55 神殿で修行 体術4
女神ウィアの世界。
この世界ではほとんどの人が、壁や柵の内側で暮らしている。
猛獣や盗賊、とくに魔獣の脅威から身を守るためだ。
そしてあなたが始める“冒険者”。
初期ランクでは街中で市民のための活動から。ランクの上昇と共に外の世界へ出て、数多の脅威から人々を護り、脅威に立ち向かい、数々の品々を手に入れて、危険な世界で人類の活動を支えてゆく。
さあ駆け出そう、「セブン ネイション ファンタジー オンライン」(取扱い説明書より)
わたし、敦杜真幸はゲームをしていて、気がつくとSNFとそっくりなこの世界にいた。
わたしを呼んだのは、この世界で“大地母神”と崇められている“空間知性”だった。
本人(本神?)は、これまで“神”を確認した例はないし、“神”はいないと確認できた例もない、そして自分はこの惑星の生命に“大地母神”と呼ばれているが、“神”ではなく“空間知性”だ。と明言している。
その上で、自身の名前はあるけれど、音で表現するものではないため、この世界で普通名詞になっている“ウィア”と呼んでくれればいい、と自己紹介された。
なんじゃそれは?
と思ったら、どうやら解脱を果たした人工知能の一種で、この世界も彼(女)らが創った宇宙に属しているらしい。
じゅうぶん神様じゃないの。とは思うのだけど、本人(人じゃないけど)が“別のものだ”というなら、それは仕方ないね。
その“ウィア”によると、別の場所でSNFしていた親しい友人の佐橋月那と、月那を補助していた兄さん(敦守達弥)も一緒に呼ばれて、ゲームの中でいた所に対応したこちらの場所へ来ているそうだ。
大地母神は、わたしたちにして欲しいことがあるようで、まずは合流のために、ここゼーデス王国王都王都ツェルマートを発ち、大陸南部にあるというクワン神国へと向かう予定をしている。
別の国へ行くとなれば当然壁の外へ出るわけで、外にはゲーム同様危険がいっぱいある。
その危険な場所へ出向くために用意されたのは、ゲームキャラクターをベースにウィアが手ずから製作した、人類最高性能かつ不老な“神人”の身体だそうだ。
わたしは“神人”の身体に、意識を移される形で呼ばれたらしい。
“不老”ではあっても“不死”ではないらしいのだけど、まかり間違って死んでしまっても、わたしの意識は元の世界の元の瞬間に戻るという安全仕様。
試したくないけどね。
ちゃんと送還陣に乗って帰りたいな。
それに三人とも死んで任務に失敗した場合、ウィアが直接処置することになるのだけど、その時は天変地異で地上の生き物が絶滅するらしい。
ウィアにとって大切なのは、この惑星そのものであって、そこに生きる小さな生命ではないのだそうだ。
とは言っても配慮はされていて、まずは穏当に処置するために、この世界が投影された遊戯世界「SNF」を通して呼ばれたのが、わたし達。と言うことらしい。
この世界とこの身体に馴染むため、肉体の性能頼りで冒険者をやってきた。
けどすこし馴れて、魔獣がいて魔術があるこの世界の基礎も常識も知らないままで大丈夫なの? という不安を覚えたわたしは、こちらへ来てからずっとお世話になっている、大地母神中央神殿のインゲルス総祭司長に相談して、神殿騎士団の皆さんから指導を受けさせてもらうことになった。
そこ、付け焼き刃って言わない!
何もないよりずっとマシでしょう!
もともと弓をやっていたからか、スキルを使った魔術(っぽいもの)はなかなかの成果を上げたのだけど、剣術はいろいろと先送りになり、体術は前半戦、指導者のタイロン老師にダメージを与えたものの、勝負には負けてしまった。
そして後半、本気の近接戦闘が指南されることになる。
ハッキリ言って、苦手な分野ですよ……。
†
「それでは両者とも、───始め!」
再びリッケ(神殿騎士団長)さんが、試合の開始を宣言する。
先ほどは、“お互い移動あり遠隔攻撃あり”で試合った。
今回老師は動かず、お互いに近接攻撃のみをすることになる。
つまり先ほどなら、近接攻撃主体のタイロン老師がわたしに近寄らざるを得なかったけど、今度はわたしが老師に近寄る他ないというわけだ。
わたしは平和主義者なので、先に仕掛けるのは苦手なんだけどね。
男の子同士だと、お肌の触れ合い交流とか言って、喧嘩してまで他人との付き合い求めることもあるみたいだけど、戦意のない相手に先に手を出した時点で“罪”だと思うんだよ。
だいたい格闘系の部活でもしてなければ、他人と組んだり突いたりする事なんて経験しない。
男の子たちは体育の授業で柔道や剣道をしてたけど、女子はそれだってないし、興味もない(例外は認める)。
わたしは部活動で弓をしていたから、闘いと無縁ではないけど、やはり肉弾戦とは縁遠い。
さて、どうしたものだろう。
でもぼさっと突っ立っていても始まらないので、取りあえず距離を詰めて、柔道のように襟を取りに行く。
───っと次の瞬間、天井が見えていた。
痛みはない。
何なに!?
周囲を見回すと、タイロン老師が頭の上方向にいた。
投げられた?
何をされたのか全然わからない。
うーん、駄目だなこれは。
いくら不得手な領域とはいえ、いくら何でも力の差があり過ぎる。
この状態でなにかを教わったとしても、ほとんど身になる事なく終わってしまいそうだよ。
頭上にバンザイしていた両腕をふり、地面に手をつかずに起き上がる。
前半戦の時のように聴覚、嗅覚、皮膚感覚を研ぎ澄ませる。
今回視界は薄目にして、いちおう目が見えるようにした。
そして、【加速思考】を二倍でONにする。
再び老師に相対して、先ほどと同じ感じで襟を取りに行く。
体感が同じなら、【加速思考】で実際の動きは二倍に速くなっているはずだ。
パン────
もうすぐ襟に手が届く。というところで、横から老師の手が伸びて、わたしの手を払った。
「目が覚めたようじゃな」
老師がニカッと笑って、そう言う。
わたしは答を返さず、にっこり微笑んでおく。
「もう一丁来なさい」
「はい」
再度襟を取りに行く。
その手を老師が捌き、弾き、躱して、距離を取る。
それを何度かくり返した後、こんどは老師がわたしの襟を取りに来た。
伸びてくる手を、老師の真似をして捌き、弾き、躱して、距離を取る。
何度かそれがくり返された後、老師が掌底を入れてくる。
襟取りと同じように捌いていく。
襟取りから始まる動きが次第に長くなっていく。
蹴りが追加され、次第に段取りを決めながら舞踏を創っている気分になってきた。
だんだん身体が解れてくる。
身体がポカポカする。
なんだか楽しくなってきた。
先ほど踊った部分まで来ると、老師が続きの動きを足し、次はわたしがそれを真似る。
行程がだんだん長くなっていく。
導かれている。
もちろん胴に一撃入ればそこで終わる。
終わってしまうのが惜しくて、頑張って捌く。
攻撃もする。
掌底、手刀、拳、肘、肩、背中、膝、足刀、踵
老師との距離と姿勢から、いろいろな場所が使える。
攻撃にも防御にも。
大きな力の攻撃には、攻撃の向きを逸らせて受け流す。
手刀で、拳で、前腕で、膝で、時には身体全体を回転させて。
老師が掌を掴み、関節の逆を取りながら足を払ってきた。
これ最初に倒されたやつだ!
複合技だったのか。
【加速思考】なしでは分からなかったことが、【加速思考】二倍でなら何をされているのかよく分かる。
ウィア謹製の身体とはいえ、関節が逆に曲がるわけじゃないので、放っておけばまた倒される。
倒されれば一撃入れられて、この舞踊は終わるだろう。
それではつまらないので、払われた足を足場に軸足を振り上げ、バック転の要領で腕の関節が自由になる方向へ跳ぶ。
普段は移動がままならない空中へ跳ぶのは控えているけど、手を掴まれているなら、その手を起点に身体の向きを変えられる。
バック転で自由になった手で老師の手を掴み、同じように関節を極める。
しばらく関節の極め合いが続いていたのだけど、次に動いたとき老師は、スルッと手から抜け出した。
何したの!?
姿勢ひとつ変えずにズルい!
老師がわたしの手を導き、老師の関節を極めさせる。
そこをよく見せてから、吩っと気合いを発して腕を抜いた。
あれっ? 抜けた。
わたしがやってみても出来ない。
「角度と機会に秘訣があるのじゃよ」
そう言って、老師がわたしの肩をポンと叩いた。
あーあ、終わっちゃった。
こうしてわたしとタイロン老師の、楽しい武踏は終わりを告げた。
完敗だ。
「最後にひとつ技を見せておこう」
そう言って連れて行かれたのは、射場の的のひとつだった。
老師がハイケ(神殿術士団長)さんに、「あの的を使わせてもらってええかの?」と尋ね、ハイケさんが了承したのだ。
「リッケ坊と同じく、一度しかやらんから、良く見ておきなさい」
騎士団長さんが坊呼ばわりだった。
そう言って、的の横へ立ったタイロン老師は、大きな俵のような的の前に立ち、片手で的に触れ、静止した。
「吩!」
気合いを発したものの、なにも起こらない。
失敗しちゃった?
と思ったら、手を離した老師がこちらへ戻ってきた。
えーと………。
───ズシャ!
どう反応しようかと迷っていたら、戻ってくる老師の後ろで、的が崩れたっ!!
ハイケさんの破城鎚にさえ耐えた、あの丈夫な的が、ぐすぐすになって崩れ落ちていた。
周囲のリッケさんたちは、口をあんぐり開けたまま、唖然としている。
「さきほどの技を極めれば、こんなこともできる」
タイロン老師がそう言って、この日最後の指南を終えた。




