32 Eランク冒険者活動 二日目
明けて、冒険者活動の二日目。
宿の受け付けに備えつけられている巨大な置き時計(わたしの感覚で表現すると“古時計”と呼ぶしかない大きな柱時計のような物体が、床にでんと置いてある)が、夕食どきと同じ位置を指し示す“朝1鐘の1刻前(午前5時)”から“朝2鐘の1刻前(午前8時)”までの時間帯。
“お菓子亭”の朝食時間だ。
その先頭で朝食を済ませて宿を出て、目指すのは王都の“南門”。
今日は南外壁門から出て魔獣を狩る予定をしている。
お菓子亭はダンジョン・スニヤド、つまり中央神殿や冒険者ギルドのある場所から、少し南へ離れた場所に建っている。
そのお菓子亭から最寄りにあるのは王都“東門”だけど、冒険者ギルドの資料によると、東門を出ても近場に魔獣の群生地はないらしい。
“北東門”は昨日行ったから除外するとして、“南門”は外へ出てから街道の海側にだけ魔獣の群生地が集中している。
どういうことだろ?
そんな興味もあり、お宿が南へ移って“北東外壁門”と“南外壁門”の距離があまり変わらなくなったことから、きょうは“王都の南”へ挑戦してみる。
宿の近くの道を、西または南へ向かって歩く。
早足で。
走りませんよ!
王城から南門へと南北に走っている大通りに出たら南に折れて、歩きながら獣車が来るのを待つ。
来た。
あらま、昨日と違って人がいっぱい乗っているわね。
通学のときの満員電車みたいになってるよ。
今日はこのまま歩き(競歩)かな…と思っていたら、昨日のようにウラさんが獣車に向かって手を上げた。
え、あれに乗るの? と思ったら。
「中は混んでいますから、上にあがりましょう」とウラさんが言ってきた。
うえ?
二階建てというわけじゃなし、どゆこと?
そんな疑問を浮かべているあいだに、獣車は近づきゆっくりと走り始めた。
ウラさんは速度を落とした獣車に近寄ると、御者席の脇にあるまっすぐな梯子を昇っていく。
えっと、ひょっとして屋根の上? 乗車賃は?
困惑しながら、わたしもとにかく梯子を昇る。
うわあ。
昇ってみれば三六〇度のパノラマな風景が広がっていた。
お菓子亭からの見晴らしも素敵だったけど、これもまたいいわね!
転落防止のためだろう、車の壁からそのまま立ち上がった三〇センチほどの板が左右と後ろを囲っているだけで、獣車の平らな天井にはイスも手すりもなく、遮るもののない眺望が広がっていたのだ。
「ここにお金を入れます」
ウラさんがそう言って、御者席の右手寄りにある雨どい(縦)のようなところへ大銅貨四枚を落とした。
乗車賃は車内と同じなんだね。
私も大銅貨四枚を落としたあと、ウラさんを真似て敷物を出し、そこに座る。
「外壁門が開くときと閉まるときは乗合獣車の利用者が増えるので、獣車の屋根上席が開放されているんです」
という話をウラさんが教えてくれた。
見た目は、梯子が付いているかどうかの違いだけなので、今のように屋根上に人影が見えないときは、あらかじめ梯子のことを知っていないと分からないらしい。
やっぱり。
きのう乗った獣車にこんな梯子がついてた憶えはないものね。
それにしてもいい眺めだわ。
後ろに宮殿が見え、朱雀大路のような真っ直ぐな大通りの先には羅生門。じゃなくて、“南外壁門”が遠くに見えている。
どちらかと言えば平安時代の御所よりは、四角いタージ・マハルかしら、宮殿。
延びているのは水路じゃなくて大通りだし、宮殿が建っているのは丘の上なんだけど、雰囲気がね。
景色を楽しみながら獣車に揺られていくと、途中で朝1鐘の鐘が鳴った。
到着するころには門前広場は空いてるかな?
やがて辿り着く“南外壁門”。
まだ少し人や獣車が残っているけど、騎獣はもういない。
出立の審査はないので、じきに全部城壁外へ出そうだ。
獣車は門前広場で停まると思っていたら、出立する獣車群の後に付いてそのまま外へ出てしまった。
なぜに?
と思ったら、門の外にも街が続いていた。
へ? どうなってるの??
その答は、途中から乗ってきた大きな背負袋を背負った女の冒険者さんが教えてくれた。
「あんたたちは外へ出るのは初めてかい? 王都は人が集まりすぎで、城壁の内側に収まりきらなくなっているんだよ。ほらあそこをごらん。堤防の拡張工事をしてるだろ。あの先に新しい城壁が築かれることになるって話だ。この獣車の終点だよ」
なるほど、首都拡張工事の真っ最中なんだね。
お姉さんによると、都はおもに南と東へ拡張しているらしい。
西は海だし、北はすぐに険しい山地になるため、拡張しないそうだ。
ウラさんはここ三年ほど神殿にこもっていたので、この首都拡張は話に聞いても実態を見たことはなかったのだとか。
EランクFランク冒険者として活動していたころ、外壁の外は勝手に住み着いた人たちのテント村があったくらいだったそうだ。
うん、時の流れるのは早いね。
そんなわけで乗合獣車はいま、拡張中の新しい市街地の端まで乗っていけるのだった。
やったね。
†
乗合獣車の折り返し点。
切り返して王都へ戻っていく獣車を見送りながら、あたりを見渡してみる。
目の前には将来城壁になるのだろう、背丈を越える木の柵が続いている。
門があって開け閉めができるようにはなっているけど、開けっぱなしで衛兵さんはおらず、出入りは自由だ。
門の脇にある詰め所の奥から、鍛錬をしているような気配が流れてきているから、本当に非常事態のとき以外は仕事がないのかも?
ともかくここから王都へ戻りながら、魔獣を狩っていこうか。
柵の内側で海の側へ降りてみる。
段丘から降りたところは砂浜で、先ほどの柵が海の中まで続いている。
もうちょっと季節が進んだら、海水浴ができそうね。
ところどころに茂みはあるものの、そこに魔獣の気配はない。
ここが群棲地?
ギルドの資料が間違ってるのかしら? それとも季節によって違いがあるとか?
しまったな、資料室では時間を優先したから資料をちゃんと読んでないや。
「ウラさん、どこに魔獣がいるのかわかる?」
「いえ全然。昨日もほとんど分かりませんでした。なんであんなに魔獣のいる場所が分かったんですか?」
逆に聞き返されてしまった。
そうか、わたしの場合は“しっぽ感覚”で分かるけど、いえそれだけじゃないわね。音や匂いの感覚も元の世界にいるときよりずっと鋭いから、それが合わさって分かったのか。
ふつうは分からないものなのね。どうりで昨日の収入に驚かれたわけだよ。
それにしては今日は何も感じないのよね。
「ウラさん」
「はい」
「ウラさんの使う身体強化って、力を増やしたり素速さを上げたりする以外の使い方ってないの?」
「と、言いますと?」
「感覚を鋭くするとか。たとえば視力を強化したりとか、聴覚、嗅覚、味覚に皮膚感覚を強化なんてことは、できない?」
「そういう強化の方向もあると聞いたことはありますが、教えてもらったことはありません。いちど試してみましょうか?」
「お願い」
あるんだね。というか、わたしもやってみよう。
魔術を使うときに体の中で動く、たぶんこれが魔力だろう感覚を、まずは目の周りに集めて……。
んんん? これは…。
ちょっと、ずいぶんと遠くまで見えるじゃないの、怖いくらいね。射術にとっても役立ちそう。
えい、全景視。うーん、広角写真みたいになったけど、望遠ほど劇的な変化はないかな。
視界をもとに戻して、次は聴覚に魔力を集中。
波の音…、風の音…、葉擦れの音…、空気のたわむ音…、自分の呼吸の音…、心臓の音…、血の流れる音…、衣擦れの音…、筋肉の動く音…。
うん、ここまで行っちゃうと、もう何が聴きたいのか分からなくなっちゃう。
でも聴覚の感度を下げる前に、呼吸の音はもう少し静かにできそうかな?
次、嗅覚。
ん? 味覚。
んー、触覚……。
なんか…この三つって、くっついてない?
まったく同じではないけど、結構な割合で連動している感じがするわよ。
とくに影響が大きそうなのが“触覚”ね。
足を地に付けて立つ姿勢や感覚がまるで別次元に感じ取れるし、しっぽ感覚からの情報がこれで変わった。聴覚強化で感じた“空気のたわむ音”がこっちでも感じられる。
それにしてもそうか、しっぽ感覚って“触覚”の分野だったんだね。
よし、全部初期化。
ウィアの世界で目を覚まして最初に建物から外へ出たときにも思ったけど、ミーユンの五感が受け取る世界の情報は、とっても彩り豊かだ。
身体強化術(たぶん今やったのが身体強化術、というか感覚強化術なのかな?)というのは、自分の体の状態を普段の状態から、強化したり制限したりできる術なんだろう。
そうか、これを他人にかければ、強化付与魔術や弱体付与魔術ってことになるのかな。
ウラさんがしていたみたいに筋力や代謝を上げるとかも出来そうだし、反射神経を加速させるなんてのは、わたしの“加速思考”スキルに近そうだ。そもそも“加速思考”スキルって、脳の処理速度を上げるってことなんじゃない?
これって身体強化の一環で代用できるんじゃないかしら?
まあいいわ。
いまは魔獣の存在が感知できるようになるかどうかという話だから、そっちに集中しましょう。
ウラさんどうしたかな?
そう思ってウラさんの方を見ると……。
ウラさんが泣いていた。




