69 Dランク講習会 前編
「……それでは暫時休憩とする」
Dランク昇級審査の二日目、本日は講習だ。
午前中の座学の前半を終え、手洗い休憩を兼ねて中休みを取る。
順調だ。
私は一階のリシュヌのところへ行こうとして、思いとどまった。
原因はもちろん、あの二人だ。
ギルドへ顔を見せるたび、毎度何かしらの出来事を引き起こしてゆく、Eランク冒険者“ミユキ”と“ウラ”の二人組。
昨日の昇級試験でも、竜の咆哮の喧嘩屋“ケミーナ”と破砕盾“ドロワ・ダス”が、面白がって相手をするものだから、とてもDランク昇級審査とは思えない高等技術(曲芸とも言う)が披露された。
見学者達が盛り上がる程にだ。
今回は喧嘩屋が丸く収めたので大事にならなかったけど、破砕盾は少し危なかったね。
今日の午前中は座学なので、おかしな行事などは起こらない。
無いったらない!
だから、手薬煉引いて待っているだろう、リシュヌのところへは行かないのだ。
気分転換にバルコニーへ出てみる。
陽射しは眩しく、風の精霊は気持ち良さげに踊っている。
あの二人がいるせいだろうか、光の精霊や火の精霊たちも絶好調だ。
昇級審査の監督役は、組合職員の持ち回りになっている。
内容は毎回ほとんど変わりない常識的な事ばかりだが、若干の変更を含む場合もある。
その冒険者としての常識を教えるのが、この講習会の目的だ。
そしてこの行事は、職員教育の一環という意味合いをも含んでいる。
つまり冒険者と組合職員の双方が知っているべき常識を、口に出して教える事で職員も憶え、板書することで重ねて憶え、質問に答えることで抜けをふさぐ。そんな効果を持たせているのだ。
このやり方を考えた奴は、きっと陰険な奴だね。
でも確かに効果的だと思う。
私はここ百年ほどこの都に住み、その多くを組合職員として過ごして来た。
そのため今日のような講習会は、何十回となくこなしている。
お陰でこのくらいの講習会なら、他の事を考えながら余事でこなす事もできる。
そんな真似はしないけどね。
余裕ぶっこいてあれこれ手を延ばした挙げ句、肝腎の目的に失敗するなんていうのは、阿呆のすることだ。
さて、そろそろ戻ろうか。
†
「……ウラさん、五階の鑑定器が第二世代で、第二世代はここを含めて世界に三台しかないって言ってたけど、あとの二台は何処にあるのか知ってる?」
ビクッ!────
突然扉越しに声が聞こえてきた。
聞こえたこと自体は別に驚くことではない。
我ら森精族は耳が良い。
兎族ほどではないものの、猫族と競える程度にはよく聞こえる。
その上で決定的なのが、風の精霊と相性のいい我々森精族の場合、精霊の方で我々が興味を持ちそうな話題を拾って届けてくれることだ。
「第二世代ですか? クワン神国と森精族の里にあるそうですよ」
この特性を“囁き千里”と言って、ってそうじゃない!
何故このふたり、国家機密どころじゃない世界の秘事をふつうに訊いているのかな。
しかも、しれっと答えているってどういう事!?
「それと勘違いされているかも知れないので確認で言いますが、初日に操作したのは第三世代で、実際に働いた第二世代はあの部屋からは見えない足元にあります。四階がまるごと第二世代ですから」
言わなくていい! 言わなくていいから!!
っていうか何、使ったって何っ。
身上鑑定器第二世代を使ったって、何にっ!?
「第三世代? あれもずいぶん大きいと思ったけど、本当の第二世代はもっと大っきかったんだね。階段が一階ぶん飛ばしていたから不思議だったんだけど、なんでそんなことに」
「第二世代には、第一世代もそうだったらしいのですが、それ自体は入出力に必要な部分を持っていなくて、第三世代以降を入出力部として使うのだと仰ってました」
誰が言ったの? そんなことを!
「そうなんだ。でもそうすると、第一世代ってどれくらい大きかったんだろう」
「第一世代があったのは、うちの神殿の吹き抜け部分だそうですよ。第一世代を供物に捧げたことで本体が消滅して、残った殻に施設を追加して、今の神殿になったそうです」
あの子たちって、斜め向かいの大地母神神殿の子だよね。
リシュヌが、「最初は猫の子が神殿騎士団長と神殿術士団長を引き連れて冒険者登録に来た」と言っていたから、あそこで間違いないでしょう。
自分で“うちの神殿”とか言ってるしね。
第二世代どころか第一世代の話ができるなんて、どうやっても普通じゃないじゃないの!
一般人が目にする身上鑑定器なんて精々第五世代まで。
国ですら持っているのは第三世代までだ。
冒険者組合は別にして、各種組合の上級職員でも、扱えるのは第四世代までなのに。
リシュヌの言い草じゃないけど、リッケ君とハイケちゃんが連れてきたのは当を得た対応だった訳ね。
そして付けられた「同年代の神官ひとり」も、やっぱり同じく重要人物だったということか。
神殿の秘蔵っ子どころじゃない。あの子が担当することも、的を射た対応だったわけだ。
「あの広い空間が第一世代で埋まってたのか。聞いてしまうと見る目が変わっちゃうね」
そうだね。私も見る目が変わってしまったよ……。
「それにしても第一世代を供物にしたって、それでいったい何を祈ったんだろう」
「訊いてみてはいかがですか? 次の機会に。あの方ならご存じでしょう?」
「そうだね。そうしようか」
だから、誰に訊くって言うのよ!
「ミユキさんは今ここにいて、次はクワン神国へ行くわけですから、どうせならエルフの里へも行ってみてはどうでしょう」
「鑑定器第二世代、聖地巡礼の旅? 面白そうだけど、観光できる時間があるかなあ」
かんこうというのは何だろう? それよりも、里へ行くというのかな?
第一世代の話といえば、千八百年の昔に遡る。
私のような千年と生きていない、普通の森精族では知見が足りない。
里であればその十倍の月日を生きる高位森精族の方々が居り、さらに長い年月を生きる、樹祖の家系さえ居みえになる。
目の付け所は悪くないと思うけど、伝手はあるのだろうか?
フラリと行って会えるものではないからね。
私じゃ無理。
とは言え、今現にゼーデス王国の大地母神神殿にいて、次にクワン神国へ向かうことが決まっている様子だし、万が一の事があるかも知れない……か?
里へ一報しておこうかな……。
「時間はあるというお話なのでしょう?」
「そういう話だね。それも訊ねてみようか」
だから、誰に聞くというの!?
「マヌエラさん、戻ってくるのが遅くない?」
「そう言えばそうですね。どうされたのでしょう?」
ハッ、いけない。
ふたりの話を聞くのに夢中になって、後半の講習を始めるタイミングを逸したらしい。
こんな時こそ狼狽えず、「最初からこういう予定でしたよ」という顔をして、講習を続けるの。
行くよ、マヌエラ。
「全員そろっているか。よし、いるな。それでは後半を始める」
でもね、聞くとはいってもあれ程の話よ、いったい誰に話を聞くと言うのかしらね?
神殿騎士団長リッケくん? ……ぜんぜん無理ね。
神殿術士団長のハイケちゃん? まだまだ足らない気がする。
大地母神神殿総祭司長の、ビヤルケ・インゲルス?
ダンジョン発祥のこの地にあり、この大陸はおろか隣りの大陸にまで根を広げる大地母神神殿総本山の長なら、他国の事情にも通じているでしょう。
でもまさかね。
いきなり大物過ぎるよね。
でも他にそれらしい人物が思い当たらない。
う───ん……。
結局思い至る事はなく、頭を悩ませながら午前の講習を終えた。
もちろん講義内容に不備はない。
伊達に二百五十年生きていないのだ。
でもこんなやり方は、齢二桁ばかりの雛が、真似しちゃ駄目だからね。
†
お手洗いから戻っても、まだマヌエラさんが戻っていなかったので、ウラさんと雑談をする。
話題は、先日抜け落ちていた話だ。
「そう言えばウラさん」
「はい、何でしょう?」
あ、マヌエラさんが戻ってきた。
尻尾感覚に反応ありだ。
「五階の鑑定器が第二世代で、第二世代はここを含めて世界に三台しかないって言ってたけど、あとの二台は何処なのか知ってる?」
ここで話すような内容じゃないのは分かってる。けど今は時間が大切だ。思いついた事はその時々で解決しておかないと、次にいつ答が得られるか分からない。
幸い教室(?)の中は、どこも同じ状態だ。こちらの話を聞いている人はいない。
一応小声で主語をぼかして話しているから、仮に聞こえたとしても内容を気取られることはないと思う。
ウラさんとなら、そんな会話が普通にできる。
休み時間に友達と喋るって楽しいよね。
あれ? マヌエラさん扉の前で動かないね。
どうしたんだろう?
「第二世代ですか? クワン神国と森精族の里にあるそうですよ」
クワン神国のはきっと、ウィアが言ってた“クワン神殿”の事だね。
クワンさんは居なくて今は自分が担当していると言ってたし、三人でそこへ来てと言ってたから、きっとそうだ。
三つ目はエルフの里かあ。やっぱりあるんだね、エルフの里。
月那に話したら喜びそうだなあ。
「それと勘違いされているといけないので確認で言いますが、初日に操作したのは第三世代で、実際に働いた第二世代はあの部屋からは見えない足元にあります。四階がまるごと第二世代になっていますから」
え? そうだったの??
「第三世代? あれもずいぶん大きいと思ったけど、本当の第二世代はもっと大っきかったんだね。階段が一階分飛ばしていたから不思議だったんだけど、でもなんでそんなことに」
第三世代でもグランドピアノくらいあったのに、第二世代は四階丸ごとの大きさらしい。
ぜんぜん気付かなかった。
「第二世代には、第一世代もそうだったらしいのですが、それ自体は入出力に必要な部分を持っていなくて、第三世代以降を入出力として使うのだと仰ってました」
それって普通のコンピュータを、スーパーコンピュータの入出力に使うのと同じような感じ?
前にわたし(と月那)のコンピュータを選んでもらったとき、兄さんが「仕事でそんな使い方もする装置だぞ」みたいな事を言っていた……気がしなくもない……かもしれない……。
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「鑑定器第二世代、聖地巡礼の旅? 面白そうだけど、観光できる時間があるかなあ」
「時間はあるというお話なのでしょう?」
「そういう話だね。これも訊ねてみようか」
かなり話しているけど、マヌエラさんが扉の前から動く気配がないね。
あ、小学校の時、教室か静まるまで話し出さない先生がいたけど、あれと同じ?
困ったな。
講義はちゃんと聴きたいから、時間が減るのは嬉しくないよ……。
どうしよう……。
「マヌエラさん、戻ってくるのが遅くない?」
「そう言えばそうですね。どうされたのでしょう?」
動いた!
「全員そろっているか。よし、いるな。それでは後半を始める」
ちょうど三十分か。
時間を計っていたみたいだね。




