96 輸送依頼!? 前編
「マヌエラさん」
「何かしら?」
この猫族の娘、ミユキだったわね。
リシュヌのお気に入りで、昇級講習で聞いた事のない知識を見せた新人冒険者の彼女が、質問にやって来た。
「この二つの地図に挟まれた、空白の部分って何だか分かりますか?」
「あ……」
この子、さては知っていて聞いてるわね。
身上鑑定器第二世代の存在を知っているようだし、それでこの場所が何なのか知らない。なんて言うことはないでしょう。
私が森精族だと言うことは前回のDランク講習で知られているから、しらを切るのは難しいかしら。
「そこはね……、森精族の里なの。国じゃないのよ」
「ひょっとしてマヌエラさん、『森精族の里 探訪記』という書物をご存じありませんか?」
ま…、なぜこの娘がその名を知っているのかしら。
ケミーナかダスが教えた? 昇級審査の後で昼食を一緒したと言っていたし。
いえ、それはないかな。
二人とも脳筋種よ。それ以前の話として、わざわざ森精族に関する事柄に近付こうなんて考えないわよね。
ではどこから?
まあいいわ。あれこれ憶測を重ねるより、本人に尋ねてみましょう。
「貴方、その名前をどこで聞いたの?」
ミユキがもう一人──たしか神殿の娘でウラだったわね──に同意を求めるように目をやり、ウラが頷くと、ミユキが再度こちらを見て言った。
「インゲルスさんです」
インゲルス!?
大地母神神殿総本山の総祭司長と同姓の別人、……なんてことは無いわよね……。ちょっと頭が痛い。
「ビヤルケ・インゲルス総祭司長様です」
ウラが念押しするように言ってきた。
そうなのか。
どうも本物っぽいわね。でもまだ足らない。
「貴方は?」
「大地母神神殿で今代の巫女を務めさせて頂いています、ウラと申します」
この娘、総本山の巫女なのか。
実際に第二世代器を扱っている子じゃないの。
これは下手な誤魔化しは、逆効果になるわね。
「ふっ、『森精族の里 探訪記』だったわね。この資料室には置いてないのよ」
これは紛れもない事実だ。
この組合資料室の資料として、置いていない。
「どこかで読めないか、ご存じじゃありませんか?」
むっ、しつこい。
とは言え、第二世代器の使い手とそれが一目置く相手に、下手な対応はできないのよね。
「ミユキさんは森精族の里へ行くつもりなんですか?」
向こうの質問に答えてばかりでは埒が明かないので、こちらからも尋ねてみた。
「とくに予定はしていませんが、行く道の途中にあるなら寄る事はあるかもしれません。といった所ですね」
ほっ、良かった。それなら問題はないか。
「そこに道は通っていませんから、陸路では行けないのよ」
「そうなんですか」
「ええ。里が外へ向けて開いているのは、港だけなの」
「そうなんですね。わたしそこら辺の細かい事を何も知らなくて。だからウィアに言われて、付け焼き刃でも情報を集めているんですよ」
え……、今なんて!?
「案内人の方に一から十までお任せでは、はぐれただけで遭難しちゃいますもんね」
つまり、森精族の里に連れて行けそうな案内人に心当たりがあると言うこと?
「案内人? その方は行き方を知っているの? 貴方はその方とその……」
「知っている筈です。ウィアは任せて大丈夫だと言っていました。わたしはドロスさんと面識はありません。この後で初めてお会いする予定です」
ドロス!
ドロスって言った?! 何てこと!
ドロスってあのドロスよね。
「あの、ドロスが案内役な……んですか」
「あれ? マヌエラさん、ドロスさんをご存じなんですか?」
聞きたくなかったな。
その名前は聞きたくなかった!
でも聞いてしまったからには仕方がない。
あいつが出てくると、里の情報が本当に必要になりかねないのよね。
「知っているわ。彼女が出てくるなら、確かにその情報も必要になるかも知れない」
仕方がない。私は里を出て好きにやらせてもらっているけど、肝心なところで知らんぷりをしては、里を追放されかねない。
ここは大人の判断をしないといけない場面ね。
あんな破壊魔と係わりあいたくないけど、私がそれを看過して何の警告もしなければ、もしもの時が怖すぎる!
「そう言う事であれば、これを」
部屋の隅にある物入れから取り出した物を、彼女へ差し出した。
「これって『森精族の里 探訪記』!」
「マヌエラさん、ここには無いと言っていたじゃありませんか」
「いいえ、『この資料室には置いてない』と言ったの。これはね、私の私物なのよ」
「私物って……それって、神殿でもう読めなくなったという……」
ウラという娘がそう言う。
「 ? 神殿の『探訪記』については知らないわよ。そう、神殿ではもう読めなくなったのね」
それは僥倖だったわね。
「それをどう信じろとおっしゃるのですか」
んー、このウラという娘、面倒臭いわね。
「ねえミユキさん。話をまとめると貴方、ウィアさんの依頼とドロスの案内でクワン神国へ行くって事で良いのよね」
「え? ええ……そうですね。そう言う事になります」
「それじゃあ貴方、一つ依頼を受けてみない?」
†
「リシュヌ、ちょっといい?」
マヌエラが二階へ上がった二人を引き連れ、三人揃って降りてきた。
珍しい組み合わせね、何かあった?
「いいわよ。どうしたの? 三人で」
「これを送りたいのよ。書状箱を用意してもらえる?」
送るのは本のようだけど、どうしてこんなタイミングで来たの?
組合便で出すなら、速い便は今朝方出発したばかりなのに。
「本なのね。それ、貴方が送るの?」
どうも話の行く先が見えないな……。
「そうよ、私のもの。それでこれを、この子に運んで貰おうと思うの」
と言ったマヌエラは、ミユキさんを手差しした。
「指名依頼なんて本気? 本人を目の前にして何だけど、ちゃんと届くかは賭けになるわよ」
ひどい言いようだけど、これは紛れもない事実だ。
これから彼女が辿る道程の長さを考えれば、その言い分がもっともであると分かる。
知識とか情報って大切よね。
「たぶん大丈夫よ。ドロスが噛んでいるそうだから、たどり着けないってことは無いでしょう」
あら、マヌエラがかなり自信を持って言い切っている。
ドロスさんってマヌエラの知り合い?
ミユキさんが言ってた案内人の事よね、たぶん。
その人ってそんなに優秀なのかしら。
それにしては、マヌエラがものすごく嫌そうなんだけど。
「そうなの? ふーん……」
つまりマヌエラはそのドロスという人を知っていて、好ましからざる人物評価ではあっても、その実力に間違いはない……と言った所か。
そういう事なら。
「ねえ、ミユキさん」
「はい」
「あなた組合の荷物も一緒に運んでみませんか?」




