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33 Eランク冒険者活動 二日目 2


 ウラさんが泣いていた。

 海を見ながら、はらはらと涙を流していた。


「ウラさん……、どうしたの? 大丈夫?」

「…わかりません。海を見ながら感覚の強化を試していたら、急に込み上がってくるものがあって、涙が勝手にこぼれてきました」


 これはあれかな? ウィアが言ってた『萎縮いしゅくしている自意識の回路を刺激するかたちで降臨したから、今後自我の表れが大きくなって行く』っていうやつ?

 けっこう速効だね。


 想像だけど、海と空を見ながら感覚強化を試して、海や空の広さと自分自身の小ささの対比コントラストに心が震えてしまったんじゃないかな。

 海はともかく、空の広さと自分の小ささを感じたことならわたしも憶えがある。

 一度だけだけど、あの経験があったから進学しても弓を続けようと思ったわけだし。


 ともかく今はウラさんを落ち着かせた方がいいでしょう。

 衝撃ショックにしても感動インプレッションにしても、心が揺れたときに無理をさせると、事故や失敗に遭いやすい。

 これは実体験。


 ウラさんをうながして近くの倒木へと連れて行き、腰かけさせる。

 収納ストレージから市場で買った陶器の湯飲み(カップ)を取りだし、属性魔術で水を出しながら熱制御サーマルコントロールで暖めて注ぐ。

 温度はあまり高くせず、赤ちゃんのミルクを作るときの温度で、摂氏せっし六〇度くらい。

 湯飲み(カップ)を持つ手がほんわかあたたかくなる。

 水属性の魔術で出した水は、清潔で飲めるそうだ。

 これだけでも魔術って役に立つよね。


「ウラさん、飲んで。ゆっくりとね」


 ウラさんに湯飲み(カップ)を渡してから、自分の分も用意する。

 わたしも腰掛けていただくと、うーんお腹の中にあたたかさがしみ渡るわ。

 冬の部活の後で飲む一杯の白湯さゆのおいしさは、なんとも言えず良いものだったからね。


 しばらくまったりとした時間が過ぎていった。


 最初に口をつけてから、ウラさんの湯飲み(カップ)は手に持ったまま動いていない。なので彼女の復活を待つ間、ウラさんの湯飲み(カップ)で保温をやってみる。

 熱制御サーマルコントロールで簡単に出来るかな? と思ったら、自分の手の中にある湯飲み(カップ)ではすぐ出来た。けど温度を一定に保つのが意外と難しい。そしてウラさんの持っている湯飲み(カップ)だとうまく行かない。

 自分の体から離れた場所には影響を及ぼしにくいのかしら。


 直接ウラさんの湯飲み(カップ)に影響するのが難しいなら、自分の湯飲み(カップ)の温度調節をした結果をウラさんの湯飲み(カップ)へ複製してみよう。

 こちらは直接影響を与えようとするよりうまく行った気がする。

 そんな風にあれこれ試行錯誤していると、ウラさんから声がかかった。


「ミユキさん。……しおが満ちてきている気がしましませんか?」


 あれ? あ、本当だ。

 なんだかすごい勢いで波打ち際が近づいてきている。


「満ち潮かな。ここも水没するかな?」

「ひょっとしてあの段丘は、満ち潮に削られて出来たのかもしれませんね」


 ウラさんが後ろを振り返って、段丘を見ながらそう言う。


「それだとこの場所は、完全に海の中に沈むわね……」

「走りましょう!」「走ろう!」


 キャ──、と声を上げながら段丘の方へ駆け出す。

 砂に足をとられて走りにくいけど、ウラさんがグンっと前へ出る。身体強化を使ったわね。

 わたしも身体強化(筋力)を試してみると、おおいけるいける。力で砂地をねじ伏せながらウラさんに並ぶ。

 ふたり並んで、背丈よりも高く砂を蹴り上げながら走る!

 段丘が目の前に迫ってきたので、ジャ───ンプ。

 走り幅跳びのようにして、段丘の上に着地して止まった。


 ふたりで大笑いしてしまった。

 あ──楽しかった!


「すみません、ご心配をおかけしました」

「いいわよ。わたしも経験あるし」

「そうなんですか?」

「そうよ。誰だって海や空の広さに感動するときはあるわよ。それを実際に経験できたのはとっても幸運ラッキーなの。それにね……」

「 ? 」

「ウィアの本体は、海や空よりも大きいのよ」

「 !! 本当ですか?! いえ疑っている訳ではなくてですね…」

「本当よ。最初わたしの前に現れたのはきれいな女の人だったのだけど…………」


 きょうの夕食後、寝る前にする話のお題は決まったわね。



    †



 話の続きを聞きたがるウラさんをなだめて、再び歩き出すまでにもう一悶着(ひともんちゃく)あった。


湯飲み(カップ)をちょうだい。収納ストレージ仕舞しまうわ」

「あ、私が洗います。水……を出してもらえますか?」


 きょろきょろと周りを見渡して、水がないのに気がつくウラさん。

 ここは神殿じゃないからね。塩水ならいっぱいあるんだけどな。

 そうだ、その話があったわ。


「その前に、きのう帰り道で狩った魔獣なんだけど」


 と言って収納ストレージから角ウサギ(ホーンラビット)(血抜き前)を一匹とり出す。


「はい。収納の状態変化無効が効いていて、まだ暖かいですね」

「これに印を付けて、もう一度収納(ストレージ)へ入れます…」


 ウラさんが不思議そうにしている。


「中で処理をして、取り出すと」

ぬくもりが減りました。重さも心持ち軽くなった気がします」

「それで血抜きをしてみて」


 わたしが角ウサギ(ホーンラビット)を逆さに持ち、ウラさんが血抜きのための傷をつけると…。


「血が出ません」

「わたしの収納ストレージの中でね、角ウサギ(ホーンラビット)の“血だけ”別枠に移動してみたらできたのがそれなのよ。で、別枠に移動した“血”がこれね」


 と言って、別枠に入っていた“血”を地面の窪みに落とす。


「それって“血抜きをした魔獣”として通用すると思う?」

「問題ないと思いますが、ちょっと違う感じがします」

「たぶん血を“全部”抜いたせいね。普通に血抜きをした魔獣の屍骸には、もとの十分の三くらい血が残っているから、次はそのくらい残してみるわ」


 この数字は収納ストレージの“収納物詳細情報”で調べる事ができた。

 収納枠に付く名前をじっと見ていると、名前に細かな情報が追加されたのだ。

 分析もできるなんて有能ね。わたしの収納ストレージ

 ちなみに“液体”を全部別枠へ移動させたら干物になった。というかあれは木乃伊ミイラね(ブルブル)。


「そんなわけで、収納の習熟度を上げるために、血抜きは収納ストレージでやらせて欲しいのよ」

「わかりました」

「同じ要領で…」


 そう言って、二人の湯飲み(カップ)収納ストレージに仕舞い、すぐに取り出す。


「残りものや汚れも落とせるので、こちらもよろしくね」

「はい。わかりました」


 問題ないようだ。

 よかった。


「それにしてもすっかり浜が水没したわね」

「ほんとうですね」


 あれよあれよという間にしおが満ち、先ほどまでわたし達がいた浜はすっかり海の底になってしまった。

 海を眺めていても魔獣は狩れないので、王都へ向かって段丘の上を歩き出す。


「この感じだと、ギルドの地図にあった魔獣の群生地って、この浅瀬のことよね。魚や魚の魔獣っているの?」

「魚も水の魔獣もいますよ。でも王都で出回る量は少ないです」


 それも食べるんだ。でもって少ないんだ。

 魚好きの月那るなが聞いたらへこみそうな情報ね。


「水棲の魔獣がいると網は破られますし、小さなふねで漁に出ても、水に落ちたとき助かりませんから、港から大きめの船で港の外へ出たところで釣るだけですね。

 沖まで出ると、こんどは大型の水棲魔獣に襲われますし」

「あー、それで浜に小舟が見えなかったのか。これは今日は坊主ぼうずかしらね…」


 どうやら夏になっても海水浴はできないらしい……。

 さて困ったわね。

 アンジェラさんの台詞じゃないけど、「続けて金貨が稼げると決まった訳でもない」ってところよね。

 それに、今はお金よりも時間が大事だし。


「ボウズ?」

「釣りの成果がまったくないことを、郷里でそう言ってたのよ。釣りをしようにも道具はないし、こりゃまいったわ」

「昨日はあんなに分かった魔獣の気配が、今日はなんで感じられないんでしょう?」

「たぶん相手が水の中にいるせいでしょうね。水の中にいる魚の姿って見えないでしょう? きっと同じように匂いも気配も、水と空気の境目でさえぎられてしまうのよ」

「それじゃあ水の中に入れば水の中の気配が分かるんですか?」

「あー、分からないわね。試してみよっか」

「えと、まだ水は冷たいんじゃないかと……」

「とりあえず手だけでも水に入れてみましょう。塩気は洗えばいいし、そうだ多分“浄火”できれいに出来るんじゃないかな」



 方針が決まって王都へ向かって歩く中、見つけたいそへと降りてみる。

 たらかつおはいないかな?

 いないよね。





 赤ちゃんのミルクを作る方法は、最近では70℃のお湯で作ったあと適温(人肌~ぬるかんていど)までまして使うことが推奨されています(WHO)。


 以前の60℃程度のお湯で作る方法では、雑菌の死滅率が不足するそうです。

 粉ミルクは太平洋戦争以前からあるため、まきすみを使ったかまど七輪しちりんなどの熱源が当たり前の状況で、大人が直接飲用できる湯(40℃~60℃)を用いて赤ちゃん用のミルク作るための、生活の知恵的な温度設定だったと思われます。

 念のため。



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