52 神殿で修行 体術2
「さて、歩法はどうしても必要なので時間を使ったが、全部をゆっくり習っていられるほど悠長にはしておられぬのじゃろう? そこでこの後はちょっとした遊びをしてみようと思う」
「遊びですか?」
なんだろ?
「そうじゃ。おぬしが儂の体に触れにくる。的となる胴体に触ればおぬしの勝ち。反撃する儂がおぬしの胴体に、四肢や頭で触れば儂の勝ちじゃ。儂の反撃は体術の技となるので、受けた技を覚えれば良い。疑問があれば解説も付けよう。どうじゃ?」
「はい、よろしくお願いします」
攻防ありの鬼ごっこだった。
とは言え、こちらは知らないことを教えてもらう立場だ。目処が付くまでやり方は老師まかせで問題ない。
「儂が動かず互いに近接攻撃のみとするのと、お互い移動あり遠隔攻撃ありとどちらが良いかな? まあ場所はここなので、隠れて狙撃というわけにはいかんが。あと魔術も技能もありじゃが、致命傷になる攻撃はなしじゃ」
「えーと、じゃあ遠隔攻撃ありでお願いします」
近接戦闘のひとが離れた敵をどう攻略するのか、興味あるんだよね。
弓士にとっては死活問題です。
タイロン老師って鎧も着けてないので、ようは拳法家みたいなものだろうと思うんだよね。
†
「よろしくお願いします」
「よろしくの」
三十歩ほど離れて、タイロン老師と対峙する。
わたしの左手には弓、右手の矢には先を丸めた鏃がかぶせてある。
火属性魔術は命が危ないので封印、鏃は“製氷”で作った。
いくら回復術士がいるからって、人に向かって殺傷能力のある矢を射るのは、さすがに抵抗がある。
それは訓練の域を超えていると思うんだよね。
ハイケさんたち観客は、射場の天井下に入っている。
模擬戦が始まれば、ハイケさんとナタリアさんの“壁魔術”で保護するので、そちらは気にせずやっていいそうだ。
そしてリッケさんが仕合の開始を宣言する。
「それでは両者、───始め!」
タイロン老師がダッシュしてこちらへ来る。
当然そうなるよね。
わたしは弓で狙い撃つ。
避けた! 斜行だ。
こうやって使うのね、斜行。
スピードがぜんぜん落ちてない。
和弓で言うところの二の矢を用意していたので、そのまま番えて連射。
こんどは手甲で払い除けた!
三射目の矢を出して番える時間はない。
だから新しい矢を取り出す代わりに“氷の矢”を出して射る!
これも避けられた。
でも目を見開いていて、ちょっとは驚かせたようだ。やったね。
けど次の矢を出す時間はホントにない。
なので射撃後の姿勢のまま弓を収納し、手首を回して引き手を老師に向け、“氷弾”を三点射する。
ダダダッ───。
“弾”系の魔術は“矢”系よりも生成が速い。
較べれば本当に一瞬でできる。
ましてや昨日の今日なので、角氷の蓄えは十分なのよ!
氷の角は丸めて使った。
八つの頂点と十二の辺を溶かし、六つの面を盛り上げる形に再凍結させると、丸っこい角氷になっていい感じだ。
エコに再利用!
収納内の角氷はすべてその形にしてある。
三発ずつ撃ったのは何となく。
たぶんアクション映画で、そんな撃ち方をしていたのを覚えていたせい。
これは本当に驚いたみたいで、タイロン老師が転がって避けた。
引き手を前に伸ばして、本格的に追い打ちをかける。
ダダダッ───。
ダダダッ───。
ダダダッ───。
発射の音はしてないんだけど、映画の気分で何となく。
聞こえるのは、作務衣みたいなダブッとした老師の衣装がひるがえる音と、床を蹴る音、それに外れた角氷が転がる音だけだ(涙)。
作務衣は夏に兄さんがよく着ていた。
まだ春なのに。
いや、体を動かすと丁度いいのかな?
ダダダッ───。
ダダダッ───。
前転しながら横へ回り込むように避けられるとなかなか当たらない。
弓って、動く的を使わないものね。
動く的に不慣れなせいか、魔術でも当てられない。
避ける先へ先回りして打ち込むと、少し飛び上がるようにして飛び込み前転で避けられた。
微妙に矛の間合いを外した距離を保ってくるので、近接戦へ切り替えるタイミングにもならない。
ゴロゴロゴロ───。
ダダダッ───。
また避けたタイロン老師が、一歩さがって立ち止まった。
「やるのう、そんな手を持っておったか。しかも無詠唱で連射してきよる」
「ぜんぜん当たりません!」
接近の方法は、回避だった。
人間って、こんなに射撃を避けられるものなんだね。
とうぜん身体強化を使っているんだろうけど、それにしたって動き続けだよ。
「そりゃ爺もただやられては、一手指南するという役目が果たせぬのでの。どれ、もう一寸気合いを入れるとするか」
「腰をお大事に、お若くないんですから」
うちの父さんは老師よりずっと若いけど、最近は腰が痛いとか言う。
きっと事務仕事で座ってばかりいるせいだ。
逆にこのお爺ちゃんは元気すぎる。
かえって心配になっちゃうよ。
「心配ご無用じゃ。きっちり鍛えて進ぜようぞ」
なんだかタイロン老師が楽しそうだ。
歯を見せて、ニカッと笑顔を見せている。
老師がバンザイの形に手を伸ばしてから拳を前後に並べて構え、細かくステップをきざみ始めた。
続きが始まる。
†
タイロン老師がスタスタスタっと進んでくる。
先ほど距離を詰めるために走った時ほど速くないのに、何故かあっという間に徒手戦闘の間合いに入られた。
なんだこれ!
慌てて掌を向けて、“氷弾”を放つ。
ダダダッ───。
いない!
目の前にいた老師が消えた?!
しっぽに反応! うしろだ!!
急いで前に出て振り返る。
またいない!
しっぽに反応! 右後!!
視線の先にいないなら、そっちは安全だ。
急いで走ってふり返る。
今度はいた。
ニカッと笑った顔はさっきと同じなのに、今度は憎たらしい。
フー、フー、……。
あー、これは駄目な呼吸だね。
絶対に矢が的へ当たらないときの呼吸だ。
息を整える。
無理矢理に深くゆっくりした息づかいへもっていく。
今のは危なかった。
というか、向こうが本気なら、完全に触れられていた。
そうだよ、これは勝負を争っているわけじゃない。向こうはわたしに指南してくれている訳で、潰しにかかってきているわけじゃない。
現に今も、わたしの呼吸が整うのを待ってくれている。
なら、わたしのすることは……。
わたしの攻撃をしのいだやりかたを理解する。
わたしに迫ってきたやりかたを理解する。
わたしの後をとった方法を理解する……。
わたしを攻撃……されてないね。
そうか、わたしの攻撃は対処されてるんだ。
それを理解するのはそれでいい。
理解して、のちの対処に生かせばいい。
一方、わたしは攻撃されて当然の状況にいながら対処できていない。
これは問題だ。
私の後をとった方法を、理解じゃなく対処しなくちゃいけない。
できないと話が先にすすまないんだ。
思い出せ。
わたしは老師の姿を見失って慌てた。
そして慌てて安全な方へ走った。
そんなの遠隔攻撃があれば、いい的でしかない。
投擲一つで終わりになってしまう。
老師が死角に入ったので見失った。
老師が視覚の死角へ入り込むなら、視覚に頼らず相手を捉えられれば、対処できる。はずだ。
老師の姿は見失っても、“しっぽ感覚”は捉えていたのだから。
ミーユンの体は、音も匂いも皮膚感覚も、本来のわたしとは較べものにならないくらい鋭敏だ。
なにしろミーユンの体はウィアの自信作だ。
世界最高性能って断言していた。
それでなくても、猫族は感覚が鋭敏で動作は俊敏らしい。
そこが狙い目!
わたしは静かに息を吐くと、目を閉じた。




