44 神殿で修行 魔術剣
「ご馳走さまでした」
インゲルスさんの魔術講座はお昼頃まで続き、そのまま流れで昼食になった。
場所は、前にも食事をいただいた三階の食堂、その小さい方の部屋だ。
きのう寄進した魚(非魔獣)が早速使われたようで、お皿の上には白身魚の揚げ物が一口大になって並んでいた。
とっても美味しかったよ!
満足の一皿でした。
一皿だからねっ!
昼食のあとはあまりゆっくりすることもなく、インゲルスさんたちと別れて三階の北翼を歩いている。
食堂のある三階では、塔になっている中央部分から南北へ廊下が続いていたので、「この先はなに?」とウラさんに尋ねたら、「三階はすべて居住区になっています」だそうだ。
すごいな。
この神殿は修道会の建物、つまり修道院なので、人が寝起きしているのは不思議じゃないのだけど、これだけ大きな建物だといったい何人の人が寝起きしているのやら。
同じ三階の南翼は、修道会でも地位のある人たちが住んでいるそうで、インゲルスさん、無口さん、ウラさんの部屋もそちらにあるらしい。
北翼の廊下ですれ違う人たちが、軒並み若いウラさんに道を譲って頭を下げていたので、「ああ、“大地母神の巫女”というのは別格なんだ」と改めて知らされた感じだった。
もっとも、ウラさん本人は偉ぶったところがなく、どちらかと言えば恐縮しながら挨拶を返しているのが微笑ましいけどね。
その通路を進んだ先にある、かなり幅広の階段を一階分降りて、目的地に到着した。
“神殿術師団執務室”だ。
団長のハイケ・ボーン・イブセンさんが迎えてくれた。
「ミユキ殿、ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、ハイケさん。三日ぶりですね。その節はお世話になりました」
そう言ってわたしも頭を下げる。
挨拶は、他人と意思疎通する窓口だからね。
大切たいせつ。
「インゲルス様から、『ミユキ様に魔術の基礎と訓練方法を指南してくれるように』との要請を受けましたが、どういった状況なのでしょう。求めるところに応じて内容が変わる場合もありますので、ざっと教えていただけますか?」
と言う話だったので、インゲルスさんの所で話したことと、インゲルスさんの所で教えてもらったことを話した。
「そうですか。光闇属性の説明と魔力制御、呪文については、総祭司長様から伝達されておられる…と。すると知っておいた方がいいのは、やはり基礎訓練と基礎知識になりますね」
そう言ったハイケさんは、棚から一冊の冊子を取りだした
「まずはこれをお持ちください。魔術初級の指導者用教本です」
「指導者用ですか」
「はい、ト書きで解説が入っていますので、通常の初心者ではなく術が使えるのに初心者なミユキ殿には向いているかと。本当の初心者は、術を発動させるところから始めますからね」
「なるほど」
つまり、魔術にはこんな種類がありますよ。とかいったところを解説してくれる教本ということか。
「それで通常の修行段階ですが、初心者はまず術を発動させ、次にその威力を増することと、撃てる回数を増やすことに務めます」
「ふむふむ」
「さらに次の段階ではそれを絞って変形させます。たとえば、風属性魔術初級の【風弾】を威力強化すると【風撃】になりますが、これを圧縮してやると【風裂】という、目標で破裂する術になります」
なんだか物騒な話になってきたね、攻撃魔術だけあって。
「術の進行方向に対して上下から潰すように絞れば、【風刃】となって斬撃性能が付きます。横手全周から絞ってやれば【風矢】となって弾速が上がり、さらに威力を増せば【風槍】となって射程と貫通力が上がります。この威力をさらに上げ【風裂】の特性を加えますと、先日お目にかけた【破城槌】となるわけです」
おー、アレね!
アレは強烈だったものね。
「このように魔術の熟練度を上げる道筋としては、威力を強化する、次に絞り込んで特徴を付けながら密度を上げる、また威力を強化する。この繰り返しになりますね」
「はい」
「一般的な術体系でこの上となると、【天候改変】ということになりますが、【天候改変】の使い手はいても、これを絞ったという実例はまだありません」
へえ。
限界なのかな?
「そもそもの話、天候を改変するほどの魔術をわざわざ絞る必要ってあるんでしょうか?」
「あるかもしれませんよ。装甲がとても堅固で大きさが人と変わらないような敵、あるいは逆に、城ほど大きくて重い敵がいれば、力の総量よりも貫通性能が効果を発揮するということもあるでしょうし、範囲攻撃が有効となることもあるでしょう。闘いとは最終的には、何がもっとも効果的な相手への痛手になり、味方の損害が抑えられるのか? ということに尽きますからね」
なるほど…?
「けっきょく呪文というのは、総祭司長様がおっしゃったとおり、相手に対して個人や集団が効果的に立ち回れるように編纂された技術体系。と言うことですね。ですから最初から無詠唱で術を繰るミユキ殿には、勝手に希望を持たせてもらっています」
「ははは……」
どういう話の流れなのかしらね。
「さて、概要説明はこれくらいにして、基礎訓練の実地と、系統の異なる変わり種のご紹介をしましょうか」
「はい。よろしくお願いします。」
†
“神殿術士団長”のハイケさんに導かれ、先ほど三階から降りてきた階段をさらに降りると、地下一階が屋内訓練場になっていた。
こんな所にこんな広い訓練場があったのか。
地上の訓練場を使っている人が見当たらないなと思ってたけど、こっちが普段から訓練に使われているのかな。
地上にあった射撃訓練場と同じものがここにもあって、その両外に動き回れる空間が用意されていて、その一方で多くの人たちが魔術を撃っていた。
「ナタリア、ちょっと頼む」
「はい、ただいま参ります」
ハイケさんが呼ぶと、訓練を監督していた二十台半ばという感じの女性がこちらへやって来た。
「副官のナタリアです。ナタリア、こちらは総祭司長様のお客人でミユキ殿と仰る」
ナタリアさんへは、わたしが“ウィアの使徒”(もういいか、使徒で。じっさい呼ばれて来たみたいだし)だという話は伏せてくれるらしい。
助かるわ。
わたしとナタリアさんも挨拶を交わし、二人揃って『それで?』という目でハイケさんを見る。
「お前の魔術剣をミユキ殿に見せてくれ」
「はい、そのようなことでよろしければ」
「ミユキ殿、先ほど話した“変わり種”をお目にかけましょう」
お? おおお!
それは楽しみだ。
ナタリアさんがわたし達から少し離れて腰の剣を抜き、構える。
『○∠↑・・・【水術剣】』
あ、独自呪文だ。
ナタリアさんは剣を構えたまま止まっている。
「ナタリア」
ハイケさんがそう呼ぶと、ナタリアさんが床から突き出している木の杭を、ゆっくりと斜めに薙いだ。
すると、まるで杭がお豆腐で出来ているかのように、ナタリアさんの剣がツルッと通過して……、剣が通過した上側が床に落ちた。
なんだこれは?
「ミユキ殿、彼女の剣をよく見てください。決して触れないように」
言われて剣身をじっと見つめると、あれ?
インゲルスさんが窓を掃除したときと同じような水の膜があるかな?
「剣身を、水の膜が覆っているみたいです」
「そうです。これがナタリアの“魔術剣”です。ナタリア、ありがとう」
ナタリアさんが剣を納めると、こんどはハイケさんが剣を抜いた。
『◎∠↑・・・【風術剣】』
ハイケさんも呪文を唱えると、同じ杭をナタリアさんの切り口の下で水平に薙ぐ。
さっきと同じように、剣が杭をスルリと通過して、先端を摘まむと持ち上がった。切れてるんだ。
「凄い凄い。ハイケさんも使えるんですね、“魔術剣”」
「はい。私のものは“風の魔術剣”なので、使っても目に見えません。ですからナタリアに協力してもらいました。“風”と“水”は、“魔術剣”の中では一二を争う使い手の多さなのですが、それでも数が多いとは言えませんね」
「“火属性”は? “火の魔術剣”を使う人もいるんですよね?」
「“火の魔術剣”は、使う人が殆どおりません。その説明をする前に、普段の訓練方法の話をしましょう」
ガ───ン。そんな殺生な……。
とは思うものの、“術士団長”のハイケさんがそう言うのだ。何かしら理由はあるんだろう。
わたしは素直に耳を傾けることにしたよ。




