71 Dランク講習会 後編
ハッ……。言葉が汚くなってきてる……。
危ないあぶない。まずい映像(想像)まで出かかって、危機感で正気に戻ったみたいだ。
いけないいけない。いくら不快な相手でも、そんなモノのために乙女の尊厳をドブに捨ててはダメよ。
思い浮かべるなら、もっと楽しいモノを……。
……何故ここで兄さんが出てくるかな……。
ちょっと気まずい映像が浮かんできたわよ。
そりゃ見たことはあるけど、わたしが高校に入る前の話よ。
……割としっかり覚えているものね……。
「ミユキさん。顔が赤いようですが、大丈夫ですか」
ウラさんがこちらを覗き込んでそう聞いてきた。
そうだった。“菌”の話だ。
「大丈夫、ごめんなさい。少しぼおっとしちゃったわ。つまりそんな理由で、調理に関する事や傷の手当てなんかは、土や泥が付いていてなくて、風通しの良い乾いた屋内で行なった方がいいのよ」
「そんな場所が都合よくあるかっ!」
「どうしたの? 大きな声を出して」
やって来たのはマヌエラさんだった。
「この参加者が、土の上では“フエイセイ”とか言って、わざわざ解体用に台を作り始めたんですよ」
それを聞いたマヌエラさんが、今度はこちらを見る。
次はわたしの言い分をってことね。
だけど困ったわね。
菌とか衛生といったことが、言葉そのものが無いほど一般的じゃないというのに、どうやって説明したらいいものか……。
とにかくこちらの主張をまとめてみようか。
「土の中には“菌”と呼ばれる、目に見えない小さな生き物、微生物が沢山いるんです。怪我の治療や食材の調理を地面の上ですると、傷口や食材にその菌が付いて、それらを食べ始めます。食べた結果“毒”を出す菌も多いため、それでよく病気になります。怪我したところが膿むとか、食中毒とかですね。症状が重いとその日のうちに死んでしまいます。だからそれを防ぐために、調理では火を通します」
破傷風菌なんかだと、神経やられてあっという間に死んじゃうからね。
「戦いで怪我をしたとき、ちゃんと治療が出来ない状況では傷口を焼くが、あれは止血だけでなく、そういう理由があるのか」
ダスさんが言った。
うわー、痛そうな話だ。
「そうです。だから魔獣を解体するというので、菌がいる地面から距離をとるためにこの台を組みました。裸の地面は土埃が立ちやすくて、地面の近くでは菌をたっぷり付けた埃が飛んできますからね」
†
この娘は、どうしてそれを知っているのかしら。
「貴方は何故それを知っているの? 目には見えず手で触れることも出来ない其れのことを、貴方はなぜ知っているの」
「それは……」
「それみろ、口から出任せなんだ」
竜の咆哮のモレスが言う。
五月蠅いわね。でもまあ仕方がないのだけどね。
其れが有ることを……いえ、居ることを知らないのだから……。
まあいいか、別に秘密という訳じゃないのだから、開示してしまっても。
「其れは居るわよ」
「ぇぇ~……」
モレスの声が、小さくなった。
「其れは居るわよ。其れは事実だし、其処は疑っていないから。分からないのは、目に見えず手でも触れられない其れを、なぜ貴方が知っているのかと言うことなのよ。ねえケミーナさん?」
「何だい」
「この娘は猫族、貴方も同じ。猫族は普通の人より、目も耳も鼻も利く。ひょっとして猫族は“其れ”の事が見えるか聞けるか嗅げるかするのかしら?」
「いいや、それは無いだろう。オレも、オレの知ってる猫族も、誰一人としてそんな事を言った奴はいないな」
そうよね。それが普通よね。
†
「なあ、マヌエラ監督さんよ」
こんどはケミーナさんがマヌエラさんに問いかけた。
「なにかしら」
「逆に何でアンタは『ソレが居る』って確信してんだ?」
「私の種族は草木と意思を通わせる事ができてね、その草木は多くの小さな生き物と共に生きているのよ。言葉で意思を通わせるわけじゃないから、名前はなかったのだけどね。つまり草木たちから聞いているから知っているの。昔からの常識としてね」
草木と話ができる??
え? それってもしかして……。
「じゃあ何でそんな大事が誰にも知られてないんだよ! 秘密主義の森精族が!」
初森精族さんに遭遇だ!
マヌエラさんって森精族だったんだぁ!!
「貴方が言ったんじゃないの。其れは見えない、其れは聞けない、そして匂いも嗅げないんだって。言っても誰も信じないし、証明することも出来ないからよ。脳筋猫族さん」
「んだと?! コラ」
「其の見えない、聞けない、嗅げないものを、事もあろうに“キン”という名前までつけて、居る事を確信しているのよ。どういう事か興味がわかない?」
「ミユキ、どういう事なんだ?」「ミユキさん、どういう事なのかしら?」
あ、あれ?
わたし、ケミーナさんとマヌエラさんの両方から迫られてる!?
「わ、わたしの生まれ育った所では、常識なんです」
「どうやってそんな常識が生まれたの?」
「見えるんです。物を大きくして見せる道具があるんです。顕微鏡とか望遠鏡とか。昔の頭がいい人が発明して、わたしの故郷では一般的です」
「そんなことが出来るの……、一体どうやって……」
マヌエラさんが考え込み始めた。
ケミーナさんの方はもう興味をなくしたようだ。早いな。
「原理は単純ですよ。水玉を通して景色を見ると歪んで見えるでしょう。あれを重ねて使って、物を拡大したり縮小して見るんです」
「こう? ■■■【水球】」
マヌエラさんが【ウォーターボール】を使った。
器用な事に、直径二十センチ位のそれは、発射されずに空中へ留まっている。
水壁の応用かな?
しかも水球の表面に波や飛沫が一切なくて、水晶玉が空中に浮かんでいるようだ。
きれい。
「駄目ね。【水球】をもう一つ同時にというのは、すぐには出来なさそう……」
魔術の同時発動って難しいのか。今度試してみよう。
マヌエラさんは、わたしの言い分を確認するために動いてくれているんだし、わたしも協力しないとね。
【氷刃】
目の前にレンズ状の氷が現れた。
きのう神殿術士団長のハイケさんに教えてもらった、“上下から潰すように絞った【風刃】”の氷版だ。
外周の縁が危ないので枠をはめ、トンファーと同じ要領で持ち手を付けて、即席虫眼鏡の完成だ(タラララッタラー)!
「じゃあもう一つはコレを使ってください」
「まあ有難う。あら氷。魔術じゃなくて、技能だったのね」
へ? 分かるの?
「この形は?」
あー、水球みたいに丸くないからね。
「理由はよく知りませんが、レンズはたいていこんな形をしていますから、何となくです」
「そう、“レンズ”と言うのね」
そう言ったマヌエラさんが、自分の水球を左右から人差し指で押すと、丸い水球が明るいところへ出たネコの瞳のように、すーっと細くなってレンズの形になった。
わあ、なんだか優美だ。
めでたくレンズが二枚になって、積んだ石の表面を見ようとするマヌエラさん。
「暗くて細かなところがよく見えないわね……」
あらま。ここは屋外だけど天井があるので、あまり明るくないらしい。
わたしはミーユン(猫族)の体のおかげで、明るさが足らないということはないので、暗いという感覚はなかった。
「明るくすればいいでしょうか? 【光あれ】」
おおおっ、ウラさんが魔術を使った。
ウラさんって光属性に適性があるとは聞いていたけど、実際に魔術を使うところを見たのは初めてよ(二度目です)。
短丈の先に生まれた光球をぽいっと放り上げると、天井に当たって平たく潰れて、天井灯みたいになった。
うーん、面白い。
「あら、ありがとう。ああ、確かに大きく見えるわね。なるほど、対象と目とレンズの位置関係で見え方が変わるのね。ほらロアさん、貴方も見てご覧なさいな」
「いや俺は結構ですよ。それよりも、講習を進めたいんですが」
そう言えば、講習の途中でお昼ご飯の前だったね。
お腹が減ってたのを思い出しちゃった。
「進めて結構よ。まだ何か問題があるの?」
「その調理台の扱いはどうするんで?」
「ミユキさんの言い分に理があることは確認できたし、そのまま続けてもらえば良いでしょう」
「それでいいんですか? こんなやり方は他の者には出来ませんぜ」
「あら、もともと冒険者というのは其れ其れのやり方を持っているものよ。他の人には出来なくても、やっている事が理に反していなければ、それで良いんじゃない?」
おお、マヌエラさん、話せる!
「それじゃあ続きをお願いね。ふたりとも」
はい、頑張ります。
でもいいんですか? マヌエラさん。演技が外れていますよ。




