98 ドロス
冒険者ギルド ゼーデス王国王都支部を出てほどなく、神殿の獣車は北東外壁門に到着した。
「……表の方々への視察です」
獣車の御者さんが、門の衛士さんへ声を掛けるのが聞こえた。
ミーユンの体(ウィアが製作)は優秀だね。可愛いお耳は良く声を拾ってくれる。
地獄耳~、なんちゃって。
でも視察って何だろう。
答はすぐに分かった。
王都北東外壁門を出ると、街道から少し外れたあたりに神殿騎士団、神殿術士団の皆さんがずらっと待機していたのだ。
グループで訓練している人もいる。騎獣の姿もある。
大丈夫なのか? これ……。
「インゲルスさん」
「お騒がせしまして申し訳ございません。本日、野外演習を予定していたのは本当なのですよ。今朝この獣車での移動を申しつけた際、誰かが察したとみえ場所を変えたのでございましょう」
リッケ(神殿騎士団長)さんか、ハイケ(神殿術士団長)さんが感づいたのか。
いや気付いたのが誰でも同じ事だね。
千人では利かなそうなこの戦闘集団から、無事に旅立てるんだろうか?
そこはかとなく心配だよ。
ドロスさんがウィアの関係者かどうか、真偽を確かめたいって話があっても不思議じゃない。
斬り合いになることはない……と思いたいけど、無いよね……。
でもけんか腰になるくらいは、ありそうな気がする。
わたしはウィアから直接聞いたけど、他の人たちはそうじゃないもの。
自分もそうだけど、運動部系の人って直情系が多いからなあ。
それをなんとかしたいと言うのがあって、弓を始めたところがあるからね。
仮にそこがクリアできたとしても、わたしはドロスさんが何人で来るのか聞いていない。
そして少人数、例えば一つのパーティーで護衛と案内をするようなら、リッケさん達が途中まで送って行くと言い出す可能性は……結構ありそうな気がする。
さすがに国境を越えようとは言わないだろうけど、ゼーデス王国内ならありそうじゃない?
国じゃなく宗教団体の戦力だから、そうそう国境を越えることはないよね。
それとも国の戦力じゃないからこそ、越境行動があり得るのかしら?
あとは護衛としての腕試しとか始まったりして。
ドロスさんが大人数でやってくれば、神殿の人も口を挟まないかも知れない。
だけどそれだと大名行列になってしまうから、こんどは道中が心配だ。
うーん、それはないか。ない方がいいな。
百人規模の大集団だったりすると、移動が遅くなってクワン神国への到着が遅くなりそうだよね。
うん、百人の集団が十日でクワン神国までたどり着くとかあり得ないから、やっぱり少人数だよね。
ウィアの手先(笑)というと森精族らしいんだけど、その森精族のマヌエラさんは何も知らなかったぽい。
話は聞かされていなくてもドロスさんの名前は知っていたから、無関係ではないんだろう。じゃあ関係者かっていうと、とっても嫌そうだっんだよね。
少なくとも連携はしていないでしょう。
そうすると、ドロスさん自身も森精族。なんて可能性があるのかな?
ありそうな気がしてきたよ。むしろその方が自然な気がする。
だとすると、こっちもきっと美人さんだね。道中が楽しみだわ。
あー、何を考えていたのか良く分からなくなってきたよ。
わたしがグルグルしている間にも獣車は進み、くだんの集団に近付いていった。
あ、リッケさんとハイケさんがいる。
獣車が停まって、扉が開いた。
「どうぞ、お先に」
インゲルスさんが言うので、最初に降りる。
そして全員が降りて、リッケさん達に迎えられた。
「ようこそお越し下さいました。我らの演習を視察いただいけますことを、心より感謝申し上げます」
演習とその視察という体裁は続けるつもりらしい。
うーんそれにしても、整列した集団の前に立つのって結構なプレッシャーだな。
学校の先生たちって、こんな感じで生徒を見てたのかな。
初体験!
こんなに厳つい見た目じゃなかっただろうけど、あっちもプロだったってことか。
インゲルスさんが何か答えていた。
「ミユキ殿」
ありゃ、こっちへ回ってきたよ。
「はい、何でしょう」
「本日は偶然にも我々の演習とミユキ殿の出立が重なり、お見送りが叶うこととなった大地母神様のお導きに感謝いたします。ミユキ殿には旅の無事とお務めへの邁進を心よりお祈り申し上げます」
偶然言うか、リッケさん。
少なくともウィアの導きではないよね、この出逢いは。
わたしは別にウィアの代弁者って訳じゃないけど、何でもかんでもウィアに結びつけて考えるのはどうかと思うな。
お世話になった人たちだけど、ちょっぴりイラッと来ちゃう。
ウィアには「面倒言うな」と言ったものの、実際面倒だよねこう言うのは。
黙っていると、何か都合よく取られてしまいかねない雰囲気なので、一つくらいはウィアの意思を伝えておきたいかな。
そうだ、アレがあったか。
†
「ウィアは割と放任で、細かいところを気にしません」
実際わたしが熱制御をしくじって、原爆みたいな被害をもたらしたとしても、ウィアが気にするのは惑星の無事であって、そこに住む人たちの事じゃなかったからね。
かえってこちらの気持ちを心配されちゃったよ。
「ですがウィア(とその種族)が願っている事はあります。人種七族が自立し進化して、やがて自分たちと並び立って欲しいという話でした。そしていずれは惑星まるごとの進化をとも言っていました」
空間知性の種族的探究と言うやつね。
この惑星の事じゃなさそうだけど……。
ウィア自身は、人形を作って楽しいオタクちゃんだけど、種族全体の探究案ともなれば、自分は違うとか言わないでしょう。
「普通に過ごす人類が次の段階へ進むのは、現状世界全体で千年に一名くらいだそうです」
うわっ、明らかな落胆の気配! そんなに期待値高いのか!?
もっと圧力抜かないと、競争にでもなったら大変だよ!
「知識を増やし、感性を磨き、経験を積んで自分を拡げていく。そうして更新を繰り替えしていく事が成長だ。と言うのがウィアの言です」
考えてみたら、これって一般論だよね。
「皆さんがウィアの願いを汲み、隣の人を置き去りにしないよう気を配りながら、精進してくださることを願っています」
これで競争にならないといいな。
言っておいてなんだけど、こちらの言葉で“精進”って何て言うんだろ?
「ウォ───────────────!」
わぁ、ビックリした!
なんか野外フェスティバルみたいな歓声上がった。
「ミユキ様、有り難いお言葉をありがとうございました。皆も喜んでおります」
うー、何だか他人の(人じゃないけど)言葉を伝えただけでこうも盛り上がられると、言ったこちらが申し訳なく感じちゃうな。
「わたしはウィアが言った話を伝えただけですから」
「いえいえ、それこそ我々が欲していたものなのですよ」
ああそうか、そうだった。
この人たちは大地母神を信仰する人たちなんだ。
そしてわたしは、ウィアの使徒って扱いなんだった。
乗せられたかな。
何かちょっと釈然としないけど、いちおう落ち着くところへ落ち着いた…という事にしておこう。
「そろそろウィアと約束した時間なので、門の脇へ戻りますね。インゲルスさん、お世話になりまた」
「そうですか、それはお引き留め出来ませんな。お気を付けて旅をなさってください、ミユキ様」
インゲルスさんと話をし。
「リッケさん、ハイケさん。色々とお世話になりました。タイロン老師にもよろしくお伝えください」
「ミユキ殿、達者で旅をしてください」
「ミユキ殿、お気を付けて行っていらっしゃいませ」
リッケさん、ハイケさんとも別れを済ませ。
無口さんとは殆ど話した事がないので、目礼をして。
「ウラさん、わたしの我が儘に付き合ってくれてありがとう」
「いえ、うっ……………」
ウラさんは言葉が出てこないみたいだ。
「縁があれば、また会えるわよ」
「“えん”ですか?」
「故郷の言葉で、“運命が繋がっている”という意味。こうして一度繋がったんだから、また交わることもあるって」
「運命が交わる……。そうですね、また会いましょう。きっと、きっと」
「じゃあ行くわ。皆さん、お世話になりました。演習、頑張ってください」
こっちの挨拶には無いんだけど、わたしはお辞儀をしてその場を離れた。
†
さて、てくてくてくてくと歩いて北東外壁門へと向かう。
感動のお別れをしたところだけど、ドロスさんと出発するまでは神殿の人たちとお互いに視界の中なんだよね。
リッケさんとハイケさんが付いてきたそうだったけど、わたしが手をかざして来ないでもらった。
少し距離を取っておいた方が、お互い平和だよ。きっと。
門へ着いて、街道を渡り、ぐるりと周囲を見渡すと、……誰もいないし。
そろそろ約束した時間なんだけどな。
まあ時間に緩やかな世界だから、一時間や二時間は待たないとダメかな?
せっかくお別れの挨拶をしたのにあまり時間がたつと、誰かがこっちへ来てまたグダグダになりそうだ。
ふぅ───っ息をはき、体を伸ばしてからもう一度周りを見る。
やっぱり誰もいない───あ、いや居たよ。
子犬だ。
黒いマスティフの子供みたいな感じの子。
わたしと並んで同じ方を見てお座りしている。
可愛いなー。
あ、こっちを見てしっぽを振ってきた。うーんかわいい。
はっ。傍から見ると、黒猫と黒犬がじゃれてる図になっちゃうかな?
やーん、超可愛い。
よっ、どれどれ。うん、女の子だね。
かぷっ───。
やだ噛まれた。
甘噛みだからぜんぜん痛くないけど、いたずらしたい盛りなんだね。
あ、後ろから人の気配が近付いてきた。
来たのかな。
時間ぴったりだ。
甘噛みしたままの子犬を抱き上げ立ち上がって振り返ると、そこに居たのは冒険者ギルドのマヌエラさんだった。
えっ、どういう事───?
「おい、お前ドロスだろう。やっと見つけたぞ」
いまドロスって言った?
実はマヌエラさんがドロスさんだったという落ちじゃなくて、ドロスさんが他にいるって事で、周囲を見回しても相変わらず誰もいなくって。
女の子だったし……ひょっとして……この子……。
「ドロスなの?」
「キャン」
抱いていた黒犬が、やっと噛むのをやめてくれた。
嘘でしょう……。どーするんだろ、これ……。




