54 神殿で回復《リカバリー》
移動あり、遠距離攻撃ありで行なったタイロン老師との対戦遊戯は、わたしの負けに終わった。
多少なりともわたしのフィールドと言える条件だったので、少しはいいところが見せられるかも…と思ったのだけど、ついさっき教えてもらったばかりの歩法さえ忘れていた事実を突き付けられて、結果はご覧の通りだ(涙)。
ウィア謹製のこの体はよくやってくれたよ。
まさか目を閉じて普通に動けるとは思ってなかったからね。
ちょっとマンガみたいでカッコイイって思ったのはナイショにしておこう。
タイロン老師はすごかった。
わたしが【加速思考】を使っていなかったとはいえ、死角に入られてその姿を追い切れない。
目で見てダメなら目をつむってやれと考えたら、大きな音で聴覚を塗りつぶされ、最後は結局見失って、後ろを取られてしまった。
とにかく動きに迷いがないのだ。なにをしても瞬時に対応された。
さすが神殿に招かれて、体術の指導をするだけのことはある。
これは才能だけじゃなくて、積み重ねてきた経験の差。ということなんだろうね。
そのタイロン老師はというと……。
未だ床に片膝をついて、わたしの背中に手を置いている。
いつまでもそんな体勢でいると、セクハラで反則取られちゃいますよ。
こっちにそんなものがあるのか知りませんけど。
もしもーし。
「タイロン老師……?」
「……すまぬ、【回復】を……頼んで…くれ……」
え? えっ? えええっ??
「ウラさん! おじいちゃんに【回復】だって!」
†
「それにしてもびっくりしたよ」
「済まぬの。最後の【氷散弾】は、近過ぎることもあって躱しきれなんだ」
おじいちゃんは、最後にわたしが苦しまぎれに放った【氷散弾】に被弾して、ダメージを負っていた。
片膝ついたのも、ダメージで立っていられなくなったせいらしい。
「おじいちゃんって何でも躱しちゃうと思ってたよ」
「さすがに何でもは躱せんぞ。とくに先刻のような範囲攻撃は、速度重視で回避型の前衛職には鬼門じゃな」
対戦の最後に、もうダメだっ! と思ったわたしは、両手と立て膝で体の前面をガードしたのだけど、次の瞬間背中側に現れたおじいちゃんの気配に驚き、その姿勢のままとっさに【氷散弾】を放った。
後ろへ向けた、両掌と尻尾の三箇所から、一斉に。
肩から後ろの全方向へ氷弾をバラ撒いたので、すぐ後ろにいたおじいちゃんは、避ける間もなく氷の弾を受けたらしい。
「ですがよろしかったのですか? 【治癒】ではなく【回復】で」
「うむ、構わぬよ。【治癒】では持久力が目減りするからのお。この後に差し支える」
ハイケさんがおじいちゃんに尋ねてる。
【治癒】と【回復】?
前にも少し聞いたけど、【治癒】と【回復】ってどう使い分けてるんだろう?
「あのー、【治癒】と【回復】って何が違うんでしょうか? 前にウラさんから“治癒させる”のと“回復させる”という話は聞いたんですが……」
「ああ、それはですね。【治癒】は、体の損傷や歪みを、体がもともと持っている回復力を活性化させることで癒すのです。【回復】は光属性独自の魔術でして、“怪我をしなかった状態まで体の状態を戻します”」
は?
怪我をしなかった所まで戻す?
「怪我は通常ですと【治癒】で治療します。【回復】に比べて施術者の魔力消費が少ないですし、患者の体への影響も小さく済みます。注意しなくてはならないのは、体を回復させる力は被術者持ちだということですね。体力に乏しい患者の大怪我を一気に【治癒】すると、怪我は治ったのに体力が枯渇して衰弱死する。などといった事もありますので、注意が必要です」
衰弱死!
それは確かに不味いね。
「ですから時間があるなら継続治癒を使いますし、小さな怪我なら、体のためには自然治癒の方が良いのです。そして【治癒】では衰弱死の危険がある場合や、時間が限られているときには【回復】を使います」
おじいちゃん衰弱死しそうにないし、急いでいるのかな?
「【回復】は先ほど申しましたとおり、怪我をなかった事にすると言われています。具体的な仕組みは解明の途上ですが、体の状態を所定の時点まで巻き戻しているというのが定説です。根拠は“揺り戻し”と呼ばれる現象ですね」
「揺り戻し…ですか」
「はい。たとえば魔獣との戦闘中に大怪我をしたとします。事態が切迫していますし、当人の体力を消耗するわけにいかない状況ですと、回復を使います。そして回復で稼いだ時間のうちに魔獣の対処を終えます」
「魔獣の対処が終わらなかったときは?」
「対処が終わっても終わらなくても、回復で戻した時間が経ったところで、大怪我を負ったときの状態が幻痛や衝撃として被術者を襲います。なので魔獣の対処が終わっていなければ、先ほど大怪我を負わされた感覚と、目の前の窮地の両方への対処を迫られることになります」
ひぃ───っ、
「すごく痛そうなんですが」
「じっさいもの凄く痛いですよ。連戦して複数回回復を使い、揺り戻しが一点に集中した挙げ句、衝撃死なんてこともあります」
「経験あるんですか?」
「ありますよ。でもおかげ様で今もこうして生きています。そんな訳で、回復にしろ治癒にしろ、回復職には自分の魔力と被術者の体力と、回復の揺り戻しの均衡管理が求められることになります」
「大変なんだ、回復職……」
ウラさんが横でうんうんと頷いている。
ゲームやラノベの神様と違ってここの大地母神は、基本人間に不干渉だからなぁ。
都合良く怪我が治っちゃうような恩寵は与えていないんだね。きっと……。
いや、治っちゃうのか。いろいろと対価が必要なだけで……。
「そうすると、蘇生なんかはもっと?」
「蘇生ですか? そういった魔術はありませんが……ひょっとしてご存じなのですか!?」
あっ───。
ゲームで蘇生魔術が紹介されてたから、こっちにもあると思ってたけど、無かったのか。
「いえ、専門外ですから噂に聞いたことがあるだけです。蘇生といってわたしに解るのは、心臓を直接圧迫する心臓マッサージくらいです」
「心臓を直接圧迫するのですか!? それはどういう。 お教え願えませんでしょうか!?」
ハイケさんにとても熱心にお願いされてしまったので、心臓が止まっても頭への血流を途絶えさせなければ、蘇生の可能性が高くなることや、心臓マッサージのやりかた(うろ覚えだ)を教える事になった。
間違ってはいないと思うけど、完全ではないよね。
脳に血がいかなくてもなんとかなる時間って、1分だっけ? 2分??
要するに救急救命の心肺蘇生法なんだけど、こっちにAEDがある訳ないしなぁ……。
突発で始まったが救急救命講習はじきに終わった。
ちゃんと説明できることなんて、そんなに多くはないのだ。
†
「さて嬢ちゃん、続きをやろうかの」
休憩していたタイロン老師が言ってきた。
つづき?
「まだ続けるんですか?」
「勿論じゃよ。移動なし、遠隔攻撃なしはまだやっておらんじゃろう?」
そうでしたか。
遠隔有りか無しか、どちらを選ぶという話じゃなく、どちらから先にやるか? って事だったんですね。




