者なんざ、そう簡単に用意できねーだろ?」
いとも簡単な暴露と自信満々な眩しい笑顔。いつもなら『確かに!』と同意する展開だが、頭は完全に停止していた。
時間が刻一刻と過ぎていく――が、実際は一分程度だろう。
「…………………………はあ〜!? どーゆーことなんんんんんん!!?」
あまりの静止ぶりにそこに人間の気配を感じなかったのか、お供え物を啄みに降りてきた鳥たちが、若樹の絶叫に一斉に飛び立った。
「簡単に言やあ、先帝のもの全部ぶち壊したかったんだわ。でもそうすっと、一応クソジジイの血を引いている俺も要らねえってなるんだが、俺は死にたくねぇからな。で、音操と相談して、俺は死んだことにしようってなったんだわ」
崖際に腰掛けて、足を投げ出して並んで座る二人。その間にはお供え物であった果物が並び、憂炎は遠慮なく頬張。若樹も、『まあ落ち着け』と憂炎に口に押し込まれた月餅を齧りながら、不審者を見るような目で彼の話を聞いていた。
「音操様もグルやったんですか……?」
「おう。あいつ愛国心強えだろ? クソジジイは金と酒池肉林しか興味ねぇし、官僚たちは不正ばっかりだったからな。あのままなら、この国はどこぞ国に乗っ取られてもおかしくなかった。その前に内側の連中で新しい国を作った方がいいだろってことでな。俺はこんな国無くなっても構わねぇが、音操の奴が絶対嫌だっつーからな。ま、周りの国を牽制するために俺は戦争だけしてても構わねぇっつーし、言葉に甘えた感じだな」
確かに一度壊れたものを元通りにするのは尋常ではない労力がいる。しかも陣頭に立つべき指導者はやる気がない。であれば、やる気のある他人が一から作り直した方が早いというのは納得できる考え方だ。
「……ってことは、黒幕は音操様……?」
「他にもいるみてぇだが俺は知らねぇ。でもまぁ、大元は音操だな」
「なんてこったい。あんな綺麗な顔して腹黒だったとは……いや、さもありなん」
憂炎は首から下げた例の首飾りを片手で弄びながら、どうでも良さそうに天を仰いでいる。不可食部分を崖下に投げ込んで、指についた汁を舐める仕草に(エッロ!!)と内心興奮していると、憂炎はふと思い出したように若樹を見た。
「そういや、お前、俺の過去知ってるんだって?」
「んぐぅ!!? ……サテ? ナンノコトデショウカ?」
「今更知らねぇふりしても無駄だぞ。前世の記憶で俺が物語の登場人だって聞こえてたからな」
「そんなに序盤から近くにいたん!? ごめんなさい! ほんま不可抗力なんです! 他の人には絶対言いませんから命ばかりはお助けください!!」
落ちないように気をつけながら後ろに下がって崖際土下座を決める。
「命なんざ取らねーよ。お前、俺のこと何だと思ったんだ」
「え? 敵も味方も容赦しない残虐非道の残虐帝……?」
「いや、その通りだけどよ……」
「ってか、私の前世の話を信じてくれはるんですか?」
「そりゃあ、縁もゆかりもねぇ、しかも七つ年下のお前に父上の話を持ち出されちゃあな。ま、今更バラされたって関係者は全員死んでっし、誰も信じねぇよ」
「あ、ああ〜……ナルホド〜……」
それが本心かは分からないが、一先ずは信じてくれて口封じとして殺されないことに安堵する。
「そう言えば、あたしの記憶では、憂炎様は心臓を貫かれて死んだ筈やったんですけど、どうやって回避したんです?」
「あー、それな。まず、鎧を壊れやすくしとくだろ? 若造と戦いながら壊れるようにするだろ? で、むき出しのところを袈裟懸けに斬られるように誘導して、いざ切られたら懐に仕込んでおいた血糊がぶち撒けられるようにしておいたって訳だ。簡単だろ?」
「ゲームと違う!? ……や、でも、究極憂炎様が生きててくれたわけやし、良かったやん……。憂炎様、生きててくれてありがとうございます! ほんまにほんまに良かったです!!」
「はは、まさか生きてて喜ばれることがあるたあ驚きだな」
(……これが本来の憂炎様なんか……)
快活に笑う姿を見て、そう思う。別人になってしまったような寂しさがあるが、不幸から脱却できたことを祝わない理由はない。微笑ましく思いながら見つめていると、憂炎と目が合ってドキッとする。やばい、見惚れ過ぎてたと慌てて話を切り出す。
「こ、これからどうするんです?」
「ん? ああ、音操と一緒に旅をする……」
「いいですね! これまでずっと苦しめられてたんだから、自由を謳歌してくださいね!」
「と、思ってたんだが……」
「?」
「若熙。お前、俺の事が好きなんだって?」
「えっ!? あ、いや、あの、その、えっと、あの、だから、いや……その、ちが……」
「正直者だな、お前」
全部聞かれていたわけだから、告白も聞かれているのは当然のこと。
まさかの言葉に全身が一気に熱を帯びる。
しかし。
「あ、あの、確かにあたしは憂炎様が好きなんですけど、どっちかって言ーと、残虐帝時代の憂炎様が好きで……あ! 今の憂炎様を否定するわけやないですよ!? 野性的な魅力あって、好きな人は好きやと思います!! でもあたしは、なんちゅーか、こう、一見冷ややかなのに実はギラギラしてて胸に熱いものを秘めてる男が好きなんです!」
「お前、大人しそうな顔して結構やべーのな……」
そう、若樹が好きなのは死んでしまった残虐帝。クールな孤高の一匹狼な憂炎が好きだったのだが、今の姿はそれと真逆で、ガサツで野性味が溢れている。勿論嫌いなタイプではないが、長年拗らせていた残虐帝はこうであるという固定観念のせいで、正直今の憂炎との折り合いができていない。
「おかしいのはわかってますぅ。しょうがないでしょー。人の好みはそれぞれですぅ」
「なら、やることがなくなってフラフラする俺は好きじゃねぇってことか? 自分で言うのもなんだが、見た目は悪くねぇぞ?」
「た、確かに憂炎様の容姿はあたしの好みど真ん中なんですけど! でもそれはそれで逆に好みが全て揃い過ぎてて、あたしなんかじゃ釣り合わないし……ほんま神々し過ぎて触るのも勿体無い……憂炎様が汚れてまう……」
「逆じゃねぇか、それ。なんてったって俺の全身は数千人近くの人間の血に染まってるからな」
「戦争やったんやから仕方がないやないですか。趣味で人殺ししてた訳や無いんですし」
「起こしたのは俺だぞ?」
「小難しいことは正直わからへんけど、憂炎様が起こさんくてもいずれは起きてたんでしょ? やられる前にやるのは必勝法やって兄ちゃ……兄も言ってましたし。終わり良ければ全て良しですよ」
聞く人が聞けば激怒もののセリフである。だが今の若樹は前世の意識のほうが強く、以前の若樹の記憶はあるものの、戦争のことも含めて対岸の火事の如く関心は薄い。前世日本人の事なかれ主義が強く影響しているようだ。
「兄がいるのか?」
「はい。あと弟もおります。両親と兄と弟の五人家族なんです」
「何をしてるんだ?」
「父と弟は呉服店を、母と兄は飲食店を営んどります。あたしは両方を手伝ってた感じですね」
「へえ……仲は良いのか?」
「めっちゃええです。父と兄と弟の口癖は『嫁に出したくない』でしたから。母はあたしがちょっとお転婆過ぎて嫁に出したくない言うとりましたけどね」
「ほう。嫁に出したくない、か……。仲が良くて羨ましいな」
そう言って遠くを見るように笑う。在りし日の家族を思い出しているようで、その表情を見て無神経な発言に気づき、再び土下座する。
「すみません! どうでもいいあたしの身の上話なんかしちゃって……!!」
「いや、頭を上げろ、若樹。どうでも良くはないぞなんてったって。これから婿入りする予定だからな」
「え? もう結婚相手決まっとるんですか!? おめでとうございます!!」
憂炎から出た目出度い言葉に、ぱあっと華やいだ顔をあげる。憂炎はそんな若樹の笑顔を見て眉間にシワを寄せた。
「……お前。……俺のこと好きなんだよな?」
「え? あ、はい」
「ならなんで……俺が結婚するって聞いて喜ぶんだ? しかも相手が誰かもわかんねぇのに……」
「え、だって憂炎様がお選びになった女性……いや、御方ですし。あたしが口出しする権利も理由もありませんし」
「なんで女性から御方に言い直したんだ? 女に決まってんだろ」
「それは失礼しました」
音操の顔が浮かんでいたとは口が裂けても言えない。
「とにかく、あたしができるのは祝福の言葉……あ、ご祝儀もできる! 今手持ちはないんやけど、部屋に父から送られてきた諸々あるんで、今度お渡しします! これまで頑張った分、是非そのお方と幸せになってくださいね!!」
「ほー、そうかそうか。なら、幸せにしてくれよ、若樹」
「へ?」
少々噛み合わない会話にきょとん、と目を丸くする。何故今自分の名前が出たのか。若樹は見当もつかない。そんな鈍感な様子を見せる若樹に対し、憂炎はニコニコと笑っているが口元が引くついており、何故か苛ついているようにも見えた。それでも何も言わない憂炎に、意を決して疑問をぶつける。
「……ちょっと理解不能なんですけど、なんで今あたしの名前が出はったんです?」
「そりゃあお前、俺も若樹に惚れたからだ。両思いなら、夫婦になるのは道理だろ?」
「…………………………はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
本日三度目の若樹の絶叫が響いた。
青天の霹靂。予想だにしない展開に目を剥くきながら、ぶんぶんと首がもげそうな勢いで横に振る。
「無理無理無理無理無理無理! あたしなんかじゃ憂炎様幸せにできませんて!」
「なんでだよ。あんなに情熱的に口説いてたくせに、今更掌返すなんざヒデェ女だなー」
「ひいぃごめんなさいぃ! 今もまだ憂炎様は愛してます! でもあたしには憂炎様は勿体無いです!! 第一、あたしと結婚してもなんにもなりませんて!? 店は兄と弟継ぐし! 継ぐものは何も無いし! あ、お金!? お金なら支援金送ります! それで手を打ちませんか?!」
「そこまでしてくれんなら結婚した方が早くねぇ?」
「で、でも白い結婚は流石に悲しいし!」
「なんで白い結婚前提なんだよ」
「だって、あたしは憂炎様のことよく知ってますけど、憂炎様はあたしのこと知らへんでしょ? 愛が生まれるわけないやないですか! ということは、うちの財産を狙ってるとしか思えへん! 憂炎様があたしの立場になったらどう思います!?」
「いやお前、本人を前にして……あ〜いや、でも、成程。確かに。お前の言ってることも一理あるな」
「でしょ?!」
憂炎もちゃんと考えたようで、腕を組んで空を仰ぎながら渋い顔で同意を見せる。
「なら、一目惚れっていったら信じるか?」
「は? いや、あたしはあんまり……いざ交流してみたら思ってたんとちゃうな〜ってことはよくありましたし……」
思ったよりも真剣な眼差しを向けられ、少々居心地の悪さを感じながらも答える。
「でも音操に言ったんだろ。一目惚れだって」
「いや、それは、あの時はああ言うしかなかったので……」
「あと、恋をするのに理由も常識も要らないとも言ってたな」
まさに墓穴。流石にあの説得の場で『ゲームで知って〜』なんて言える訳がない。言ったとしても頭がおかしいと思われるだけだ。だからら無くはない言い訳としてその言葉を使ったのだが、逆手に取られるとは思ってもみなかった。
二の句に困っている若樹を目を細めて見て、憂炎は若樹の腕を引いて己の膝の上に乗せる。
「軽……お前、ちゃんと飯食って」
「ひぃいいいいい! なんてことすんねん下崖やで!」
「おお、積極的だな」
「アホ! バカ言うてへんで、崖から離れぇ!」
一拍遅れて、憂炎の顔が間近に迫ったことよりも、下から吹いてくる風で無意識に視線を向けてしまった若樹は必死の形相で憂炎にしがみつく。憂炎は嬉しそうだ。
「なあ、俺は本気だぜ。あんな強烈で真っ直ぐな告白受けて惚れねぇ男はいねぇよ。ちゃんと働くし、浮気もしねぇって誓う。お前の両親みたいにちゃんとした夫婦になろうぜ」
若樹をお姫様抱っこしたまま素直に崖際から距離を取りながら、憂炎は話す。
文字通り夢にまで見た光景だが、若樹は頷けない。
「い……いやいや、あたしの両親見習ったらあかんです! 万年ゲロ甘々夫婦で、あたしら兄弟ほんまにうんざりしてますから!」
「ゲロって……。じゃあ、どんな結婚生活が理想なんだ?」
「え……」
急に聞かれても困るが、一応考える。
前世では恋人はいたが結婚まで考えたことはなかった。結婚を意識したことはなかったし、結婚生活をイメージしたこともない。前世の両親は肝っ玉母さんとそんな母が好きで堪らないちょい気弱な父――参考にならない。故に、理想の結婚生活と言われてもすぐには思いつかなかった。
「え、えっと……? ……病めるときも健やかなるときもお互い助け合っていける仲良し夫婦……?」
「? 止めるとき? どういうことだ?」
憂炎が訝しげな顔して草原のど真ん中で立ち止まる。
「や、よくわからないですあたしも。ちゃんと結婚したことないし……って、ってか、そんないきなり結婚に焦らなくてもいいと思いますが!?」
「俺はいいけど、お前は行き遅れだろ?」
「世間一般ではそうですけど、良いんです、別に、あたしは。気にしてません」
「そうなのか。なら、焦らなくていいな」
「そうそう! 憂炎様ほんまいい男やし、絶対」
良い女性に出会える。そう言おうとしたが、額に触れた温かく柔らかな感触に言葉を失う。それが何なのかを理解するべき若樹の脳はそれを怠った。
ゆっくり離れていく憂炎の顔。笑ってはいるが、獲物を狙う獣のような赤い瞳と目が合う。若樹の全身をゾクリと甘い熱が走る。
「まずは恋人って立場に甘んじてやる。じっくりと時間を掛けて、俺が若樹がどんだけ好きかわからせて惚れさせるから覚悟しておけ」
蕩けるようなバリトンボイス。至近距離で向けられた熱を孕んだ言葉は、若樹の耳を孕ませた。ボンッ、と頭から湯気が出たのではないかと全身が茹で蛸のようの真っ赤に染め上がる。
(あかん……こんなん、絶対にアカン……! あんな目で見られて、落ちるなゆー方が無理……!!)
憂炎を受け入れるのに時間はそう要らないだろう。というか、既に落ちかけている。
「そうそう。すっかり言いそびれてたが、憂炎って名前は捨てた。今は空燕だ」
「空、燕、様?」
「おう。様も敬語もいらねぇ。俺はもう平民だしな」
「え、え〜……長年染み付いたものがあるから難しいですて……。それにしても、『空燕』かぁ……。ぴったりなお名前だと思います。なんちゅーか、自由って感じで」
「はは、流石俺の若樹。よくわかってる。ありがとよ」
「お、俺の!? ま、まだ落ちてませんよ?!」
「『まだ』?」
「あっ!?」
落ちるのも時間の問題だろう。若樹は自分の未来を確定的に予想できていた。
――竺国での内乱終結より一年後。
西の領地にて、西方民族の侵入により争いが起きるのだが、一人の男の獅子奮迅の働きにより瞬時に収められる。男にはその褒美として領主の娘との縁談を持ちかけられたのだが、
『飛び回る燕には、安心して羽を休める樹の側が相応しいのです』
と断り、予てより働いていた大店の用心棒に戻っていった。
雇い主の愛娘との結婚式が成されるのは、それから間もなくであったという。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)
気が向いたら&思い付いたら故郷でのあれこれ書きます(大事なことなので2回言いました)