60 Dランク昇級試験 ミユキ2
対応されたことが分かったようで、ケミーナさんが走り方を変えてきた。
弓を引いてはいるものの撃つことはなく、構えたまま大きな弓なりのコースで駆け寄ってくる。
ジグザグ走りと違って、横移動で明らかにスピードが落ちる瞬間がなくなり、常にある程度の横移動をしている状態になる。
的が微妙に泳いでしまって、狙いが付けにくいな。
けっこう近付かれてしまい、この距離で躱されると、次の瞬間自分が相手のいい的になってしまうという距離になった。
どうしようか……なんて考え込んでいる時間はない。
背中側の感度を上げる。
耳と鼻と皮膚感覚、それにしっぽ感覚の感度も上げて、わたしも走り出し距離を取る。
後ろ向きに!
後ろ向きに走るのは、問題なかった。
昨日のタイロン老師との稽古が、とても役に立っている。
あれがなければこんな非常識な真似は、そもそも考えつかなかったろう。
サヨナラ常識。
非常識な相手に、常識的な対応でやり過ごせるような経験値はない。
なので非常識には非常識で対処しよう。
ケミーナさんは、一瞬目を瞠ったあと、満面の笑みを浮かべて、「いっくぜーっ!」と叫んでさらにスピードを上げた。
うん、あんまり来ないでほしい。
後ろ向きに走って逃げるわたしを、ケミーナさんが追いかける構図になった。
回れ右して背中を見せたら、それこそいい的になるからね。
あ、いや、それも有りだったかな。
飛んでくる矢を避けるだけなら、しっぽ感覚だけでも問題ない。
いえやっぱりダメね。後ろ向きで魔術なしだと攻撃手段がないわ。
わたしの目はケミーナさんをとらえ、その他の感覚は進行方向、つまり後方を感知するのに使っている。
ケミーナさんはわたしに近付きたいらしく、まっすぐ前から迫ってくる。
後ろ向きに走っているので、前後の表現が入れ替わる。
ああややこしい!
なんで射撃武器を使って迫りたがるかなっ!?
ともかくケミーナさんは正面にいるため、矢を射る。
やっぱり動いていては、矢の命中精度が低い。
わたしが矢を射た後の隙をついて、ケミーナさんも撃ってくる。
走りながらの射撃は、やっぱり向こうに一日の長があるね。
命中コースだ。
だけど、見えているのに当たってあげる義理はないので、進行方向を変えて避ける。
「あだっ!」
誰かの声が聞こえた。
わたしが避けたので、流れ矢に当たったみたいだ。
まあ模擬戦用の矢なので、当たっても死ぬことはない。気にしないことにしよう。
こっちはそれどころじゃない!
ケミーナさんが近付いてきた。
同じ全力疾走なら、前向きに走った方が速いって?
そりゃそうか。
でもケミーナさんは、矢を放つことなくどんどん近付いてくる。
射撃武器で近付いて、本当にどうするつもりなんだろ?
零距離射撃!?
まさかね。
わたしはわたしで、ケミーナさんの矢を避けて、その隙に打ち込みたいと思っていたので、矢を放てずにいた。
お互い同じ事を考えてるんじゃないよね?
っと思ってすぐ、お互いの射撃が躱しようのない距離まで近付き、お互いに弓を射た瞬間、世界が静止した。
えっと、これってリッケさんのときの──。
昨日リッケさんに火術剣の注意点を教えてもらったとき、今と同じように世界が止まり、影のような薄らとした光景が先の展開を見せた。
あれが何だったのか今も分からないけど、あのときは一つの攻撃を躱したと思ったところで、続けて別の攻撃がやってきた。
今回もそういうことなの?
景色は進んでゆく。
ケミーナさんが、矢を射る。
わたしも矢を放つ。
飛んでくる矢を、わたしは弓を持つ手の収納で受け止め、次の矢を番える。
ケミーナさんは飛んできた矢を籠手で払い、そのまま弓を捨てて! 矢を払った手を振りかぶって殴りかかってきた!!
ケミーナさん、これを狙っていたのか!
そして止まっていた景色が動き出す。
この後って時間に余裕がないんだよね!
ケミーナさんが、矢を射る。
わたしも矢を放つ。
弓を持つ手で、飛んでくる矢を弓ごと収納して、反対の手に出した長棍を構える。
受けるか、攻撃か!
攻撃だ。
「武術の防御は、すべからく攻撃に繋がるものでなくてはならない」という言葉がある。
受けているだけで、相手の攻撃が止まることはないからだ。
言葉としては知っていたけど、平和な故郷にいる間、それを実感する日が来ることになるなんて、想像もしてなかったよ。
そもそも射術って、遠くから一方的に攻撃しようという武器だもの。
矢を払った手を振りかぶり、殴りに来るケミーナさん。
その突き出す拳の付け根にある肩を狙って、長棍を突き出す。
長棍の攻撃距離は腕より長い。正面切っての打ち合いなら、こちらの方が有利だ。
目を瞠るケミーナさん。
いやそんな、意外だ! みたいな顔をされても……。
わたしの長棍は、きれいな反撃で肩へと吸い込まれたけど、肩防具で受けられてしまった。
ともあれ殴り攻撃の流れは止められたので、最低限の目的は果たせた。
仕切り直しだ。
「ウオォォォォォ────」
吠えるケミーナさん。
何事?!
連打が来た。
左右両方の拳を使った、息もつかせぬ猛攻だ。
こちらも長棍で受けるけど、もう突きが使える距離じゃない。
攻撃距離の有利はその内側へ入られた瞬間、消えてなくなった。
ウラさんは上手に長棍の両端を使った攻撃をしていたけど、あれがもの凄く高度な技だという事が、よく分かる。
それにケミーナさんの籠手は、殴るための仕掛けが付いている。言ってみれば打突攻撃用の籠手だった。
手甲部分が硬い板か棒のようなもので延長されて、その先端で打撃が出せるようになっている。
たしかSNFの“モンク”がこんな武器を使っていた。
実戦ではあの手甲が、“突き刃”や“鉄の爪”になるのだろう。
この籠手なら、武器を変えずに“弓”を扱うこともできる。
この人の弓は、近接戦闘の間合いを外されたときに使うものなんだ。
この人、ウラさんとは異なる、もう一つの“モンク”の人だ。
手詰まりだ。
場が膠着してしまい、動かない。
逃げるのも一つの手。けどやりたくない。
だって、尻尾をまいて逃げ出さなきゃいけないほど追いつめられてるわけじゃないし、すこし位は冒険していい状況だ……と思う。
ケミーナさんが息を止めて連打しているので、息か体力が尽きるのを待つ。
固いのでこれを選びたいのだけど、武器がミシミシ言い始めてて、どちらが先に力尽きるか予想がつかない。
兄さん、SNFを始めるとき兄さんが言ってた「弓と槍では洞窟や迷宮みたいな狭い場所では役立たずになるぞ」を実感しています。
広い場所でも懐に入られたら、もう手が出ません。
これが終わったら、近接戦闘をもっと真面目に考えます。
だから、打開策をください!
「うらぁ!!」
バキッ──!
わたしの祈りは虚しく散り、長棍は音を立てて「 く 」の字に折れた。




