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72 めざせお昼ごはん      


 ロアの言いがかりを回避した後は、順調だったよ。

 魔獣の屍骸しがいは血抜き済みだったので、内臓を抜くところから始める。

 魔石を取り出したとおぼしき傷が胸にあったので、そこを起点に首から股間までをまっすぐ開く。内臓に傷を付けないよう気をつけながらね。ちょうなんて雑菌のたまり場だもんね。

 用意されていた手袋は、見た目と使い心地がゴム手袋にそっくり。チラッと収納物の詳細情報を見てみたところ、“ラテックスグローブ”となっていた。

 聞いた事がないけど、ウィア(こっち)の素材かな?

 こんど買っておこう。


内臓ないぞう抜きの次は皮剥かわはぎだ。この作業では皮に刃を当て、ぐ感じでいでいく。あぶらが刃に付いてすぐに切れなくなるので、こまめにあぶらを拭き取りながら作業するように」


 脂肪あぶらが刃にまとわり付くので、スキル“熱制御(サーマルコントロール)”で解体ナイフを温めながら作業してみた。50度洗い70度調理というやつだね。(ちょっと違う)

 刃に付いたあぶらが解体用短刀(ナイフ)の熱で溶けるので、作業を中断する事なくスムーズに進められるんだ。

 代わりという訳でもないのだけど、調理台とお肉自体はセ氏10度に冷やしている。お肉の鮮度は万全だよ!

 試しにウラさんのナイフも温めてみたら、ちゃんと出来ちゃった。魔術とスキルって違うのかな?

 複数同時に使えるなら、魔術剣の二刀流……二剣流も可能性が見えてくる。

 楽しみだね、うしし。


「おいそこ、ペースが早いぞ」


 ロアが何か言ってるけど気にしない。こっちはおなかが減ってるんだから、ガシガシ行くよ。

 最後の工程、“解体”に取り掛かる。


 筋肉模型みたいになった角うさぎ(ホーンラビット)の、まず首を落とす。これで先ほどいだ皮が、お肉から完全にサヨナラした。くびも関節に刃を入れるときれいにわかれるね。

 ここばかりは骨を折らないといけない肋骨あばらぼね。背側が“ロース”で、その一部にわずかな量の“ヒレ肉”があって、肋骨の周辺が“(ア)バラ肉”。

 そして外した四肢から“モモ肉”が取れる。

 うさぎ肉も“ロース”とか“ヒレ”とか言うのかな?


随分ずいぶんきれいに取るわね。経験者?」

「私はたまにやります」

「わたしは初めてですけど、筋肉の束がよく見えるので、切り分け所は分かります」


 いて来たのはマヌエラさんだ。彼女はあれからずっとわたしたちの近くにいて、レンズを通してはあれこれながめている。

 分かります。見たことのない視点でのぞくのが楽しいんですね。万華鏡カレイドスコープとか顕微鏡マイクロスコープとか、望遠鏡テレスコープとか楽しいよね。のぞくの。

 水刃(ウォーターエッジ)を発動しっぱなしで、魔力は大丈夫なのかしら? わたしも氷刃(アイスエッジ)を維持してるので、他人ひとの事を言えないんだけど、氷は溶けるのだけ注意しておけば形がたもてるから、条件はだいぶ楽だよね。

 浮かせてないし。


 解体の経験者は当然ながらウラさんで、初体験なのがわたし。

 初めてなのに何となく切りどころが分かるのは、ウィアが言ってた「猫族(キャットピープル)の体の影響」かな?

 食い意地が張ってるわけじゃないよ!


「ここに指を当てて、ここをまんで脚を押したり引いたりしてみて」


 ながめるのに飽きたのか、マヌエラさんがそう言ってきた。


「こうですか? あ、引っ張られます」

「じゃあ次は、ここのすじを切ってから同じ事をしてみて」

「はい。えー反応が来ません」

「今切ったのはけんと言ってね、筋肉の動きを骨に伝える部分なのよ」

「ああ、アキレス腱」

「アキレスが何だか分からないけど、けんよ」


 ああ、ギリシャ神話の人の名前は、さすがに翻訳されないか。


「人より大きな魔獣でも、手脚しゅきゃくの造りは大きく違わないから、ここを狙えば、魔獣にとっては爪楊枝つまようじのような剣でも相手の動きを止める事ができるわ。ちょっと硬いけどね。解体するという事は、魔獣と闘うときのねらい所を知る事でもあるのよ」


 そっかー、解体ってご飯の調達手段だとばかり思ってたけど、これも魔獣の討伐とうばつに役立つんだ。

 “敵を知りおのれを知れば”って言うやつね。

 爪楊枝つまようじウィア(こっち)にもあったみたいだ……。


「もっとも貴方は氷の技能スキルが使えるようだから、そっちで拘束バインドした方が早いかもしれないけどね」


 そだね。ギルドにこおりを提供した流れで実体のある弾として重宝ちょうほうしてきたけど、そろそろ何をどう使ったら効果的なのかってことも考えた方がいいかな。


「ところで貴方たち、時間が余っているなら肉を骨から外してみない?」

「へ? それは構いませんけど、何故に?」

「どのみち食べるときには骨を外すでしょう? 骨ごと食べるとか、骨を手掴てづかみしてかぶり付くのが好みならしなくて良いけど。他がもう少しかかりそうだから」


 骨ごとは食べませんよ。手掴てづかみも別に好みってわけじゃないから、どのみち骨は要らないね。

 そこまで考えて、これを考えなきゃいけない事に気がついた。


「ウラさん、これどうやって調理して食べよう?」


 解体のことばかり考えてて、どう調理するか考えてなかったわ。


「時間がかかる煮込み(シチュー)や設備のない天火釜オーブンを除外すれば、直火であぶるか浅鍋フライパンで野草と一緒にいためるか、でしょうか」


 バー()ベキ()ュー()いため野菜ね……。

 バーベキューなら骨はあってもいいのか。

 あ……そうだ。


「ウラさん、溶岩ようがん焼きはどうだろう?」

溶岩ようがん焼きとはすごい名前ですが、どこかの火山から溶岩を持ってくるのでしょうか……」


 首をかしげて訊く、ウラさん。


「いやいや流石にそれはないから。げちゃうし」


 焦げるどころか燃えきちゃうよ。


「要は石焼きよ。石の、できれば溶岩が固まった石の(プレート)を熱して調理するか、調理の最後に熱した石で仕上げるっていう調理法。ちょうど石の(プレート)の上で解体してるし、ついでにそのまま焼いちゃったらどうかって思ったのよ」


 思い付きだけどね。

 意外とバカに出来ない思い付き。

 ごま油があれば、ビビンバが! って、お米がないか!(しくしく)


「やりましょう。聞いた事のない調理法なので、興味があります」

「よーし、レッツチャレンジ!」

「おー!?」



 石の板を掃除するために、骨と分けたお肉を順にお皿へ移していく。

 するとマヌエラさんが何かを確かめるように石組みへ手をかけた。


「こんな石組みで仮に作った台じゃ危ないかと思ったけど、結構頑丈(がんじょう)に組まれているのね」


 マヌエラさんが、わたし達の作った調理台を揺すりながらそう言った。

 あっそうか、マヌエラさんはそこが心配で近くにいたのか。

 解体って骨を断ち切ったりするから、台に結構な力がかかるもんね。

 でもこの台はかなり丈夫じょうぶなはず。なにしろ石同士が触れるところを溶接ようせつしてるから。


 一昨日おととい、ハイケ(神殿術士団長)さんが「鉄が溶けるのが千度くらい」と言っていたから、石を積むそばから接触面を球の形で千二百度くらいにしてみた。

 加熱した部分はパチンコ玉より小さいから石全体が熱くなることはないし、すぐにめて動かなくなったけど、その部分は一度球の形に溶けて一体化しているはずだ。

 熱制御(サーマルコントロール)様さまだよ。



    †



 わたしたちがお肉から骨を取り終わったころ、他のチームの解体作業も終わりに近付いた。

 何というか、なかなか壮絶そうぜつな様子を見せている。

 食べられる部分があまり無いのはかわいい方で、皮と毛が残っていたり、筋肉が断裂してコマ肉になっていたり、部位が二つ三つ繋がっていたり、ひどいのになると何かの汁にまみれたお肉と人間という構図まであった。

 ハードだ。


 この人たちは食材の現地調達をあきらめて、みんな保存食を持っていくようになるのかな?

 まあ討伐とうばつに時間を費やすつもりなら、それも有りだよね。

 一度でも解体した経験があれば、いざという時の生き残り(サバイバル)手段くらいにはなるでしょう。

 いい練習だ。


 ともあれ食材の準備は整った。

 解体台の脚は「 コ 」の字に組んであるので、その下にまきを入れてそのまま火をける。

 指をパチンと鳴らして火が点くと格好かっこ良かったけど、音はしなかった(しくしく)

 そして少ししてから気付く。

 石材って蓄熱ちくねつ性が高いんだった。


 石は(土もだけど)割とあたたまりにくく、にくい素材だ。

 それは石の持つ熱容量が大きいため、温めるのにも冷やすにも大量の熱を必要とする性質のせいだ。

 水ほどじゃないけどね。

 だから石やコンクリートづくりの家は、冬は夜の間に冷えた家が陽が昇ってからも室内を冷え込ませ、夏は日中の陽射しに熱せられた家が夜になっても暑い。

 断熱処理がなくて冷暖房も弱い、昔ながらの石の家の場合ね。

 つまり今の場合だと、フライパン代わりにしている石板が、調理に適した温度までなかなかあたたまらないって話だ。

 しまったなぁ。

 まあいいや、プチチート(ちょっとズル)だけど、スキルで石板の温度を上げてしまおう。

 使える者は兄でも使えよ。え、違う?


 “熱制御サーマルコントロール”スキルを使って、石板の温度を上げる。

 揚げ物をするときの油の温度が百八十度くらいだから、とりあえず百五十度にして、後はまきの火力に任せよう。

 温度を上げると、石板の上に乗せた脂身あぶらみけだす。

 それを焦げ付き防止のために塗り広げてから、お肉を乗せる。

 待つこと数分。いいにおいがただよってきた。お肉から出たあぶらがチリチリと美味おいしそうな音を立て始める。

 さらに数分待ち、ウラさんと顔を見合わせてから最初のお肉を口に入れる。

 やわらかーい。

 火は充分に通っている。

 調味料は塩だけだけど、おいしい。

 でもちょっとパンチが足らない気がする。

 うーん。


 カリッとしたげ目が欲しいかも……。


 石材の中から直径十センチほどの物を見繕みつくろい、水で洗ってからまきの炎へ放り込む。

 炎で直接熱している風を装い、スキルでカンカンに熱くする。

 それを取り出して石板に乗せ、火が通った肉を乗せてやる。


 ジュワー───


 いい音を立てて、表面に焦げ目が付いたお肉を口に入れる。

 うーん、表面のカリッと感と香ばしい香りで、一段と美味しくなったよ!

 ウラさんも真似して、肉を石板(小)へ乗せてみた。


 ジュワー───


 それを口に入れると。


「あ、さらに美味しくなりました」


 好評みたいだ。


 次々に肉を投入する。野草もだ。

 いい香りといい音を立てて、どんどん食べて行く。

 そしてちょっぴり不味まずい事に気がついた。

 お肉の量が多いのだ。


 うちのテーブルは肉を無駄なく取り切っているため、他より実際に食べられる肉の量が多い。

 わたしとウラさんの二人なら、一匹解体すれば量は充分だ。

 でも解体用の食材は、各自に一匹ずつ提供されている。

 つまり、お肉がまるまる一匹分あまる。

 普段なら収納ストレージに入れて、後日のお弁当にするところだけど、今はギルドにいる。ギルドの職員さんにならともかく、三日後に王都ツェルマート(ここ)から旅立つわたしとしては、今後ご一緒するかどうか分からない不特定多数の冒険者の前で、収納ストレージをご披露するつもりはない。

 先程までの講習会で、マヌエラさんがそんな事を話していた。

 でもお残しはイヤだ。もったいない。

 食品廃棄(フードロス)撲滅だよ。


 でもどうしよう……。


 よし、と心を決めたわたしはスキルを発動する。



加速思考アクセラリーズン】×100倍



 加速思考アクセラリーズンを100倍で使って、体感時間で1分くらいじっとしている。

 そしてスキルを解除する。

 わたし以外にとっての経過時間は0.6秒ほどで、じっとしていたから誰にも気付かれない。

 そして軽いショックがやって来た。


 よぉし、お腹が減ったぞ!



 わたしをこの世界へ呼んだ空間()知性()“ウィア”との初邂逅(かいこう)は、加速思考アクセラリーズン×1,000倍の状態で、体感にして1~2分の事だったけど、そのあと猛烈な空腹を覚えて、軽く定食を四人前ほど片付けた。

 つまり今回は、加速思考アクセラリーズンを使ってお腹を減らして、調理をした食材を全て食べ切ろうと考えたわけ。

 でも今回は、前回ほど大量に食べる必要はないから、加速量は加減したのよ。


 よし、これで勝つる。

 わたしは猛烈な勢いで、残った肉と野草を平らげ始めた。


「みゆきさん、そんなに無理して食べなくても」

「無理はしてないから大丈夫。ウラさん、あとでタネ明かしするから今はわたしに任せて」

「はあ……」


 わたしはスパートを掛けて全てを食べ切った。

 石板の隅に乗せていた小さなヤカンから、白湯さゆを注いで一息つく。

 は~、満足。

 充実したお昼ご飯(ランチ)だったわ。




 ん、誰よ? 腹ぺこ猫って言ったのは!?




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