51 神殿で修行 体術
リッケ(神殿術士団長)さんから受けた指南の一手目で、剣身のない“魔術剣”で術の威力が十分じゃないと、相手の刃が“魔術剣”を抜けて来ると知った。
“魔術剣”というのは、なんとなく普通の剣の上位互換みたいに思っていたのだけど、そんな美味い話はないんだね。
思い知ったよ。
“魔術剣”は、剣に魔術を纏わせたものが一般的らしく、常識もそれを前提にしているらしい。
わたしは剣身なしで実用的な魔術剣を創ってその常識を破ったらしいけど、剣身なしの“火術剣”にもあった死角を、ちゃんと教えてもらったわけだ。
ありがとうございます、リッケさん。
そして指南の二手目。
一手目を踏まえて“火術剣”の出力を十分に上げた(つもりの)二手目では、剣が打ち合う直前に、“加速思考”スキルが発動したように世界が止まってしまった。
なぜ?
スキルなんて使ってないのに。
その止まった世界で影のような光景が先へと進み、リッケさんの剣を“火術剣”が両断して、切られた剣先が宙を飛び、それを避けたらリッケさんの手に残った剣の柄側に、私の腕が切りつけられたのだった。
なんでだー!
そう思った瞬間、止まっていた景色が動き出した。
えっ!?
唐突に動き出した“火術剣”と“両手剣”が接触する。
滲んだ影のような風景ではなく、ふつうに風景が動いている。
“火術剣”が“両手剣”を溶かし、裂いていく。
そうだ、“火術剣”が“両手剣”を切り落とすと、根元と分かれた剣先がこっちへ飛んで来るんだった!
“両手剣”を両断したところで、遠心力で飛ぶ剣先の内側へ入り込む。
そう、幻視した光景では、この後リッケさんの剣が一周して、わたしの腕が切りつけられたのだ。
ではと振り上げた剣の勢いを殺さず、こちらもそのまま旋回する。
しっぽ感覚で後を探ると、ああ、剣を回して切り返している気配がわかる。
体の回転から繋がるステップで、やってくる両手剣(の柄側)から距離を取り、体の近くを通り過ぎた両手剣を回転の勢いを乗せて後から斬りつけ、今度は両手剣の柄だけ残して切断する。
そして最後に足を踏ん張り回転を止め、手首を返して火術剣をリッケさんに向けて、停まる。
こちらへ踏み出そうとしていたリッケさんが足を止め、目の前にある火術剣の切っ先をじっと見つめたあと、ふっと息をはいた。
「おみごと。最後までよく気を抜かずに対処できました。貴方の完勝です」
「ありがとうございました。弓にも“残心”の心得がありますので、なんとか命拾いをしました」
ウソです。
よく分からないけど、幻みたいな世界でいちど斬りつけられたので、対処できました。
なんだったんだろうね、あれは?
スキルの類なんだろうけど、何か新しいスキルが生えたのかな? それとも今あるスキルの熟練度が上がって、次の段階に進んだ?
確認しないといけない事ができたね。
「あのー、前回も真剣を使っていて今更なんですが、もし怪我をしたときはどんな対処をすることになったんでしょう」
いい機会なので、ちょっと気になっていた事を尋ねてみた。
ウィアの言い草じゃないけど、この体でそうそう負けはなさそうだ。
最強とは言わないけど、いまでも結構いい線いっていると思う。
馴れればもっと動けるようになるだろう。
でも負けないわけじゃないし、怪我することだってあるだろう。
無茶すれば死ぬからね。って言われたし。
そんなとき治療はどうするんだろう?
この世界に救急車なんてないよね。
「ああ、それですか。ここは何処でしょう?」
「大地母神中央神殿……ですよね」
「仰る通りです。この大地母神神殿の開祖セレナディ様は、王国始祖のパーティーにおいて回復役を務めた聖女です。その流れで大地母神神殿は、おもに豊穣(地属性)と光属性を祀り、光属性に秀でた祭司、神官、巫覡を多数擁しています。つまり治癒術回復術に秀でた者がそこかしこに居りまして、施療院も開設していますので少々の怪我でしたら問題はないのですよ」
ああ、ゲームだと神官が回復役を務めることが多いって聞いたけど、こっちでもそうなんだね。
「まあそれに胡座をかいて、怪我を負うことが前提の訓練を課すことは禁じられておりますがね」
おお、それはステキだ。
回復術でドーピングしながら訓練とかしてたら、ドン引きするよ。
「私もハイケも光属性が多少使えますし、ナタリア副官も水属性の治癒術が使えます。ですがこの場で治癒回復に秀でているのは、ミユキ殿の相方である巫女殿ですね」
「えっウラさん?!」
巫女殿って、そんなウィアみたいな言い方を。
「そうです。彼女は治癒術士として、四肢切断くらいまで対処できる筈ですよ。治癒専門で冒険者になれば、Bランク相当ですね」
「ええぇぇぇ────っ! 知らなかった!!」
「ミユキ…様は怪我をされませんので、そちらは出番がありませんでした……」
そうかー、ウラさんってば治癒も回復も使えるけど、一流だってところは話してくれなかったからね。
これで安心して……、痛いのは……嫌かな。
やっぱりなるべく避けちゃう気がする。
「そうじゃったのか。すこし訓練方法を後衛寄りに見直した方がええかのう」
と言ったのはタイロン老師だ。
知らなかったのね。
弟子の事でしょうに。
まあでも、外から来て体術だけ教えてたなら知らないか……。
わたしも知らなかったしね。
相方だけど……。
「いえ、是非これまで通りで。むしろより厳しく導いていただけますとありがたいです……」
見るとウラさんが、真っ赤になって俯きながら話している。
うん、注目を集めるのは得意じゃないものね。
「そんなわけで、たとえミユキ殿や私がが手足を落とす大怪我をしたとしても、ちゃんと対処が可能なのです。最悪即死でなければ総祭司長様にお出ましいただければ助けられますしね」
助かるんだ。
インゲルスさんが、ここでも凄い!
「実際ふたりとも無傷なわけですし、無問題ですよ」
「はあ」
怪我前提はしないんじゃなかったの?
二人とも怪我はしなかったし、わたしは自分の魔術剣の欠点を知ることができた。
時間がなかったから、しかたなかったのか?
「痛みをともなう訓練が、いちばん効果的ですよ」
それはそうかも知れない。
たしかによ────く分かった。
でもリッケさんも脳筋だと、判明してしまった件が胸に刺さる……。
はぁ……。
†
「先ずは歩法を。基本は三つ。直進、斜行、回り込みじゃ」
タイロン老師による体術の講義は、歩き方から始まった。
「“直進”はそのまま真っ直ぐ進むことじゃが、早く進むために安定を損なわぬようにな」
100メートル走のように体を前傾させ、腕を大きくふり足を大きくスライドさせるのとは逆で、サッカーのように全方向に対応しながら、ただしこちらは摺り足での移動になる。
このあたりは、どこの武術でもあまり変わりがないらしい。
でも射術で自前の足を使って移動しながら撃つということはないから、実はこういうのは初めてだったりする。
弓って基本的には砲台なので、撃つときは止まる。あるいは、流鏑馬みたいに運んでもらいながらだからね。
「“斜行”は、攻撃を斜めに避けたり、すれ違いざまに攻撃を発したり、あるいは複数の相手に連続して仕掛ける場合に、他の二つと組み合わせて使う」
相手との衝突の瞬間、斜め前方へ避けると同時に、側方への攻撃を放つ。
たとえば剣道で、上段から振り下ろしてくる相手を、打ち合わず脇へ抜けながらすれ違いざまに胴を入れるような動きをする。
そんな歩法だそうだ。
「“回り込み”は、攻撃を避けるとともに相手の死角に入り、こちらの攻撃を相手に届ける」
衝突の瞬間、相手の側面へ回り込んで避ける、と同時に相手の側面、自分から見て正面へ攻撃を放つ。
完全に徒手戦闘の場合は、斜行よりもこちらがよく使われ、なにか得物を持っている場合は、斜行が使われることが多いそうだ。
そして、どちらにしてもいちばん使われるのは“直進”なんだって。
魔獣に限らず獣も人も、相手を正面に置いて攻撃するのがいちばんやりやすいらしい。
なるほど。
歩法が三種類ならすぐ覚えられる。と思ったら、すべてに左右の変化があり、さらに前進・後退があって、都合十二種類ある歩法をたっぷりやることになった。
しかも実際の使用では、それらを組み合わせて使うことになるんだって。
甘くなかった。
ひとつひとつの動きは単純なんだけど、組み合わせを変えながら繰り返し歩いていると、しだいに雑念が削ぎ落とされて、悟りが得られるんじゃないかって気分になってきたよ。
「この歩法に攻撃動作を加え、場合によっては蹴りや投げ、当て身などを織り交ぜた一連の繋がりを“型”と呼ぶのじゃ」
えーと、組み合わせがちょっと多過ぎませんか?!




