70 Dランク講習会 中編
「これで午前の講習を終了する。この後は昨日試験をした訓練場へ移動して、向こうで待機しているCランクパーティー“竜の咆哮”の指示に従うように。昼休憩の指示もそこでもらえる。では移動を開始だ」
あれ? お昼ご飯……。
と思ったけど、ケミーナさん達から指示があるらしい。
変なの。
まあいいや。
「行こっか、ウラさん」
「はい」
「よぅしDランク昇級講習参加者は、全員こちらへ集まれ」
屋外訓練場の天井と囲いのついたエリアへ行くと、竜の咆哮の四人が待っていた。
「腹の減った者もいると思うが、もう少し話を聞いてもうひと頑張りすれば、美味い昼飯にありつけるからな。傾聴!」
えー、お昼ご飯おあずけ?
もうひと頑張りって、何をするのかな!?
「これから行なうのは、野外調理の実習だ。材料はお前たちの同輩が組合に収めた素材をそのまま使う。つまり魔獣だ。それと、採取で手に入る食用の野草だな。この一連の作業を覚えておき、あとは水だけ確保できれば、食糧を現地調達して野営しながら徒歩で他国へ行くことだって出来るぞ」
野営しながら食糧を現地調達して、徒歩で他国へ行くことが出来る?
何という事でしょう。キャンプご飯の実習だ!
これを覚えておけば、たとえ案内人さんとはぐれても最悪徒歩でクワン神国まで行ける! ……かも知れない……。
あ……。
「ウラさん」
「はい」
「今更な気もするけど、神殿の巫女さんが殺生とかして大丈夫なの?」
血の穢れが不浄だからって、それを嫌う宗教もあるからね。
女の人の月のモノまで“不浄”とか言って、一つの建物に集めていた例まである。
“あんたたちは一生子供を持つなよ”と言いたくなる話だけど、それは今はいい。
でもウラさんのところの神殿で、そのあたりがどうなのかって言う事を確認したことがなかったね。
「殺戮など、殺生に婬することは戒められています。ですが糧を得るための殺生は、命の循環に含まれるとして許されていますよ」
命の循環か。一応OKってことかな?
神殿騎士団や僧兵なんていう戦闘集団を抱えている所だから、全然ダメということは無いと思ったけど、ウラさんは大地母神に仕える巫女さんだから、別枠でダメかも知れないから……。
「ただ魔獣については別枠扱いで、あれは命の循環から外れたものとされていますから、よけいに問題ありません」
「あれ別枠なんだ」
ウラさんじゃなくて、魔獣の方が別枠らしい。
「はい。あまり一般的な考え方ではないのですが、魔獣というのは普通の獣が狂化したものと考えられています」
「凶化?」
「そうです。魔獣って、本来草食の兎や山羊や牛でさえ、他の生き物を襲って食べますからね」
「兎って角ウサギの事だよね。確かに草食のはずの兎が角と牙を生やして襲ってくるね。山羊や牛の魔獣は見たことがないけど、やっぱり襲ってくるんだろうな……」
「そうです。人里から離れた森や山へ行くとそういうものが居ますし、角ウサギでもこの辺りのものより三~四倍大きいそうです。もはや重さが人と大差ありませんから、まともにぶつかればこちらが跳ね飛ばされるという話です」
「三~四倍!?」
下手をすると中型犬くらいある角ウサギが、さらに三~四倍?
人間に近い体重があのスピードで突っ込んできたら、運動エネルギーは今の数倍になりそうだ。
力任せの押し合いが通じるのは、街の周辺だけなのかもね。
「あと昨日のイタチの魔獣の特殊攻撃を含みますが、毒攻撃をして来る相手も増えます。麻痺毒とか」
ああ、ウラさんも麻痺解除魔術薬を常備しているそうだし、このあたりの魔獣は可愛い方だったんだね……。
これはちょっと、気を引き締めないといけないかな。
「おい、そこの二人、ミユキとウラ。喋ってないでこっちへ来い」
あちゃあ、教官役のロアに目を付けられちゃったよ。
ちょっと話しをするタイミングを見誤ったか。
ケミーナさんはニヤニヤしてるし、お昼抜き! とか言われないよね!?
「はい」
「お前たちには皆の前で、獲物の解体をしてもらおう。心配するな、手順はちゃんと説明してやる」
む、ありがちな教育的指導か。
まあ話しを聞いてなかったのはこちらの落ち度だし、やらされる内容はこちらとしても望むところなんだ。ここはひとつ前向きに挑んでみよう。
「(小声)魔獣の解体は私ができますから、不明なことがあれば真似をしてください」
「(小声)了解。ごめんね巻き込んじゃって」
「(小声)いえ、問題ありません」
僧兵の訓練って、血抜きだけじゃなくて解体まで教えてもらえるのか。
実用的というか実践的というか、戦闘能力だけじゃなくて生き残り能力にも重きを置いている感じだよね。
「ここにある材料や資材を好きに使っていい。材料を選んで解体の準備を始めろ」
「質問!」
「なんだ」
「この石は何に使うんでしょう?」
食材(小ぶりな魔獣の屍骸や野草)が放り込まれた箱の横に、ゴロゴロしたのや平らな石、木の枝。調理器具として用意されたのだろう深鍋や平鍋が突っ込まれた箱などが、地面に直置きされている。
まあ野営を想定しているなら、このくらいが平常運転なのか。
……不衛生じゃん。
「竈の材料だ。実際の野営なら、その場で適当なもの調達することになる」
竈かあ。
そりゃカセットコンロやバーベキューコンロがある訳ないよね。
「ウラさんが解体の練習をしたのって、地面の上?」
「いえ、屋内で調理台を使いました」
だよね~。地面にベッタリっていうのは、ないよね~。
それじゃあ、まずは調理台を作ろうか。
†
「ウラさん、そっちを抑えてて」
「はい、分かりました」
石をどんどん積んでいく。
身体強化が大活躍だ。
高さが膝上になったくらいで、ウラさんに尋ねる。
「調理台の高さはこんなもので良い? ウラさん」
「はい、大丈夫です」
ちなみに解体するのは角うさぎだ。だから大した大きさは必要ないはずだ。
「おい、さっきから一体何を作っている」
「何って、調理台ですよ」
「そんなことは地面に敷物でも敷いてやれ」
「駄目でしょう、そんな不衛生なことをしちゃ」
「フエイセイって何だ!?」
あれ? 不衛生って通じない?
「ウラさん、バイ菌って意味が通じる?」
「バイキンですか?」
あ、通じてないや。
「細菌は?」
「サイキン?」
これも駄目だ。
マジか。
翻訳魔術も、こちらで全く知られていない事は訳しようがないらしい。
菌がいないって事はないだろうから、ウィアは箘がまだ発見されていない世界なんだろう。
「菌というのは、目に見えないほど小さな生き物よ。微生物ね。茸はあるでしょ?」
ウラさんに尋ねる。
茸はあるはずだ。
市場に置いてあるのを見たので、無いという事はないと思う。
「茸はあります」
よし、あった。
「茸も菌よ。あれが目に見えるようになる前の状態」
本当は小さいのは胞子だし、大きくなっても菌は菌だけどね。
今は分かりやすさ重視で。
「茸みたいに目に見えるくらい大きくなって、美味しく食べられるものもあるんだけど、ほとんどは目に見えない大きさのままなの。細菌と言うわ。その中で体に有害なものを黴菌と言って、たいていは光と空気と乾燥を嫌うから、それを避けて土の中にたくさん隠れているのよ。だから地面の上で解体なんて言うのは、もっての外ね。少なくとも地面から離さなきゃ」
嫌うのは空気じゃなくて、ホントは酸素だけどね。
だけどこの様子じゃまだ分子なんて考え方はないだろうし、分かりやすさ優先、分かりやすさを優先!
「いい加減なことを「待てよ」」
ロアがわたしの話を否定しようとして、ケミーナさんがそれを遮った。
「地面に落ちたものを拾って、土をはらって喰ったら、腹を壊したっていうのは良くある話だよな」
「そうだが……」
「腐ったものを食べても、お腹を壊すでしょ? あれも菌の仕業よ。いいこともするわ。果汁や穀物が、あなたの好きなお酒になるのも菌の仕事」
味噌や醤油や味醂はないかもね。稲は知られていないようだし、麹菌なんてもっと無さそうだけど、お酒はあるし酢もあるようだから、菌がいないっていう訳じゃないでしょう。
ああ、いけない!
このロアと最初に会った時は、酔っ払ったこの男がわたしのお尻を触りに来たのを撃退したんだった。
勉めて考えないようにしてたのに、しっかり思い出しちゃったじゃないの!
「わたしの故郷では人の役に立つ菌の働きを“発酵”、人の害になる働きを“腐敗”と呼び分けていたわ」
しっかり頭に刻みなさい。
この腐れ○○○!




