42 神殿にお迎え
「それじゃ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。ウラさんによろしくね」
「はいっ」
宿の女将さんに見送られて“お菓子亭”を出る。
昨日は一人で帰ったので、「相方さんはどうしたの?」と心配されてしまった。
「ウラさんは実家に用ができて、今夜はそちらに泊まります」と説明し、神殿(実家?)関係のことを誤魔化すつもりで「あ、無事に昇級審査を受けられることになりましたよ」と話を逸らしてみたら、「まああなたたち、たった二日で魔獣を百匹倒しちゃったのっ?!」と驚かれてしまった。
知ってるんだ。さすが冒険者の宿の女将さん。
「倒したのは“水の魔獣”なので、数は五十匹くらいで済みましたよ」と、お持ち帰りの“水の魔獣”の頭を見せながら返したら、「あら! 整理箱があるなら獲物もたくさん運べるわね。それにしても、Dランクに昇級するためにDランクの魔獣を倒すEランク冒険者を見るのは初めてだわっ!」と、さらに驚かれてしまった。
あう。
魔獣が入っているだけでは、収納と整理箱を見分けられることは出来ないみたいだ。
でもそうだね。ゲームの続きでこちらの世界でも収納が使えているから違和感なかったけど、あらためて言われてみれば、コレがなければ荷車があっても運べるのはせいぜい二十匹。自分とほぼ同じ大きさの“カジキ(魔獣)”に至っては、魔石と切り身を幾らか持って帰るのがやっとだろう。
うん、いい仕事しているよ、ウィア!
「水の魔獣とは相性が良かったんですよ」
そう言って、“氷の銛”をチラッと見せたら、
「まあ“氷”! あなたその出で立ちで、闇属性の魔術士だったの!?」
とますます変な方向へ誤解された。
あーでも、鎧を着てれば、ふつう魔術士とは思わないか、……ってわたしは弓士です!(をい)
それはともかく、「わたしは“闇属性”ではなくて、スキルで温度が自由にできるらしいです」と、指先に小さな火を灯して誤解を解く(?)と、
「あらまあ、保冷庫だけじゃなくて、竈の代わりにもなるのね。あなた、うちの子にならない?」
と、笑いながら言われてしまった。
「イヤー、お誘いはありがたいんですけど、探していた人の消息が分かって、八日に迎えと合流して、九日には王都を発つことになりました」
こちらもそう笑いながら返すと、
「あらそうなの! おめでとうと言うべきなんでしょうけど、寂しくなるわね。冒険者活動もこれからというときに、活躍が見られなくなるのは残念だわ」
そんな話をしながら、逗留期限の七日まで、泊まりの手続きをした。
そういえば気にしていなかったけど、ふつうに“氷”を作るのってどうやってるのかな? “闇属性”なの?
あとでウラさんに聞いてみよう。
†
「こんにちは。ウラさんを迎えに来ました」
階段前を守っている騎士さんにそう言うと、「どうぞ」と通された。
ここは中央神殿一階、玄関広間の階段前。
ここまでは一般の人も入れて、ここから先は関係者専用になる。
初日に、三階の階段を守っている騎士さんに顔を覚えてもらい、インゲルスさんから「これでミユキ様お一人でも神殿に出入りすることができるようになりました」とは言われていたけれど、本当に周知されていた。
「あんたなんか知らん」と言われたらどうしようって、ちょっとドキドキしてたんだよ。
三階ホールで、五階へ上がる螺旋階段の前にいる騎士さんにも同じように告げると、「総祭司長様は、『総祭司長執務室』においでです」と告げられた。
えっと、ウラさんを連れて行ければいいんですけど……そうは行かないんですね。はい、分かりました。
螺旋階段を軽やかに登る。
そして登り切ったところに、インゲルスさんと無口さんが揃って待っていた!
なんで神殿の一番偉い人が、迎えに出て来ているの!?
それより、どうやってわたしが来たのが分かったの?
「こんにちは。あの…ウラさんを迎えに来ました」
「ようこそミユキ様。ウラは間もなく参りますので、まずはこちらでお寛ぎください」
案内されたのは、“復活の間”を挟んで、わたしが目覚めたのと反対側にある部屋でした。
あちらの部屋が“寝室(?)”と“応接室”の続き部屋だったのに対して、こちらの部屋は“執務室”と“応接室”の続き部屋になっている。
どこかの大会社の役員室みたいだ。
映画でしか見たことないけど。
ここが“総祭司長”様の執務室なのか。
長椅子に腰掛けると、無口さんがお茶を淹れてくれた。
前はウラさんが淹れてくれていたけど、ウラさんが居ないと無口さんが淹れてくれるんだ。
というか、この階でインゲルスさんと無口さんとウラさん以外の人を見たことがないよね……?
「ありがとうございます。あの、この階でインゲルスさんたち三人以外を見たことがない気がしますけど、他の方はどうしてみえるのでしょう?」
お茶を受取ったお礼を言いつつ、話のきっかけを作るつもりでそんなことを訊ねてみた。
「この階は全体が『聖域』となっておりますので、普段ここへ立ち入れるのは、私たち二人と、巫女のウラの三名だけですよ」
え?
「ええええ───っ!」
驚きが声に出てしまった。
口許を手指でふさいで声を止める。
『聖域』!?
ここってそんな場所だったの?!
そういえばそんなこと言ってたね!
そういえば昔ここにウィアが降臨したとか言ってたしね!
この間も来たし!
「あの、それってお掃除とかどうしてるんでしょう?」
変な質問出た!
だって気になったんだもん。
インゲルスさんがモップ持って床掃除とか、……ないない。
「私もやっておりますよ。掃除」
まさか、自分で掃除してます発言!
「こういった具合です」
そう言って立ち上がったインゲルスさんが、窓の近くへ寄ると。
「○∠≠ヾ※◆▽仝・・・」
あれ? よく聞き取れない呪文を唱えてるぞ……。
そう思っていたところ、窓が濡れたように光り始めた。
というか、濡れてるんだ。水で。
しばらくその状態が続くと、流れもせず広がっていた水が上から順に退き始め、最後はほんの少しの塵のようなものを残して、窓枠の下縁で消えた。
「こんな具合にやっていますね」
そう言って、窓枠に残った埃のようなものを、ハンカチで拭い取って席へ戻ったインゲルスさん。
「ふだんは各々の力で今のようにしていますが、年に一度決まった時期に、祭事として神殿総出で清掃することもございます」
するんだね、ここでも“大祓”
「今のは魔術……なんですか?」
「私は水属性の魔術士ですので、窓に水の膜を広げて、それで窓を細かく叩いて汚れを剥がし、汚れを集めつつ水を回収して、最後に窓の水分を元の状態まで戻しました」
それって超音波洗浄して乾燥までさせたってこと!?
それも重力を無視して、窓の縦面で!
凄いな、水属性魔術!
「凄いです。あ、呪文が聞き取れなかったんですが……」
「ありがとうございます。聞き取れなかったのはあれが独自呪文だからでございますね」
「オリジナル!?」
「はい。“術”の行使には本来、呪文は必要ではないのです」
えー、ないの!?
「術の行使に必要なのは、『魔力を集め』、『作用内容を決め』、『作用量を定め』、『対象に作用させる』。この四工程です。最初の三つを合わせて“詠唱”と呼び、最後の一つを“発動”と呼ぶ場合もありますが、内容としては同じです。
この“詠唱”部分、あるいは総てを一塊の文言にまとめたものが“呪文”です」
ほ~。
「もとは森精族が使っていた“魔術”や“精霊術”で精霊に語りかけていた言葉を、森精族以外の種族が攻撃魔術の行使に適した形に分類し洗練させたものが、“今の魔術”であり“呪文”なのですよ」
「“精霊術”はどうしちゃったんですか?」
「“精霊術”は、精霊の存在を認識して交感できることが、術を行使する前提となりますので、エルフ族以外の使い手が現れず、一般には知られなくなりました」
あらま。
「“呪文”を使う利点ですが、『呪文の効果が及ぶ範囲の魔術を発動し易くなり、過大な威力にならないよう制限できる』ことです。また、呪文を文字や図形として描き出せば“呪符”や“陣”となり、武具に刻めば“附与”となるなど、汎用性も増しました。
逆に欠点は、その一定範囲から“外れた”魔術が発動させ難くなり、普段以上に制限が働かないために魔術が暴走して、却って被害を出す事になりかねない所ですな。
それでこの魔術ですが、こういった清掃の用途に向けた汎用の呪文がございませんので、私が自分用に一から工程を構築し、それを繋げて独自呪文を開発したという次第です。
表だっては言えませんが、これが出来ないようでは祭司にはなれません」
脳みそがこぼれ落ちそうな話だったよ。
「“清掃魔術”って、あれば需要は多そうに思えるんですけど……」
「魔術が魔獣対策の一環として発達していますので、たぶん難しいでしょう。
対象を遠距離から攻撃する、射術の一分野として始まった魔術は、長ずれば大型魔獣すら一撃で屠り、数十の魔獣を一網打尽に殲滅してのけます。ですが現状でも戦力が足りているとは言い難いのに、より難易度が高くて使い手を選ぶ“清掃魔術”…ですか? に人出を割くのは難しいでしょう」
「“清掃魔術”って、“攻撃魔術”より難しいんですか?!」
意外だわ。
「方向性の違いでございますね。“戦闘用魔術”では術者の“保有魔力量”、“行使可能魔力量”、“魔力制御容量”の三つが重視されますが、」
と、指を一本ずつ立てながら話を続けるインゲルスさん。
「“清掃魔術”ですと前二つはほぼ問題ではなくなり、“魔力制御容量”ではなく“精密魔力制御能”が最大限に要求されるようになります。つまり攻撃魔術のように、大きな魔力を連続して何度も使えることを求めない代わりに、より細やかな効果を複数繋げて、術式に織り込めなくてはならないという事です。
(──だが待てよ。魔力はあるものの攻撃魔術を使えるほどではない者は多い。彼らに出来ることは、最近では魔石道具でも概ね出来るようになってきているのだから、清掃魔術を与えて、行として清掃に用いさせれば、魔力制御の訓練になる。日々使えば保有魔力量の増大にもつながるな。これは───)」
話の途中で、インゲルスさんが小声でなにかを呟きながら考え始めた。
「インゲルスさん?」
「は、失礼いたしました。つまり呪文というのは、魔術の才能が少ししかない術士でも“魔術”の行使が簡易で安全に行えるようにするための補助具なのですよ。
この清掃魔術の呪文は、多段階で長くなりましたので、自分の持つ想像と併せることを前提にして、一段あたりの発音を短くしていますから、呪文だけ聞いても意味が通じなくなっているのです。汎用性は最初から無視していましたから」
ほ、補助具……、そうなのか……。
才能がある人だったらどうなっちゃうんだろうね?
ああ、そうか。総祭司長様のように、独自魔術を開発するようになっちゃうのか。
カッカッカッ──。
ノックの音がして、扉が開き、
「ただいま戻りました」
ウラさんが帰ってきた。




