88 無駄に頑丈な体だね
『私が直接手を下した場合も最低でそれくらい影響が出ますので、ミユキが穏当に依頼を達成してくれれば、皆が幸せでいられるのですよ』
ウィアが前に地上へ降りた時の、アバターじゃ駄目なの?
『いくつか差し障りがあるのですが、最大の問題は単純な力不足です。私が化身を使った際の能力の上限と、本体の精密作業性能の間に空白帯があるのですよ。本体がヒト級の大きさを直接操作するのは、電子顕微鏡を覗きながら編み物をするようなものですので、ちょっぴり面倒なんですよね』
めちゃめちゃ細かいなっ!
あと面倒って言うなよ!
『手間と効果の比較は、少なくとも検討しなくてはいけませんよ。最終的に何を選ぶかはまた別の問題としてもね。そこで今回はミユキたちの出番なのです。ミユキたちを選んだのは、攻撃力もそうですが、攻撃力に付随する極限環境下での、技能によって拡張された活動能力が重視された結果なんですよ』
極限環境下での活動能力ねぇ。
そう言うと凄そうだし、確かに【断熱】を全身で使えば、熱湯の海で泳ぐくらいはすぐ出来そうだけど……。
あーでも息継ぎ大変そうかな、口や鼻から熱湯が入ってきそうだ。
【断熱】って、口の中や食道の奥までかけられるんだろうか?
『熱湯くらいでしたら【断熱】なしでも普通に泳げますよ。息もできます』
マジで!?
『マジです。私の分身もミユキたちの体も耐熱限界は500Kほどです。ですから沸騰した水に入るくらいは問題ありません。【断熱】を奥までかける事も可能です』
ケルビン?
あぁ、照明器具の色温度なんかで使われるやつか。白色4000Kとか電球色2500~3000Kとかの。
『そうそう、絶対温度です。水の融点、セ氏0度は273.15K。水の沸点、セ氏100度は373.15K。500Kはセルシウス度ですと226.85度ですね』
そして絶対零度、0Kは-273.15℃っていうアレね。
それで100℃の熱湯でも泳げると。
凄いんだね……。
(無駄に頑丈ともいうけど……)
『すごいでしょう、もっと褒めてくださいね。ちなみに正確に言えばカ氏451度です』
なぜ急に華氏? なんか聞き覚えがあるけど……。
『そういった素材で創られていますから、お腹が減ったからといって手を切り落とし、しゃぶしゃぶして食べようとしても上手く行きませんからね』
熊の手ならぬ猫の手……って、しないからねっ!
わたし、タコじゃないから。
それでなくても腹ぺこキャラ化しつつあるんだから、あんまりそっち方面に話を振らないでくれる!?
『うふふ。調理は難しいですけど、お味は良ろしいのですよ』
げっ、食べられるんだ。
そりゃ臓物や海鼠や河豚だって食べられるんだから、大抵のものは食べられるんだろうけど……。
『何でしたら依頼達成後、元の世界へ戻る前にご馳走しましょうか? 料理頁の管理をしていましたし出張料理もやっていましたから、調理はお手の物です』
あー…いまの提案は、少し心惹かれるものがあるかも……。
……でもちょっと保留で。月那と相談してからにするよ。
『わかりました(やっぱり腹ぺこキャラですね)』
聞こえてるからね……。
†
『食の話題はこれ位にして……』
……食の話題だったんだ……。
『こほん、火術剣の取り扱いについては、ひとつ助言があります』
何でしょう?
『細く絞り込んでください』
細切りにせよと?
『いえ、技能の刃を細くです。それが火術剣の練度向上の早道ですし、開放事故の際の周辺被害軽減にも繋がります』
わかった。
ウィアのアドバイスには【浄火】の実績があるからね、ちゃんと練習するよ。
万一の時の被害軽減にもなるなら、尚更だね。
『はい、そうしてください』
『話を戻しましょう』
了~解。
『周囲の岩を溶かして浮かび上がる場合、熱水で泳ぐ場合でもですが、呼吸は風属性の魔術で可能です』
へ? つまり外の空気を吸う必要はないということ?
『はい。多少練度を上げる必要はありますが、肺へ直接新鮮な空気を生み出せば良いのです』
あー、そう言うことか。
でも風属性の魔術って、なにも無いところから空気を生み出してるの?
『風属性に限りませんが、生み出す場合と周りの同素材を集める場合、近い素材を変換する場合やその混合もありますよ。とくに意識する事なく属性術を使えば、ふつうは周囲から集めることになります。その方が手間が掛かりませんからね。周囲に求めるものがない環境では、自動で生成に替わります。ただし魔力の消費量は増えます。意図して生成する事も可能です』
意識すれば生み出せるのか。
それならむしろ、酸素だけを少しずつ肺に生み出す方が簡単なんじゃない?
『それは意外と難度が高いんですよ。魔術士の多くは最初に「術の発動」を、次に「大きな威力を出す」ことを目標に鍛練します。そう言うヒトが肺に空気を生み出した場合、大抵は圧力を加減し損なって肺を破裂させるのですよね』
うわぁ、それは命掛けだね。
『そうですね。大抵そこで死んでしまいますから』
あうう……。
『そこで大切になるのが、術を精密に制御する技能です』
細切りにできるのが大切なんだ。
『“細く絞り込める技量”がですね。そして精密制御の技巧には、“知識”も含まれています』
知識って…どんな?
『ミユキは肺の形が分かりますよね』
まぁ、解剖図で見た程度になら。
『あれを細かく見ると葡萄の房のような構造で、末端の果実に相当する小さな袋が空気から血液に酸素を取り込み、逆方向へ二酸化炭素を排出している。と説明されて、想像できますか?』
うん、大丈夫。
『この世界の大部分のヒトは、解剖図など見た事がありません。ましてや肺の実物を見た事があるのは医術士くらいですし、実物を見ても構造まで思い至りません。酸素も二酸化炭素の存在も知りませんから、空気を呼吸している事は分かっていても、それがどんな働きをしているのかを知りません』
レンズが珍しいみたいだから、顕微鏡なさそうだしね。
森精族のマヌエラさんが、興味深そうにしていた。
だから肺の構造も血の役割も知らなくて、その働きを想像できないって言うこと?
『そうです。先ほど例にした風属性のヒトを助けようとしても、医術士に肺への知識が足らず効果的な治癒術が使えず命を落とします。なまじ外傷が治癒術で治療できる分、外から見えない部分の怪我に対する理解が足りていません。ミユキは知識が想像力を補完する分、技能熟練度に優位性があるのですよ』
これは「押せよ、絶対に押せよ」と言ってるのかな。
『そうですね。水に落ちても呼吸できれば慌てることはありません。水属性術が扱えれば移動が可能です。ミユキの技能は体温だって保ちますし、水から上がって乾かすのも一瞬。その体でしたらそうそう肺が破裂することもありません』
ねえ。
『はい?』
ふと思ったんだけど、わたしに適合する属性って何になるんだろ?
“火”と“氷”は割と使えるけど、“地”も“水”も“風”もちょっとずつ使えて、いま一つコレという属性が思い浮かばないんだよ。
『あれ? 言ってませんでしたっけ(汗…)』
聞いてないと思うな。
『“光”と“闇”の両属性ですよ』
“火”じゃないんだ?
『“火”は高エネルギーの象徴で“光属性”とお隣さんのため、最初のうちそういう形で現れやすいんです。氷が使えたのは“水属性”と“闇属性”の合成ですね』
ウラさんに聞いたところによると、“光属性”って発光系から発動するってことだったんだけど。
『先ほども言いましたが、ふつう初心者は術を発動させ威力を増すところから始めます。ですがミユキの“熱操作技能”は精霊術の延長線上に位置づけられますから、最初から発動しますし威力は相当大きいのです。ですからこれから精密制御を磨いて、一般的な魔術のようにも使えるようにしていく事になるでしょう。単純な“光輝”くらいならすぐにでも使えるでしょうが、精密制御ができない間は周囲の人を失明させないように気をつけてくださいね』
げっ、目眩ましで本当に失明しかねないのか。
それにしても順番を逆に辿るんだ。
『出力に見合った制御力を培うという事ですね。気軽に“復活”なんて使っていると大変な騒ぎになるでしょうから、偽装のためにもやっておいた方が良いですよ』
蘇生もまだ知られていないって言ってたからなあ。
あるんだよね? 蘇生。
『あります。少し方向性が異なりますが、ミユキが今回生き返ったのが“蘇生”の段階ですね』
浄火が“蘇生”にも使えるのか。
確かに生き返ったしね。
うーん、どうしよう……。
『頑張れ (o゜▽゜)o』
ひ、他人事みたいに。
『ミユキ事です。
冗談はさておき、何重もの安全装置を仕込んだ高性能な体を用意し、ミユキの特徴を最大限生かせる環境を整えられたと自負していますが、他に何か要り用なものってありそうですか?』
安全装置も入ってたんだ、この体。
『それは入っていますよ。急激に成長する“火炎術士”の末路なんて、自身の炎に呑まれて松明になるのが相場です』
ひえ~。
すぐに思いつくものはないかな。
違和感ないし、性能いいもんね。
『うんうん、良かった。製作者冥利に尽きます』
“ケルビン温度”と“絶対温度”というのはどちらも正しい呼び方ですが、
“ケルビン”≠“絶対”で、直訳の関係にはありません。
ケルビンはもともと人の名前ですので、ご注意を。




