78 騎乗免許講習会 後編
回る回るよメリーゴーラウンド。
クルクルクルクル回転木馬。
いや木馬じゃなくて、二脚走竜なんだけどね。
わたしが乗っている騎獣の繰具から、地面に立った十字架型の杭へと綱が伸びている。
今やっているのは、常歩の練習だ。
十字架型の杭を中心に、コンパスで円を描くようにトコトコ歩いている。
速すぎてもいけない。
遅すぎてもいけない。
とは言え、そんなに神経質なわけじゃない。
常歩、速歩、駆歩、襲歩。
騎獣ギルドの騎獣が進む速さは、大まかにその四つに調整されているらしい。
座席の前に付いている繰桿を、ちょっとだけ前に倒すと騎獣は歩き始める。常歩だ。
もう少し倒すとスピードを上げる。速歩だね。
もっと押し込めば駆歩になり、一杯に倒せば襲歩となって、手前に引けば速度を落として停止する。
最初は常歩から。
クルクル回りながら、ミシルさんの合図で発進と停止を繰り返す練習だった。
30分くらいやったね。
走竜の歩くリズムを、繰者に馴染ませるんだって。
人の方が走竜に寄り添うんだね。
おもしろい。
次の段階では、合図で常歩と速歩を切り替える訓練を、これもやっぱり30分くらいやった。
これで回転走竜はおしまい。
「よし、一旦休憩しよう。水バケットが用意してあるので、自分の騎獣に水をやるように。その後、君らも休憩してくれ」
走竜を休ませ(!)水を飲ませたあと、わたし達も一休み。
水やりを終えたウラさんが、こちらへやって来た。
「お疲れさまですミユキさん。調子は良さそうですね」
「問題ないよ。騎獣ってちょっと手がかかるけど、馴れるとかわいいね」
「そうですね」
走竜たちは“立ったまま”休む者、“お座り”して休む者など様々だ。
わたしもウラさんも乗竜(?)するために跳び上がったけど、跳び上がれない人はどうしたのか? というと、この“お座り”から上半身を下げた“伏せ”の姿勢で乗り降りが出来た。
だったら最初から教えてよ。と思ったら、走竜が後肢を延ばしたい時や荷物が重い時などには後肢を先に立てることがあって、体が前傾するので馴れないうちは転げ落ちる危険が高く、推奨していないという。
たとえば荷物を篭に入れていた場合、前傾で中身がこぼれることもあるらしい。
ああ、それはいけないね。
少しの休憩が終わって再び騎乗。
係の人が出て来て、杭に繋がっていた綱を外し、十字架型の杭を抜いて片付けた。
おお、いよいよ自由騎乗か!?
と思ったら周囲の騎獣六頭が繰者を乗せたまま、こちらへ寄ってきた。
おーい、大丈夫かなー?
「それではこれから、柵の中で自由騎乗を始めます。先頭はミユキさん、速度は常歩、他の方はその後ろに一列で付いていってください」
柵の中ね、納得だ。
ミシルさんに促されて、わたしの走竜を歩かせる。
走ってないから歩竜だ。なんちゃって。
ウラさんの横を通り抜けると、ウラさんがわたしのすぐ後ろへ付いた。
他にもダマになって付いてこようとする騎獣がいたけど、繰者が繰桿を後ろに引いて「待て」を命じて事なきを得た。
さすがに繰者の指示を無視することはないみたいね。
そのままトコトコ歩いて騎獣場の端まで行くと、
「ミユキさん、ゆっくりと右へ繰桿を倒してください」
言われて繰桿を右へ、そっと倒す。
お、走竜が柵の手前で進行方向を右へ変えたよ。
おー、曲がった曲がった。
緩やかに九十度曲がったところで繰桿を戻すと、走竜も直進走行に戻る。
いいね、これ。
「先頭を交代します。ミユキさん、膝を締めて騎獣の体を左へ捻りつつ、繰桿を右へ倒してください。ウラさん以下の後続は、直進を維持」
座学で教わった、進路を維持したまま騎獣を右へ“スライド”させる操作だ。
言われた通りにすると走竜が右へ動き、旋回と違って胴体も右へ動いて、後続に道を譲る形になった。
おお、平行移動したよ。
その後わたしが停止すると、後続の走竜たちは名残惜しそうにこちらを見ながらも、繰者に指示されるままに直進していった。
ドナドナドーナードーナー♪
そしてわたしは、最後尾に付く。
†
「さて、最後の教程です。バルニエ大草原へ出て駆歩の練習をします」
最後の休憩のあと、最終教程で城壁の外へ出る事になった。
いよいよ柵の外で騎乗するわけですよ。
そして、またわたしは先頭……ではなく、今回はミシルさんが先頭だった。
そうだよね、普通は。
城壁に開いた、騎乗ギルド専用の出入り口から、常歩で外へ出る。
風が吹く。
やっぱり外はいいね。風が気持ちいい。
走竜の上なので視線が高くて、周囲の視界がとんでもなく広い。
遠くに“馬”や“四脚竜”のグループが見える。
さらに遠くに、ダチョウみたいな“走鳥”も見えている。
みんな最終教程に入っているようだね。
わたし達も最後の教程を始める。
基本は一緒だった。
一列縦隊で駆け回る。
常歩速歩に、駆歩が加わる。
駆歩は草原に造られた“指定の走路”で行なわれる。
駆歩の際、前の走竜との距離は、自分が乗る走竜に任せる。
襲歩は魔獣や盗賊などから逃げるための非常用なので、今日はやらないそうだ。
そしてミシルさんの合図で、先頭は速度を変えたり先頭を交代する。だ。
つまり“駆歩”が本日の最大速度だって事だね。
“指定の走路”が近付いてきた。
先頭はミシルさんだ。
“駆歩”の心積もりをする。
直線に入った。
ミシルさんが“駆歩”へと加速する。
わたしも加速……って、嫌がってる?
もう一度加速を指示すると、今度は進路を横へスライドしようとする。何故に?
答はすぐ分かった。ミシルさんの走竜が跳ね上げた土塊が、上から降ってきたのだ。
これに突っ込まないために少し間を開けたらしい。
“駆歩”の時の距離は騎獣に任せろっていうのは、こういう事か。
どうしても前へ出るならせめて進路を外そうなんて、走竜って賢いじゃない。
すこし距離が開いてから加速を指示すると、今度は素直に加速した。
偉いよお前。よしよし。
自分の走竜の首をなでてやる。羽毛(?)がさわさわして心地よい。
嬉しそうに、「ミャー」と鳴く走竜。
ミャー? お前はネコかい?!
ネコの上に猫が乗っている図を想像して、ウププと笑ってしまった。
風が頬をなでる。
直線とカーブを組み合わせて「 S 」の形に整地された走路、そこを“駆歩”駆け抜けていく。
緩いカーブで、内側に体を倒す。
車とは違うね。自動車は遠心力で外へ弾かれそうになる。
乗せてもらった事しかないけど。
騎獣はその逆だ、曲がる方向へ体を倒す。
いや、車が逆なのか。
人が競技用の走路を走る時は、騎獣と同じようにやっぱり体を内側へ倒して、遠心力とバランスを取るから。
これは、自然で気持ちがいいな。
ひょっとして、兄さんがオートバイの話をしていたのは、こういう感じの事だったのかしらね。
兄さんは特大のオートバイに乗っている……いや、持っている。
ほとんど乗っていないのだ。
軽自動車二台分とか言っていたから、特大で合ってるだろう。合ってるよね?
そして普段使いをしていない。近場の移動は自転車だ。
それじゃあどこで使うのかというと、一年に一度一週間の休みを取って、一日整備に費やしたあと数日どこかへ出かけ、戻るとお店へ点検に出す。と言う事を、もう何年もやっていた。
わたしは興味がないので、触った事も乗せてもらった事もなかったけど、アレの感覚って騎獣と似てるんじゃないかな。
なんとなく、そんな気がした。
どっちも運転者じゃなくて乗り手だしね。
こんど兄さんに会ったら、訊いてみよう。
†
ザワザワっとした空気が伝わってきた。
“馬”のグループの方向からだ。
「魔獣が出たぞ! キツネの魔獣だ!」
という声も流れてきた。
「キツネの魔獣? Dランクか……」
北東外壁門を出た先で遭遇した事があるね。
お昼ご飯を食べている最中に。
「何!? キツネの魔獣!? それは本当か!」
ミシルさんが訊いてきた。
あれ? 聞こえなかったのかな?
「ミユキさん、ミシルさんは人族ですから」
そっか、猫族の方が、耳が利くんだった。
「そう聞こえました。“馬”グループの方からですね」
「そうか……よし、戻ろう。講習はここまでだ」
ミシルさんがそう判断したが、ちょっと不味いかな? これは……。
馬が一頭、猛烈なスピードでこちらへ向かって来ている。
あれが襲歩かな?
キツネの魔獣に追われているんじゃないだろか。
「こちらへ向かって来ているようですよ。もうすぐ見えると思います」
「なんだって。全員集まれ! 外向きに固まるんだ!」
わたしとウラさんが馬のグループの方を見ていたので、そこを起点に全員がお尻合いになっていく。走竜がね。
ミシルさんは上手く走竜を操れない人たちを手伝っている。
そして、薮の向こうから馬が現れた。
繰者は……馬の首にしがみ付いている。あれじゃ馬を操れてないな。
どうしよう。
取りあえず収納から弓と矢を出す。
続いてキツネの魔獣が現れた。二匹じゃん!
馬の進路は騎乗ギルドのある方向とは逆、つまり第二城壁から離れる方向だ。
放っておくと、救助が追いついた時には魔獣の餌になってしまいそうだ。
駄目元で狙ってみるか。
「おーい、馬さん! こっちへ逃げてー!」
大声で声をかけ、右手でこちらへ呼び寄せ、弓を持った左手で城壁を差し示す。
ミシルさんがギョッとした顔をしているけど、見ていないことにする。ゴメンね。
すると馬さんが進路を城壁へと、向きを変えた。
やった! 試してみるもんだね。
追うキツネの魔獣も向きを変える。わたし達の前を斜めに横切るコースだ。
ケミーナさんと弓の打ち合いをした事で、横移動する的にはそうそう当たらないのが分かっている。
だから狙い所は、カーブの頂点。
弓を引く。
魔獣の動きが遅くなって見える。
あれ? まだ【加速思考】は使ってないよ。
原因を考えるのは後に回して、先行する魔獣を狙い、撃つ!
続いて二本目の矢を番え、二匹目を狙う。
撃つ!
いいコースだと思う。三本目の矢を番えて、様子を見る。
一匹目、的中!
首筋に矢が刺さり、即死だ。
二匹目は、惜しい。やられた仲間を見て体勢が変わったのか、肩に当たった。
追われる馬に近い方から。と思ったのだけど、後ろを先に狙った方が良かったかな。
二匹目が狙いを変えて、こちらに向かって来た。
丈夫なもんだね、魔獣って。肩に矢が刺さっているって言うのに、向かってくるよ。
走竜の頭が魔獣との間に入って、弓が使えなくなった。
弓を背中に回し、腰の後ろの短剣を抜いて構える。
短剣では短くて、もちろん魔獣に届かない。だから見えた瞬間、極細に絞った【火術剣】を伸ばして薙いでやろうと思う。
キツネの魔獣(その二)を見ようと体を横へ乗り出したところで、わたしの乗る走竜が足を踏み付けた。
ドンッ!
キツネの魔獣が、走竜の脚の下で潰れていた。
強いじゃない、この子。
「ミャー」
騎獣が、勝利の雄叫び(?)を上げた。




