38 納品 後編
「───規定数を満たしましたので、ミユキさんとウラさんはDランク昇級審査への参加資格を得ました。おめでとうございます」
え?
ええ─────!?
「ど、ど、どういう事でしょうか。グラニエ平原で魔獣を一人につき五十匹じゃなかったんですか?」
「ここから先の話は大っぴらに触れて回らないようお願いしたいのですが、魔獣を五十匹といっても昨日のミユキさんたちのように、Eランク魔獣の棲息域にひとつ格上の魔獣が乱入することはままあります。運良く勝ちを拾うこともありますから、そのときはその格上魔獣が買取り納品に出されることになりますね。討伐難度を考えればこれを他のEランク魔獣と同じに扱うのは公正ではないということで、ランク差を加味した倍率で買い取ることになっているのです」
ああ、そういう規定があったのね。いいじゃない。
「公正な規定ですよね、なんで大っぴらにするのが不味いんでしょうか」
「この規定を公開した当初、格上をわざわざ狙いに行くEランク冒険者が続出しまして、一頃けっこうな人材不足に見舞われた過去があるんですよ」
あちゃー、それはいけない。
魔獣の餌が増えちゃったのね。
「いくら冒険者の仕事が自己責任とはいえ、ギルドの規定がその原因になっているというのは頂けません。かといって規定の主旨は、いたってまっとうです。
結局いまは、秘密ではないが周知はせず、実際に条件を満たした方に適用して事情を説明する、というところで落ち着いています」
「わかりました。とても納得しました」
わたしもウラさんも、思わずウンウンと頷いてしまった。
「実のところ自分がその規定を、三段階も格上で扱うとは思っていませんでした。記録にも無いんじゃないでしょうか。ここ最近は落ち着いていましたしね」
「あうう、申し訳ない……」
「いえ、冒険者が強いのは好いことです。お二人ともカジキの魔獣を倒せるということは、戦闘力はBランク相当ということでしょうが、規定がありますから一気に飛び級という訳にはいかないのが申し訳ないほどで…」
「いえお気になさらずに。カジキの魔獣にはわたしも“切り札”を切らされてしまいましたから、楽勝とは言えませんでしたし、何よりわたしには冒険者の常識が足りていません」
「私もです」
「ああ、ミユキさん“流され人”でしたものね。それなら今度のDランク昇級講習は、きっと役に立ちますよ。ウラさんは地元でしょうし、カジキは一人一殺でしたから、ウラさんはもう少し誇って良いと思いますが。撲殺していたのはウラさんですよね」
昨日も思ったけど、リシュヌさんって仕留め方の特徴まできっちり把握してるわよね。恐ろしい……。
「いえ、ミユキさ…んが魔獣の初めの一撃を捌いてくださらなければ、私は生きていませんでした。それに……これのお陰でもあります」
そう言って出したのは、水棲魔獣の止め刺しに渡した“塹壕短刀”だった。
何故に?
「塹壕短刀がどうかしたの?」
「それは“トレンチナイフ”と言うのですか? 見たことのない形ですね…拝見してよろしいですか?」
リシュヌさんが見たことがないと言う。
こちらの世界にはない種類の刀物なんだろうか。
ウラさんがもの問いたげにこちらを見たので頷いておくと、短刀を帯から鞘ごと外して、カウンターに乗せた。
「これは…神殿の新しい装備なのでしょうか?」
「いえ、これはミユキさんに貸していただいたものなんです」
「超近接戦闘用打突武器?!」
ウラさんが答えると、“塹壕短刀”を手にしたリシュヌさんが、こちらを見てそう言った。
え、これって小刀じゃないの? 打突武器??
「細かいことは、わたしには分かりませんよ。わたしの装備一式、兄からの借り物ですから!」
──────言ってて少し情けなくなった。
「お兄様の? クワン神国にいるという??」
昨日すこし話しただけなのに、よく憶えているね。
「そうです。ですから、来歴とか特徴とかは兄に訊かないと分かりません」
実はゲームの装備品です。と言ったところで、誰にも通じない気がする。
「そうですか、分かりました。ありがとうございました。ウラさん、ミユキさんやこの武器の助けがあったとしても、アレを倒せたなら戦闘力は最低でもCランク相当はあると思いますよ」
そう言って“塹壕短刀”を返してきた。
「ありがとうございます。そのカジキの魔獣ですが、納品した物は“B-”と言ってみえましたよね? 普通の“B”ランクと何が違うのでしょう??」
こんどは短刀を返してもらったウラさんが問いかける。
そういや言ってたね。
「大きさと言うか、主に重さの違いです。つまり魔獣の体格ですね。今回納品されたモノは尻尾から上顎の先端までで人の背丈くらいでしたけど、これはカジキの魔獣としては最も小さい部類で、最大のものだとあの三倍くらいあります。その場合のランクは“B+”。代表的なものは尻尾から口までで私たちの身長程度、それが“B”ランクですね」
うわっ、普通のカジキは上顎の角の分、わたしの身長より大きいのか!
アレの四~五倍の重さがあの勢いで飛んできたら、反応できても押し負けそうだ!!
「今回の場合は相手が小さかったからこそ、引き潮では浜になってしまうような浅い場所までやって来たわけでしょう。中型や大型の“水棲魔獣”が“水際”までやって来ることはまずありません。ですから本日の遭遇は、必然と言えば必然ですね」
「成る程、そう言うことでしたか。本当にためになります」
あれ? “大きな水棲魔獣”は水際まで来られない?
「そうすると“大きな水棲魔獣”は“水際補正”ではない?」
あら、ウラさんも同じ疑問を持ったみたいだ。
「そこに気がつきますか。その場合ですと“水上補正”“水中補正”“深海補正”などが適用されることになります。まあこの辺りは“Cランク”以上の方用に用意された規定ですし、最後のは過去“Sランク”の方に適用事例があるだけですけどね。流石に“Eランク”では死にます……よね?」
さあ、何故わたしに訊く?
「ひょっとして“空中補正”なんかもあったりしますか?」
「……あります。鳥や飛翔型魔獣向けの補正です…」
「なるほど、冒険者がお金になるのは良く分かりました」
これはわたしだ。
「ですから、お金のために自分の命を軽く扱わないでくださいね!」
「「はいっ!」」
ふざけ過ぎちゃった。てへっ。
†
「Eランク魔獣百匹で納品目標は達成ですから、端数の八匹分は一緒に買取りも出来ますし、魔石を抜いた本体をお持ち帰りも出来ますけど、どうされますか?」
おお、そうなのね。
「わたしは魚の魔獣を持ち帰りたいかな? 自分でも食べてみたいし」
普通の魚は全部神殿に寄進してしまったので残っていない。
すこし取っておけば良かったかなと、後から思ったのは内緒だ。
「私もそれでお願いします」
「魚の魔獣ですと計四匹になりますが、それで構いませんか?」
ああ、Eランク換算で八匹なのか。
そうか、それならカジキを一匹持って帰るという手も………。
いやいや、さすがにあれは手に余りますって。
「どうかな?」「構いませんよ」
「と言うことですので、魚の魔獣四匹を持ち帰りでお願いします」
「わかりました、すぐに用意させます。魚は足が速いですから注意してください……って収納ありましたね。状態変化無効付きですか」
「「魚の足が速い?」」
あ、ハモった。
「身が痛むのが早いという意味ですよ。普通の肉より低温で保管するので、ギルドの保冷庫も氷を追加発注します」
ああ、そういう言い方をするのね。
でも、氷なら。
「氷、出しましょうか?」
「え? 氷が出せるんですか!?」
なにかリシュヌさんが驚いているみたいだけど、そういえば氷を扱える人は少ないって、神殿術士団長のハイケさんが言ってたね。
「ええ出せます。水棲魔獣を捕まえるのも“氷”でやりました」
「火属性の魔術を使う方だと思っていました」
「魔術じゃなくて、技能の“熱制御”が魔術風に現れているらしくて、結果は同じなんですけどね。だから温度の高いのも低いのも同じに扱えるみたいです。あ、水だけどこかで汲ませてもらえると助かります」
「そうでしたか。それではお願い出来ますか? 水は作業場で手に入ります」
やった、冒険者ギルドの施設見学だ。




