95 遠い現実
「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者組合へ……ってミユキさん。今日は出発の日じゃありませんでした? さては中止ですか?」
冒険者ギルドへ入るとすぐ、リシュヌさんに声をかけられた。
喜色満面だよ、なんでそんなに嬉しそうなんですか。
「中止じゃありません。とある方から『案内役とはぐれた時を考えて騎乗免許まで取ったのなら、道中の情報も仕入れておくべきじゃない?』って指摘されたんですよ」
大地母神からは勧められただけだけど、確かにその通りなんだよね。
「ああ、それで資料室へ情報を集めにやって来たと」
「その通りです」
さすがにリシュヌさんは、お見通しだね。
「流石に付け焼き刃過ぎません?」
「ぐっ、自分でもそう思いますが、何もしないより数段マシかと。途中で右も左も分からなくなって遭難したくありませんからね」
やだなあ、図星を指されて息が詰まっちゃった。
人生でぐうの音を出す日が来るなんて、思ってもみなかったよ。
「分かりました。それでは“収納計数の腕飾り”を着けて頂き、はいこれで完了です。しっかりお勉強して、安全な旅に役立てて下さい」
「はい、ありがとうございます」
まあ心配してくれているのは分かるんだよ。
それにしてもわたし、学習は好きな方だけど、勉強は好きじゃないよねえ。
†
コンコンコン────。
「失礼します」「失礼いたします」
扉をノックして入室したのは、冒険者ギルドの二階にある資料室。
三日前のDランク昇級講審査で試験監督してくれたマヌエラさんが、今日も居てくれた。
相変わらず若くて綺麗だけど、森精族と言うなら実際何歳なのかは見ただけじゃ分からない。
耳は髪に隠れて見えないので、ぱっと見だと森精族と分からないんだよね。
「先日は試験監督をありがとうございました」
「どういたしまして、あれも仕事の内よ。それで、今日はどうしたの?」
そうそう本題本題。
「クワン神国まで行きますので、途中の情報を調べたいと思いまして」
「本気で!?」
やっぱり言われた。
「本気です。外せない用事がありますから」
「そう。出発はいつなの?」
「今日の10刻ですけど、何でです?」
「時間がないのね。一~二冊軽く目を通すのが精々かしら」
ああ、お勧めを考えていてくれてた訳か。
「心配ご無用です。わたし速読が使えますから」
速読って、目にしたものを画像として覚えて、後で思い返しながら中身を読むという話だから、ウィアが用意した“見たものの情報を記録するシステム”って、速読の上位互換みたいな感じなんだよね。
「あら、そうなの? 前に来た時は複写していなかった?」
あうう、確かに前はコピーしてもらった。
しかも取る情報が不完全だったし……。
「あの時はウラさんと情報共有しないといけませんでしたけど、今回は一人なので大丈夫です」
体の前で両掌を手前に向けて握って、力説するわたし。
マヌエラさんの突っ込みが厳しい!
「そうなの。じゃあお勧めは……」
経由国を通る主要街道とそこの冒険者ギルド支部、騎乗ギルド支部の所在地が書かれた地図が、四国分出てきた。
簡単なその国の解説まで付いている。
出発地のゼーデス王国、東隣のリンブルム王国、南へ下ったエルドワ王国、そして目的地のクワン神国の四国だ。
「ありがとうございます。マヌエラさん」
さっそく閲覧机に地図を広げて、まずはそれぞれの全体図を見てみる。
あれ? この地図、縮尺ないじゃない。国の広さが分かり難いな。
まあいいや。取りあえず見て取り込んで、地図作成スキルで表示してから考えよう。
†
ウィアの作ってくれた“地図作成”スキルがどの程度優秀なのかは分からないけど、始めはともかく経路の全体像を把握したいところね。
という事で、まずは四つの全体図を並べて表示する。
次に、四枚の地図の縮尺を合わせる。
そして物差を表示。
出発地はゼーデス王国、王都ツェルマート。目的地はクワン神国、タルサ……市か。どちらも国の西寄りなんだね、とすると実質の移動距離は三国分ってことか。
やった! 一国分省略できた!
四国の全体図で直線距離を見てみると………はっ? 約一万キロ!?…………。
クオレの世界じゃん!
道を通ればもっと距離が増えるから、本当に一万二千キロコースになりそうなんだけど!!
高低差だってあるでしょう!
キツイけど急ぎに急げば十日で着けるって言ってたよね。
ウィアったら、毎日千キロ以上走ろうってことだったの?!
自動車つかっても大変だよ!!
どうやって行くんだろう?! これ。
国際ギルド便の特別急行便が最短十四日だったね。うわー、輸送冒険者さんや騎獣たちに無理させちゃったかなぁ。
もう出発しちゃってるんだよね(汗)。
ハー、ハー、ハー……。
ちょっと落ち着こう。
そりゃ皆が口を揃えて、「無謀」だの「本気?」だのとか言うわけだよ。
世界って広いんだね……。
修学旅行のときで合わせて八百キロくらいだっけ……。元の世界でも、それくらいしか長距離移動をした経験がないや。
これから大変な事をしようとしてるのはよく分かった。でもウィアが出来ると言ってくれてるんだから、出来ないって事はないでしょう。
疑問は多々あれど初志貫徹、ブレずに行くよ。
「なんだか、すごく遠そうに見えますね」
ウラさんが言ってきた。
ウラさんは王都ツェルマートで生まれ育った、神殿の箱入り娘だもんね。
わたしよりもさらにずっと、距離感がつかめていないだろう。
「そうだね。でもまあウィアが行けると言ったんだから、行けないって事はないでしょう。時間制限だって無いに等しいわけだし」
「そうでしたね。何でしたら一年かけて行っても良いんですものね」
「そうそう。国際ギルド便の、獣車で行く一番遅いやつでも二ヶ月で着くんだから、無理せずに走っても、きっとひと月もあれば到着するよ」
「そうですね」
ああ、ええ子や。
ウラさんの笑顔に癒される。
この笑顔が見られるのも、あと数時間か(しみじみ)。
あれ?
少し気分が落ち着いたら、ちょっと気になる点が見えてきた。
地図の中に。
目的地のクワン神国とその手前のエルドワ王国の間に、謎の空白地帯があるんだよね。
なんだこれ。
実は五国通過って事?
あ、ひょっとして……。
「マヌエラさん」
「何かしら?」
「この二つの地図に挟まれた、空白の部分って何だか分かりますか?」
「あ……」
おや、当たりかな?
「そこはね……、森精族の里なのよ」




