73 風の便り 前編
「食事のあとは昼休憩だ。休憩後はここの片付けから始める。休憩時間は昼1鐘と昼2鐘のちょうど中間……と言っても分かり難いだろうからここまでだ」
ほとんどの人が食べ終えたタイミングで、マヌエラさんが昼休憩の説明をした。
口調が最初のロールプレイ版に戻ってますね。
そして時計が一般的じゃないこの世界で、時間が分かりにくいだろうと取り出したのは大判の図示票。
そこにはアナログ時計の文字版が描かれていて………読めません……。
長い針が真下を向き、短い針が2と3間にいるのは分かる。だけどそれが何時を示しているのかが分からない。
ピンチじゃん。
時計といえばデジタルだ。
わたしがこれまで生きてきた中で、同年代なら誰もがそうだと思う。
家でも学校でも、ましてや自分の持っている目覚まし時計も携帯端末やコンピュータの表示も、時間は全部デジタルの、○○:○○am(pm)というものだった。
十二に区切られた時計の文字盤というのは、それを見た事はあるけど使った事がない!
「午後の部は、冒険者組合の玄関広間にある時計の針が、この位置になった所から始める。休憩時間中は商業組合のご厚意により、玄関広間において野営用品の展示をしている。Dランク冒険者となり、街の外で泊まり込みの活動を考えるなら、野営用品は必用になるだろう。少なくとも個々の工房へ足を運んで一つずつ見て回るよりは、一度に多くの種類が見られるぞ。それでは休憩だ」
そう言ってマヌエラさんは建物へ戻っていった。
野営用品の展示会……もうすぐ旅立つ身としては、見ておきたい気持ちではあるのだけど……。
「ウラさん」
「はい」
「あの時計のフリップって、何刻何分を指しているのか分かる?」
「多分ですが、13刻30分だと思います」
「え? 多分なの??」
意外なことにウラさんが、「多分」なんて言ってきた。
それにどうやらウラさん、24時間制の人っぽい。
13刻とか言ってるもんね。
「申し訳ありません。身上鑑定器の時計表示で、数字で表わされるものしか見た事がありません。神殿には、すぐに狂う機械式の時計は置いていませんし、神殿に入る以前は時計を見た事がありませんでした。教会へ行けば冒険者組合と同じような時計も置いてあるらしいのですが」
大地母神神殿って、あちこちに身上鑑定器が置いてあるんだろうか。ひょっとして電波時計みたいな感覚で鑑定器が使われてるのかな。
確かに神殿で、冒険者ギルドのエントランスのような針式時計を見た覚えはない。
そしてウラさんは、箱入り娘だった。
うん、分かるよ。大切な大地母神の巫女さんだもんね。
それにしてもそうか、今回は二人して同じレベルの分からない同士なんだね。
「謝らなくていいよ。わたしも分からないんだから」
「ミユキさんも分からないのですか?」
「うん、そう。わたしも生まれてからずっとデジタ……数字で表示する時計しか使った事がないから。アナログ時計もあったけど、そんな時には自分の時計を見てたからね」
「アナログ……ですか?」
「あ、針で表示するタイプの時計」
アナログは翻訳されなかった。
きっとデジタルもダメなんだろうな。
「なるほど、そうでしたか。それにしても流石大地母神様の使徒様ですね。個人用の時計を持っていたとは」
あーうん、そこはもう何も言わないでおこう。
「それで、『多分13刻30分』になっちゃう不確定要素って何?」
「あの長針と短針が、それぞれ時刻と分の何方かを表わしていると思うのですが、長針を時刻とするとあの画は18刻7~8分と言うことになり、不自然ではないかと。ですからより自然な13刻30分が正解だろうと考えました」
あー、18刻は午後6時で、その頃ならもう陽が地平線あたりにあるもんね。
今はお昼刻だ!
「ウラさん。賢い! その考えのどこに不安要素があるかな。もっと自信を持っていいって!」
「私の知識は神殿に入ってから習い覚えたものなので、付け焼き刃なのですよ。神殿ならともかく、ここでは正確な現在時刻も分かりませんし」
「現在時刻? 今は、“午後1刻5分”ちょうどね」
「時刻が分かるのですか!? 午後というのは、一昼夜を十二区分の文字盤を二面使って表わす方法ですよね」
「私のスキルに『地図作成』というのがあるじゃない」
「はい」
「その地図を表示すると、隅っこに現在時刻が表示されるの」
「すごい……」
「これも数字の表示なのよね。と言うわけでウラさん、玄関にある時計を見に行きましょう!」
「はい、それは良いのですが、なぜいきなり?」
「実際に動いている時計を見れば、1分待って1分ぶん動いた針が分針でしょう」
360(度)÷60(分)で、6度/分か。
「ああ、確かに!」
そんな訳で、わたしたちはエントランスホールへ移動して、そこの時計を確認した。
†
時計を確認し、野営用品を冷やかして、講習会場へ戻れば片付けが始まる。
なんで先に片付けないかなと思ったけど、片付け初めてすぐに分かった。
竈の材料にした、石がまだ熱いのだ。昼休憩の時間程度では大して冷めてない。温まり難く冷め難い石材の面目躍如だ。
これを少しでも冷ますために、時間を空けたわけね。
試しに丸っこい石の温度を熱制御で下げてみたところ、ピシッという音がしたので、大人しく布に包んで運んだ。
天板に使った石板だけは脂汚れを落とすために、石材に【保温】をかけた上で摂氏60度のお湯で洗ったよ。
片付けが終われば、いよいよ戦闘訓練の講習だ。
どんなのかな~と楽しみにしていたけど、リッケ(神殿騎士団長)さんが省略して冒険者ギルドの講習に任せたのか、理由がすぐに理解できた。
上から下への切り下ろし
右から左への横薙ぎ
左から右への横薙ぎ
下から上への切り上げ
右上から左下への袈裟懸け
左上から右下への袈裟懸け
右下から左上への逆袈裟
左下から右上への逆袈裟
突き
この九つが、手持ち武器の使い方の基本だそうだ。
八方向へ向けた斬撃に突きを加えた計九つ。とてもシンプルで分かりやすい。
これにタイロン老師から教わった歩法三種に、前後と左右の変化を加えた計十二種類を掛けると、バリエーションは百と八。
煩悩~。
基本だけでこの数、どうしよう。
いま気づいちゃったけど、“突き”も中段正面へ向けてだけじゃなく、中段から八方向へ広げる“突き”とか、八方向から中央へ向ける“突き”とか有りそうじゃない。
“突き”だけで十七種類になったじゃないの!
さらに、最初にリッケさんと手合わせしたとき、リッケさんは体の左右や後ろへも剣を振っていた。
これ何処まで広がるかな、変化!
取りあえず、前方の基本から何とかしよう……(泣)
「諸君、お疲れさま。今回の“Dランク冒険者ランクアップ審査”はこれにて全行程を終了した」
マヌエラさんが最後の挨拶を始めた。
ロールプレイモードだ。
「結果はすでに出ているので、このあと受付へ行き、合否の確認と必要な手続きをしてくれ」
うわぉ、受付けで発表なのか。
心臓に悪いな。
「魔獣の脅威に対峙する人類七族の繁栄は、偏に君らの双肩に掛かっている。今後もさらに精進し、ランクを上げ、人類への貢献を続けて欲しい。それでは受付けに向かって駆け足、行け!」
わぁお、流れでなんとなく走り出しちゃった! ケミーナさんと話がしたかったのに!
まあ仕方がないか。
なーんて事を考えながら走っていたけど、ウラさんとわたしは断トツのワンツーで建物に飛び込んだ。
同ランクの人たちと較べると、わたしたち走るのは大分速いみたいだ。
建物に入ると、リシュヌさんがカウンターでおいでおいでをしていたので、その前へと向かう。
「ミユキさん、ウラさん。Dランク昇格おめでとうございます」
やった! 合格した!
たぶん大丈夫だろうと思ってたけど、ちゃんと合格を告げられたらやっぱり嬉しいね。
わたしとウラさんは、手を取り合って喜んだよ。
「それでは冒険者証を更新しますから、Eランクの冒険者証を出してください」
「「はい」」
リシュヌさんはわたしたちの冒険者証を受け取ると、更新の操作を始めた。
この身上鑑定器で第何世代なんだろう? なんて考えてると、SNFみたいな光のエフェクトが走ることもなく手続きが終了する。
ここはゲームの方が、キレイで楽しいね。
「Dランクになるとパーティーを組めますし、パーティー名義の預金口座も開設できますが、ミユキさんはクワン神国へ向かうのでしょうから、パーティーは組まずにおきますか?」
Dランク冒険者になったことで変更になる点を説明してもらっている最中、パーティーの話になった。
やっぱりパーティーが組めるみたいだ。
でもリシュヌさんの言う通り、わたしはクワン神国へ旅立つ。だから「パーティーは組まずにおく」と言いかけたら、ウラさんが先に言葉を発した。
「パーティーの設定をお願いしたいです」
あらー、ウラさん急にどうしたんだろう。
「ミユキさん、理由はあとで説明しますので、パーティーの設定をお願いします。ミユキさんを代表にしておけば、パーティーの解散も入会も退会もミユキさんの好きにできますから」
なんだか全権をこちらへくれるという。
まあいいか。理由を説明してもらえるなら、パーティー組んでおいても。
納得がいかなければ、あとで解散すればいいでしょう。
「そう言う事ですので、パーティーを組むことにします」
「分かりました。ではパーティーメンバーはミユキさんとウラさん、代表はミユキさんでよろしいですか?」
ウラさんを見ると、頷いてきた。
「はい」
「パーティー名はどうされますか?」
「“またり”で」
パーティーを組むなら、名前はこれ一択だ。
セブン・ネイション・ファンタジー・オンラインでゲームを始めて、初めてもらったリンクフィラーの名前が“またり”だった。
兄さんの、でなければ兄さんが所属していた集団の名前だったはず。
いまリンクフィラーは使えないアイテムになって、わたしの収納に眠っているけど、パーティー名が付けられるなら“またり”の名前を使わせてもらう!
「パーティー名は、“またり”……。 あら、こんな珍しい名前が他にもあるんですね」
え?
リシュヌさんのその言葉に、わたしは飛びついた。
「そこに敦守達弥と佐橋月那はいますか?!」




