36 Eランク冒険者活動 二日目 5
水音が聞こえたとき、咄嗟に体を横に向けたのは、ほとんど無意識の動作でした。
僧兵の訓練で習い覚えた“拳法”の基本動作。
相手に対して体を横に構えることで、自身の投影面積を減らして相手が狙いを付け難くします。
そして相手がやってきた方向へ進むよう脚を開き、敵の突進を肩から迎え撃つ。
体当たり。
考えてやったわけではありません。
考える時間は与えられません。
先ほどミユキ様に向かっていった水の魔獣は、その姿を目で追うことができませんでした。
一本の線にしか見えないのです。
そしてその角は、岩を貫き通す鋭さと硬さでした。
避けることは叶いません。
あの角に狙われれば助からないでしょう。
けれどあの角さえやり過ごせたなら、あとは体と体のぶつかり合いに持ち込める。
ミユキ様は、その気になれば私の目では追えない速さで動かれます。
流石はウィア様の使徒さまです。
水の魔獣が私へ向かったとなれば、それを阻止すべく動いてくださるでしょう。
けれどそれでも力及ばないことはあるかもしれません。
そのときは天命に従うのみです。
いまは自分に出来ることを十全に果たしましょう。
そして光がこちらへ向かってくる気がしたので、習い覚えた“靠”の形に身をまかせました。
†
【加速思考】×12倍!
加速もこれ以上だと、たとえ“神人”の体でも思考に動きが追いつかなくなる。
思考と体の間にすこしでも不調和があれば、濡れた岩場という場所では致命的になる。
すぐさまウラさんへ向けて全力疾走!
蹴り足が重い! けどいける!
短矛を突き出し、水の魔獣の射線に割り込み、横合いから迎撃する。
カジキの魔獣(その二)の方がウラさんに近いけど、速さはこちらの方が上のようだ。
良かった。
これでも間に合わないようなら、ウラさんが串刺しになるところをスローモーションでじっくり見せられるところだった。
飛んでいる最中の魔獣は、これから狙いを変えることはできないけど、姿勢を保つことだけ考えていればいい。
一方こちらの迎撃はなんとか間に合いそうだけど、足を滑らせたらそこで一気に終わってしまうため、まったく気が抜けない。
ウラさんは待避を再開しようとしているのか、ゆっくりと背を向け、陸の方へと向き直りつつあった。
そこへ左手の海側から、ウラさんの胸元へ向けて飛びかかりつつあるカジキの魔獣。
その角のような口吻を、短矛の二つに分かれた矛先で挟むように差し入れ、最後の一歩が地に着いた瞬間、石突きを握った腕で力いっぱい捻る!
†
相方は自分の獲物に返り討ちにされた。
こんなことは初めてだった。
水辺の獲物は我らになす術はなく、うかうかと水の際までやって来た獲物は狩り放題だったのだ。
せめて自分だけでもと、狙った獲物を倒すべく力いっぱい跳び立った。
あと少しで狙った獲物に届くという一瞬、上顎が横から来た二叉のナニカに挟まれ、その瞬間に曲げられた。
速い!
自分たちより速い相手は初めてだ。
顎の下に入ったナニカは、下顎へ近づきながら上へと昇る。
顎の上にいたナニカは、頭から離れながら、上顎の先端を押さえるように下っていった。
いまは水から出ていて、体の向きが変えられない。
上顎は獲物から外され、体も斜めに傾けられていった。
†
捻った短矛がカジキの魔獣の口吻に触れた瞬間、腕にすごい力がかかる。
走り出した時もそうだったけど、加速した状態で大きな力を働かせようとすると、加速に応じて抵抗も増えるのか。
でも頑張って押す! 回す! 身体強化(筋力)!!
魔獣を押す力と回す力で、口吻の狙いをウラさんから逸らせた。
ウラさんが貫かれる事態は避けられそうだけど、口吻を下げて横腹をさらした魔獣の進路は変わってない。
刺されるのと跳ね飛ばされるのと、どっちがマシなのかしら?
身体強化をかけてたから、刺されるよりも跳ね飛ばされる方がマシかなあ??
なんとかひと山越えて、そんなことを考えていたら、ウラさんが魔獣の方へふわりと動いていた。
そして肩が魔獣に触れると、ぐっと腰を落としてその一歩を最大限まで伸ばし、水の魔獣の突進を相殺した。
え、すごい。
スローモーションで見ていても普通に動いて見える、肩を使った体当たりの反撃だ。
激突のあと、両者は静止した。
カジキの魔獣は空中だ。
ウラさんの動きはそこで終わらず、さっき踏み出した左足を軸に右足を引き寄せ一歩前に踏み出す動きに合わせて、体ごと回転させた右腕を突き出した。
突き出す右腕には、止め用に渡してあった塹壕短刀が握られている。
だけど短刀で突き刺すつもりじゃないみたい。
刃先が真上を向いたままなのだ。
突き出されたウラさんの右手は、短刀を握ったまま、カジキの魔獣の鰓へと吸い込まれた。
拳法の中段突き。
ウラさんの拳が、短刀ごと魔獣の体に沈み込む。
カジキの魔獣(その二)は、ウラさんの一撃を受けてビクンッとはね、岩場に落ちて動きを止めた。
†
「……よく生きてましたね、二人とも…」
目の前でリシュヌさんが頭を抱えていた。
ここは冒険者ギルドの受付けカウンター。
カジキの魔獣を倒したあとは魔獣狩りを切り上げ、早々に王都へ戻った。
怪我はしてないから大丈夫と言うウラさんを説き伏せ、自分に回復術をかけさせ、お茶をしながら一休みしたあと真っすぐ街道へ戻り、急ぐ気持ちを押さえつつ獣車が来るのを待って、王都まで乗ってきた。
打撲は危ないからね。
三年殺しとか七年殺しなんて伝説の技が嘘か本当か知らないけれど、三年五年とたったあとで傷害が出るスポーツ選手は多くいる。
とくに格闘系やラグビー、フットボールなどの荒っぽい集団戦をする人たちに多い。
今回のカジキの魔獣戦、ウラさんにとっては車にはねられたようなものだ。
後になって後遺症が出てくる可能性は十分にある。
ならそれがあると想定して対処しておくべきだろう。
交通事故のような大きな打撃を受けたとき、衝撃で体内の血圧が一瞬だけ跳ね上がって細い血管が切れたり破れたりするので、外傷がなくてもそれを放置したままでいると、後になって脳や神経まわりの出血が原因で、脳梗塞や神経障害が出てくるのだ。と、前に兄さんから聞いた。
人というのは案外柔なのだ。
ウラさんったら「平気です」を繰り返すものだから、「魔術薬を頭からぶっかけるわよ」と、なかば無理矢理じぶんに回復術を掛けさせたわよ。
医者の不養生というやつよね! 困ったものだわ!
王都へ入ってからは、貸し切り獣車で中央神殿に直行し、今日の顛末をインゲルスさんに話したところ、医療主幹という人が来てウラさんを診てくれた。
ついでにわたしも健康診断を勧められたので一緒に診てもらい、二人とも健康のお墨付きをもらったのがつい先刻のことだ。
治療のお礼を出そうとしたところ、「関係者の治療にお礼は頂いておりません」と言われたので、今日獲れた普通の魚を、寄進として置いてきた。
八十四匹とまとまった数があったせいで少し驚かれたけど、珍しいこともあってすごく喜ばれた。
出した甲斐があって何よりだ。
そのあと魔獣討伐の報告と、買取り納品のために冒険者ギルドへとやってきたところ……。
「カジキの魔獣って、Bランクなんですよ……」
はい? Bランク??
どういう事?
「モンク」は本来、修道士(男性)全般を指す言葉です。
修道女の場合は「ナーヌ」と呼びますが、ここではゲーム風に僧兵で統一しています。




