59 Dランク昇級試験 ミユキ
「ウラさん凄かったよ! 少林寺みたいだった!」
「ありがとうございます。それで“ショウリンジ”とは何でしょう?」
しまった。つい口に出しちゃったけど、功夫映画しか知らないじゃない。
「えーと、故郷で隣国にある、今のウラさんみたいな戦い方をしていた有名な寺院……聖堂ね」
「そうですか。神に武を奉納する習慣というのは、何処へ行っても変わらないものなのですね」
よかった。
けっこう普通にある話らしい。
それよりも。
「そうね。でねウラさん、その棒ものすごく曲がっていたけど、なにか特別なものなの?」
「これは長柄の武器用としてよく用いられる、ふつうの木ですよ。とても良くしなるので、慣れると変幻自在な攻撃ができて重宝します」
確かに変幻自在だった。
僧兵ってあんな戦い方をするんだね。
Eランク魔獣を相手にした時は、長丈の一振りで倒していたから、ちゃんと戦うのを見たのは初めてだよ。
「へえ、そうなんだ。でも槍みたいに突いてたとき、ぜんぜん曲がって見えなかっ たんだけど」
「それは魔力を通して硬化していたからです」
「硬化?」
「はい、木という材料は加工されたあとも生きています。ですから魔力を通す事で、硬度を上げたり逆に軟度を増す事が可能です。つまり身体強化を武器に応用するわけですね」
「そっかー、身体強化の武器バージョンなのか」
魔力って、そんな使い方もできるんだね。
「はい。きのうハイケ団長から話があったとおり、金属の武器はたいてい魔力の通りが良くありません。それでも金属の切れ味や耐久性、耐蝕性を上げたり、属性剣の耐性を上げる事がありますが、精霊銀のような特別な金属以外では、使用者が強化を行なうのは難しいです。ですから剣や槍を強化するときは、製作の段階で鍛冶士の方が附与することが多いです。ですが木製の武器でしたら、どんな物でも多かれ少なかれ使用者による強化が可能になります。ですから私のような者や術士は、木製武器を使う事が多くなるのです」
「分かった。ありがとう、ウラさん」
「どういたしまして、ミユキさん」
そうね。魔術士の杖も、魔力の通りが良いから木製が多いと言ってたものね。
同じ理由なんだ。
「次、ミユキ」
戻ってきたウラさんと話していたら、今度はわたしがマヌエラさんに呼ばれた。
「はい」
さあ、わたしの番だ。
†
「じゃあ次、オレな」
そう言って出てきたのは、猫族のお姉さんだった。
おお、この人もここまで一度も出てきていない、レアキャラだ。
大男や三下よりお姉さんがいいなと思ってたら、ちゃんとそうなった。
これも、わたしの日頃の行いが良いせいだね。
うん。
「ケミーナ・ヤンセだ」
「? ミユキ・アツモリです」
出てきたお姉さんにいきなり名乗られた。
フルネームで。
それにこのお姉さん、弓持ってるよ!
それも長いのを。
「めずらしい名前だな」
「気に入ってる名前です。この辺りでは聞きませんけどね」
「資料に使用武器は弓とあったんだが、今日は使わないのか?」
資料? なんだろう? と、首を傾けるわたし。
昇級審査参加者の資料かな? そんなことを書いた覚えはな‥‥‥前に受付けのリシュヌさんに、獲物の矢傷を見抜かれた事があったね。
あれが書かれていたのかな。
Dランク昇級審査って、ずいぶん細かい仕事をするんだね。
「武器は両手棍か、それだと弓と両方は無理だな」
「両手棍は普段使っている短矛の代わりです。同じ物がなかったですから。弓と両方使うのは出来ますよ」
わたしは収納の【弓士】装備欄を選んだ。
両手棍は収納へと仕舞われ、代わりに弓が現れる。矢筒も腰の後ろに装着された。
一瞬で、両手棍を長弓へと持ち替えた私を見て、ケミーナさんは、
「整理箱か、いいな」
と言った。
収納ですよ。
口には出さないけどね。
収納の装備欄は、収納されている物の中から武器・防具などの“装備”品だけ抜き出した一覧表で、装備を着けた状態から収納しておけば、その後は装備タブから一瞬で着脱できる優れもの。
というか、SNFのときの“装備欄”そのものだ。
ケミーナさんが言った整理箱というのは、この装備欄だけがある、限定収納の事らしい。
その収納だけど、王都の内と外で装備を変えるようになって装備欄を編集していたとき、「タブがもう一枚あったらいいのにな」と思ったところ、編集していたタブがコピーされた。
タブを切り替えると、装備欄にある装備一式が一斉に切り替わるのが分かったときは小躍りしたよ。
これを使えば、可愛い装備で変身できる!
残念なのは、まだあまり可愛くない初級装備しか着られないことだ(泣)。
いま着替えたのは、昨日タイロン老師と移動あり遠隔攻撃ありで仕合ったときのもの。ちょうど矢も、先を丸くした氷の鏃を被せたものが入っていた。
「こんな矢ですけどいいですか?」
「おお上等上等。オレのはこれだな」
出てきたのは、円錐の先端が切り落とされた形をした鏃を被せた矢だった。
乳白色の鏃で、材質はわたしの氷より少し柔らかそうだ。
「はい、大丈夫です」
「んじゃ、始めるか」
お互いに射撃戦ということで、六十歩ほど離れて向かい合う。
だいたい四十メートルくらいかな。
こちらへ来た初日、ダンジョン・スニヤドを囲んだ中庭の射場で弓を射たとき、四十メートルレーンは問題なく射る事ができた。
その時はレベル1装備、今はレベル11装備の弓になっているので、飛距離に問題はない。
隠れられる掩体はないので、相手の矢は避けるか払い落とすことになる。と。
これまでわたしは人に向けて矢を射たことはない。
故郷では、弓矢は的に向けて射るものだからだ。
戦国時代じゃないし、動物を狩ったこともないからね。
異世界で、人生初の射撃戦。
開始だ。
†
「始め!」
マヌエラさんの合図で、矢をつがえ、撃つ。
飛んできた矢は、体を反らして避ける。
ケミーナさんもわたしの矢を避けた。走って!
ええええええ! 走りながら撃ってきた!
しかもちゃんと当たる軌道だ!
なんて非常識な射手なんだ!
と、心の中で罵声(失礼)を浴びせながら、ともかく避ける。
タイロン老師との仕合で、横移動する相手に矢(や魔術)がロクに当たらないのは分かっている。
ましてや今日は、“加速思考”も“氷弾”も使わない予定だ。
他のDランク冒険者昇級希望の人たちが、そんなスキルを使うとは思えないからね。
舐めてる?
いやいや、Dランクへの昇級くらい、ウィア謹製の体の性能だけでやっていけないと、先行きが危ぶまれますって。
じゃあどうする?
ケミーナさんはタイロン老師のように、わたしの周囲を周っているわけじゃない。
大きくジグザグに曲がりながら、少しずつ近寄ってきている。
なら狙うのは、横移動していないとき。
方向を変える瞬間か。
ケミーナさんも、横移動の最中に矢を射るのは難しいのか、横移動中に撃った矢は狙いが甘い。
それらは首を傾けたり、体を捻るだけで、簡単に射線から外れる事ができる。
これは牽制の矢だね。
危ないのは曲がり始め、或いは曲がった直後に撃ってきた矢だ。
こちらはしっかり当てに来る。
と言うことで、こちらが狙うのもそこ。
射撃体勢をとった直後か、方向を変えて射撃体勢を取る直前を狙う。
ケミーナさんが射撃姿勢を取りながら、左へ進路を変え始める。
その数歩先、こちらへ進む進路を予測して、わたしが撃つ。
撃とうとしたケミーナさんが、飛んでくるわたしの矢を見て踏鞴を踏み、彼女が射た矢はわたしを大きく外れて飛び去った。
うん、いいね。
次にケミーナさんが右へ進路を変え始めたところで、その数歩先を見越してわたしが撃つ。
進路変更の終盤で、わたしが射た矢を避けるためにケミーナさんが予定より深く曲がり、その直後に一射する。
狙いは違わずまっすぐ飛んできたけど、威力が下がっていたので、軽く一歩踏み換えて避ける。
ついでにもう一歩動いておこう。
なにも馬鹿正直に、同じ場所で固定砲台していなければならない理由はない。
これも上手くいって、横移動の途中で放ってきた牽制の矢は大きく外れた。
そしてわたしは、次の曲がり角へ撃つ矢を用意した。




