65 Eランク冒険者活動 ○○○の恐怖 前編
「“傷魔術薬”以外の魔術薬ってどんなのがあるの?」
「大抵の“状態異常解除”魔術薬がありますけど、代表的なのは“毒解除”魔術薬と“麻痺解除”魔術薬ですね。私もこれは常に持っています」
そう言って、自分の外套の懐から小瓶を取り出すウラさん。
「それは?」
「“麻痺解除”魔術薬です。私は大抵の状態異常を自力で解除出来ますけど、麻痺の時は意識があっても解除術の詠唱に失敗することがあるので、“麻痺解除”魔術薬は常備しています。持っていれば他の人が飲ませてくれる場合もありますから」
「なるほど、転ばぬ先の杖というわけね」
「ただ魔術の麻痺解除でもそうなのですが、必ず治るという訳ではないのが困りものなのです」
「それは仕方ないんじゃない? 何でもかんでも助かるなんて事は無理なんだし」
「それはそうなのですが……」
そこまでなんでも出来てしまったら、それこそ“死者蘇生”ですらありそうな話になってくる。
言っては何だけど、昨日そんな都合のいい魔術が無いと分かったことで、わたしはこのゲームみたいな世界に来てしまったことが、“現実”として受け入れられた気がしたのだ。
「昨日リッケさんがウラさんのことを、『四肢切断くらいまで対応できる』って言ってたけど、それは“治癒”で? それとも“回復”?」
話題転換!
「“治癒”です。私は“回復”も使える筈ですが、これまで実戦に出た経験がなかったので、実地の治療で使ったことがあるのは“治癒”だけなんです」
そりゃ神殿の誰かに怪我させて実験台になってもらう、と言うわけには行かないだろうしね。
「神殿での仕事が優先で、レベルも訓練で上がったって言ってたもんね」
「はい。そのときは、ダンジョン・スニヤドへ入った国の騎士団の方が大勢怪我をされて戻ってきて、私が担当した中に、手足を一本ずつ失くした方がいたんです」
猫の手も借りたい状態だったわけか。
ずいぶん優秀な手だけど。
「結果は? リッケさんがああ言ってたってことは、助かったんでしょうけど」
「はい。切断された腕は持って戻られたので、繋いで元通りになりました。足の方は傷が塞がって、片足になりましたけど命は助かりました」
「繋がる先があれば治癒できるけど、損なった四肢の再生はできないって事か……」
「そうですね。切り離された部位が壊死していても、接合は無理だと思います。ですが欠損部位を再生できる方はみえますし、同じ効果の魔術薬も存在しますから、私ももっと頑張ります」
うそっ!
「あるの!? そんなトンデモナイ効果の魔術や魔術薬が!」
「ありんですよ。トンデモナク高価で、出回ることも殆どありませんけど」
「そうだよね。でも、あるんだ」
スゴイナー……。
ひょっとしたら“死者蘇生”も、使える人が居たりしてね。知られていないだけで……。
「ミユキさんの“浄火”というのは、いったいどういった効果があるのでしょう? 一昨日、組合のリシュヌさんが弱ったときに使っていましたよね? 何かの状態異常解除効果があるとか?」
「冷えの解消?」
そんなワケはないか。
「大地母神様には何と言われたんでしょう?」
あら、スルーされちゃった。
まあ、ウィア直伝の魔術だからね。興味が尽きないのはしかたないね。
「話の最後に言われたのよ。『弱ったときや困ったときなど、旅路で必ず役に立つ。とくにミユキの場合は不利な点がないから、これだけは覚えた方が断然お得ですよ』って」
「旅に役立つ、ミユキさんに不利が無い、ですか。何でしょうね?」
「さあ、話しの最後に付け足すように言われたから、今度会ったときにはちゃんと聞いてみようと思ってるんだけどね」
「あの……、どんな風に発現させるのか教えてもらってよろしいですか?」
別にケチる訳じゃないけど、これって誰にでも使えるものなんだろうか?
態々『とくにミユキの場合は不利な点がないから』と断ってきたのだ。わたし以外の人には、何かしら不利な点があるという事じゃない?
それはいいか。
門外不出、他言は無用なんて言われたわけじゃない。
ウラさんの立場を考えれば、気になるのは仕方がないだろう。
「それほど複雑なことを言われたわけじゃないよ。『熱くない炎を出して体に纏わせる。それを薄く延ばして、最終的には体全体を覆う。起きたら指先だけでいいから、一度は試しておいてね』って事だったんだ。その最初のお試しのときに、ウラさんが部屋に入ってきたの」
「そうだったんですか。あの時は本当に驚きました」
「ごめんね」
「いいえ、そんなことは。それでその炎を出すのはすぐに出来たのでしょうか?」
「うん、『熱くない炎』はそう想像するだけでアッサリ出た。薄く延ばすのも肘まではできたよ。手の平に乗せた紙片も燃えなかったしね。今の状態はウラさんの知ってる通りで」
「そうでしたね。いま思い出してもあのときの光景は、不思議でした」
少し遠くを見るようにして、ウラさんはそう呟いた。
†
休憩を終えて、採取を再開しようと思ったころ、その気配が尻尾感覚の範囲に入ってきた。
魔獣だ。
「ウラさん、魔獣がこちらを窺っている」
こくりと頷き、すぐ立ち上がれるように重心を移すウラさん。
今日の武装は採取の邪魔にならないよう、二人とも大物武装をしまった市中装備だ。
武器はウラさんが腰のホルダーに差した短丈、わたしは腰の後ろに短剣が二本。
もちろん収納の中には、長柄武器や遠距離用の武器も入っているけど、この場所に現れる魔獣なら、今ある装備で問題ない。
相手はEランクの魔獣か、ひょっとするとDランクの魔獣が一匹だけだ。
わざわざ寄ってきたところを見ると、Dランクかな?
Eランクの魔獣は、わたしの所へほとんど寄って来ない。近付くと逃げられることすらある。
初めてダンジョン・スニヤドへ入ったときも、第一層ではまったく襲われる事がなかった。
魔獣も生き物らしく、明らかに自分より格上と思われる相手には、襲いかかる事がない。ということらしい。
「今回の相手はちょうど境界線上にいるみたい。襲おうか離れようか、迷ってるみたいに行きつ戻りつしているよ」
「面倒ですね」
「ホントにね」
何が面倒かというと、総じて四つ足の(魔)獣の足が速いことによる。
たとえEランクの魔獣だとしても、二本足の人間が追われたら逃げ切れない。こちらが追いかける場面なら、追いつけないまま逃げられる。
それくらい、四つ足の(魔)獣は脚が速いのだ。
つまり、Eランク冒険者がEランクの魔獣と戦闘するには、自分と同程度かより強い魔獣に襲ってもらって単独で戦うか、複数の味方を散らばらせておいて襲われた者の所へ集まり多対一の戦いに持ち込むか、罠を仕掛けるか、弓や攻撃魔術で遠くから攻撃するか。と言う選択になる。
Eランク冒険者に登録したばかりで、Eランクの魔獣を五十匹討伐というのは、かなり条件の厳しい難行なのだ(と教えてもらった)。
けどそうしないと、死傷者累々となってしまうから仕方がないんだって。
だから冒険者は、剣や棍で攻撃力を上げ、盾や鎧で防御力を上げることで、力量差を逆転させるのだ。
相手が襲ってくるなら、わたしも勿論倒す。
わたしの場合、弓も攻撃魔術も使えるけど、今回の相手は近くの大きな薮に潜んでいるので、姿を現わすまでは狙えない。
炎弾で、薮ごと魔獣を燃やしてしまうという選択肢もない。薬草の群生地まで燃やしてしまっては本末転倒だ。
それに今日は薬草採取をしているので、そのまま逃げてくれればわざわざ倒そうとまで思ってはいないのだ。
けれど何時でも襲いかかれる場所で、じっと様子を窺い続けられるのは、気が休まらなくてイライラが募る。
なまじ魔獣がいるのが分かるから、よけい落ち着かないのだ。
「二手に分かれて、私を襲ってもらいましょうか」
ウラさんがそう提案してきた。
ウラさんのレベルは、わたしより少しだけ低い。
だから二手に分かれれば、魔獣はウラさんを襲うだろう。
ウラさんなら大丈夫だろう……とは思うけど、なんか嫌だな……。
「いいや、わたしが行って倒してくる」
「そうですか? ではお気を付けて」
「うん、行ってくるね」
ウィア謹製のこの体は、【加速思考】スキルを十倍くらいで働かせても、体の動きが意識の速度についてくる。
今回の場合なら、【加速】を使えば四つ足魔獣より速く動けるので、取り逃がしもないはずだ。
でも日頃からこのスキルを使っていては、わたし自身の経験になり難いので、戦闘はできる限り等倍速で行なうようにしている。
これは元の世界で弓の訓練をしたときの経験からそうしている。
無理はしないけどね。
弓があまり体を動かさないスポーツだからと言って、体を鍛える必要がないわけじゃない。弓の型はとてもゆっくりだけど、遠くの的に当てるには寸分のブレも許されない。そして体をブレさせないためには、筋力が必要になるのだ。
ブレない体と正確な動作、それを制御するための行き渡った神経と呼吸のリズム。スピードのある魔獣との戦いにあっても、これらを忘れないように意識している。
さて、気配を殺し、振動をたてないよう注意しながら、タイロン老師の歩法を使って、魔獣の潜む薮へ向かって軽く弧を描いて近付いて行く。
今日はこちらの方が、足が速いからね。




