7 ネコミミシッポ!?
ん……寝てた?
「あれ、…なんだろここ? 見た事のない天井ね……」
呟いてみても答えは浮かんでこない。
ここはどこ…?
わたしは真幸。
頭に問題はないようね。
体も……よし動く。痛いところもない。
ベッドに仰向けで寝ていて、あれ? 知らない部屋だ。
広い部屋にベッドが数床並べられている。病院の相部屋病室のように。
他に寝ている人はいないけど。
部屋は華美ではないけど、品の良さが感じられる広い、客間? みたい?
病室じゃないの?
カタリ──
音がした。
「あの、目が覚めましたか?
ことばは分りますか?」
声のした方を見ると、衝立の端から顔を覗かせた白い修道服のようなものを着た女の人の姿が見えた。
「え…ええ、分ります。ここは?」
「神殿の医療室です。
いま人を呼んできますので、暫くお待ちください」
そう言って、女の人は部屋を出て行った。
いまの女の人のことばって、耳から入ってくる音は日本語じゃないのに、頭の中では日本語の意味が流れていたわね。どゆこと?
体を起こして改めて周りを見渡してみる。
枕元の壁に造り付けられた収納スペースには、鎧が置いてある。…よろい?
ベッドの端に座り、腕や足を伸ばしたり回したりしても違和感はなかったので、立ち上がって窓辺へと歩き、窓の外を眺める。
石造りの、ずいぶん古い町並みが見えた。
さっきの女の人は神殿って言ってたけど、日本で神殿と言ったら木造よね。
ああ、最近は防災対策でコンクリートなのかな。でも石はないよね。
え、ここって日本じゃないの?
そう言えば室内の様子は、昔の建物を集めたテーマパークで見たような感じだ。
窓から見える景色も、テレビで見た世界遺産の旧市街と呼ばれる場所と似た感じがするわね。
訳の分からなさはパニックになりそうに意味不明なんだけど、それは心の片隅に留まり、そこから広がる様子は見せない。
体は良し。心も良さそう。それじゃあ引き続き状況把握だ。
着ているのは、厚いけど通気が良く軽くて柔らかなのに伸びが少ない変な生地で作られた、上下セパレートのパンツスーツだ。
色味が薄くて上下の重なり部分が広く、お腹周りがほとんど二重になっているからお臍が出る心配はない。肘、肩、腰、二の腕なんかは厚くなっていたり当てものがしてある。
街中に着て出ても捕まりはしないけど、おしゃれじゃないわね。
ぴったり体に合う作業着というのが一番近いかな。
なんでこんなもの着ているんだろ。
何かのトラブルで病院に運び込まれたとしても、こんな患者衣はないでしょうに。
いちど全部脱いで、下着まで確認したかったけど、外に人が近づく気配がしたので、詮索は一時やめにして待つことにした。
カッカッカッ──
「どうぞ」
固そうな扉を静かにノックする音がしたので、入室を促す。
「失礼します。
おお、もう起き上がられても大丈夫なのですかな」
すっごく高そうな衣装を着たお爺さんと、わたしより一回りくらい上の女の人がやって来て、妙に丁寧な言葉遣いで言った。
「はい、まあ。
あの、ここは? わたしは一体どういう状況なんでしょうか」
「まずここはツェルマートの、大地母神様をお祀りする神殿。
わたしは祭司をしておりますビヤルケ・インゲルスと申します」
「ウィアの世界!? ゼーデス王国の王都ツェルマート!?」
「ああ、お分かりになるのですね」
分るも何も、記憶の最後にあるゲームの舞台が“ウィアの世界”。
その中で、ミーユンが誕生した街の名前がゼーデス王国の王都ツェルマートじゃないの!
顔から血の気が引くのが自分でも感じられる。
「大丈夫ですかな? お顔の色がすぐれませんぞ。
いま暫くお休みになられた方が…」
「いえ、大丈夫です。
それよりも状況を知りたいので、説明をお願いできませんか」
「さようですか。承知いたしました。
ではもうすこし落ち着けるところへ席を移しましょう。
ウラ」
インゲンさんがそう言うと、最初に顔を見せた女性(ウラさんと言うらしい)がそっとわたしの手を取ろうとした。
さきほどまで眠っていた病人(?)に対する配慮なんだろうけど、わたしには不要だ。
なのでやんわりと押し返してインゲンさんたちの後を追った。
と言っても長い距離を移動した訳じゃない。それどころか部屋から出てすらいない。
先ほどウラさんが顔を出した場所は、近づいてみると小部屋を兼ねた大きな部屋の間仕切りになっていた。
家政科実習室の準備室みたいなかんじ。
そこを横目に通り過ぎると、隣の部屋というか続き部屋になっていたのだ。
ベッドがあった部屋と同じ、と言っても仕方ないのか。学校の武道場の畳敷き部分くらいと言えばいいかしら。そんな広さのこちら側は居間、いやもうホテルのロビーとでもいった雰囲気になっていた。
つまり、さっきのベッドのある部屋とこちらの広間と合わせると、武道場の大きさになる訳よ。
武道場と同じサイズの部屋!
広い部屋を見ると無性に駆け回ってみたくなるわよね。
ぇ、だめ? …そう。
部屋のまん中の長椅子を勧められて腰掛ける。
程よく固いソファは好みなんだけど、広い座面がなんだか落ち着かないわ。
わたしってすみっこ好きだったっけ。
向かいに腰を下ろしたインゲンさんと女の人。
ウラさんはお茶を入れてくれたあと、壁際へ下がってそこにあった椅子に腰掛けた。
「さて、まずはお名前を教えていただけると、話も進みやすくなりましてありがたいのですが、如何でしょう」
名前、なまえか。
どうしようか。いや、教えるのは別に構わないんだけど、ここらって姓が前? それとも後ろ? そもそも漢字の名前って伝わるの? ああ、ともかく口に出せば適当に伝わるのかな?
そんな事を考えていると、その沈黙を否定と取ったのか、
「ああ、結構ですよ。無理をなさらなくとも。
見も知らぬ相手に名乗りたくないという気持ちも分りますし、あんなコトの後ですから、混乱していたとしても無理はありません。
ですが、私どもが呼びかける名がないのも不自由な事ですし、仮に“使徒”様とお呼びしても構いませんでしょうか」
はっ? シト?
いやいやいや、アニメじゃないんだからね。何の罰ゲームなのよ。
「ミユキ…です」
「おお、ミユキ様と仰る。なかなか異国情緒あふれるお名前ですな」
なんか早く教えないと話が長引きそうだったんで教えたわ。名前だけね。
“ミユキ”は異国情緒あふれる名前なのか。やっぱり日本じゃないみたいだね。
いやいや、さっきはゼーデス王国の王都ツェルマートって言ってたじゃない。外国ですらない可能性まであるんだ。頭いたいな。
「それでミユキ様が当神殿にお越しになった折りの状況ですが、神殿内に“復活の間”という部屋がございまして」
復活の間!
「ご存じですかな?」
思わず反応してしまったわたしに、インゲンさんが尋ねてきた。
「はい。ええと、先を続けてください」
「わかりました。と言ってもお話できることは、もう僅かです。
復活の間は、大地母神様が代理をされる方を送られたり、ご自分の言葉を降ろされる場でございます。
そして三百年ぶりに復活の間に現れたのが、私の目の前に居る“猫族”の貴女様なのです」
は?
ウィアの代理?
なにそれ。ウィアって世界の名前じゃないの?
それに“猫族”?
「この神殿は、大地母神様より最初に神託を賜わった二千年前に建立されてよりこちら、変わらずその意思を受け取る場としてここに在り続けております」
「ごめんなさい! 鏡! 姿見はありますか!?」
インゲンさんの言葉を遮って、わたしはそう言葉を発していた。
「鏡ですか? そちらの控えの間にあったはずです。ウラ。持ってきてくださいな」
いままで一言も話さなかった女の人が口を開いた。
「あ。いえ、いいです。わたしが行きます」
そう言って立ち上がると、先ほど通り過ぎた控え室へ向かった。
ウラさんが後ろを付いてくる。
改めて控え室の前に立つと、壁が鍵型に曲げられて中が目立たないように作られている部屋だ。
そこへ一歩踏み込むと、わっ。本当におっきな鏡が壁につくり付けられている。
いーなー、おっきな鏡。私の部屋にも欲しいなー。
いやいや、そうじゃなくて猫耳よ。
あるわね。猫耳。
もともと髪が長くて量が多いからあまり目立たないけど、手でさわったり意識して耳を立てると、たしかにそこに在る。
見て分るくらいに立ち上がるわ。
違和感はない。
やるわね。猫耳。
髪が黒いので目立たなかったけど、ミーユンが黒猫じゃなくて三毛猫だったら三色だったのかしら? ちょっと気になるわね。
というか、ウィアの世界でゼーデス王国の王都ツェルマート。そこで猫族と来たなら、このネコミミはミーユンのよね?
顔や手はわたし自身のものみたいだから、混ざったの?
そして尻尾よ。
触ってみたらあったわ。
鏡で見ても確かにある。先っぽだけ色の薄い黒い尻尾。
履いているパンツの後ろに穴が開いていて、そこから尻尾が顔を出している。
わたしが右を向くと、ひとりでに左に。左を向くと右に振れる。
どうも体のバランスを取って、無意識のうちに動いているみたいだ。
意識しなければ、自然に自分の死角へ伸びる。
意識して動かせば好きな方へ動かせる。
意識すれば腰の先に尻尾が伸びている感覚が、はっきりと分かる。
違和感がない。
そりゃ気づかないよ。
わたし、ネコミミシッポ付きになりました(エーッ!)