40 製氷
保冷庫の外階段をのぼって屋上へあがる。
すると塔の中程に、さっきの氷取り出し口より大きな扉が付いていた。
氷の投入口だ。
「ここから氷を入れてください。中の目盛りと梯子が見えますか?」
「見えます。氷の水面? 氷面? の高さの壁に <2> と描いてあるところですよね」
貯氷塔の内側に壁から突き出した梯子があって、梯子四段ごとに数字が描かれている。
いまある氷の一番上が、ちょうど <2> のあたり、投入口の少し下に <3> があり、見上げると <4> の数字と、人が立てそうな足場が見えている。
「そうです。梯子段ひとつが普段の発注一口分になっています。氷を入れて四口まで、つまり最大量を <3> の数字までとして、無理をせず出せる範囲で“氷”を足していただくということでよろしいですか。朝から魔獣狩りをしていたことですし、魔力を使い切ってしまわないように、くれぐれも注意して作業してください」
いいなあリシュヌさん。大人の気遣いだ。
「魔力って、使い過ぎるとどうなるんでしょう?」
「気絶して、一定量が回復するまで目を覚ましません」
「なるほど、わかりました」
魔力が枯渇すると気絶するのか……。
体力だって、使い切れば気絶するし、それと同じか。
その場で“氷”が手に入れば喜ばれるだろう。くらいの感じで「“氷”出せますよ」とか言っちゃったけど、それで気絶して周りに迷惑かけちゃ、本末転倒だもんね。
とは言っても、SNFのようにMP残量が表示されるわけじゃないから、感覚で知るほかないけど、気絶するというなら前触れくらいはあるでしょう。あるよね?
よーし、それじゃあ始めますか。
「ウラさん、蛇口の開閉をお願い」
「はい」
ウラさんに水栓の操作を頼んで、わたしはホースを氷の投入口まで延ばす。
けっこう太いホースだ。
うちの水道と、学校にあった消火栓ホースの間くらいの太さ。
ホースの出口に収納の口を開き、水栓を開けてもらってまずは水を溜める。
とりあえずは家の浴槽一杯くらいでお試しかな?
五分ほどして、浴槽一杯分くらいの水がたまった。
収納の内容表示を見ると、「井戸水(百五十リットル)」となっている。
「とめてー」
「はい」
水が止まったら、収納口を氷の投入口へ向けて、製氷工程を始める。
単独の工程だと、できた氷がポン、ポン、ポン、という感じで飛び出してくる。
取り出し面を立てた収納から“角氷”が出てくるにまかせているので、その勢いは下手投げで子供に鞠を投げるくらいだ。
もう一つ用意した工程を使って、先程試したように、いちに、いちにと、交互の二重工程にすると。
ポンポンポンポン…………。
速くなった。
四重にすると。
ポポポポポポポポ…………。
八重まで引き上げると。
ボ─────。
もうほとんど連続音が聞こえて来そうな勢いで氷が飛び出してくる。
うん、緊張感があって気持ちいいね。
射出の勢いは変えていないのだけど、後から来る氷に押されて、前の氷が加速しているみたいだ。
十分ほどして収納の水を使い切り、氷の射出も止まった。
最後に飛び出した“角氷”を空中でつかまえて、じっと見てみる。
井戸水を急速冷凍したので、不純物が混じっているせいか少し白っぽい。
もとからあった氷がもっと透明なので、なんかちょっと悔しい気がするわね。
「あけてー」
「はい」
とりあえず次の給水を始めておく。
氷が白くなる原因が不純物なら、収納に溜めた水を“血抜き”と同じ要領で、“水”だけ別枠へ移して濾過してみようか。
貯氷塔には、最初の一回で梯子段半段ほどの氷がたまった。
浴槽一杯の水で梯子段の半分、梯子四段を“氷”で満たすのに、バスタブ八杯の水が要る。
五分でためて十分出す、一セット十五分を八回繰り返して締めて百二十分!?
<3> の印まで氷を出すと、作業に二時間かかるのか。
あと七回で残りは百五分とはいえ、ちょーっと長いかな?!
うーん、もっと時間を短縮する方法はないものか……。
そうこうしているうちにバスタブ分の水がたまる。
「とめてー」
「はい」
バスタブ八杯分(残り七杯分)の水を一気にためても、時間短縮にならないのが歯がゆい。
手間は減るけど、かかる時間に差はつかないし、さてどうしたものか。
そんなことを考えながら、左手を投入口へ向けて、なにかが引っ掛かった。
引っ掛かった? なにが引っ掛かったんだろう??
魔術の発動は左右どちらの手からでもできた。
当然、右手だけでも発動できる。というか、やった。
それどころか、手じゃなく“しっぽ”からでも魔術は発動できた。
正確には技能を併用しているけど、結果は同じだ。
なら収納から氷を取り出すのではなく、収納にある氷を【氷弾】として放つことは………できた。
出てきた【氷弾】は、収納に溜めた水を“血抜き”と同じ要領で“水”だけ別枠に移動濾過したせいで(たぶん)、“透明な氷”になっている。
綺麗だし美味しそうな“角氷”だ。
「あけてー」
「はい」
左手に収納を開いて水の補給をしながら、同時に右手から【(角)氷弾】を放つ。
うん、できた。
左右の手でそれぞれ、“収納”技能と水属性魔術(“熱制御”作用あり)が同時に使えたわけだ。
製氷工程を、順番に八重まで引き上げると……問題なさそうね。
製氷工程も、氷の射出も、収納から取り出すのと同じ速さでできている。
よーし!
これで水の補給にかかる五分/百五十リットルの時間が節約できた。
全体で四十分/千二百リットルの時間が節約できたわけ。
百二十分の作業時間は八十分まで減った!
もう過ぎてしまった時間は取り戻せないけど………。
“製氷”しながら並行して“水”の補給を続けていると、だんだん収納に溜まる水の量が増えてきた。
“水”の供給量が“氷”を生成して射出する量の二倍あるのだから、当り前の結果だ。
ムズムズ…………。
ウズウズウズ…………。
……やっぱりボトルネックになっているのは“製氷”の部分だよね……。
たぶん本来なら“水”を用意する必要があるから、さらに手間と時間がかかるんだろうけど、今回“水”は外から供給してもらっているので、そこは問題ない。
製氷の工程をさらに増やす?
いまの倍の“十六”工程は無理そうな感じがするので、やるとすれば“十”か“十二”倍くらいか……。
何となくだけど、タイミングをずらした今の“八”工程というのは、すごく“綺麗”で“安定”した感じがする。
これは崩さない方がいい気がするのよね。
なぜかしら?
さて他にできること……。
そうだ。いまは時間をずらした製氷工程を八つに分けて、できた氷を一つの同じ収納枠へまとめた上で、角形の【氷弾】として外へ出している。
何となく“氷”を集める枠を用意したけど、これって一つの収納枠に集める必要あるかな?
製氷できた端から、直接【氷弾】として外へ出すとどうなるんだろ?
ちょっとやってみよう。
へえ、“氷”になった端から外へ出るようになったら、氷を射ち出す場所が一つじゃなくなったわ。
今まで同じ場所から“角氷”が何重連にもなって出て、少し進んだ先でバラけていたけど、これが複数の場所──たぶん八箇所──から出るようになった。
最初に単独で実験したときの、ポン、ポン、ポン、というリズムが、タイミングをずらしながら八箇所から出ている感じだね。
細かな制御は出来なさそうだけど、今はこれでいいかな。
一箇所に集中していた圧が減って、余裕ができた感じは悪くない。
あ、体の芯に力が入り難い感じがするけど、これが“魔力が減った感”なのかな?
でもまあ気持ち程度の話だ。
これなら問題ないない。
“氷”の出口が分散して、一工程あたりの圧が減ったので、これを上げる手があれば、さらに製氷が速くなりそうだけど?
うーん……、重連、分散、重連か…。
製氷のタイミングをずらした八つの工程を並行して動かしているわけだけど、それぞれの工程を複製して、多重連結にできないかな?
制御は元の工程のものをそのまま流して……。
試しに最初の工程を、一列下の収納枠へ連結複写する。
すると八箇所からポン、ポン、と出ていた氷の一箇所だけ二個出てくるようになった。
次に五番目の工程を、同じように一列下の収納枠へ連結複製する。
うん、二個出てくる場所が二つになったね。
よさそうだ。
よーし、残りの工程も三重連にしてやれ。
溜まっていた収納内の水が、みるみるうちに減っていく。
氷が飛び出す様子が、まえに映画で見たヘリコプターに積むクルクル回る銃みたいだ。
角氷が投入口に、どんどん吸い込まれていく。
楽しーい。
「とめてー」
「はい」
八工程三重連結の製氷で、見る間に水は減っていき、“氷”は投入口下の <3>の数字をを被って止まった。
三重連を始めて十分ほど、最後は速かったね。
任務完了!
最初の試行に十五分、改良しながら十分、そして八工程三重連結で十分、締めて三十五分だ。
だいぶ待たせちゃった、付き合わせちゃってリシュヌさんに悪いことしたな。
「終わりましたリシュヌさん。……って大丈夫ですか? 顔色が良くないですよ」
氷で体が冷えたのかな?
あの兄にしてこの妹ありの巻でした




