47 神殿で修行 魔術剣4
「やった───!」
わたしが喜びに剣を振り上げた瞬間、魔術剣が白く光った。
なに──!?
続いて猛烈な暑さが襲ってきた。
【断熱】を施していない背中側が暑い。
一瞬で汗ばんでしまう。
周囲を見回すと、わたしを中心にして人が後ずさりして、陽射しから顔を守るように手をかざしている。
わたしか!
というか、わたしの魔術剣か!!
ともかく手の中の【火術剣】を止める。
剣身に纏っていた火が消えると、あれーっ! 剣身がいない!
どこへお出かけしたんだ?!
「ミユキ殿、大丈夫ですか? 大丈夫のようですね。少々お待ちください、この熱気を外へ出してしまいますので」
ハイケさんがそう言ってまた独自呪文を唱え始めた。
ここは地下訓練場なので、“風属性石”で換気をしているだろうけど、急激な気温上昇を解消するには換気能力が足りていないのだろう。
手動で強制排気するみたいだ。
ホント優秀だよねこの人は。
原因はわたしみたいだし、お手伝いをしましょうか。
「ナタリアさん」
「はい!?」
急に呼ばれてナタリアさんが驚いている。
「部屋の温度を下げるのに、ちょっとご協力願えますか?」
「はい、構いませんが、なにをすればよろしいのでしょう?」
「ここに……」
と言って、柄だけになり果てた訓練用の剣(の残骸)を床に置いて、その上に“恒温領域(冷却)”を作る。
きのう水棲魔獣を狩るときに“しっぽ”で使ったやつ。
きのう冒険者ギルドで氷を作るのにも使ったやつ。
冷却対象は領域内の“水”だ。
「ここに【水球】を出してもらえますか?」
「こうでしょうか? ええと、……あっ」
一瞬で凍り付いた【水球】が、【氷球】に変わって床に転がる。
“氷”は摂氏マイナス十八度。
冒険者ギルドで氷を生成した経験を踏まえて、人が触っても火傷しないくらいの温度に設定した。
実体験って大事だね(しみじみ)。
わたしの意図が分かったのか、ナタリアさんは次々と再詠唱して、氷を積み上げていく。
わたしもナタリアさんが【水球】を出すのに合わせて、“冷却領域”を動かしていく。
ご丁寧に三個組みで、立体で言うと四個組みで隣りあった“氷球”が接するように置いていったので、綺麗な氷のピラミッドが出来上がった。
各面が三角形をした正四面体のね。
ほら、ボウリングのピン並びを作って、一段上がるごとに一個減らした“氷球”を立体で積んでいくという。
ナタリアさん、凝り性だわ。
最初“熱操作”で直接この場の温度を調整したら……という考えが頭を過ったけど、体育館を二~三棟並べたような広い空間を、わたしのスキルでどこまでカバーできるのか分からないのと、人のような生き物がいるところで使って問題ないのか? というあたりが気になったのでやめた。
自分やウラさんやリシュヌさんに使ったときは、首から下にだけに使ったので問題ない……はず。
・・・一度ちゃんとやってみないといけないかも……。
それに周りに人が多くいるときは、その人たちに分かる形で行動した方が、安心されるからね。うん。
風魔術でせっせと換気していたハイケさんが、この“氷のピラミッド”を利用し始めると、地下訓練場の温度は急速に元へ戻っていった。
球型の氷を積んでいるので隙間があって、風を通すとよく冷えたのよ。
†
少しして気温が下がり、半分溶けた氷球は収納へ片付け、魔術剣の訓練を再開することになった。
「お騒がせしました」
「いえ、誰かが怪我をすることもなく事態が収拾できましたから、皆それで良しとしましょう。それでミユキ殿、あの熱の理由は分かってみえるのでしょうか?」
やっぱりわたしかぁ。
まあわたしだよね──。
「タイミングは、『“火の魔術剣”第一段階終了です』と言われて『ヤッター!』となった瞬間ですから、わたしの気分にスキルが反応した……とか?」
「なるほど、あり得る話です」
あるんだね……。
「剣身が柄を残してどこかへ行ってしまったんですけど、どうしちゃったのでしょう?」
「あの熱量ですと、溶けるを通り越して蒸発した可能性がありますか……」
蒸発!?
ああ、柄には“断熱”がかかっていたから残ったのか。
「いったい何度あったら鉄が蒸発するんだろ……?」
「鍛冶で鉄を溶かすのが千度ほどと聞きましたから、それより高いのは間違いないでしょう」
最低でも千度越え……あうー…。
「さて話を戻しまして、
先ほど『第一段階終了』と言いましたが、“火の魔術剣”の場合は他の属性で言う第二段階の前にもう一段階必要になります」
えー。
「“水属性”や“風属性”でしたら、第二段階では自分に合った調整を進めるところですが、“火属性”の場合は最初の段階でも顔を出した“自傷作用”と折り合いを付ける必要があるのです」
「それは、さっき剣の柄が燻ったことですか?」
「はい。今、剣身が蒸発したこともそうですね」
ガーン!
「そのような状態になれば、煙が出るまでに至らなくとも、ふつうは素手で剣を持てなくなります。金属製の籠手を使っていれば、さらに酷いことになります。鉄が蒸発する温度となれば腕か、悪くすれば上半身まるごと蒸発しかねません」
あー、それは確かに。
「“火術剣”を発動させ、剣に火を纏わせられるようになったとして、それを顔の近くで振り回して、どう自分を、そして剣を保護するのかということを考えなくてはならないのです」
「剣の、保護……ですか?」
「はい。剣身を蒸発させるとまで行かなくとも、火を纏わせた剣は、その熱で刃が“鈍る”のです」
あうっ!
そういえば刃物って、熱して鍛えて、最後は急に冷やして仕上げるんだったね。
“焼き入れ”とか“焼き戻し”とかだっけ。
剣に“火”を纏わせると、そこも問題になるのか。
「そうなれば“火の魔術剣”を使うたびに、剣としては鈍らとなって、刃物としての性能を取り戻すため“打ち直し”が必要となり、そのたびに耐久力を削っていくことになります」
「厄介ですね」
「厄介なのです、“火の魔術剣”は。だからこそ使い手が少なくなってしまうのですが。“水”や“風”と異なり“火”は“火”そのものに攻撃性があるので、攻撃性を持たせるために振動させたりする必要がない代わりに、“火”はそこにあるだけで周囲に損害を与えてしまうのです。
対処としては、先ほど水と風の魔術剣で挙げた三つの対処の一番目と二番目、今の“打ち直し”を含めて剣を使い潰すか、【耐火属性】の附与を施す」
「三番目はなしですか?」
「金剛ですか? 硬さや丈夫さは最高ですが、熱に強いかどうかは知られていません。そもそも製作できる者が限られるので、製造法が広がっていません。たまさか持っていても、好奇心でそれを火にかける者はおりません」
お城が建っちゃうほど高価な剣だものね。
そりゃ誰も試さないか……。
「わたしの【断熱】は、【耐火属性】付与の代わりにならないでしょうか」
「なりそうな気はしますが、そうすると【断熱】を二重三重に張ることになります。魔力量と魔力制御は大丈夫でしょうか?」
「二重? 三重?」
「はい。術の発動と剣の保護だけ考えれば済む“水属性”“風属性”と較べて、“火属性”では剣の他に自分を、場合によっては周囲の味方も剣の“火”から保護する必要があります。することが増えれば魔力の消費量も、制御難度も上がるわけです。これは【耐性付与】でも同じですね」
なるほど。
「そこで“魔剣”を使うという選択肢が出てきます」
「魔剣ですか?」
「はい。術士が自身の才覚で剣に“魔術”を纏わせるのが“魔術剣”。造り手が剣に魔術を付与したものが“魔剣”と呼ばれています」
使い手が発動させるのが“魔術剣”で、作り手が付与するのが“魔剣”か。
「剣の保護は“魔剣”に任せ、術者は“魔術剣”を発動させることに専念する。“水”や“風”の“魔術剣”であればこれで万全になります」
「分業するわけですか」
「そうです。魔力量は少ないが魔力制御は得意という者は、魔石に込められた魔力を使って、自分はその制御に徹する。魔力量は多いが魔力制御は苦手という者であれば、魔石に刻まれた魔力回路を使用して魔術剣を発動させる、などですね」
「それもまた製作費が嵩みそうですね」
「ミユキ殿が希望すれば、製作費は神殿が喜んで負担すると思うのですが、問題は製作期間です。数ヶ月は当たり前、物によっては数年かかることもありますので、あと数日でここを立たれるミユキ殿には時間が足りません」
時間か。
そこは譲れないかな。
だいたい、出発までに出来ることは出来るようになっておきたいというつもりでここにいる訳で、良い剣が欲しいわけじゃない。
どのみちレベルはまだ低いんだし、剣にこだわるようなエキスパートでもないからね。
「話が前後しましたが、魔術剣の訓練第二段階とは、自分の適性を見極め、必要に応じて魔剣を組み合わせ、魔術剣をどう発動させて、自分の戦闘スタイルへ組み込んでいくかを試行錯誤する工程になります」
戦闘スタイルなんて、まだ分からないな。
剣だって、兄さんから貰った(借りた)ものを使っているだけだし。
弓は別として、この先も剣を使うかどうかだって分からないんだよね……。
「その選択の中には、魔術剣を諦めすべてを魔剣に委ねるというものもあります。ただ神殿の宝物庫には“炎魔剣”がありますが、先ほどミユキ殿がしたように、鉄を蒸発させるような高温は産み出せません」
高温か……。
大地母神(と、現地の人々に認識されている空間知性)は、『ミユキの技能を伸ばすことで、自分の依頼は達せられる』って言ってたね。
温度に関するところは、なるべく自前の技能でやって、熟練度を上げた方が良さげかな。
それじゃあ。
「ありがとうございます。いただいた情報を整理したいので、すこし時間をいただけますか?」
「もちろんです。ゆっくりお考えください、ミユキ殿」
わたしがそう言うと、ハイケさんが返事をして、ナタリアさんは射場の向こうへ走って行った。
先ほどまで訓練を見ていた人たちのところへ向かったのだろう。
ハイケさんとウラさんは、少し離れたところで二人で話をし始めた。
†
さて……と。
剣身が蒸発して、残った柄を見ながら考える。
“魔術剣”そのものは発動できたみたいだ。
だけどその出力は、わたしの気分に左右されかねない。
温度が上がったときには、鉄の剣身が蒸発した。
熱から剣身を守らなくてはいけない。
熱からわたし自身も守らなくてはいけない。
熱から周りの味方も守らなくてはいけない。
わたしには【断熱】という熱防御の手段がある。
でも、全身を【断熱】すると、“しっぽ感覚”が効かなくなって具合が悪い。
周りの味方を、どれくらい守れるのかは未知数だ。
ひとつずつやってみよう。
熱から剣身を守るために、剣身(は無いけどイメージで)の表面に【断熱】を張る。
そこへ【火壁】を被せる。
普通ならこれで【火術剣】の出来上がりだ。
自分の全身に【断熱】はかけたくない。しっぽ感覚が使えなくなるから。
自分以外のどれくらいに【断熱】がかけられるのかは不明。
だけどかけられないということはないだろう。ウラさんやリシュヌさんに【恒温領域】をかけられたのだから。ただし人数は本当に不明。
熱の元は【火術剣】だ…………………。
「 ! 」
熱源の“火壁”のさらに上から、まとめて“断熱”で覆ってしまえないかな!?
できた!
剣に張った(イメージの)“断熱”と、剣に纏わせた“火壁”に被せた“断熱”が根元で繋がって、ちょうど剣の鞘みたいな形になった。
鞘の内外表面が“断熱”面で、鞘の身が、纏わせた“火壁”だ。
先ほどハイケさんとナタリアさんが魔術剣を披露してくれた杭の所へ行き、できたばかりの【火術剣】を、ゆっくりと横薙ぎにする。
切れた。
おとうふを切るように。
だけど最後の一皮が切れた瞬間、切れた杭の上側が、崩れて落ちた。
むぅ、ちょっと悔しい────。
こんなの
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