43 神殿で修行 魔術問答
「ただいま戻りました」
ウラさんが帰ってきた。
「おかえりなさーい。何してたの?」
「いらっしゃいませミユキ様。えっと、日々の行をしておりました」
「やだなあ、相方にそんな他人行儀な呼び方」
とは言っても、インゲルスさんと無口さんがいる場所で外と同じにするのも大変か。
「でも行をしてたんだ。行って修行だよね。どんなことをしてるのかな?」
「行に興味がおありですか? ミユキ様」
インゲルスさんが口を挟んでくる。
ウラさんに相談するつもりだったけど、インゲルスさんでもいいのか。
というかこっちの方が専門家だね。
「あります。この体はウィアが用意してくれましたから、肉体の潜在能力はもの凄く高いです。けど、わたし自身は普通のヒトです。武術も、弓術を齧っていますが、それ以上じゃありません。故郷で言う武術の三要素、『心技体』の、『体』だけが突出して性能が高く、『心』と『技』は“並”という状態です」
「『心技体』ですか。ミユキ様はその体を良く使い熟しておいでと思いますが、お話の主旨は分かります」
インゲルスさんには、もう話の行方が掴めたようだ。
「魔術にいたっては見よう見まねでそれらしく使えていますが、実は基礎すら分かっていません」
ゲームでは魔術を使い始めると、順に初級、中級、上級魔術が使えるようになっていくし、魔術の威力も上がっていく。
ここでは技能の作用なのか、なんとなく火属性の魔術っぽいものが使えていた。
でもそれだけじゃじきに行き詰まりそうだ。
「今朝も宿屋の女将さんに、話の流れで“氷の銛”を出して見せたら、『あなたその出で立ちで、闇属性の魔術士だったの!?』と言われて、“氷って闇属性で作るの?”って思いました。それで、ウラさんが神殿で受けている修行ってどんなものなんだろう? と思った訳です」
「なるほど、よく分かりました。向上心があるのは好ましいことです。それではご提案ですが、今日は一日予定が空いているというお話ですから、神殿の行から基礎をいくつか修めてみませんか?」
うん、まあ報告は受けているよね、今日は自由時間になったって。当然か。
「お願いしたいです。願ってもありません」
何しろ元の世界には魔術なんてなかったのだ。その理屈も知らなければ、伸ばし方も分からない。
この展開を狙っていたわけじゃないけど、願ったり叶ったりの話よね。
何しろ相手は、(水属性)魔術のエキスパートだ。
「わかりました。それでは先程の闇属性と氷のくだりについては、この場で私がお教えいたしましょう」
「よろしくお願いします」
こうして、総祭司長様による“魔術講座”が始まることになった。
†
「以前にミユキ様の技能“熱制御”についてお話ししたとき、“地、水、風、火”の魔術四属性が、温度による“四相”に対応しているという話をしたのを覚えておいでですか?」
「はい、“固体”、“液体”、“気体”、“燃焼体”でしたよね。あ、ウィアが熱制御については、『祭司の説明した通り』と言ってましたよ」
前に伝え忘れていた事を思い出したので、いま伝えた。
「おお! 大地母神様にご確認いただけたのですか。それは有り難い」
そう言ってウィアに祈りを捧げた。
さすが敬虔な大地母神の僕さんだ。
「失礼いたしました。その通り、その“四相”です。そのため、四属性に“光”と“闇”の属性を加えた六属性で表す場合、
“闇”←───────→“光”
“土”─“水”─“風”─“火”
と、このように表記されます」
「行が変わるんだ。続けて書き加えるんじゃないんですね」
「はい、“光”と“闇”は四属性とは異なり実体がなく、それでいて人や物や四属性に影響を与えるため、別種のものとして分けられております」
「エネルギーの多い少ないかな……」
「“えねるぎぃ”でございますか? それはミユキ様の元の世界では当り前に知られている概念でございましょうか??」
あ、しまったかな?
「あー、エネルギーの考え方はこっちには無いんですね」
「われわれは『活性』『不活性』と呼んでおりますが……」
良かったー。捉え方の方向が少し違うだけっぽい。
「はいそれです。同じものです。たとえば……」
といって、茶器を持ち上げ、テーブルの外へ持ち出した。
「このまま手を離せば、茶器は床に落ちて割れます。壁に投げつけても当たって割れます。でも投げる力が弱かったり、落とす高さが低ければ、茶器は割れないかもしれません。この“茶器を割る”という作用をもつ力を“運動エネルギー”と言います」
「運動、つまり移動によって生じる“えねるぎぃ”の強さ、いえ量ですか。えねるぎぃの源は、“高さ”とミユキ様の“筋力”ですかな」
相変わらず飲み込みが早いよね、インゲルスさん。
とは言え、運動エネルギーは説明がしやすいけど、光と闇からはだいぶ離れている。だから次は……。
「その通りです。次に日の光を考えてみます。日の光に当たれば“暖かい”と感じますし、日が陰れば“寒い”と感じます。同じように焚火に当たれば“暖かさ”を感じますし、火が消えれば“寒い”と感じます。そして火が大き過ぎれば“暑い”と感じ、さらに大きいようだと“熱い”と感じます。この“暖かい”あるいは“寒い”などと感じさせる力を“熱エネルギー”と言います」
「確かに同じようですな。水(液体)が不活性化すれば氷(固体)になり、活性化すれば蒸気(気体)となる。水は燃焼体にはなりませんが、液体から燃焼体へ相を変化させるものは他にあります」
水も燃焼体になりそうな気がするけど、融合反応とかはまた別なのかな?
まあ元の世界で“燃焼体”という言い方を聞かないんだけど、水の燃焼体が水爆とかになったら危なそうだし、混乱させそうだから黙っとこう。
「流石ミユキ様、大地母神様の使徒であられるだけのことは御座いますな」
それは買いかぶりなんですよ。
相転移は、小学校の理科で習いますので……。
向こうでは、ほぼ物理オンリーですからね。
「いえ、わたしは只の学生です。ウィアからの依頼を終えて戻ったらまた学校通いをするただの学生なので、話が出来るのもこの辺りが限界です」
「ご謙遜を。“えねるぎぃ”の概念は久々に興奮させられましたぞ。それで“闇”属性でしたな」
そう、それ。
「ここまでの話でもうご想像なさっていることでしょうが、“闇属性”、“光属性”とは、実体のある四属性に対して“不活性化”と“活性化”の作用を持つ、実体を持たない特別な属性を指します。“光属性”は“活性化”を司り、“闇属性”は“不活性化”を司るという訳ですな」
そういうことか。
そうすると……
「水を“闇属性”で不活性化すれば、氷が出来る……」
「その通りです。ですが、それだけではありません」
どゆこと?
首を傾げているわたしに、意地悪じゃないインゲルスさんは答をくれた。
「私は水属性の魔術士で、闇属性に適性はございませんが、『○∠▼・・』………ほらこの通り」
インゲルスさんの掌に“氷弾”が現れた。
最初に現れた“水弾”が、凍ったのだ。
あの聞き取れない呪文だったから、これも独自呪文なのだろう。
ここでは、“氷”は“水”を“不活性化”して作るらしい。
インゲルスさんは“水属性”の魔術士で、闇属性の適性は持ってないはずだ。
インゲルスさんは“水属性”の魔術で“不活性化”した?
「……“水”を“直接操作”して不活性状態にした?……」
「さすがでございますミユキ様。正解です」
背筋が凍った。
この人、本当に凄い。
「“闇属性”は四属性を“不活性化”させますが、“不活性化”は“闇属性”魔術だけが手段ではありません。“活性化”についても同様です」
わたしの驚きを横に置いたまま、インゲルスさんは話を続けた。
「しかし水属性の魔術士や水属性化した魔石で、氷を作ったり保冷庫を冷やすことはあまりありません。そこまで細かく魔力制御ができる者は希有だからです」
やっぱりそうか。
インゲルスさんが破格の優秀さなんだね。
「ですから店舗級の大きさまでであれば、闇属性化した魔石を使った保冷庫が存在しますが、それ以上となりますと大型の魔石の価格が跳ね上がりますゆえ、大量の氷を使うことの方が多くなります。保冷庫を持つ家庭もございますが、それも氷でございますね。店舗が闇属性化した魔石を使うのは、保冷能力を調節できることが大きな理由ですから、調整が不要か運用経費重視なら、店舗でも氷を使います」
コストパフォーマンスが問題で氷を使っているのか。
冒険者ギルドの保冷庫もこれだったね。
「ではその氷をどうやって作っているかというと、“風属性”の魔石を使い、気体が膨張するときに熱を奪う性質を利用して作っております」
あれ? 冷蔵庫やクーラーと同じ?
んー、なんちゃら膨張───?
「運用経費はこれが一番安く上がるのですが、如何せん小さく造れせん。実際にこれを使っているのは、“氷”を作る工場と、王城の温度管理くらいですな」
あー、冷蔵庫やクーラーみたいな、ちょうど良い冷媒が見つかってないとそんな感じになるのか。
そんな風に、インゲルスさんとの魔術問答は、お昼頃まで続いた。




