34 Eランク冒険者活動 二日目 3
王都へ向かって段丘の上を歩いて行き、途中にあった磯をつたって波打ち際まで降りてみた。
磯は、砂浜が広がっていたときには遠くに見えていた岩で、今は潮が満ちて海へ突きだした小さな岬みたいになっている。
「さてと、水の魔獣はいるかしら~♪」
指先を水に入れてみる。海の水はまだちょっと冷たい。
腕まくりをして肘まで水に浸けると、あー、指先のあたりは結構冷たいかも。
これはまだ泳ぐのは無理そうね。
水の中で手をぱしゃぱしゃしていると、浅いところにいる小魚が指先をつついてきてくすぐったい。
人が海に近寄らないせいか、魚も遠慮がないみたいだ。
「どうですか?」
「駄目ね。水に手を入れても、気配なんてさっぱり分からない」
水の中では気配を感じられないのかしら?
水に入るには寒いし、水着だって持っていない。素っ裸で泳ぐほど自然児じゃないし、水の魔獣がいるなら海に入ること自体が危ない。
んー…。
諦めよう。
最後に手の代わりに尻尾の先だけ水に浸けてみて、それで変わりがなければ今日は諦めよう。
なんならこれから北東外壁門へ向かってもいい。
時間はあまり取れないけど、昨日の半分でも魔獣が狩れれば御の字よ。決めた!
くにっくにっ───。
しっぽの先をくにくにと曲げてみる。
感覚器としては手よりもしっぽの方が優秀なので、これで駄目ならお手上げだ。
手はしっぽよりも、ものを掴んだり摘まんだりする方面で優秀だ。
手は触れているものの感触には敏感だけど、触れた手を離したとたんに感触が遠退く。
しっぽは物をつかむのには向かないけど、まわりの気配(?)を教えてくれる。
とくに目に見えていないところが、手に取るように分かるのが驚きだ。
おかげで、茂みに隠れた魔獣は見つけられるし、後ろからお尻を触りにきた酔っ払いも撃退できた!
同じ“触覚”らしいのに、この違いは何なのかしらね?
まあいいわ。今は水の魔獣よ。
波打ち際の岩に腰掛けて、しっぽを海の方へ伸ばす。
そして先っぽを水に着ける。
ヒュッ──プルプルプルプル。
手足を冷たい水に入れたときの、背中が縮こまるような感覚が背筋をかけ上がる。縮こまった背骨がプルプル震える感触が続いたあと、やがて収まっていった。
「大丈夫ですか?」
背中を震わせたわたしを見て、ウラさんが心配そうに声をかけてくる。
「ちょっと冷たくてゾクっとしただけ。大丈夫よ」
でもあまり気持ちのいい感触じゃないね。
我慢できないことはないけれど、好き好んでしたくもない。
どうしても必要なら我慢してもいいっていう所かしら。
猫が水を嫌うのって、これが嫌なんじゃないの?
川を泳いでわたる猫とか、堤防の波打ち際でしぶきを浴びて歩く猫とか、動画で見たことがあるから、水に浸かると死んでしまうということではないと思う。
それはともかく、水の中の気配よ。
「水の中でも気配はわかるわ。でも範囲は陸の数分の一ね」
狭い。
おまけに霞がかかったように曖昧で、重くねっとりした感じがする。
分かる範囲は数メートル先まで、その先は曖昧さが増えて役に立たない。
あと、水の上の気配が感じられなくなって、背中が寒い。
まるでしっぽのない人みたいだ。
しっぽの殆どが水の上にあるのにこの感じということは、気配を感じていたのはしっぽの先っぽという事かしら?
尻尾で水をぱしゃぱしゃしていると、さっき指先をつつきに来ていた小魚がまた寄ってくる。
潮が満ちて間がないせいか、大きな魚は見当たらない。
小魚と遊んでぱしゃぱしゃしていると、小魚がいきなりしっぽから離れて磯の狭いところへもぐり込んだ。
「ウラさん、なにか来そう…」
ウラさんが短丈を構えて警戒を強めた。
動くものの気配がなくなった一帯を静けさが覆う。
ゆらゆら動いているのは、わたしの尻尾だけだ。
方向が曖昧だった圧力が急に焦点を結び、猛烈な勢いでこちらへ近づく魚の形をとった。
水の魔獣だ。
獲物に襲いかかるときの躊躇いのなさが、陸の魔獣と同じだ。
水の魔獣が口を開けて、尻尾の先っぽに襲いかかってくる。
噛みつかれる直前にひょいと躱す。
体を「く」の字に折って一瞬で方向を変えてくるので、気配のみ加速思考なしで回避を続けるのは結構大変だ。
しっぽは遠くへ逃げられないからね。
水の魔獣が襲ってくる感覚は分かったので、そろそろ終わりにしよう。
しっぽを止めて、待ち受ける。
水の魔獣が、しっぽに向かって突っ込んでくる。
口を大きくあけて、水の魔獣がしっぽに噛みつこうとした瞬間、“熱制御”を発動した。
魔獣とその周囲の水の温度を、摂氏マイナス一二〇度くらいまで下げたのだ。
冷やされた水は一瞬で凍りつく。
口の中から鰓、そして体表を氷でつつまれ、水の魔獣は動けなくなった。
一瞬で殺せる手段じゃないけど、一瞬で動けなくなる上じきに死ぬから問題ないでしょう。
この捕獲方法は、しっぽで水をぱしゃぱしゃしている時に考えた。
水の中は、わたしが一番使いやすい“火”が使い難くなる場所だ。
水中溶接なんて技術があるそうだから、できない事はないだろうけど、熱が冷めてしまう水の中で、“火”は使い難い。
二番目に使える氷系統の魔術は、“氷弾”“氷散弾”“氷矢”“氷槍”“氷壁”と、割りにいろいろ使えるけど、水の中ではすぐに速度が落ちそうだ。
そこで、しっぽに向かってまっしぐらにやってくる魔獣に“氷槍”で突き銛しようか、と考える。
それより“氷壁”にまるごと閉じ込めた方が確実かな?
ん──、水の魔獣がわたしのしっぽへ向かって来るのなら、しっぽから魔術を発動できたら、打ち出さなくても伸ばすだけで刺さるんじゃない?
善は急げ、思い立ったが吉日で、さっそく試したわよ。
しっぽで水をぱしゃぱしゃしながらね。
こういった、ものを考えるときに加速思考ってすっごく便利。
そしてちゃんと出来ました。しっぽ魔術。
ぱしゃぱしゃしている間にもう一つ思いつきました。
氷系統の魔術を使うのに、わたしは水属性の魔術で水を用意して、そこへ熱制御スキルを乗せている……らしいです(ハイケさん談)。
今回の相手は水の中。だから水は用意しなくても周りにいくらでもある。
それこそ魔獣の口のや鰓の中にまで周囲の水が入り込んでいる。たぶん胃や腸にまで。
だから熱制御スキルだけ出せれば、拘束の効果が出るんじゃないかな? ってね。
結果はごらんの通り。
見事凍らせて、捕獲に成功しました。ドンドンドンドン、パフパフッ。
体を動かせなくなった水の魔獣が浮いてきたので、水から上げてウラさんに渡す。
体長が五〇センチほどある立派な魚(?)だけど、魔獣の場合これは大きい部類なのかしら?
「これ、水の魔獣よね?」
「そうですね。スズキの魔獣だと思います」
「スズキ!? なんだか違和感がおっきいわね。───あーそうか、闇属性の翻訳術が惑星中をおおっているんだったわね」
そうだ。ウサギはウサギ、ウナギはウナギと、言われても見ても分かるけど、スズキはスズキと言われて、聞き覚えがあっても姿に見覚えがないから違和感があるのか。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ。それで、これも血抜きをした方がいいの?」
「血抜きの方法はあるはずですが、私はやりかたを知りません。すみません」
「いいのよ。わたしだって知らないからお互い様。
たまに父さんが釣ってきていた魚だと思うけど、捌くところは見てないし、まして血抜きなんて。小さいころ一度釣りについていった時も、すぐに飽きて、即行周囲の探検を始めてたからね」
「お父さま、釣りをなさるなんて、とても剛毅な方なのですね」
「そう? ふつうの勤め人よ。ともかく凍った魔獣を解凍してみましょうか。凍ったままじゃ刃物も通らないから」
「はい」
平らな岩の上に置いたスズキの魔獣に手をあて、“熱制御”で氷を溶かす。
すると、解凍した魔獣と目があったような? ……気がした。
「 ? 」
ビタンッ!!
魔獣が跳ねた!
まだ生きてたのか!!
ビタビタと跳ねまわる魔獣。
平らな岩の上で膝の上まで跳び上がってくるから、危なくて近寄れない。
ビッタ────ン!!
魔獣がひときわ高く跳ねて、こちらへ跳んできた。
まだしっぽを狙うか!
ムカッときたのでしっぽを固定して、向かって来る鱸の魔獣を鎧の籠手で、裏拳ぎみに叩き落として足で頭を踏みつけた!
ウラさんも、さらに跳ねようとする体を短丈で押さえつける。
このまま踏み潰せば事は終わるけど、それじゃせっかくの素材が残念なことになる。
なるべくきれいに魚の息の根を止める方法は……。
不意に、父さんが釣ってきた魚を手に持ち、目の後ろに千枚通しを当てている光景が浮かんだ。
腰の後ろに装備している短剣を抜いて、ウラさんに声をかける。
「止めを刺すから足を離すわよ」
「はい!」
ウラさんが、魔獣を押さえている短丈に、少し力を入れ増したのを見て足を離し、現れた目のすぐ後ろに短剣を刺し入れる。
スズキの魔獣がビクンッと一度だけ撥ねて、動きを止めた。
「死んだかな?」
「死んだと思います」
もの凄い生命力だったわね。




