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04話:新月の審判①

「“新月の審判”は、大きく4つに分類されるこの国の領地から集められた、比較的軽い罪を犯した罪人を、徳のある方々が見極め、恩赦を与える行事のことです」


 シャルロットが私に与えられた居室のベッドメイキングをしながら教えてくれた。


「んん?私にそれ関係あるの?」

「はい。めが……リリ様にも重要な一票が付与されます。恩赦は多数決で決まるので、権利を放棄することもできますが、与えられた特権を行使しないことはあまりよくは思われませんね」


 どうやら罪人の内、票を最も集めた一人だけが晴れて無罪放免を勝ち取るシステムらしい。

 でも裁判官でもない自分が、有罪判決が既に下されている赤の他人に上から目線で口を挟むのも気乗りしないなぁ……。


 元の世界から身に着けていた、秒針の止まった腕時計を指の腹で擦りながら、私は溜息をひとつ零した。



 ◆◆◆◆◆



 そうこう思い悩んでいる内に、雨続きな天気もあいまって王宮の内部ツアーや広大な庭で気分転換してる間に三日が経った。


 この三日間でわかったことは、この王宮がとんでもない敷地面積を有している(東京駅並み)ということと、その割に王宮に寝泊まりしてる人はそんなに多くはいないということだ。


「今王宮も人手不足で、人材は募っているんですが、薄給のわりに能力や出自も高レベルなものを求められるので、中々なり手が見つからないんです。私はこの仕事や制服が気に入ってるので、不満はないんですけどね」


 公僕と呼ばれることのある警察官と似たようなところもあるんだな、とシャルロットの話に勝手な親近感を覚える。


「先日の地震で長年庭師だったゴードンさんも、脚立から落ちた怪我で引退されてしまって、後任選びにレドモンド様も頭を悩ませているとか」


 そういえば二日前の夜に地震があった。

 日本と同じくこの世界でも“地竜の貧乏ゆすり”なんて言われて珍しいことではないらしい。


「女王とのお茶会のお召し物ですが、こちらなんて如何でしょう!」


 まだ一週間も先の予定を、まるで自分のデートのことのように浮足立つシャルロットの存在は、この世界で寄る辺のない自分にとって大きかった。

 が、服の趣味だけは一生合わないだろうな……と、クローゼットから差し出されたピンクのフリフリドレスを前にして、しみじみ感じるのであった。



 ◆◆◆◆◆



「諸々手続きがあり、遅くなってしまい申し訳ありません」


 4日目の晴れた早朝、ウィリアム騎士団長が面会に来てくれた。


「いやー、王宮から届いた誓約書に“市中にて女神に危害が及んだ場合、死をもってその責任を果たす”とか書いてあって、サインするのに数日要しました」


 ホントか嘘か、ブラックジョークで和ませようとしてくれたのは理解できるけど、それを気軽に笑う神経はさすがに持ち合わせていなかった。


「騎士団長様には本当にご迷惑を……」

「ああそんなつもりで言ったんじゃないです。むしろ俺の方こそ兼任してた騎士訓練官の仕事を辞退する口実に、貴女を利用してしまった。なので、俺が死なない程度のわがままならドンと受け止めるつもりです」


 ターコイズの瞳が優しく微笑む。

 年こそ私と同世代くらいに見えるのに、少年のような真っ直ぐな心の持ち主なのだと、ほんの少しのやり取りでそう感じた。


「今日は自分のスケジュール表をお持ちしました。この赤い斜線のところはリリ様の外での護衛を優先いたします」


 渡された紙を何秒か見つめると、不思議と文字が理解できた。

 文字は理解できても今度は別の疑問が生じる。

 すべての曜日に赤い斜線で護衛枠が設けられていたからだ。


「あの……ちなみになんですが、この赤い枠の時間帯で私が外に行かない時は、お仕事お休みになられるんですか?」

「そうですね……個人の鍛錬の時間に充てたいのと、まだ小さい娘がいるので、今まで居てやれなかった分、一緒にご飯を食べたりできたらな、と」


「(・・・MUSUME?)」


 わかりやすい指輪というアイテムをしてなかったから、既婚というステータスを見落としてしまっていたけど、こんな爽やかなイケメンがおひとりさまなはずがないよな、うん。

 年頃の淡い期待は、その瞬間木っ端微塵に砕け散ったのである。



 ◆◆◆◆◆



 気を取り直し、騎士団長のウィリアムさんにはその日、城からそう遠くない商店で生活雑貨を買うのに付き合って貰った。


 馬車を出しますか?と聞かれたけど、歩いて30分もしないところだというので、散歩がてら歩いていくことにした。


 初めて見る城の外の世界は、異国の観光地っぽさもあり、何もかもが新鮮に映る。

 自分の国との違いを話していたら、目的の商店にあっという間に着いてしまった。


 必要なものは言えば取り寄せて貰えるとはいえ、そんな通販みたいなシステムばかりに頼るのはつまらないし、しばらくここでの生活が続くのなら、身近なものくらい自分で選びたい。

 幸い、お金はシャルロット経由で王宮が工面してくれた硬貨がたんまり渡された。


 お店でウィリアムさんと会話してる最中、「堅苦しいのは苦手なので」と言われ、お言葉に甘えて愛称の“ウィル”と呼ばせて貰うことにした。


「これから沢山呼び出してくれないと娘に『パパおしごとなくなったの?だいじょうぶ?』って心配されそうで……」


 と言いつつも、まんざらでもない顔をしていたので、きっと家庭ではいい父親なのだろう。

 幸せそうで羨ましいなぁ。


「笑った!」

「へ?」


 どうやら無意識に口元が緩んでいたみたいだ。

 そんなところを改めて指摘されると、恥ずかしいというかなんというか……。


「あ、いやスミマセン。突然こんな見ず知らずの国で暮らすことになって、泣き喚いてもおかしくないのに、ずっと気丈に振る舞われていたので……」

「泣き喚くような女に見えます?」


 今度はしっかり自嘲気味に笑った自覚がある。可愛気のない返しだったかもしれない。


「ん〜そうですね……わからないです」


 ウィルの答えは予想外だった。


「だから教えてください。お守りする立場として、もっと知りたいです。リリ様のこと」


 その一言に、私はこの世界に来て、初めて少し泣きそうになった。

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