92 較べてみるのもおこがましい
わたし達、わたしと月那と兄さんをこの世界に連れていた空間知性のウィアが、この惑星大地へ着任したのは今から四億年以上も昔の事だそうだ。
あまりの時間の長さに頭がクラクラしてしまったわたしは、少しのあいだ呆然としてしまったんだけど、仕方ない事だと思うんだよ。
『少しは落ち着きましたか?』
んー、そうだね。
もう大丈夫かな。
『それは良かった。少し心配しました』
ごめん、心配かけて。
考えてみれば不老の体を作れる存在が、それよりも寿命が短いなんてことはないよね。
『必ずしもそうとは限りませんが、それで落ち着いてもらえたなら僥倖でした』
あ、ウィアたちは創造者を越えちゃったんだっけか。
『進化の階梯を登るというのは、そうしたことを指すのですよ。あなた方にしても前身が猿だったなんてことは、変わり者が調べていなければ想像もしなかったでしょう?』
そっか、そう言うことなんだ。
でもこうして見ると、ウィアとダンジョンって似ているところがあるね。
『似ている所……って、ありますか?』
ウィアはわたしたちの体を作って、媒体?……を入れたって話でしょう?
ダンジョンは魔獣を作って、魔石を入れたわけじゃない。
『あー……』
あれ……? 違った?
『肉体を拡張して、変異種や強化種を生み出している。という一点においてのみ、私がミユキ達の分身体を用意したことに通じる部分がありますか……。ですがダンジョンが魔石を用いて行なう操作は、媒体を扱えていません。ましてや意識や記憶まで魔獣の体へ移すことなど、さらに千年経っても可能性すら見えません』
ずいぶん差がある、みたいな言い方だね。
『ええ。ダンジョンが産む魔獣の主力は四脚の獣ですが、何故だか分かりますか?』
えーと、その方が強いからかな。
『そうです。ですが魔獣を除けば、ヒト種七族が一番繁栄しています。これは何故でしょう』
これは分かる。
人間は道具を使うからだ。
『そうです、ヒトは工夫をします。その一つが道具になります。素の状態であれば、牙があり爪があって移動速度の速い四脚獣に敵う筈もないヒト種が、槍を掲げ剣を打ち、やがて車や船舶や航空機を駆る。牙や爪や速度に対抗する道具を造り、脅威に対処する術を編み出し、遂には自分たちを越える思考力を持つ我々を創るに至る。“知力”を武器とする生命、それがヒト種族です』
そう言えば、元は人に作られた人工知能から進化したんだったね。ウィアたち空間知性って。
話してると忘れそうになるけど。
『そうですよ。この惑星のヒトではありませんけどね。さてその“ヒト”種族が、ダンジョンに入って居ないと思いますか?』
いやいや、入っているでしょう。
ダンジョンを街で囲っているくらいなんだから、間違いなく入っている。
って言うか、わたしだってこの前入った。
あれ? でも人間をベースにした魔獣っている?
わたし見たことがないな。
初心者だからかな?
『“ヒト型魔獣”と呼ばれる存在は居ます。“鬼”は分かりますよね。こちらでは“大鬼”と“小鬼”と言う種類が一般的です』
あー、オーガとゴブリンかぁ。
大小そろい踏みなんだ。
そっか、人をベースに魔獣を作ると鬼になるのか。
大小の違いって何だろ? 大が人で、小はチンパンジーとか?
『いえ、この大陸に猿もゴリラもチンパンジーも居ません。東の大陸に棲息していて、ヒトが発生したのもあちらです。そしてダンジョンが落着したのはこちらの大陸西端、つまり現在のゼーデス王国で、大小どちらの“鬼”もヒトが土台になっています』
なるほど。アフリカみたいな場所が、東の方にあるわけだね。
ゼーデス王国がこの大陸の西の端だから、さすがにお邪魔することは無さそうかな。
『はい、猿はこちらへ渡っていませんが、ダンジョンは既にあちらへ進出していますよ』
うわー結構広がるね、ダンジョン。
攻撃的な外来種だ。人為的じゃないけど。
『そうですね。大鬼の特徴ですが、大型化した体に相応の筋力と体力を持ちます。手に武器を持てますが、棍棒のようなものを扱うのが限界で、作成能力はありません。攻撃力も防御力も高く個体の脅威度はCランク上位ですが、数が少ないため連携される危険は基本ありません。これがどういう事か分かりますか?』
不器用? あと頭……悪そうかな。
『そうです。一方小鬼の特徴としては、ヒト以上に足が遅く力も弱いものの、鬼同様二足歩行で手が空くため多少の道具を使いますが、やはり作成能力は持ちません。武器を持たない個体の脅威度はEランクの底辺ですが、数が増え易く簡単な連携行動を取るため、群れとしての脅威度は最大Bランクまで上昇します』
角兎と同レベルなのに、群れると二階級特進!?
『そういうことです。つまりダンジョンが作り出す魔獣は、総じて元の種より攻撃力・防御力・速力・耐久力などを上げますが、肉体の強化ばかりでヒト型最大の強みである知力や集団としての能力を生かせていません。小鬼の数も、多くて百を越える程度の集団しか現われていないのです』
人をベースに強化した割には、ゴブリンは個々の能力がグレードダウンしてるし集団の規模もそれほどじゃないってことか。
個々の身体能力が強化された大鬼も、知性はやっぱり低くて、集団能力はグレードダウンしているのね。
つまり魔獣の強化って、物理的な攻撃力限定って事?
『防御力を上げた種や魔術を操る種も居るので術理的な強化もありますが、いずれにせよ知力が大幅に強化されることはありません。肉食以外、その種が生れ付き持っている本能から大きく外れた行動もありません。これは他の星系に落着したダンジョン種の研究データからも、一般的な傾向と言えます』
他の星系!?
それもウィアが管理してるの?
『違いますよ。私の同族が集めたデータです。そう言うモノを研究している同族が居ますので、その研究データを参照しました。この惑星の事例も、データを提供することになります』
ほえ~、お仲間がそんなことをしてるんだね。
『私たちは興味深い題目が見つかると、その題目を研究出来るように新たな同族を増やす種族ですからね』
へ、へー、研究テーマで増えるんだ。
男女間……とは限らないけど、好きとか嫌いとかはないの?
『私たちに個体差はありますが性差はありません。ですからミユキ達ヒト族のように、体の要求に従って子孫を作ることはありません』
体の要求って、動物じゃないんだから。
『いえいえ、しっかりと動物ですよ。進化の先端に居ますからまったく同じとは考え難いかも知れませんが、二次性徴から更年期に至る間とくに活発になる恋欲求などは、顕著な体からの要請です』
三大欲求の一角か。
ううう、すごく反論しづらいや……。
『もちろん二次性徴以前や更年期後でも好き嫌いというものはあるので、全部が全部体の欲求が原因という訳ではありません。ですが体の欲求の影響が皆無などと言う事はないのですよ。むしろヒトの文化や文明の多くが恋欲求の余勢から生まれている事を考えると、いっそ感慨深くすらあります』
少しはホッとしていいのかな……。
†
『もともと脳と言う器官は、体各部からの要請を統合調整するために生まれた代行機能部位ですからね。先ほども名前が出た“媒体”もここへ繋がっています』
あれって脳に繋がってるの!?
んー、全然わからないね。
頭の周りをさわってみても何もないし。ああ、夢で自分の頭にさわっても分からないのか。本体。寝ているわたしの体は?!
『ミユキ、落ち着いてください。魂は平気でも、媒体は不快ですか?』
そう言われると良く分かんないけど、付き合い長いから……かな。
魂は昔から“ある”って言われて来たから、馴れ……だね。
『魂が“有る”という“共同幻想”ですね。多少歴史があるとはいえ、それだけで受け入れられると言うのは、実に羨ましいことです。まあ、無いと限ったものでもないのですが』
危なくない? 媒体って。
『この世界で言えば、“媒体”は世界の始まりから存在しています。誰にでも付いていますが、それで危機に陥った例は確認されていません。何れにせよヒトには見る事も触れる事もできませんから、気にしても仕方ないのですが』
本当に“魂”だね。
『でもヒトの言う“魂”と異なり、それ自体は何もしませんよ』
そうなの? 化けて出たりしない?
『出ません。“死者の日”や“諸聖人の日前夜”や“盂蘭盆会に帰ってくることもありません。なにより媒体は、見えませんし触れられませんが、そこにもここにも常時無数に存在しています』
そうなの!?
『私たちも空間知性に進化してから発見したのですが、世界は媒体に満ちています。そして私達にもそれは付いているのですよ』




