53 神殿で修行 体術3
「ほう、どれ」
タイロン老師の呟きが聞こえた。
来る!
老師が近付いてくるのが、ちゃんと分かる。
細かさは視覚に及ばないものの、目を閉じても相手の場所と姿勢は分かるみたいだ。
聴覚なのかな? これ。
音はあまりしないんだけど、空気が揺れる感じが伝わってくるみたい。
体や頭、手足の先の動きや方向は十分に分かる。
助かるね。
さすがミーユンの体、いい性能。
あと、この体を作ったのウィアも凄い。
逆に色や表情はまるで分からない。髪の毛や着ているものの揺れ具合なんていうのも分かりにくい。
目を瞑っているんだから、当り前だけどね。
もう一歩で矛の間合いというあたりで横へ回り出した。
先ほどと同じだ。
後ろから来るかな?
それに対応するため体を回そうと、後ろになっていた足を横へ出す。
ザッ──!
うわっ!
無造作に動かした自分の足音が、意外に大きく響いてビックリする。
へんな動き方をしたのか、鎧の部品がこすれる音もうるさい。
それで隙ができたのか、老師がこちらへ踏み込んできた。
慌てて手を突き出し迎撃するわたし。
(タタタッ───)
目を瞑ったら、氷弾の発射イメージまで静かになった。
ヒュォッ──という、不思議な気配を引いて飛んでいくので、弾道も分かる。
老師が下がった。
いけないいけない。
自分が普段こんな大きな音を立てていたなんて、気にしていなかったけどこれはいけない。
さいきん足音を気にしながら行動したことがあったね。
あれは───、リッケさんたちに連れられて、ダンジョン・スニヤドで一人歩きしながら魔獣を狩ったときか。
あのときの後半戦は、魔獣に気付かれないように近付いて、近いものから順に倒すために静かに歩いていた。
襲ってこないからと放置していた魔獣に、まとめて襲われたのに懲りたからだ。
あの感じを思い出して、老師の方へ動いてみる。
サッ──
だいぶ良くなった。
でもまだ静かさが足らない。
視覚以外の感覚で動こうとすると、自分の立てる音が雑音になって邪魔をする。
自分が立てる雑音に覆われて、周囲の様子が塗りつぶされるのだ。
目的の音が雑音に埋もれて不明瞭になるので、自分が出した音はそのままお邪魔虫になる。
つけ込まれる隙を、自分で作っていれば世話がない。
タイロン老師の動きが静かだったので、自分で動いてみるまで気付かなかったよ。
タイロン老師の動きは静か。
それはどうやっているんだろう?
わたしの回りをゆっくり回っている老師のようすを窺う。
あ────。
すぐに分かった。
なんでこれを忘れてるかな、わたしは。
老師は、つい先ほど教えてくれた歩法で、わたしの周囲を回っていた。
回り込み歩法で、進路を変える角度を加減して大きく回っていたのだ。
直角に相手の側面へ回り込むだけが能じゃないんだね、あれは。
問題点が分かったので、それを意識して対処を始める。
老師の歩法を参考にしながら老師と向かい合うよう、こちらも回転を始める。
老師がちょっと笑った───気がする。
そして、ダンッ! っという大きな音を立てて踏み込んできた!
ちょっ!
いきなり立てられた大きな音に、視界(音界?)が塗りつぶされる。
ただ、いきなり明瞭さが下がったものの、老師の居場所は見失わなかった。
嗅覚だ。
嗅覚が描き出す世界は、聴覚のそれよりさらに細部が曖昧だけど、代わりに色合いが多彩だった。
嗅覚で色合い? と思ったけど、本当にそんな感じなのだ。
ハイケさんは翆でリッケさんは銀と、いかにもな色彩をしている。
音に色がないので、目を閉じているために使っていない色彩感覚が、嗅覚に割り振られたかな?
よく分からないけど、便利だから良し。
その嗅覚が示す老師の場所へと、氷弾を打ち込む。
(タタタッ───)
氷弾を躱した老師が下がり、また小康状態が戻ってくる。
この状態でどうやって勝とうとしているかというと、氷弾に当たったダメージで、動きの止まった老師にタッチしに行こうと思っている。
まだ氷弾の連続発射という手が残してあるけど、それはいざという時や、たたみかける時のために取ってある。
いまは居場所の知れてしまった弓士が、近接職の攻撃をどう凌ぐか? という想定だ。
弓術じゃなくて魔術だけど、どちらも射撃という事で許してもらおう(誰にだ?)。
老師が呼吸を整え始めた。
元の世界で武道家がする“息吹”みたいな感じ。
来るね。
ダンッ───!
老師がまたさっきの踏み込みで距離を詰めてきた。
迎撃!
(タタタッ───)
横へ躱される。
それを追って横薙ぎに連射する!
(タタタタタタタタタタッ───)
老師はうしろから迫る掃射をバック転してやり過ごす。
そしてそのまま反対回りに迫ってくる。
わたしは体をもどすのを諦め、手首だけ回して迎撃する。
(タタタタタタタタタタッ───)
“連続発射”の手札を切ったけど、腕を伸ばした状態で横向きに打ち出すとさすがに反動が吸収しきれない。
おまけに反動が、老師が向かうのと反対方向へ体を回転させるので、狙いがどんどん逸れていく。
氷や水や石みたいな、たぶん重さのあるものを打ち出せば、こういう力は働くんだけど、それにしては映画でマシンガンを撃つ(演技をする)人にかかる反動ほど派手じゃない気がする。
それに、ハイケさんから破城鎚を見せてもらったときも、近くにいてそれほど反動が強いようには見えなかった。
あれほどの威力だったのに、魔術発射の反動ってどうなってるんだろう?
魔術の不思議さはともかくとして、いまは老師だ。
老師が肩より後へ行ってしまったので、空いている手を腰の後ろに当てて斜めに撃つ。
(タタタタタタタタタタッ───)
(タタタタタタタタタタッ───)
体を回す力が働くなら、それを使って回転掃射にする。
“両手撃ち”の手札を切ったわけだ。
腰の手は水平に、伸ばした手はやや下向きに発射して逃げ場を狭め、ついでに足でも回転を補助してやる。
背中側にいた老師は、最初の射線を身を屈めて避け、次に来た射線を飛んで躱して、もう一度射線が回ってくる前に突進して距離を詰めてきた。
はやい。
【加速】のスキルがそうそうある訳がないのに。なんて余計な事を考えながらも、その速さに舌を巻く。
因みにわたしはいま【加速思考】スキルを使っていない。
放っておくと背中を見せるタイミングで到着されるので、急いで回転を止める。
回転こそ止まったものの体勢は安定せず、よろけて片膝ついた状態で老師を迎える事になってしまい、逃げる事もできないわたしは、両手と立て膝で体の前面をガードした。
くっ、脇も背中もがら空きだ。
タイロン老師が徒手戦闘の間合いへ入る。
と、その瞬間わたしの真後ろへ現れた!
ええっ! 瞬間移動!?
(バンッ───!)
両者の動きが止まった。
そして、タイロン老師が膝をつき、わたしの背中に手を置いた。
あー、負けちゃった……。
「勝者! タイロン老師!!」




