8 神器 身上鑑定器
ネコミミにシッポか。
なんとまあ、わたしは目が覚めたらネコミミシッポ付きになっていました(エーッ!)
コスプレの趣味はなかったからこういう格好は初めてだけど、悪くないわね。
さすが自前のネコミミシッポ。なかなか自然な味わいで可愛いいわ。
当たり前だけど元の耳の位置には痕もなくて、こめかみの辺りの髪の生え際が、つるんとうなじに繋がっているのよね。
撫でるとすっごく気持ちがいい。
顔や手が毛深くなるなんてことはなくて、服を脱がずに確かめられる範囲は元の通りだったわよ。
お髭もない。
手が肉球付きじゃなかったのは、安心したような残念なような微妙な気分ね。
まあ猫の手だとナイフとフォークはともかく、お箸は持てないだろうからこれでいいのかな。
自前の(自前なんだよね?)耳と尻尾は、見れば見るほど可愛らしく見えてきて、撫でたり引っ張ったりしていると、横から視線を感じた。
ウラさんだ。
しまった。話の途中だったわね。
気分が乗って、ついつい夢中になっちゃったじゃない。
「こほん。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
そそくさとソファーへ戻ったわたしは、澄まし顔でそう言った。
「いえ、耳と尻尾は堪能されましたかな?」
うっ、バレてーら。
「そのご様子ですと、ミユキ様のご容姿はもともとそうだった訳ではないのでしょうか。
もしよろしければ、こちらへ来られる前の事情などをお話しいただけると、我々にもなにかお手伝い出来る事があるやも知れません。
如何でしょう?」
そうよね。仮にここを飛び出したとして、他に行く当てがあるわけでもないから、話のできる相手は欲しいわよ。かといってもう少し、右と左がわかる程度には様子が知りたいところよね。
「…お話しする前に、いくつかお尋ねしたいことがありますが、構いませんか?」
「もちろん構いませんとも。何でございましょう」
「この世界に、クワン神国、その王都セリエスという場所は存在しますか?」
「ございます」
「冒険者という職業は存在しますか?」
「魔獣を狩って日々の糧とされている方々ですな。存在いたしておりますよ」
クワン神国も冒険者もあるみたいだ。
「たとえばその冒険者が魔獣と戦い敗れて倒れたとき、ここかあるいは別のところにある“復活の間”で生き返るなんていうことがありますか?」
「それは死ぬ事がない。と言う事でございましょうか。また法外なお話ですな。
この神殿以外で“復活の間”というのは聞き覚えがございませんが、ここであっても亡くなった方が蘇ったという話は聞いた事がございません。ここ以外でもです」
当たり前だけど、ここでも人は死ぬんだね。
「最後の質問です。
ウィア…様というのはどういった方なのでしょうか。
できれば、あなた方にとって…という視点ではなくて、どういったことをするとか、どういった現れ方をするというような、具体的な言行について教えていただけると助かります」
「ふむ。私たちにとって、という視点以外での大地母神様のご紹介ですか。
残念ですな。私たちにとっての大地母神様と言う事なら、一晩中でもご紹介できますものを…」
やっぱり!
イヤな予感がしたから制限つけたのよ!(心の叫び!)
「記録に残る最古の大地母神様は千八百年ほど前、我が一族の初代がこの地に降り立ったときに遡ります…」
インゲンさんが言うのは、要約するとこうだった。
大昔、人は数を増やし始めた魔獣の脅威によって、その数を激減させた。
それまでは魔獣という存在そのものが珍しかったし、それ以前は凶暴な獣の数が増えたくらいの認識しかなかった。さらに大昔にはそんなものは居なかったのだそうだ。
あるとき、村を守り魔獣と戦う若者が啓示を受けた。
「魔獣を産む者を滅せよ」と。
若者は故郷を離れ、仲間を増やし、とある森の中の洞窟に分け入り、その奥深くで“魔獣を産む者”と対峙した。
若者は、啓示と共に与えられた弓を用いて矢を射り、見事“魔獣を産む者”を滅ぼした。
この偉業により魔獣の増加は収束。洞窟は砦によって見張られるようになり、砦の周囲には村ができ、村は町に、街に国へと発展した。
若者は王となり、国を治めた。
仲間たちはそれを助け、それを支えた。
「べたべたな勇者物語ですね。その啓示を与えた者というのがウィア様? ウィア様って神様?」
「私どもはそう考えておりますが、ご自身では管理者と名乗ったと伝わっております。この世界の管理者と」
「管理者か…」
†
ウィア様は神様ではなく管理者さんらしい。
本人(まあ人じゃないんだろうけど)がそう言ってるらしいけど、胡散臭いと言えば言えるし、神を名乗らないだけ誠実なのかも知れない。
けっきょく、他人から話を聞いただけでなにか判断できることじゃないってことかしらね。
「ありがとうございました。
それでわたしの事ですが、ここで目を覚ます前にはゲームをしてました」
「げぇむ……でございますか?」
「はい。ウィアという世界に降り立ち、人として冒険者になり、魔獣を倒しながら世界の秘密を解いていく。という……えっと、遊びですね」
「なんと。この世界へ降り立ち、人に紛れて生活しながら世界の秘密を紐解くと。それはまた、人智を超越した御技を駆使された遊戯でございますな」
げげっ、拡大解釈が過ぎるよ。
「そんな大げさなものじゃありません。この世界とよく似た別の“ウィアの世界”が作られていたんだと思います。そうですね、見える景色は“紙芝居”が自分の動きに合わせて変化していくっていう感じですし、人だって同じ場所で決まった話ができるだけですから」
そうか。
ここの人達からすれば、へたすると世界の外側からやってきて、自分たちの生活圏で好き勝手して帰って行くという風に映るのか。
まずいまずい。それじゃただの迷惑な不法侵入者だよ。なにかの映画にあったよねそういうの。デテイクーとかヤッテキターとか。
んー、やっぱり偶然この世界に似たゲーム世界で遊んでいただけ。なぜいま現実にここに居るのかはさっぱりわからないよ。うんよし、そういう設定で話を進めよう。事実だし。
「なんでこんなにゲームとよく似た現実があるのかさっぱり分かりませんけど、ともだちと二人でそのゲームで遊ぼうとしたら、別々の国へ降りてしまったので、冒険者になってレベルを上げて、騎乗資格を取って合流しようと考えてたんです」
うわー、自分で言ってて、地上に降り損なったダメ天使みたいな気分になってきたよ。くすん。
「ここが真実そのげぇむの中ということは考えられませんか」
ハッキリ“こうだ”と言い切れない自分が悲しいな……。けど。
「確実なことは言えませんけどゲームによく似た現実、いえ、ゲームがここの現実にとてもよく似てたと考えた方が自然だと思います。遊戯盤ってありますか? 双六とかチェスとか。それが大掛かりになって、表現が具体的に目の前に現れるようになってた感じなんです。ビデオゲームって呼ばれていました。
“ビデオ”は“画が動く”という意味です。
見えるものについてはそんな感じで音もついてましたが、ものに触った感触やお茶を飲んだときの熱さや味が感じられるなんてことは、私のいた世界でもまだまだ夢物語でしたよ」
そんなものがあったら兄さんがやっていない筈がないよね。
「それで紙芝居ですか。
話の腰を折ってしまいましたな、どうぞお続けください」
「はい。ともだちがレベルを上げている間、なにもしないのも手持ち無沙汰だったので、わたしも少しはレベルを上げようとしたら、やたらと強い魔獣に襲われてわたしの分身が倒されて、その時わたしも気を失ったらしく、目が覚めたときにはここで寝かされていました」
「そのお友達が降り立ったのがクワン神国の王都セリエス。そのときミユキ様が使われていた分身が猫族だったということでしょうか」
「そういうことです」
すごいなインゲンさん。こんなトンデモ話だっていうのに、理解がものすごく早いや。
「…………………ご提案なのですが、みゆき様。
身上鑑定器という神器がございます。
これをご自身に用い、いまの状態を確認してみませんかな。
見たところ、ミユキ様はご自身の現状把握もままならないご様子。これから何をされるにしても、早めにご自身の状態を把握しておく事は無駄にはならないと思われます。
神器とは申しましても、洗礼や成人の儀では誰もが使う一般的なものですし、身分証を持たない者が街に入る際には、門に設置されたそれを使って犯罪歴などを調べています。
先ほど話に出た冒険者になるときや、店を開くために商業組合へ登録するときなどにも、それを使って身分を確認するという、至極ありふれた器物でございますれば」
すこしの間考えていたインゲンさんがそう提案してきた。
「神器。ウィア様から授けられた品物ですか? それがありふれた物なんですか?」
「はい。この神器は複製を生む事が出来ます。
複製された身上鑑定器は、数が増える代わりに親世代よりも能力が劣ります。
世代が下れば鑑定できる項目は減りますし、単独では複製も叶わなくなります。
各種組合支部で窓口に置いてあるのが第五世代ですかな。街の入口などで使うものや、神殿のない村に配付されるのが第六世代か第七世代で、これより下ですともはや実用になりません。
今後何をするにしても何度かは利用される事となるでしょうから、この状況をもう少しはっきりさせるために今使うのは有益だと考えますが、いかがでしょうか」
ステータスチェッカーというと、ゲームで言う能力値を読み取るための機械?
そう言えば展開が急で忘れてたけど、メニューとかってどうなってるんだろう。
メニュー。出ないな。
ステータス。設定。収納。あ、出た!
中身はそのままあるんだ。あれ? そうするとさっきの鎧はミーユンの? でも弓と矢と槍はなかったよね??
はじめの三つは反応なしで、収納は有りか。
地図。わっ、白地図だ。現在位置、ゼーデス王国 王都ツェルマート 大地母神の神殿。
そのまんまだね。
でも言ってる事にウソはないみたいだし、これならやってみても良いかな。
「わかりました。お願いします」
「おおそうですか。それでは早速まいりましょうか」
「まいる?」
「はい。この神殿の鑑定器はいささか古いものでして動かす事が出来ません。使用するにはこちらから出向く必要があるのです。
なに、すぐ隣の部屋でございますから」
そう言って立ち上がり部屋を出て行き、無口な女性がそのあとに続く。護衛かな?
わたしがその後に続き、最後にウラさんが部屋を出た。