85 再会 空間知性ウィア
来たかな?
来たっぽいね。
神殿で夕飯をいただいて、ウラさんと五階のベッドで隣同士にお休みして、目が覚めたら自分の部屋だった。
わけが分からない。元の世界へ帰ってきた?……なんていう事はなく、ウィアがわたしの夢の中に再現した場所なんだろう。
何しろ壁と床と家具はあっても、相変わらず天井がない。
前回はうちの応接セットで、今回はわたしの部屋か。
少し広がっているところに、そこはかとなく不安を感じるのは考えすぎ?
それにしても、ウィアがいないね。
ウィアー、来たよー。
返事がないね。
ベッドから降りて、扉へ向かう。
あれ、パジャマじゃん。まあ眠ってたから当然なのか。
ここがわたしの夢の中である証拠に、わたしは猫族のミユキじゃなくて、元の世界の猿族の敦守真幸だ。
ここなら便利なことに、着替えも考えるだけで一瞬で……できたっ!
魔法少女の変身みたいだ! と、一瞬思ったものの、収納の装備欄から一気に装備を変えるのと変わらなくって、今一つ盛り上がりませんでした(しおしお)。
取りあえず部屋から出てみよっか。
扉を開けるとそこは、……うちのリビングだよ。
廊下や階段をすっ飛ばして、扉の向こうはいきなりリビングだった。
そしてエプロンを着けたウィアが居た。
『あらミユキ、いらっしゃい。早かったですね』
エプロンと言っても、新妻がご飯の仕度をするようなフリフリのヤツじゃない。DIY店の店員さんが着る厚手の前掛けを着けたウィアが、アポロキャップをかぶり、釘を口に咥え、手に金槌を持って壁に画を掛けようとしていた。
なんのコスプレよ。
釘咥えて普通に喋るってどうなのよ。
これって……、突っ込み待ちかな?
押すなよ。絶対押すんじゃないぞ。って言うやつ。
無視してやろうか……。
そう考えたらウィアが悲しそうにな顔をする。
あら、通じたみたいだ。
この場所はわたしの夢らしいので、口に出さなくとも頭で考えるだけでわたしの考えがウィアに伝わるという話だった(前回)。
寝室ではダメだったけど今は伝わっているようだし、たぶんあの場所なんでしょう。
そう言う事なので、釘を咥えてたまま普通に喋るのもここでは有りなわけね。
ただ現実味を考えるなら、買ってきた釘には防錆剤が塗られているから、口に咥えない方がいいんだけど。体に悪いよ。
ないか、体。
どうもこの大地母神様、じゃなくて空間知性のウィアは妙に人間っぽいところがある。
本体は人工知能が進化したのち解脱したという、惑星軌道の半径くらいある大きなエネルギー生命体だそうで、目の前の女の人はただの映像なんだそうだ。
だけど、それにしては人間くさいんだよ。
すごいよね。
まあいいか。無視しちゃ可哀想だし、少しくらい付合っても……。
「こんばんは、ウィア。前のときは白っぽい場所にうちの応接セットだけあったのに、今回は居間があって、わたしの部屋まであるんだね」
『はい、頑張って拡張工事してました』
そう言いながら腕まくりして、力こぶを作る恰好をするウィア。
その腕はプニプニで、とても筋肉があるようには見えない。
くどいようだけど、映像だけのはずだよ。たぶん。
「その恰好で拡張工事って、ひょっとして先週会った時からずっと大工仕事をしてたとか?」
『ええ、ずっとじゃありませんけど大体はしてました。対人接続部自体は本当にずっと仕事をしていますけど、ヒト型の外観を起動させるのは何千年かぶりなので、趣味を兼ねて機能回復訓練です』
何千年かぶりって、前に出て来たのがもの凄く昔って事だよね?
人型を動かさないのに、ヒューマンインターフェースって必要なの?
『前回起動したのは千八百年前ですね。ヒト型を起動させなくても対人関係全般は私の管轄なので、する事は沢山ありますよ。惑星上にいる、うちの手の者とのやり取りなども全部私がやっています。ほら「調整なしで七つのヒト族が集っているけど例外がある」と言ったのを覚えていますか?』
あー、言ってたね。覚えてる。
『森精族という種族で植物系人類なんですけど、ご存じでしょう?』
知ってる。マヌエラさんだ。
あの人って植物系の人だったの!?
『いえ、私が直接関わったのは当時の(今でもですが)植物進化の最先端種族で、彼らと接触してみたところ頼み事をされましたので、それを聞き入れたのですよ。対価として彼らの代表が寿命を終える際、その世代の記憶を私が受け取ることで話がまとまりました。その先端種族と直接繋がっている動物型の化身が、彼らの頼みにより私が作成した部分です。そしてその分身の中で大元の植物種族との繋がりを失った者が、“森精族”という種族なんですよ』
つまり、植物がウィアから動物型の分身をもらったけど、元の植物との繋がりが切れて動物として独立しちゃったのが、森精族っていう事?
『完全に独立した訳ではありませんが、大体そう言うことですね』
へー、分身で一種族が成り立っちゃうんだ。
本当に色んな人たちがいるんだね。ウィアの世界って。
『ミユキたちの体の製作にも、そのときの経験が存分に生かされています。その気があればミユキもミトコンドリア・イブになれますから、もう少しこちらでゆっくりしていきましょうよ』
ミトコンドリア……って何だっけ?
授業で名前を聞いた覚えはあるけど……。
『いえ、なんでもありません……』
それで結局、ウィアの趣味ってDIYなの?
住宅建築の自作が趣味って、空間知性的にどこが面白いんだろう?
わたしは好きだけどね、建築物。
『趣味がDIYかと言えば確かにDIYですね。ミユキのその体も、私の自作作品ですから。住宅の方は、事が終わってミユキたちが元の世界へ帰ったあと、体を保管しておく場所を用意しようと考えて作り始めました』
人形愛好家だったのか、この人(ヒトじゃないけど)。
住宅かと思ったら、人形の家だった。
それもウチの家がベースになってるし!
『以前に地上へ降りたとき使った体もありますし、まとめて一緒に保管できたら楽しいだろうなーって思ったんですよ』
地上に降りたことがあるの!?
『ありますよ。卒業実習で自作のヒト型に入って自立行動するっていう課題をやりました。でも術士としてはそれなりだったんですが、技能の面でいろいろ足らない所が見えまして、その辺りについて研鑽を重ねた結果がミユキたちの体という事になります』
これはやらかしてるね……。
『失礼ですねミユキさん。何もやらかしていませんよ。後でしっかり記録を解析しましたけど、問題ありませんでした! ぷんぷん』
絶対に何かやらかしてる。
賭けてもいいや!
って言うか、モノローグにレス入れないで!
†
「はぁ~、ここのお茶は本当に美味しいわね」
『前回に続けて気に入っていただけたようで、淹れた甲斐があります』
「ごちそうさまでした。それじゃあ本題に入りましょうか」
『はい』
再会の冒頭で軽い牽制を交わしたあと、ソファーに掛けて本題に取りかかった。
「わたしの出発準備はできたよ。だから明日にでも発てるんだけど、そっちの都合はどう?」
『はい、いつでも出られますよ。明日という事でしたら、09:00以降どこかの外壁門の外で待ち合わせが可能です』
「外なの?」
『中でも待ち合わせは可能ですが、少ないながら危険が想定されます。ですから想定外の可能性を最小にするため、外での待ち合わせを提案しました。大したことではないので中での待ち合わせも可能ですが、どうしましょう?』
あー、ウィアの使いの人が修道院の前にやって来たら、収集が付かなくなるかもね。
歓迎か疑念だか分からないけど……。
それなら人が少なくて、周囲が開けた“グラニエ平原”へ出た方がいいか。
「外でいいよ。ウィアが外が最適と判断したんでしょ。なら、それでいい。それでどんな人が来るのかな? 男の人? 女の人?」
『女性です。名前は“ドロス”。目印としてミユキの収納にある“リンクフィラー”を私に預けてもらえますか?』
ドロスさんか。どんな人だろう?
気が合うといいな。
「リンクフィラーを渡すのはいいけど、使えないよ」
『それを持っている者が案内役です。いい目印になるでしょう。それに預かったそれを使えるようにしようと考えています』
「本当!? それで兄さんたちとも連絡が取れるの??」
だったら話が早くて助かるなあ。
『本当です。ですがタツヤさん達と連絡が取れるようになるのは、ミユキがクワン神国へ着き、ミユキのリンクフィラーから作成した子世代器を渡してからになりますね』
「向こうへは行かないと使えないのか。そりゃそうだよね……」
わたしのリンクフィラーが“使用できないアイテム”になっているなら、月那や兄さんのリンクフィラーだって使えなくなっている筈だもんね……。
遠く離れると連絡が取りづらいって言うのは、国際ギルド便の件でよく分かった。
公共ネットも携帯端末もないウィアの世界の不自由さは、想像以上だったよ。
だって居場所が分かったのに、本当に何日も連絡が付かないんだもん。
あれ? そうすると、わたしのリンクフィラーって第一世代ってことになるのか。
ウィアが作った第一世代なんて、身上鑑定器みたいだね。
『彼女からそれを受け取り、収納から“装備”して、生み出した第二世代をドロスへ渡してください。今それを預かるのは、使用可能なアイテムにするためともう一つ。それを使って、案内をするドロスとの意思疎通を計るためでもあります』
「そうか! 案内人さんとリンクフィラーが使えれば、はぐれた時でも連絡が取れるわけだ」
ただ運ばれるだけだと、案内人さんとはぐれた時にどうにもならなくなるからって、頑張って騎乗資格証を手に入れたんだ。
だけどリアルタイムで連絡が付くなら、そんな心配は要らななかったね。
『そんなことはありません。何かで見聞しただけの知識よりも、実際に体験したという事実の方が血肉となって残ります。また実地に体験しただけよりも、その由来や理を承知していた方がより深く理解することができます。そうして積み重ねたものは、次の障害を越える際の力になりますから、無駄なことではありませんよ』
「ウィアが先生みたいだ」
『もともと社会基盤の維持・制御用人工知能から進化したものが私たちの祖先ですからね。教育インフラも所掌の範囲です。
ところで、先ほどから口に出して話をする事が増えているようですが、何かありましたか?』




