66 Eランク冒険者活動 ○○○の恐怖 中編
薬草採取の最中、近くの薮に潜む魔獣に気がついた。
魔獣の強さがこちらを襲うのにギリギリ足らないのか、様子を窺うばかりで一向に向かってこない。
そんなに近くてじっと見られたら恥ずかしいじゃな……いえ、落ち着かないので、こちらから出向いてお相手しましょう。ということで、わたしは薮へ向かって歩いています。
相手が潜む薮へと進む。
こちらが二手に分かれたように見えて、ウラさんの方へ走られる可能性もるので、【氷弾】はいつでも発射できるよう準備してある。
使い出あるなあ、氷弾。
もちろん、反対側へ逃げてくれるなら、追いかけるつもりはない。
今日は薬草採取の日。なのだ。
薮に近付くと、ガサッと音を立ててギリギリ小型と呼べそうな魔獣が横方向へ飛び出した。
そして少し行ったところで立ち止まってこちらを振り返る。
横か……。
微妙な線を狙ってくるね。
魔獣は友達(月那じゃないよ)が飼っていた、ポールキャットというペットにそっくりだった。
それは猫という名前だけど、すばしこくてせわしない動きはちょっと猫には見えなかったのを覚えている。
猫って一瞬すごく機敏に動くんだけど、ふだんはどちらかと言えばダラダラするか、のんびりお散歩して過ごしているものね。
大きめの檻の中で、名前の通り棹に巻き付いてクルクル動く姿を見て、「生きたまま首に巻いたら、冬はさぞかし暖かいだろうね」と言ったら「首を齧られちゃうよ」と笑われてしまった。
猛獣じゃん。
でもわたしがモフモフの襟巻を欲しがるようになったのは、たぶんこの時からだろう。
きっとこの子も、動きは俊敏なんだろうな。
魔獣が逃げた方へ踏み出してみると、また数歩距離を取ってからこちらを振り返る。
これは逃げる気がないね。
仕方がないか。
【加速思考】×二倍でかけ寄って、短剣で倒そう。
さらに逃げるようなら、【氷弾】で追撃する。
そう決めたわたしは、腰の後ろの短剣に手をやりながら、【加速思考】を発動してダッシュする!
魔獣はまた数歩動いてから止まり、首を巡らせてこちらを見た。
このまま追いついて仕留める!
魔獣もこちらの本気に気づいたのか、慌てて前を向き前肢を曲げてクラウチングスタートの体勢をとる。
だけどもう遅い!
追いつき、低い位置にいる魔獣に当てるため、前に出ている足を深く曲げて腰を落とし、短剣を魔獣の脇から突き入れるように振る。
接近を許したのが分かったのか、魔獣が首だけこちらへ向ける。
そして視界が暗転した。
†
ミユキ様が魔獣の潜む薮へと向かわれました。
すると件の魔獣が、薮から飛び出します。
やはりミユキ様が近付くと魔獣が逃げます。つまりあの魔獣が獲物として執着しているのは、私ということですね。
魔獣は小型ですが動きは素速く、瞬時に駆け出し瞬時に停止、方向転換も一瞬で行なうため、角ウサギのように、脚は速くとも動きが直線的な魔獣より危険度が高そうです。
もっとも、その気になると文字どおり目にも留まらぬ動きをされるミユキ様とは、較べるべくもないのですが。
魔獣はミユキ様が一歩進むと同じ距離だけミユキ様から離れます。私からの距離が変わらないのは、まだ私を襲うのを諦めていないという事でしょう。
ミユキ様のお手を煩わせてしまい、実に申し訳ない限りです。
ミユキ様が進み、同じだけ魔獣が下がることを繰り返したあと、ミユキ様が腰を落として短剣に手をかけました。
決めるつもりのようです。
ミユキ様が、魔獣より速く(でも本気の時よりはずっと普通に)駆け寄ると、腰の短剣が魔獣を襲います。
魔獣は全力疾走して逃げようというのか、前傾し後肢を伸ばして尻尾を高く上げますが、もう間に合いません。
そして短剣が魔獣の横腹へ吸い込まれる刹那、ミユキ様が操り人形の糸を切ったように、地面に崩れ落ちました。
何が?!
いえそれよりも、ミユキ様が倒れて魔獣が健在なのです。
助けなければ!
ミユキ様へ向かって走り出すと、すぐにミユキ様が倒れた原因が分かりました。
悪臭です。
数歩近寄っただけで、猛烈な臭いが顔面を殴りつけてきました。
顔を直接殴打されるような強烈な悪臭で、息が出来ない。目も開けられません!
徒人の私ですらこうなのです。十倍以上鋭敏な嗅覚を持つという猫族のミユキ様が、この悪臭に気絶したとしても不思議ではありません。
ミユキ様の窮地です!
息を止め目を細くして、悪臭に耐えながらミユキ様の元へと向かいます。
倒れて意識のないミユキ様に襲いかかろうとしていた魔獣は、目標を私に変えてこちらへ向かってきました。
あわよくば獲物が二体というつもりなのでしょう。
相手が襲いかかってきたところへ、
【閃光】
閃光の光属性術で魔獣の目を潰します。
突然の光にダメージを受けてもがく魔獣の頭を、踏み潰して黙らせましたが、魔獣は最後の最後にあの臭いを追加してから息絶えました。
悪臭が一段と強まります。
ほとんど息ができない状態のまま、ミユキ様へと近寄ります。
ですが弱りました。
今しがた私が使った【閃光】に対抗して、【眩順応】という解除術があるように、いろいろな状態異常とその解除術がありますが、“悪臭”を解除する方法はありません。
“悪臭”は周囲の環境の問題で、次善の策として“風”の魔術で臭いを吹き散らす手がありますが、私は“風属性”魔術が使えません。
ともかくミユキ様です。
駆け寄ると一層悪臭が酷い。
いきなり倒れた後、ピクリともしていないので心配です。
首筋で脈拍を診ます。
信じられない。脈がありません!
念のため籠手を外して、手首でも診てみます。
やはりありません……。
まさか、そんな。つい先程まで元気で話しておられたのに。
呼吸もないので、昨日ミユキ様からご教授いただいた“心肺蘇生術”というものを試みようとしましたが、この悪臭の中では満足に息ができません。
急く気持ちを抑えて、まずはミユキ様の体を風上へ移動させようとしたそのとき、ミユキ様の胸に灯が点りました。
これは?
移動を取りやめて見守ると、その灯りは次第に体全体へと広がっていきます。
体の中心に点った灯りは体中に満ちたあと、体の表面から溢れ出ました。
その様子は、毎朝ミユキ様が行なってみえる、大地母神様より賜わったという、使途不明の魔術のようです。
見守ること暫し、灯りが体全体を被い尽くしたとき、ミユキ様の目がパチリと開きました。
「ミユキ様! ミユキ様!、聞こえますか!?」
ミユキ様がこちらを見て、頷きました。
良かったぁ。
†
ウラさんが呼ぶ声が聞こえたので声の方を見ると、ウラさんが泣いていた。
誰よ、うちのウラさんを泣かせたのは!
わたしの手を握って「良かった。良かった」と繰り返すウラさんの頭を撫でようとして、自分の手が燃えているのに気がついた。
これって【浄火】の炎じゃないの。
いつの間に発動したんだろう? と思いながら浄火を解除すると、その瞬間もの凄い悪臭が襲ってきた!
どうしたの、これ?!
「ウラさん、この臭いって……」
風上へ移動して話を聞くと、魔獣に短剣を差そうとしていたわたしは次の瞬間、崩れ落ちるように倒れたのだそうだ。
その後、わたしに駆け寄ろうとしたときにこの悪臭が襲ってきたので、臭いの元はあのポールキャット似の魔獣だろうという話だった。
しかもウラさんが駆けつけたときには、わたしの心臓は止まっていたという(驚)。
わたしってば、自覚もないうちに死んでいたらしい。




