97 輸送依頼!? 後編
「そうなの? ふーん……」
リシュヌさんが、わたしをじっと見つめながら何やら考えている風だ。
顔はこっちを見ているのに、手が停まっていないところが怖い。
ベテラン受付嬢は、何を考えているのかな?
「ねえ、ミユキさん」
「はい」
「あなた組合の荷物も一緒に運んでみませんか?」
依頼を出す算段だった。
「えーっと……それは構いませんけど、わたしが運んで良いものなんですか?」
そうしている間にも手続きは進み、マヌエラさんは宛先を記入してている。
「普通は頼まないわね。でもマヌエラがこれだけはっきり言い切るなら、それなりの目算があるんでしょう。きっとそのドロスとかって案内の人に」
ドロスさんの名前が聞こえたらしいマヌエラさんが、書く手を止めてこちらを見てイーをしてきた。
あれー、この人意外と子供っぽいぞ。
でも美人さんは、どんな顔をしても美人さんだな。
「輸送冒険者も、最初から長い距離を走るわけじゃありません。それに何国にも渡って一つのパーティーで走り抜くわけでもありません。大抵は大きな街まで走ったら、目的地まで次々と中継を繰り返すんですよ」
ああ、騎獣だけじゃなくて、運ぶ冒険者も交代するのか。
そんなのが世界史にあったね。えーっと……、元の駅伝制度か。
本家の駅伝、こっちでも似たようなことをやっているわけね。
それなら理解るから、ちょっとホッとしてたりして。
「で、新人の輸送冒険者が最初のころ運ぶのがコレです」
どっこいしょとリシュヌさんが出して来たのは、大きな頭陀袋だった。
どこから持ってきたのかな、リシュヌさん。こんなものを。
「これは冒険者組合の内部通信文書なんです」
「そんな大事なものを、新人が運ぶんですか?」
「他所様の大切なものなんて、それこそ新人には任せられませんよ」
「それはそうでしょうけど……」
「それにこれはこれ単独では意味を成しません。決まった組み合わせで他の同種の書類と組み合わせる事で、初めて意味のある内容になるんです」
「へー」
ずいぶんと回りくどい事をするんだね。
「わざと冗長度を多く取ることで、ある程度内容が失われても復元が可能になっていますから、仮に運搬者一人分をまるまる奪われたとしても相手に意味は伝わりません。こちらは無事に届いた書類から復元を試みますし、復元不能なら再送出を要請する仕組みになっています。つまりこれ一つ届かなくても致命的な事にはなりませんし、ちゃんと届けばちゃんと役に立つという情報なんですよ。もうそんなことは、ここ何年も起こっていませんけどね。どうです? 収納を生かした臨時依頼を受けてみませんか? 宛先は『冒険者組合クワン神国王都支部』です」
「ほら、送り状ができたよ。『冒険者組合クワン神国王都支部、私書箱○○○○号 ララィー・セル』宛だ」
†
「それでこれが『森精族の里 探訪記』ですか、確かに本物のようですが、何というか驚きですな。話をしてから数刻と経っておりませんのですが」
冒険者ギルドから戻ってすぐ、神殿の獣車に乗って北東外壁門へ向けて移動している。
乗合獣車よりも速いので、せめて見送らせて欲しいという事で、門まで乗せてもらうことになったんだ。
流石に偉い人用の立派な獣車だけど、護衛の騎兵は前後に四騎ずつ、ちょっぴり目立つだけで行列にはなっていない…と思う。
だからちょっぴりホッとしていたりする。
その獣車の中で、インゲルスさんに例の本を見せているところだ。
森精族のマヌエラさんからは、こんな条件で輸送依頼を受けた。
一) 受注した冒険者(わたしの事よ)は指定の荷(『森精族の里 探訪記』の事ね)を、クワン神国の冒険者ギルド王都支部にある指定の私書箱まで届ける。
二) 報酬は金貨六枚。依頼達成評定は“特別急行便”相当の期間で届けられれば「A」、“急行便”相当なら「B」、“普通便”相当なら「C」とする。
つまり支払われる報酬は、ギルド便の“急行便”で出すのと同じ額ということ。
今回運ぶのは本なので、わたしが前に使った書状箱よりも一段お高い料金設定となっていた。
そこからわたしが受け取るのは、ギルドの手数料と税金を差し引いた金貨四枚と大銀貨二枚なんだけどね。
分かってたけど、世知辛いわ……(しくしく)。
指名依頼で物を運ぶ場合、普通この距離なら金貨六枚ではまるで収まらない。
ギルド便のように広域の駅伝制度が整っていなければ、個人やパーティーが一万キロ以上をえっちらおっちら歩いたり騎乗したりして届けることになるからよ。
そして今回、相乗りは一つだけ。
そしてその間の宿代、食事代、騎獣の餌代なども入れれば大変な額になって足が出る。という訳ね。
じゃあ何でわたしがそれを引き受けたかというと、
三) 受注した冒険者は輸送の間、指定の荷(本の事ね)を閲覧出来る。
指定の荷を他者へ開示することは許されないが、ゼーデス王国王都の神殿関係者に限り、表紙・裏表紙・奥付部分の開示が認められる。
という条件が付いたからよ。
もちろん「どのみちクワン神国へ行く予定のついで」と言うのがいちばん大きい。
どのみち行くなら、受けた方がお財布に優しいんだよね。
神殿関係者に対して表紙・裏表紙・奥付の開示が許されたのは、ウラさんがマヌエラさんを疑ったためだ。
神殿の『森精族の里 探訪記』が読めなくなったのは、盗まれてここにあるからじゃないかって、結構な勢いで噛みついたんだよ。どうどう。
マヌエラさんが押し問答を厭って、面倒を避けられる道を探したということみたいね。
「それでその『探訪記』は確かに神殿の物とは別物なんでしょうか」
「確かに別物ですよ。奥付の通し番号が異なりますから」
そうか、違うなら良かった。
「そもそも神殿の『森精族の里 探訪記』が読めなくなったのは、遺失した為ではなく、内容が消えてしまったからなのです」
消えた?
「消えるインクで書かれていたって事でしょうか」
「消えるインク? そのようなものが存在するのでしょうか」
「うちの故郷にはありましたよ。熱を加えるとインクが透明になって見えなくなるんです」
最近は色数も増えて、すっかり定着した感があるよね。
「消えてしまうインクに、どのような用途があったのでしょう」
「鉛筆よりもくっきり書けて、消しゴムを使うように消せるので途中で書き直すことができる。しかも消しゴムかすが出なくて汚れない。だからそれなりに需要がありましたよ」
あとはいたずら目的とか、何年か経つと字が薄くなって最後は消えちゃうからね。今回のはこれだったりするのかな。
鉛筆と消しゴムならこちらの世界にもあったので、筆記用具としてわたしも買って持っている。
あと普通のインクとペンと紙もね。
「熱を加えると消えるということですと、冷やせばまた文字が浮かび上がるのでしょうか」
「さぁ、それは試したことがないので分かりません」
冷やして文字が浮かび上がるなら、誰かが白紙を冷やして文字が浮かび上がらせるなんてことをやりそうだけど、そんな使い方は聞いたことがない。
だから無いんじゃないかな。
「さようですか。貴重な情報をありがとうございました」
「いえ、たいしてお役に立てずに恐縮です」
こんなのばっかりだな。
知らない場所へ来て、自分の知識のなさがよく分かる。
わたしに分からないのは、電気のことだけじゃなかったよ(しおしお)。
兄さんってかなり優秀だったのかも。
聞いたことには大抵答が返ってきたけど、知らないことは分からないと言ってくれた。だから何でも知ってたって訳じゃないけど、調べ方は考えてくれたのよね。
ウィアのこととか、いろいろ話がしたいな。
「申し訳ありませんでした、先走りまして」
そして恐縮しているウラさんが向かいの席に座っている。
無口さんと並んで。
「ウラ、貴方はまだ若いのですからそうしたこともあるでしょう。今回は私が詳細を伝えなかった事も原因のひとつでした。ですからまずは機会を見つけてその本を持っていた組合職員に謝罪し、今後の関係を良きものとするよう努めてください」
「はい」
そんな風に話はまとまり、ほどなく獣車は北東外壁門に到着した。




