第三話「初出勤」
昭田はまだ頭がついて行かない様子で恐る恐るとその部屋をあとにした。
部屋を出ると、案内係のアリアと呼ばれる人(?)に出くわした。
「なかなか部屋から出てこないので何かあったのかと思いましたよ!アルさんがウキウキで出ていったので採用になられたんですね?おめでとうございます!あ、これ、パンフレットです!少し目を通しておいて下さいね?」
「あ、ありがとうございます…。」
わけもわからずパンフレットを受け取り小さな会釈をした後、丁度到着したエレベーターに乗り込んだ。
アリアがボタンを押して呼んでいたらしい。
「それではまた明日からよろしくお願いしますね!昭田さん!」
アリアは無邪気な笑顔を昭田に向けた。
「よろしくお願いします…失礼します…、。」
昭田は心ここにあらずな状態のままで家への帰路についた…。
その夜。
昭田は会社のパンフレットを読んでいた。
会社のパンフレットには仕事の作業風景や、事業の内容などが写真と共に書いてあったが、見れば見るほど大学のパンフレットかなんかに見えてきた。
そして、どれよりも異色なのはやはり写真、人間の姿が一人として見えない。
自分はこの中で働くのかと少し不安に思いつつ、楽しみな気持ちも少しあった。
昭田は考えることをやめてそのうち寝息を立て始めていた……。
ピピピピピピ!
朝からうるさい高音が鳴り響く。
昭田は目をこすり、欠伸を漏らしながらその高音でうるさい音の鳴る機会を叩いて止めた。
このとき昭田は少しワクワクしていた。
誰でもこういうことはあるだろう?初めていく場所には不安と期待が募りに募る。
ましてや本当の意味で未知なる場所だ、昭田は今までにないぐらいの期待と不安を募らせていた。
昭田はいつもの朝より少し軽い足取りで身支度をし始めた。
朝はいつもご飯だ。パンは水分を取られる、あと単純に和食のほうが好きだからご飯だ、淡々と机に朝食を並べる、白いホカホカのご飯にお味噌汁、ササッと作っただし巻き卵そして、冷たく冷えたお茶。
それを朝のニュースを見ながら平らげる。
それを平らげた後にシワができないよう丁寧にスーツを着る。
少しコップの底に残っていたお茶を飲み干して昨日の夜に準備してあったバッグを持ち靴を履き、そのまま会社へと向かった。
会社のビルの前に着いた昭田は改めて緊張していた。
よ〜くよく考えたらなんの業務をするのか全然わかんないからだ。
エレベーターに乗り込み5階のボタンを押そうとする、すると、「まって〜!!乗りま〜す!」と声が聞こえて来て昭田は慌てて開くボタンを押した。
乗り込んできたのは普通の女の人、どこからどう見ても普通だ。
黒い髪に少し色白な肌、黒いスーツに高くも低くも無い身長。
昭田は「違う階の人かな?」と考えていた、が。
「昭田さん!おはようございます!今日からよろしくお願いしますね!」
声をかけられた、普通の女の人に、でも昭田は誰だがわからなかった。一瞬、昔の会社で関わった人かと思い記憶を巡らせたがやはりこんな人は見たことがない。
「たまたまか?人違いか?」と困惑していたが…。
「あ、この姿じゃわかりませんよね!すみません!」と言うとみるみるうちに肌の色が変わっていった。
「うぇ?!!?アリアさん!?!?」
昭田は出したこともない声を出してびっくりしてしまった、その通り、目の前に姿を表したのはあの受付係のアリアだった。
「あは!私の名前覚えててくれたんですね!なんか嬉しいです!びっくりさせちゃってごめんなさい、私達はこうやって人間に紛れて生活してるんですよ」
「そ、そうだったんですか…、、」
昭田はやはり脳が追いついていなかった、が、少しこの状況に慣れてきている自分がいるのも怖いとも思った。
「と、ところで質問しても良いですか…?」
「はい?なんですか?何でも聞いてください!」
「なんか…自分から受けに来てこの質問するのもアレなんですけど…。僕ってなんの部署に配属されるんですか??」
「あ、そう言えば言ってなかったですね、!昭田さんは…」
と、アリアがいいかけた所でポンとエレベーターが着いてしまった。
「あ、着いちゃいましたね!、折角なので、部署まで案内しますね!」
と言われ、「こっちです!」と言われるがままに着いていく。
「昭田さんの配属部署はここですよ!」と案内された先、その部屋には【配信部】と書かれたドアがあった。
「【配信部】??」と昭田は頭を傾げたが、自分の中で配信機材とかそんな感じのプログラムの作業とかするのかな?とかそんな訳ない様な事を思い浮かべていた。
アリアに「入って下さい!みんないい人達ですし、きっと昭田さんも気に入ります!」と催促されてドアをコンコンと2回叩いて「失礼しま〜す」と恐る恐る開けた。
すると、目の前には普通の会社とは思えない光景が広がっていた。
部屋一面緑色の壁で覆われていて、手前側には配信機材と思われるパソコン等の機材達。
その部屋にはスタッフと思しき人が数人。一番目が惹かれたのは真ん中でアイドルみたいな衣装を着て何か喋っている女の人が二人だった。
あまりにも異様な光景に昭田は目を疑ったが、それもつかの間、真ん中で話していた二人がこちらに気付き小走りでこちらに近づいて、昭田の腕を半ば強引に引っ張り、元にいた位置に昭田を連れて戻る。
昭田は何が起こっているのかわからないまま棒立ちだった。
「は〜い!今日は新しいスタッフさんが来てくれました〜!『マキ』ちゃん!このスタッフさんアルさんに気に入られたらしいよ!」
「え〜!凄いですの!!どうやって!?アルさんってみんなに平等で、お気に入りとかそういう概念ないと思ってましたの!!」
「っていうか、新人さん緊張しすぎ〜!もう少し肩の力抜いてよ〜!」
昭田は二人のアイドルのような女の人がベタベタと触れて来ていてそれに対してカメラが向けられていると言う異様な状況すぎて誰が見ても明らかに困った顔をしていた。
「そうだ〜!新人さん!カメラの前の皆に自己紹介しなよ〜!これから私達とも関わっていくんだし!私達も聞きたいな〜!」
「そうですの!お名前と得意な事と、頑張りたいことを仰っていただけますの?」
昭田は、「は、はぁ…」と言いながら流されるままに自己紹介を始めた。
「え、えぇ…と名前は…昭田と申します…得意な事は…」
「ちょっと〜、昭田っち!くらーい!もうちょっとテンション上げてこ〜よ〜!」
「そうですの!カメラの前ですのよ?はっちゃけちゃっても問題ないんですのよ!」
「そう言われても」と言おうとしたが、謎のアイドル二人の雰囲気に押し負かされたのか昭田の中の何かが弾けた。自分のリミットが弾け飛ぶきっかけなんてこういう些細なものなのかもしれない。
「昭田で〜す!!プログラム書けま〜す!!前職がブラックだったので心機一転頑張りま〜す!!」
…シーン。
急すぎるキャラ変に周りは驚いていた、昭田自身ももちろん驚いていた。
が、次第に恥ずかしさへと変わった。
そのうち「カット!」という声が入り、昭田はカメラ裏に連れ戻されていった。
この会社はいったい何の会社なんだ!?