39 氷保冷庫
隣の受付嬢に席を離れることを告げたリシュヌさんに案内されて、冒険者ギルドの奥まった施設に入る。
あれ? リシュヌさん、受け付けはいいのかな? てっきりそっちの担当者に渡されるかと思ったのだけど。
「あ、風が流れてる…」
買取りカウンターから短い通路を介して繋がった奥が、解体場になっていた。
通路の奥に向かって緩やかな風が流れている。
「解体場の天井に、風属性化した魔石を使った排風装置がありまして、建物全体の換気を兼ねて、解体場の空気が表に行かないようにしているんですよ。生臭い臭いがすることもありますからね」
おお、意外と近代的だ(失礼)。
これって風の魔術で陰圧排気をしているってことだよね。
ちゃんと空気調和してるんだ。
神殿ほどじゃないけど、ここも大きな建物だから換気は欲しいよね。
というか、魔石灯以外で冒険者が集めた魔石の使い道を聞いたのは初めてじゃないかな(二度目です)。
「建物の換気を魔石を使ってやってるんですか。魔石って他にどんな使い道があるんでしょう?」
「ああ、ミユキさんは“流され人”でしたね。一番大きなところは“魔獣除け”です。実際にどうやって忌避させているのかは公開されていません。二番目は国もギルドも神殿も使っている“身上鑑定器”を動かしています。三番目は水属性化した魔石で水を生成したり、井戸水を汲み上げたり、それを浄化したりします。このおかげで居住可能地域がずいぶん増えました。風属性化したものはいま話したように送排風に使います。鉱山などで重宝していますよ。地属性化したものも鉱山で使われますね。それから開墾などでも」
「つまり、“魔道具”を働かせる動力になるわけですか」
言ってから“魔道具”という呼び名で良かったかしら? と疑問に思った。
遅いよ! しかも魔道具って小説での呼び方だし。現実には無いし!
でもまあ翻訳術が働いてるなら、適当に伝わるのかな?
「ミユキさんの故郷では“魔道具”と呼ぶのですね。この国と周辺では“魔石道具”と呼んでいます。うん、“魔道具”も良いですね。あ、ここが解体場です」
惜しい、掠った。
なお故郷では、電気を使っていたので電気器具だ(ぜんぜん違う)。
電気器具は、わたしも友達の佐橋月那にとっても“鬼門”なのが悩ましい。
床近くまである暖簾のようなもので仕切られた場所をくぐると、そこは意外とこぢんまりとした作業場だった。
「あれ? 案外小さい?」
「ああ、王都支部で取り扱うものは殆どがダンジョン産なので、解体場は王都北東門支部、東門支部や南門支部ほど大きくないんですよ。ダンジョンから採れるのは、魔石と金属資源、装備品などが殆どですからね」
あー、ダンジョンの魔獣は、魔石を残して消えちゃうからね。
肉やら毛皮やら、解体が必要なものは外から運び込まれるから、そりゃ門の近くに支部があればそっちへ持ち込むよ。
始まりが中央神殿だったから、そう言ったことは全然考えてなかったな。
というか、各門にも支部があるのね。
そりゃあるか、首都だもんね。
収納があったからとは言え、そこに考え到らなかったことを静かに噛みしめていると、ウラさんが私の頭をポンポンってなでてくれた。
うう、癒やされるわ。
「ここです」
案内されたのは、天井の高い作業場の隅に建てられた、小さな四角い倉庫のような建物だった。十畳くらいかな。
その建物に接して脇に建っている、牧草保管庫みたいな塔の前で、リシュヌさんは縦三十センチ×横一メートルくらいの横長の扉を開けて、中を見せてくれた。
「普段こんな感じの“氷”を使ってますけど、行けますか?」
中から顔を見せたのは、1“インチ”角くらいの角氷が沢山だった。
ここは氷の取り出し口か。
“ヤード”は分からないのに“インチ”は分かるのかって? インチなら分かるよ。フレーミング構法の枠材、2×4でお世話になる長さだからね。
「氷の投入は上ですか」
「そうです。横の建物が保冷庫で、保冷庫の上と貯氷塔の最上部に氷の投入口があります。水もそこと、ここで手に入ります」
「分かりました。ちょっと見せてもらいますね」
そう言って氷をひとつ手に取り、収納へ放り込む。
収納物の詳細情報を見てみると、「井戸水の氷」らしい。
「微量の不純物」しかないので、濾過した井戸水を凍らせたものかな?
大きさは見た目通り1インチ角、温度はセ氏零度。
今度は【氷弾】を、掌の上に出す。
発射はしないよ!
それを同じく収納へ取り込んで、こちらも詳細情報を見る。
「凝集水の氷」で「極微量の不純物」だそうだ。空気中の水分を集めて水にしてるのかな? 大きさは直径四センチで大雑把に球形、温度はセ氏マイナス…百二十度!?
ちょっと待って。
セ氏マイナス百二十度って、水棲魔獣を釣るのにしっぽで使った“氷の銛”に設定した温度だよね。
ちゃんと設定されてて良かったわ。ってそうじゃない!
スーパーでアイスクリーム買うときにもらえる、ドライアイスがセ氏マイナス七十八度だ。それより冷たいものなんて使ったら、魚(の魔獣)が火傷しちゃうじゃない。
商品価値が大ピンチだ!
“氷の銛”の生成速度を優先して、かなり低い温度にした自覚があるけど、うちの冷蔵庫の冷凍室が【****】でセ氏マイナス十八度だから、せめてそれくらいまで温度を上げたいかな。
氷弾をもうひとつ作る、今度はセ氏マイナス十八度で。
ついでに形と大きさを1インチ角にしてみる。
うーん、やっぱり温度設定を上げると、凍るのに時間がかかるわね。
大きさと形はちゃんとできたけど。
さてどうしましょう。
「リシュヌさん」
「はい、なんでしょうか」
「今すぐ【氷弾】の氷をたくさん出すのと、少し時間をもらって貯氷塔の中身と同じ氷を作ってみるのでは、どちらがお好みですか? 【氷弾】の氷が、保存用に使うには少し冷た過ぎるようなので」
「そうですね、五分か十分のことなら試行錯誤してもらって構いませんが、十五分以上かかるようでしたら【氷弾】の氷でやっていただく、というのでどうでしょうか」
わあ、五分とか十分って言った。
ああそうか、身上鑑定器の時計を見慣れているのか。
神殿だけじゃなくて、冒険者ギルドも“分”に馴染みがあるんだね。
「分かりました、少し考えます。水をもらいますね」
そう言って、脇にある水道の蛇口をひねって水を出し、ストレージに溜める。だいたい灯油のポリタンクに半分くらいだ。
これも水属性の魔石で井戸水を汲み上げているのかしらね?
さてと、冷た過ぎない“角氷”を、なるべく速く生成する方法か。
まずは“加速思考”を二倍で発動する。
その状態でマイナス十八度の角氷を作る。
凍るのがさっきより遅く見えた。
駄目じゃん。
加速思考を使っても、氷ができる速度は変わらないんだね。しょぼん。
次。
氷弾を作るときは、掌に生成した水弾を置いた場所の温度を下げて氷弾にしている。
冷蔵庫で氷を作るのと同じだ。
これを、生成した水弾そのものの温度を下げてみることにする。
熱制御を、掌の上ではなくて、水弾そのものに作用させるということね。
どうだ?
おお速い。
動画を早回し再生で見ているみたいに、みるみる凍って角氷になった!
でも、量を出すならもっとスピードが欲しいわね。
見たところ、浴槽一杯ではまったく済まなさそうな量になりそうだし。
次だ。
“氷”を作る“水”は収納に貯めている。
これまで掌に出していた角氷用の“水”を、収納の別枠へ移動して、そこで凍らせてみる。
行けるね。凍る速度は変わらない。
できた角氷をさらに別枠へ移す。
この凍らせる工程をもう一つ用意して、交互に凍らせる作業をしてみる。
できあがった“氷”の行き先は、元の工程と同じ収納枠だ。
“水”が“氷”に変化するための時間はどうしても要るみたいなので、凍る過程の待ち時間を使って、別枠で別の氷を作ってみようというわけ。
うん、問題なく製氷量が増えたわ。
じゃあ工程を倍の四つにする。
まだまだ大丈夫だ。普通に二倍×二倍の四倍になった。
さらに二倍。つまり合わせて八倍だ。
…そろそろ限界かな? まだ増やせそうだけど、さらに倍とは行かない感じがする。
このくらいでいいか。
「リシュヌさん、お待たせしました。この“氷”、出せます」
と言って、作った角氷のひとつを見本に渡す。
「分かりました、では上へ行きましょう」
「はい」
1インチ = 2.54センチメートル
【 * 】 -6℃
【 ** 】 -12℃
【 *** 】 -18℃
【****】 -18℃ 100リットルあたり4.5キログラム以上の食品を
24時間以内に-18℃以下に凍結できる(JIS)
本文中で使われている記号は「*」です。
本来の「スターマーク」は「×」に「―」を重ねたもので、プッシュホンの左下ボタンなどで使われています。
「大」の字型のバリエーションがあり、一部の Unicode以外では取り扱っていません。




