第7話 イワカンをさがせ!
翌日、私はハクシスの図書館の前に居た。
隣にはもちろんトワレナとマタロー。
これは私の手伝いたいっていう個人的な思いによる行動だったから、初めは一人で行くつもりだったのだけれど、ツリーハウスから出た瞬間にマタローに見つかり、キャンキャン騒ぐものだからトワレナにも見つかり、結局、前日と同じメンバーでハクシスへ向かうことになったの。
まあ、一人で行っていたら、帰って来た時にトワレナに怒られていたでしょうから、結果的には良かったのかもしれないわね。
図書館も他の家々と同様に赤茶色のレンガで建てられていた。
ただ、その規模は全く違ったの。
一般の民家は屋根抜きで大体高さ3メートル、幅8メートル、奥行き6メートルの直方体型の建物で、リタの家のようなお店を開いている家はそれより一回り二回り程度大きいくらいものだったのだけれど、図書館は桁違いだった。
入り口に立てば、右端も左端も全く見えず、建物の天辺はまるで雲を貫くかのように見えた。
流石は学術国家ハクシスの基盤となった建物。
あまりにも規格外だったわ。
この超巨大建築物に目を輝かせていると、トワレナが言った。
「本当にハクシスの書の解読のお手伝いをするのですか?
昨日も言ったとおり、これにはコマンダル家が密接に関わっているようですし、人様の家庭の事情に首を突っ込むのはあまり乗り気になれませんが…。」
「トワレナ。
私はグザックさんに頼まれたから手伝うだけだよ。
リタたちは関係ない。」
「そうですが…。」
あなたも知ってのとおり、トワレナは凄く真面目。
曲がったことが大嫌い。
当時の私からすれば、ハクシスの書の解読のお手伝いはグザックさんからの依頼程度にしか思えなかったのだけれど、トワレナの中ではどういうわけか、「ハクシスの書の解読のお手伝い」と「コマンダル家の家庭事情に踏み込む」ということがイコールで結びついていたものだから、物凄く難色を示し続けたの。
最終的に、「私はコマンダル家の事情に興味はない。」というようなことを言ったら、渋々了承してくれたわ。
図書館の中は広かった。
一番端も一番奥も一番上も見えない。
右を見ても、左を見ても、上を見ても、前を見ても、一面、
本! 本!! 本!!!
本のみが存在する別世界にでも迷い込んだかのようだった。
「す、すごい…!」
私が呟くと、どこからか、過去を懐かしむおじさんのような声がした。
「だろ?
ここ、「ハクシス大図書館」は「全ての本の中心地」って呼ばれてて、世界中のありとあらゆる本がここに集結してるんだ。
凄いよな。
わかる、わかるぜ。
俺も初めてここを見たとき、そう思ったからな。」
過去の出来事を懐かしむおじさんの正体はリタだった。
「リタ?!
何でここに?!」
「いや、何でって。
前、ここでバイトしてるって言ったろ。
というか、昨日は悪かったな。
変なところ見せちゃって。」
「ううん。
大丈夫。
私、何も憶えてないし、興味もないから!」
「なわけないだろ。
お前、記憶力エグーーー」
「私、何モ憶エテナイシ、興味モナイカラ!!!」
あまりこの話を続けるとトワレナに帰らされると思ったから、必死になって、憶えてない興味ないで通したの。
片言になったのは自分でも想定外だったけれど、インパクトは与えられたみたいで、「そ、そうか…。」って言って、これ以降、リタの方からこの話をすることはなくなったわ。
「で、何の用だ?
なんて野暮なことは訊かねぇ。
ハクシスの書関連のことだろ?」
「うん。
お手伝いしに来た。
グザックさん、どこ?」
「ついて来い。」
リタについて行くと、とある部屋に辿り着いた。
そこには本や実験器具などがびっしりと積み重なっており、まさに「研究室」の名が相応しい部屋となっていた。
「ここは?」
「ここはグザックさんの研究室だ。
危険な物質とか器具とかあるから、無闇に触るなよ。」
「分かった。」
「じゃ、俺はグザックさん呼んで来る。」
リタはそう言うと部屋から出て行った。
本とか器具とかが、どんな物なのか気になった私は部屋にある物を順々に眺めていたのだけれど、ある物を見て私は動きを止めた。
部屋の隅の壁に掛けられた一枚の写真。
それには分厚い本を真剣に読む一人の少女が写っていた。
「ねえ、トワレナ。
この子、誰かな?」
私が訊くとトワレナも写真を見て言った。
「可愛い子ですね。
グザックさんの娘さんでしょうか。
いや、でも昨日見たグザックさんの容姿とはあまり似ていませんね。
まさか『リサ』さん…、でしょうか…?」
トワレナが不思議そうな顔をすると、マタローが「キャン!キャン!」と、まるで「見たい!」と言うかのように鳴いた。
「あー、分かった、分かった。
そんなに鳴かないで。」
私はマタローを抱き抱え、写真を見せた。
マタローは満足気に「キャン!」と鳴いた。
仲間外れにされるのが嫌だったのでしょうね。
そんなこんなで、写真の子が誰なのか議論していると、リタが戻って来た。
「そんな端っこで何してんだ?」
「あ、リタ…と、グザックさん。」
「どうも、昨日ぶりだねぇ。
まさか、ソフィちゃんの方からこちらに来てくれるとは、思ってもみなかったよ。」
昨日の今日だったから、落ち込んでるのではと思っていたのだけれど、意外とケロッとしていたわ。
大人って強いわよね、ほんと。
と、思っていたら、グザックさんは私たちに近寄ると、急にトワレナに頭を下げた。
「え?!
ど、どうしたのですか?!」
「昨日は誠に申し訳ありませんでした!
自己中心的な考えで、ソフィちゃんを研究に誘ってしまいました!」
「い、いえ!
気にしてませんよ、そんなこと!」
「そして何より、私は先程リタくんからソフィちゃんのことについて聞きました。
私は昨日からずっと、ソフィちゃんをリダイくんの親戚の子だと勘違いしており、一番許可を取るべきあなたのことを蔑ろにしておりました!
大変、申し訳ありません!」
「え、えぇ?!」
何が何やら分からなかったわ。
再会五秒で即謝罪。
状況を飲み込むため、私はリタに訊いた。
「リ、リタ、どういう状況?!」
すると、リタが急に噴き出し、大笑いをし始めた。
「グザックさん、ずっとお前のことを遠い町からやって来た俺のいとこだと思ってたらしくてな、さっき『ソフィとソフィの親的な立ち位置にいる人が来てる』って言ったらさぁ、『ソフィの親的な立ち位置にいる人? まさかリダイくんの兄弟かい? 妙な言い方をするねぇ。』なんて言うんだぜ。
髪色とか瞳の色とか顔とか、全く違うのにな。
いやー、おもしろ。」
「からかうのはやめてくれぇ。」
グザックさんは少し抜けてる人だった。
「さて。
早速本題に入ろうか。」
グザックさんが真剣な声で言った。
私はグザックさんが指差した大きめのテーブルに腰掛けた。
膝の上にはマタロー、隣りにトワレナ、目の前にグザックさん、その隣りにリタが座った。
テーブルの上には幾つかの本が乗っていた。
この中のどれかが「ハクシスの書」なのだろうと、私は直感した。
「まず初めに、ソフィちゃんならハクシスの書を解読できるとなぜ思ったのかについて説明しよう。
理由を知らずに手伝わされても苦痛でしかないだろうからね。」
グザックさんは解説を始めた。
かなり複雑で遠回しな表現が多かったから、掻い摘んであなたには話すわね。
2000年前に大賢者リーゼロッテ・ハクシスが残した「ハクシスの書」。
それは学術国家ハクシスが2000年もの間研究し続けて尚、解決しない謎。
しかし歴史上ただ一人、その謎に辿り着いた者がいるの。
それは英雄王レフィーリア・ヴィクトリアナ。
そう、1000年前に起きた、ネシヤ大島が海に沈むほどの大きな戦争、通称「ネシヤ三陸戦争」において、その圧倒的な戦闘能力で戦争を終結させた、あのレフィーリアよ。
そして、私のご先祖様ね。
・・・いえ、それは少し違うわね。
まあ、とにかく彼女はハクシスの書を解読し、そのことを当時の研究員たちに伝えたの。
でも、その内容については一切、口を開かなかった。
それからすぐ、何かから逃げるように当時まだ未開拓だったエレーラ大陸へ行き、そこで余生を全うした。
結局、真相は闇の中のままとなった。
この出来事からグザックさんはハクシスの書の解読はレフィーリアが鍵となると考えたらしいの。
そして、無数の文献を調べ上げ、レフィーリアがリーゼロッテ並みの暗記力と記憶力を有していることが最近分かった。
そこで、暗記力・記憶力特化の学術大会を開き、私と出会い、今に至る。
つまり簡単に言えば、ハクシスの書を解読した人は暗記力・記憶力がずば抜けていて、それに匹敵するのかは分からないけれど、私も秀でた暗記力・記憶力を持っているから、私なら解読できるかもしれないってことね。
「ただ、一つ問題があるんだ。」
「問題?」
「ああ。
英雄王レフィーリアはその二つ名の通り『英雄』だった。
勇敢でどんな相手にも果敢に立ち向かう性格だったらしい。
だが、そんな彼女が解読後、逃げ出した。
そうするしかないような何かがハクシスの書には書かれてある可能性がある。
だから、本当はこんな小さい子に研究を手伝わせるのは、私としても気が進まない。
何より、失敗した前例があるしね。
でも、もう君に頼むしか方法がない。
改めてお願いします。
私に、いや、ハクシスの学者たちに、君の力を貸してください。」
失敗した前例というのは、おそらくリナさんのことだろうと察した。
英雄王ですら逃げ出すしかない何か。
そう言われて私は若干の恐怖を憶えた。
でも、私の心はここに来る前から、今朝から決まっていた。
「お祖父様が言ってた。
『力ある者は力なき者ため、その力を使わねばならない。』。
私の力でみんなが喜ぶなら、私は手伝うよ。」
「ありがとう。」
グザックさんは噛み締めるような声で私に感謝の言葉を口にした。
「さて、正式にソフィちゃんが手伝ってくれることが決まったわけだし、早速ハクシスの書を解読していこうか。」
グザックさんはそう言うと、テーブルの上の本を見て言った。
「これらの本はハクシス大図書館が設立された時、つまりは2000年前からここにある本たちだ。ほとんどが当時の研究結果が記載された本なんだけど、幾つかそうじゃないものがある。それがこれらだ。」
グザックさんは私の前に五冊の本を置いた。
「これは2000年前にリーゼロッテが書いたと推測されている日記だ。」
「え?
日記がハクシスの書なの?」
「広い意味ではそうだけど、正確に言うとちょっと違う。
『ハクシスの書』とは『リーゼロッテ・ハクシスの書物』のことではなくて、『リーゼロッテ・ハクシスが書いた紙』だったんだ。」
意気揚々とグザックさんが言うが、私は混乱した。
ちょっと何言ってんのこの人って思ったわね。
「ど、どゆこと?」
「私たちはずっとここにある本はすべて2000年前からあると思っていた。
でも最近になって、もともとこれらの本はそれぞれ一枚の紙切れで、後の学者たちが紛失しないように内容ごとにまとめて、それがたまたま本のような形になっていたってことが分かったんだ。
よくよく考えると、2000年前といえば紙はまだ高価だった時代。
本なんて作れるはずがないんだよね。
つまり、このリーゼロッテの日記も元々は一枚の紙切れたちだった。
ということは、どういうことか分かるかい?」
「この五冊のどっかのページにハクシスの書が隠されている…!」
「正解だぁ!
賢いねぇ!」
グザックさんは凄く驚いていた。
どうやら私には答えられないと思って質問していたらしいの。
まったく失礼な人よね。
私をそこら辺の七歳と一緒にしないでほしかったわ。
まあ、当時の私は単純だったから素直に喜んだけれど。
「ソフィちゃんにやってもらいたいことはただ一つ。
その暗記力・記憶力を駆使して、一冊300ページにも及ぶこの日記の中から違和感のあるページを見つけ出してほしい。
それが恐らくハクシスの書だ。
私のような並みの学者じゃ、このページ数の中から違和感を見つけ出すのは不可能だからね。
頼めるかい?」
「分かった。
大変そうだけど、やってみる。」
こうして、リーゼロッテの日記の暗記が始まった。
ところで、あなたは気づいているかしら。
私がこの時やったことは、ハクシスの書を見つけるためのもの。
つまり、ハクシスの書は解読は愚か、レフィーリア以外の人にはそもそも発見すらされてなかったのよ。
2000年もあったのに。
2000年もあったのに!
ハクシスは学術国家。
学者たちが基盤となって成立している国家。
そんな国の学者たちが頭が足りないわけがない。
それなのに、ここまで翻弄されている。
リーゼロッテの凄さが分かるわよね。
私は日記の1ページ目を開いた。
そして、困惑した。
「・・・なにこれ。
・・・文字?」
そのページには文字であることが辛うじて分かるくらいの見たこともない記号が羅列していた。
「あー、原文は2000年前の文字だから読めないと思うよ。
こっちの翻訳された方を読むと良いよ。」
グザックさんが日記と同じくらいの厚さの本を手渡してきた。
私はそれを受け取ると先程と同じように、1ページ目を開いた。
今度はちゃんと読めた。
こうして改めて私の暗記が始まった。
暗記に集中する私の隣ではトワレナが日記の原文を読もうとしていた。
しかし読めないようで唸っていた。
マタローは私の膝の上でなぜか凄く楽しそうに尻尾を振っていた。
よだれが本に垂れないか気が気じゃなかったわ。
リタはつまらなそうに2000年前の本の軍団を眺めていた。
しかしすぐに休憩時間に終わりが来たのでバイトに戻って行った。
グザックさんは自分の研究に戻って行った。
日記を読み進めること6時間。
休憩を挟みつつ、順調に読み進んでいたのだけれど、遂に飽きが来た。
内容が内容だったもの。
「本を読んだ。」だの、「魚を釣った。」だの、「人を襲っていた魔物を退治した。」だの、本当にthe・日記って感じの内容だったのよ。
そんなつまらない内容がページが真っ黒に染まるほど、文字でびっしり埋め尽くされていたの。
有名な偉人の日記よ?
凄い内容を期待しちゃうじゃない?
でも内容は普通の人たちが書いててもおかしくないような内容だったんだもの。
どんなに凄い偉人でも、実際は以外と普通の生活をしてるのかもしれないって学んだわ。
「トワレナ。
帰りたい。
疲れた。」
「そうですね。
随分長いこと読んでますからね。
しかし、勝手に帰って良いのでしょうか。」
トワレナが言うと、丁度良いタイミングでグザックさんが戻って来た。
「やっぱり、飽きがきたんだね。」
「グザックさん!?
なんで飽きてるって分かったの?
まさか盗聴してたの?」
「ははは、そんなことするわけないじゃないか。
以前手伝ってくれていた子も、初日はこのくらいの時間に著しく集中力が低下し始めたからね。
なんとなくそろそろかなって思ったんだよ。」
私の質問に笑って答えたグザックさんは続けて言う。
「今の君の状態じゃ暗記に誤りが生まれるかもしれない。
続きは、また明日にした方がいいと思うよ。」
「わたくしもそう思います。
今日は帰りましょう、ソフィ様。」
「うん、帰る。
バイバイ、グザックさん。」
「うん。
明日はクッキーでも買って用意しとくよ。」
暗記一日目はこうして終了した。
ちなみに一冊読み終わったわ。
その後もハクシスの大図書館に通い続け、一週間かけてリーゼロッテの日記を全て暗記した。
そして、その瞬間に一つの問題が発生した。
「リ、リタ…。
おかしい。」
「どうした?」
その日はトワレナは、私に付き合ってハクシスに来ていた結果、溜まりに溜まってしまった洗濯物を片付けるため、ハクシスについて来ることができなかった。
そのため、運よくバイトが休みだったリタに迎えに来てもらい、マタローと共に、トワレナ無しで初めてハクシスへ来ていた。
リタが私の震える声に耳を傾ける。
「違和感がない…。
日記の内容、全部覚えたけど、おかしいところなんてない。
これ、ただただ普通の日記。」
「え?
じゃあ、この日記の中にはハクシスの書であろうページはないってことか?」
「うん。」
日記の中身は決して難しい内容が含まれているわけではなかった。
2000年前の何気ない出来事が淡々と綴られているだけ。
当時の私でも理解できる内容だった。
そのため、違和感があったなら、それに気づけているはずで。
気づけなかったということは、それはつまり、リーゼロッテの日記の内容とハクシスの書は関係がないということ。
「内容って、普通の日記だったんだよな?」
「うん。
『魚釣った』とか、『朝のパンは美味しかった』とか、『ルシゼラの声が今日も大きかった』とか。」
「そうか。
てか、ルシゼラって声大きかったんだな。」
あなたは覚えているかしら?
ルシゼラについて。
「ルシゼラ・ハクセア」は、大賢者リーゼロッテの一番弟子。
そして、学術国家ハクシスの建国者。
自分の研究のための独裁政治を行なった結果、国民の反感を買い、国外追放された愚者よ。
まあ、今は必要ない情報でしょうし、ここら辺でやめましょう。
「グザックさんは、今日ここに来ないの?」
「あー、あの人、ここの従業員曰く、今、新しく発見された遺跡の調査に行ってるらしいぜ。
ほら、ここ2、3日見てねぇだろ?」
「確かに…。」
グザックさんは最初の内は頻繁に顔を見せに来たのだけれど、しばらくすると、一切大図書館に現れなくなったの。
でも、リタの話を聞いて合点がいった。
遺跡調査なら仕方がない。
あれも研究者の大事な仕事の一つだ。
「私たちに仕事を押し付けて、自分はどこかで遊んでるの?」だなんて、馬鹿なことを考えていた自分を殴りたくなったわ。
「とりあえず、今日は帰ろうかな。
トワレナも一人で寂しがってるだろうし。
ねぇ、リタ。
この日記、持って帰っていいと思う?」
「いんじゃね?
厳重に保管されてるわけじゃねぇし。
後で受付の人にでも伝えとく。
さすがに原本はまずいだろうから、持ってくなら翻訳版の方持ってけよ。」
「りょーかいです!」
私はリタに謎の敬礼をして帰宅した。
帰りは、マタローが私の安全を守ってくれた。
ツリーハウスに戻ってからも、私は日記の中身を眺め続けた。
何か見落としてる部分や、ちゃんと理解できていない部分がないか探した。
しかし何度確認しても、そんな部分はなかった。
「あー、もう!
違和感、どこ!!」
私は少しずつイライラし始めていた。
期待されておきながら、今のところそれに応えられていない。
そんな自分自身が情けなくなっていた。
自暴自棄になりかけている私の頬をマタローがペロっと舐めた。
まるで、「大丈夫だよ。」と言ってくれているように感じた。
「マタロー、ありがとう。」
私はマタローを抱きしめた。
不思議なもので、マタローをギュッと抱きしめてると、嫌なこととか辛いこととか、全てどうでもよくなるの。
心が軽くなるのよね。
そうして、私がマタローの温もりを感じていると、ジークが魔物討伐から戻って来た。
「ジーク、おかえり。」
「ソフィか。
今日は帰りが早かったのだな。」
「うん。
トワレナが寂しがってると思って。」
「そうか。
優しいな、ソフィは。」
「そう?」
「ああ。」
「魔物、減った?」
「ああ、順調に減って来ている。
あと少しで、元の生態系に戻せそうだ。」
「よく分かんないけど、凄いね。」
「我はただ、十二神獣として、この森の主として、その役割を全うしているに過ぎない。」
「なんか、十二神獣ってのも大変だね。」
私がそう言うと、ジークは私が手に持つ日記を見て言った。
「その本、どこかで見たことがあるな。」
と。
疑問に思った私は訊いた。
「え?
知ってるの?」
「あー、そうだ、そうだ。
一年ほど前だろうか。
この森に迷い込んでしまった少女が居てな、その子がその本を持っていた。」
「え?」
ジークは淡々と話し始めた。
「あれは雨の日だった。
川が氾濫していないかを確認するために森を散策していた時、全身を雨で濡らした少女が一冊の本を大事そうに抱えて倒れていた。
我は少女をこのツリーハウスへ連れて帰り、看病した。
雨で身体が冷えた結果、風邪を引いて、熱を出してしまったのだ。
癒えて来た頃、我は少女から全てを聞いた。
この森に来た理由や、少女が持っていた本が何なのかなどをな。
少女は学術国家ハクシスにて、ハクシスの書について研究している学者のお手伝い役だった。
始めは順調に研究を進めていたが、途中で行き詰まってしまった。
幾ら考えても、行き詰まったその箇所から先へ進まない。
ならハクシスの書が誕生する前から生きていた我へ直接訊くのが一番早いと判断したらしい。
我であれば、2000年前の事柄を知っているはずだと思ったのだろう。
だが、我にはその役割は果たせなかった。
何故なら、我は約1000年前からの記憶しかないからだ。
十二神獣は永遠とも言える時を生きることができる。
だが、記憶は永遠に覚えられるわけではない。
どういう理屈かは分からないが、1000年分の事柄を記憶すると、その後、次第に意識が混濁していき、自分のことも他者のことも、何もかもを忘れていき、やがて暴走する。
それを防ぐために、我ら十二神獣は1000年置きに、『忘却の儀』と称して、自身の記憶をリセットする。
そのため、我は少女の期待に応えることは出来ない。
我は正直に話した。
しかし、我のこの話を聞いた後、少女は我にこう問うた。
『2000年前に暴走したの?』
と。
我はその問いの答えを考えた。
2000年前と言えば、我ら十二神獣が誕生してから、ちょうど1000年。
暴走しているなら、間違いなくその頃に暴走している。
我らは記憶を忘却した後、自身が何者であるのかを受け継ぐために、『記憶の手帳』と称した赤い手帳を所持しているのだが、その手帳の一節にこう記されている。。
『この手帳は我らが十二神獣であることを忘れないために、そして、1000年後に暴走を再び起こさないための戒めである』と。
我は約1000年前からの記憶しかない。
それはつまり、約1000年前に『忘却の儀』を行なったということに他ならず、となれば、『約2000年前に初めて暴走し、その1000年後である約1000年前に約2000年前の教えを守り、暴走する前に忘却の儀を行なった』ということ。
我は答えた。
『おそらくそうだ。』
と。
我が答えると少女は抱えていた本を見つめて、『そういうことね…。』と呟き、我に礼の言葉を告げて帰っていった。
そういうことが、最近…、いや、人にとっては最近ではないかもしれんが、1年前くらいにあったのだ。
その本は一体何なのだ?」
「リーゼロッテの日記だよ。
この中にハクシスの書が隠されてるんだって言われた。」
「そうか。」
「でも、今分かったよ。
これは本物のリーゼロッテの日記じゃない。」
ジークの言ったことが実際に起こっていたのであれば、大賢者とも呼ばれていたリーゼロッテが何もしていないはずがない。
日記に書かれていたような、「田舎でのんびり生活」みたいなことをしている暇があったわけがないのよ。
つまり、日記は偽物。
もしくは、全くの別人の日記。
ハクシスの学者たちは2000年もの間、全く関係のないものを、ハクシスの書に繋がると信じて研究し続けていたというわけね。
新たな発見があった。
でも、疑問点も見つかった。
「ねえ、ジーク。
2000年前の人たちはどうして気づかなかったのかな。
2000年前の人たちは十二神獣たちが暴走したことを知ってたんだよね。
なら、この日記が偽物だって分かると思うけど。」
「手帳曰く、リーゼロッテは記憶を司る魔法を使えたらしい。
自身の記憶力を強化したり、他人に嘘の記憶を植え付けたり、記憶を奪ったりすることが出来たようだ。
恐らく、十二神獣が暴走したことを忘れさせ、その日記がリーゼロッテの日記だという偽りの記憶を植え付けたのだろうな。
リーゼロッテは自身の力を悪用することはなかったらしい。
恐らく、これが最初で最後の力の悪用だったのだろう。」
そして、もう一つ気づいたことがあった。
少女はハクシスの書を研究している学者のお手伝い役だった。
七歳にしては勘の良かった私は、まさかと思い訊いた。
「もう一つ聞きたいんだけど、その子の名前って何?」
「『リサ』だったはずだ。」
予想通りだった。
そして、同時にまずいと思った。
リサに繋がった。
もしトワレナが知ったら、これ以上は「家庭の事情」に踏み込むと考えて、ハクシスの書の解読のお手伝いを全力で止めに来る。
私はそう考えた。
「ジーク。」
「どうした?」
「トワレナの前では、その名前、出さないで。」
「む?
何故だ?」
私はリサのことと、それに関係するトワレナのことについて説明した。
「なるほどな。
だが、それほど危惧することではないのではないか?
ソフィがやりたいと強く言えば、尊重してくれると思うが…。
所詮、トワレナは従者なのだから。」
「んー、そうかもしれないけど…。」
ジークは「従者は所詮従者。目下の者。」と捉えていた。
対して私は「従者は従者であれど、一つの命を持つ者としては対等な存在」として捉えていた。
そこに考え方の齟齬が生じていた。
「まあ、よい。
ソフィがそうしたいなら、そうしよう。」
「ありがとう。」
私は胸を撫で下ろした。
その瞬間、玄関のドアが思いっきり開かれた。
そして青ざめた顔をしたトワレナが入って来た。
只事じゃないことを悟った。
「何があった?」
「し、した…、白の…、ボロボロで…、骨が…、寄りかかってて…。」
「お、落ち着け。」
トワレナは見たこともないほどの怯えようだった。
『教えて! レミアちゃ〜ん!!』
はいは〜い!
どうも皆さ〜ん、お疲れさま〜!
レミアで〜す!
第7回目の今回は、地図上で真反対にある大陸に住む人々が使う言葉を、ソフィちゃんが何故、理解し、話せるのかについて解説しま〜す!
約1000年前、リタくんたちが住むレリーヤ大陸、世界の中心に位置するセント大陸、そして作中で名称が未登場のとある大陸の計3つの大陸に存在した国々が、ネシヤ大島と呼ばれた巨大な島で大規模な戦争をしていました。
その戦争を止めたのが、レリーヤ大陸にあった小さな集落出身の1人の少女でした。
その少女の名はレフィーリア・ヴィクトリアナ。
後に、英雄王として語り継がれる存在です。
彼女は終戦後、たまたま立ち寄った学術国家ハクシスにて、ハクシスの書を解読。
その後、何かから逃げるように、当時まだ未開拓だったエレーラ大陸に拠点を作り、仲間と共に生活しました。
時が経つにつれ、仲間の家族や親戚、友人などが移り住むようになり、拠点は巨大化していき、やがてレフィーリアを王とする国となりました。
これが開拓国家ヴィクトリヤ、またの名をヴィクトリア王国です。
要するに、エレーラ大陸に住む人々は基本的にレリーヤ大陸からの移民であるため、言語が同じなのです。
違うところは、体毛の色素の濃さくらいです。
エレーラ大陸に住む魔物は強大な力を持っているため、その肉を長年にわたって食べ続けた結果、体毛の色素の遺伝子が変異していったそうです。
地球で表すなら、日本を中心に置いた際の世界地図に於ける、ヨーロッパとアメリカ大陸みたいなものですね〜。
まあ、こちらは私たちの世界と違って、体毛の色は変わってませんけどね〜。
そういうわけで、エレーラ大陸のヴィクトリア王国出身のソフィちゃんとレリーヤ大陸の学術国家ハクシスに住む人々の間で会話が成立するんです!
英雄王レフィーリア、歴史書には残されてないからたぶん大丈夫だと思うけど、原住民を殺戮してなきゃいいな…。
え〜、次回は「関係性が変わっても……。」だそうで〜す。
く、国が大混乱に…?!
お楽しみに〜。
・・・力があれば、たった数人で戦争って止められるんだね〜。
いや、普通は無理だから偉人になってるのか〜。




