31 お宿 ヨアンナ、恐ろしい娘
「こちらがお部屋です」
ヨアンナさんに案内されたのは、この宿“お菓子亭”の二階にある客室のさらに上、二階の廊下から階段を五段上がった、踊り場というか中二階、いえ中三階のようなところに作られた部屋でした。
「ここ、入り口の真上かしら?」
「そうです、よく分かりますね。
入り口は母屋よりも屋根が一段低くくなってて、なのに入り口ホールの天井が高いものだから、あいだに挟まれたこの場所はどうやっても天井の高さが取れなかったらしいです」
そう説明されたのは、屋根裏部屋と呼ぶのがよく似合う場所。
部屋に入ったところの天井が三角屋根のてっぺんの裏側で、手を延ばして跳び上がれば天井の一番高い梁に手が届く高さ。その梁がのびた部屋の反対側に窓があり、天井が低くなった左右両方の壁際にベッドがひとつずつ置かれてるというお部屋でした。
「屋根裏部屋だあ!」
「気に入りませんか?」
「ううん逆だよ。ちょっと憧れだったの、屋根裏部屋!」
月那とお泊まりするときに、ちょくちょく話に出てきた屋根裏部屋。
こんど月那と会ったときに自慢できるわね!
「この天井の低いのが客室として使わなくなった理由?」
「そうです。床の広さは他の客室と変わりないんですが、天井が低くて斜めですからね。見たとおり寝台の上が低くて、前に貸したお客さまが、朝あたまをぶつけて怪我してしまって」
「あちゃあ。それでこの部屋を封印したの?」
「はい。他にも棚が作れないので、荷物の多いお客さまや荷物を床に置きたくないお客さまが困ります。…そういえばお客さまたち荷物がほとんどないですね」
窓を開けて風を通しながらヨアンナさんがそう言う。
わたし達はいま武器と頭の装備を外して、見せかけの小振りな背負袋だけを身につけている。
武器のことは、わたしが“街中で武器を装備していることに抵抗があった”から、背負袋のことは、神殿から出かける前にウラさんの提案でそうなった。
採取にしても魔獣の討伐にしても、成果を運ぶ袋を持っていないというのは、袋ごと無くすような突発事に遭ったか、収納や整理箱を持っていることを疑わせるので、どうしても揉め事の種になるということだ。
そこで冒険者ギルド以外の場所では収納なんて知りません。というフリをすることにした。
「荷物はもともと殆どないからね。
今日は冒険者ギルドから手桶亭まで、色んな変な男にちょっかいかけられたんだけど、やっぱり武器くらいは目に付くところに装備しておいた方がいいのかしら?」
「そう言えばまだEランクで二日目って言ってましたものね。
戦士さんの鎧も神官さんの法衣も、装備レベルは高くなさそうですけど物は良いですから、武器が無いといいカモと思われるかもしれませんね」
おお、さすが冒険者の泊まる宿の娘。立派に目利きが出来てるわ。
ヨアンナ、末恐ろしい子!
でもそうか。軽くでも武装してないと“カモ”に見られちゃうか。
と言うことで、見せかけの背負い袋から出す振りをして、収納から装備品を取り出す。
ウラさんには武器に短丈と頭装備の金環を、いつもの長丈は背負い袋に入るわけがないからこっちでね。
わたしの分は短矛を短剣に替えて、兜は同じ理由で鉢金を出す。
短剣は腰の後ろに水平に装備して、左右に一本ずつ抜ける二本差しのものだ。
鉢金の真ん中に【忍】の字が彫られているのは見なかったことにする。
どういう趣味なのよ! 兄さん。
「こんな感じだけどどう?!」「…どうよ」
「なんだあるじゃないですかいい装備! いいですよ、それなら上を目指せるEランク冒険者に見えますよ」
いいらしい。良かった。
これで無事Dランクになったところで、いつもの装備に戻せばいいかな。いや、街中にいるときはこっちでいいや。
街の外ならともかく、街中でいかつい格好をしてるのは趣味じゃない。これでまだ問題が起こるようなら、その時また考えよう。
気になっていたことがひとつ解決か。
気分良く窓を開けて外を見ると、わぁ! いい眺め。
二階建てで三角の瓦屋根が多い居住区の景色が、目の前に広がっていた。
ふつうの二階より少し高い場所にある部屋だから、視線が高くて三角屋根の波に揉まれているような感じが目に楽しい。
これはアレね。甍の波というやつ!
鯉のぼりが泳いでいるところが浮かんできて、心浮き立つ風景だわ。
「いい景色ね。とっても気に入ったわ。
この景色が楽しめるなら無理して部屋を作らずに、宿泊者用のラウンジにしても素敵じゃない?」
「らうんじですか?」
「そうそう。談話室というか、冒険者ギルドにもあるでしょ? 打合せ用の区画が。あれの宿屋版かな。
冒険者がよく泊まる宿なら長期滞在の人だって居るでしょうし、お客さんも必ず一部屋に収まる訳じゃないから、部屋の外で話ができる場所があってもいいじゃない。そういう場所よ。
まあ大人数なら食堂でとか、泊まり客じゃない人を混ぜるなら食堂でとか、使うルールは決めないとだけど、それより何よりここすごくいい風が通るじゃない!
部屋にして閉めきっておくのはもったいないわよ。住人や宿泊客の健康にもいいわよ」
ちょっと興奮してしまった。
だってホントにいい風景なんだもの。
三泊と言わず、ずっと泊まりたい気分だけど、そうも行かないわね。
八日の夜は神殿に泊まってウィアと話をしないといけないから、延長してもあと三泊か。
ちょっと惜しい気がしてきたな。
朝食夕食を食べられる時間とか、近くのお風呂屋さんや市場、冒険者向けの武具、防具、道具店の場所。街中で武装をしたまま歩いても構わないけど、緊急事態でもないのに剣を抜くと罰則があるなどの注意を聞いてから、夕食までの時間を使って市場調査に出掛けた。
ウィンドウショッピングよ!
†
いろいろ有益な情報(おもに値段と品ぞろえ)を調査して、戻ってみれば夕食の時間だ。
食堂にはいると、昼間とはちがって他の冒険者の姿も見えた。
壁ぎわの席へ行けば、長い杖や剣を壁に立てかけている人もいる。
やっぱり都の内でもある程度武装しているのが普通みたいだ。外を歩いていてもそんな感じだった。
テーブルに着くと、昼間は見なかった女の子が注文を取りにきたので、部屋の鍵番号を見せて夕食を予約していると告げると、注文が通った。
この前行った旅行の時とあまり違わない気がする。
月那は今頃どうしているのかしらね。ウィアは順調だって言ってたからおかしなことにはなっていないだろうけど。……いえ、おかしなことになるのだったわね、兄さんと!
出てきた料理は“うさぎ肉の煮込み”だそうで、と───っても美味しかった。
使っているのが普通のうさぎなのか角ウサギなのかはよく分からない。こんどヨアンナさんか女将のアンジェラさんに聞いてみよう。
そしてパンだ!
舌触りは柔らかなのに、千切るのに要る力はフランスパン並という、噛み応え満点の不思議な食感のパン。
とっても味わい深いのものだから「これどんなパン?」って訊いたら、ウラさんが「たぶんジャガイモのパンだと思います。それにしてもここのジャガイモパンはおいしいですね」って教えてくれた。
ジャガイモでパンが作れるんだ! 麦じゃないんだね、このパン。
そして昼間はパンの販売コーナーになっていた場所。
そこは今もパンを売っているのだけど、夕食に出てきたパンとその他いくつかの小振りなパンが、“夕食の利用者はお代わり自由”になっていた!
ただし、持ち帰りは有料! お残しも有料! だって!
当り前よね!
そんな風に異世界ウィア二日目の夜は、おなかを満足させて終わりました。まる。




