99 着装 リンクフィラー
「現われたようですね、インゲルス様」
リッケ神殿術士団長様がおっしゃった。
でもあれは……。
「ですが一人ですね。他の者は別の場所に待機しているのでしょうか」
「あの、インゲルス様。あれは冒険者組合の職員で、例の“本”の持ち主の方です」
「そうなのですか。どういう事でしょう」
「私、ちょっと行って参ります」
「分かりました。危険はないと思いますが、気をつけて行ってらっしゃい」
「はい」
ミユキ様の旅立ちを見送ろうと、騎士団・術士団を中心に皆が集まりました。
ミユキ様が大地母神様の使徒であられる事は神殿では公然の秘密で、ミユキ様があちらこちらの訓練に顔を出された事もあり、とても人気が高くなっておりました。
本日の野外演習は三つの外壁門の外それぞれで行なわれる予定でしたが、どの組がミユキ様の旅立ちをお見送りできるか賭けになっていたほどです。
それが朝食の席での発言から「北東外壁門」という場所と「10刻」という時刻が示されました。
見たところ「東外壁門」組と「南外壁門」組の騎獣隊は私たちが冒険者組合へ行っている間に移動できたようですが、獣車を使用する輜重隊はまだ揃っていないようです。
せめて出立に間に合うとよろしいのですが。
†
「あのー、マヌエラさん。この子がひょっとしてドロス……さん?」
「きっとそうよ」
きっとって何よ……。
「えーっと、マヌエラさんは何を根拠にこの子をドロスさんだと考えたんですか?」
いや確かにこの子、ドロスという名前らしいけどね。
ドロスって呼んだら返事したし。
「大きな黒い体に黒い目の犬よ」
腕組みして両足を開き、大地を踏みしめてそう言うマヌエラさん。
え、……それだけ?
でも確かに犬なんだよね、それも黒い体と目の…。
でも、大きいか? この子……。
それに、犬でいいのか?! 案内人として。
「大きさに問題がありませんか?」
「些細なことよ」
些細かなー……。
そう言えば大きくて黒い犬みたいな魔獣……。
こちらへ飛ばされる直前に、SNFでわたしが負けたのってそんな相手じゃなかったっけ。
よく覚えてないけど、もうずいぶん前の事みたいに思えるね。
「あなたがあの時の魔獣? じゃないよね」
舌を出し尻尾をふりふりしながら、わたしの手をなめているドロスちゃん(暫定名)。
あ、ウラさんがこっちに来た。
身体強化を使って、勢いよく走ってくる。
ああ、マヌエラさんがいるからか。
「ミユキさ……ん、失礼します。あの、マヌエラさん」
「あらウラさん、ご機嫌よう。さっき振りね」
「どうかされたんですか? マヌエラさん、こんな所に見えて」
「悪名高いドロスが現われると聞いて、やっぱり一言文句を言いたくて来たの」
「そうでしたか。子細は分かりませんがドロスさん、なかなかお出でになりませんね」
「ドロスなら、そこに居るわよ」
えっ。という感じでこちらを見るウラさん。
なんだか収まりが付かなくなって来たよ。
こんなちっちゃな子犬がドロスさんとは考えにくい。だけどもしもの事があるから、いちおう確認をしておこうか。
「ねえ。あなたがドロスなら、ウィアから預かったものがあるでしょう。わたしが真幸よ、敦守真幸。リンクフィラーをわたしに頂戴」
これなら間違ってても、子犬に話しかけるちょっと動物好きな人みたいなだけだよね。
わたしが話しかけるとその子犬は、なめるのをやめて何か考える風にした後、お手を催促するように前脚をくいくいっと掻き寄せてきた。
お手がしたいのかな?
はい、お手。
──の眷属を認証。個体名、ミユキ。
何かの文が頭に浮かんだ。
文字でも声でもない、何だこれ!?
目の前の子犬は、たしかにドロスらしい。
そんな風に感じさせる文だ。
ドロスに任せて大丈夫っていうのは、こう言うことなのか。
──個体名ドロスより、アイテム移譲要請
物品名、リンクフィラー
Yes/No
来た!
ウィアに預けてあったリンクフィラーだ。
“はい”と考えて、“Yes”の方をじっと見つめた。
するとわたしの収納に、リンクフィラーが追加された。
おかえりリンクフィラー。
ちゃんと使えるようになっているかなー。
次は、収納一覧から装備覧へ移動させて装備するんだったね。
──個体名ミユキがリンクフィラーを装備
使用者確定
わたしの襟元に、リンクフィラーが装着された。
なるほど。収納から装備するっていうのは、こう言うことか。
こうやって収納の中で欄を移動させても、装備や除装ができるんだね。
ウラさんに手伝ってもらいながら鎧を着たときは、こんなやり方は知らなかったから、ずいぶんと彼女の手を煩わせちゃった。
それ以降は装備別の基本装備欄を作っていたから、こんな使い方は試さなかったな。
そのウラさんを見ると、マヌエラさんに頭を下げている。
ああ、先ほどギルドでマヌエラさんに噛みついた事を謝っているんだろう。
義理堅い、ええ子や。
ウィアの世界では挨拶で頭を下げる事はないのに、謝罪では頭を下げるんだよね。
ちょっと不思議な感じがする。
さて、こちらはこの間に続きを進めてしまおう。
リンクフィラーのデザインは、流れ星が尾を引いて落ちる菫色の“流星”マークだ。
五弁の花が散っているようにも見える。
こんなデザインだったのか。
SNFでは細かいデザインが分からなかったから、いま初めて見たよ。
次は装備したリンクフィラーから、第二世代を作成するんだったね。
──アイテム名、リンクフィラーよりリンクフィラー#0を生成
Yes/No
ん? これで良いの?
“リンクフィラー”に変な番号が付いてるんだけど……。
いちおう先に、わたしのリンクフィラーの収納物詳細情報を確認しておこうか。
“リンクフィラー 第一世代”
ドロスさんから受け取ったリンクフィラーが、第一世代で間違いないらしい。
でも、次に生成するリンクフィラーが“#0”で“第二世代”って言うのがよく分からない。だけど取りあえず、子供を一つ作ってみよう。
──物品名、リンクフィラーよりリンクフィラー#0を生成
Yes/No
はい、“Yes”だよ。
すると収納に、リンクフィラー#0が現れた。
現われたリンクフィラー#0の収納物詳細情報を見ると、
“リンクフィラー#0 第二世代”
となっている。
良くわからないけど、どうやらこれで合っているみたいだ。
それに外観が少し変わった。
流れる“流星”が二つになったので、これが第二世代を表わしているんだろうね。
こっちの方が分かりやすい。
色もすこし変わって、紺色になっている。
よし、これをドロスちゃんに渡す。
「ドロスちゃん、お手」
わたしが手を差し出すと、ドロスちゃんが“お手”をしてきた。
もうすっかり子犬扱いだね。
えーと、
──ドロスへ、アイテム移譲要請
アイテム名、リンクフィラー#0
でいいのかな。
──個体名ドロスが、アイテムを受領
物品名、リンクフィラー#0
ふむふむ、こちらの収納から“リンクフィラー#0”が消えた。
ドロスちゃんの収納へ移動したんだろう。
収納同士って、こんなやり取りができるのか。
自分以外に収納持ちを知らなかったから、何気に初体験だよ。
ポン──
あれ? なにか飛行機の機内放送の前に鳴るようなチャイム音(?)が聞こえた。
これは着信音ぽいかな。
──着信 #0 ドロス Yes/No
ビンゴ! もちろん“Yes”だ。
『首尾良く使えるようになったようだね。アタシが“ドロス”だ、よろしくね』
頭の中に、ウィアと会った時みたいな声が伝わってきた。
これがリンクフィラー通話か。
SNFのときのリンクフィラーは、文字会話だったからちょっと新鮮。
ウィアと話した時は、ウィアが口を動かして話していたから普通だったのかな?
ドロスさんの話し方はちょっぴりべらんめえ調だけど、見た目通りのちっちゃな女の子を連想させる高い声がかわいい。
えーと、返事はウィアの所で話をする感じで考えたくらいでいいのかな。
『ミユキ・アツモリです。ミユキと呼んでください。ドロスさん、クワン神国までお願いします』
『任せといて。向こうへは帰り道だから、行きよりも飛ばせるのさ』
へー、ドロスさんってクワン神国の方面に住んでるのか。案外森精族の皆さんとお隣だったりしてね。
『いま渡したリンクフィラーだけど、「細かい使い方は“へるぷ”が使えるから」ってウィアから伝言ね』
“へるぷ”?……“HELP”か。
『分かりました』
『それじゃあ出かけるかい?』




